溺れる魚2
『Pingouin号』
最高時速55ノットのスポーツクルーザータイプ。
豪華な内装は寝室2つ、キッチン、リビング、ワインクーラー完備と、まさに夢の様な船だ......が、海洋サルベージ用に改造されたそれは、内装や外装は勿論、豪華絢爛などとは程遠い仕上がりで、捕鯨砲や魚雷管(中身は搭載されていない抑止用途)船自体の片落ちなどにより、半ば海賊船の様相を呈していた。
船内、イワトビがキングと話す。
「あの新入り、本当に連れて来て良かったのか?」
「人手は多いに越した事はない......それに、難しい仕事でもないし、新人の初ミッションには丁度いい。」
「これで使えなきゃ、どっかに売り飛ばせよ。」
モニタールーム兼リビングではジェンツーがコガタに説明する。
「いい、沢山並んでるモニターにはそれぞれ用途があるの、まず現在の天気図、海図を表す物、こっちは過去の海図。最近は海面の上昇が早いから常に更新されてる。」
「失くした年代と、現在の状況を照らし合わせてるんですね。」
「そう、で、これが海流を表している。」
「海流によって流された場所の特定も可能なんですか?」
「大雑把だけど、大体は検討が付く。まぁ、今回は先週の事故だから必要ないけど、覚えておいてね。」
「はい!」
〜数時間前〜
キングは電話口の相手に聞き返す。
「コンテナ?そんなの、艦隊か漁船の仕事だろ。』
《いえ、先方はコンテナの中身のみの回収を依頼しています。》
「中身......まぁ、それなら。」
《現在小型船が出払っており、出港可能なのが一隻のみで。》
「分かった、分かった。で、中身は何なんだ?」
「「金塊!!!」」
イワトビ達は突然の出港に嫌々だったが中身を訊いて驚く。
「コンテナの中に木箱が積んであって、その中身が金塊なんだと。」
「どっかの金持ちが後生大事に持ってたって訳ね。」ジェンツーは呆れた顔で言う。
「凄いですね!今じゃ採掘だって難しいのに。」コガタは現実的に驚く。
「......ネコババ。」イワトビは夢の生活を考えた。
「......とにかくだ、出れる船が内しかないから直ぐ出港する。ジェンツー動かせるか?」
「部品かき集めに城に行って来る、コガタ付き合って。」
「分かりました。」2人は本社へと向かう。
イワトビはブツブツと呟く「アレも買えるか。」
「......お前、捕まるぞ......。」
「失礼します。」
アデリーがトレーを押して入る。
コーテイは椅子に深く座り外を眺めていた。
「......あの娘は、大丈夫だったのかな?」
「人事部に確認を取り、小型船の潜水士として送りました。」
「潜水士......危険な仕事だな。」
「はい。ですが、彼女の希望なので。」
「真に希望を託すべき政治家は金に走り、夢に希望を見る若者が危険を求める......か。いや、他人を責める資格もとうに無いか。」
アデリーは紅茶を注ぎハーブを添えた。
「ハーブの香りはリラックスの効果が得られます。」
「......すまないな。」
9階備品庫
受付のミドリは暇そうに欠伸をする。
「こんちは、ミドリさん。」
「あら、ジェンツー!何時帰ったんだい?」
「一昨日、戻って直ぐ出港だよ~。」
「アンタんとこのデカいのが顔出すから、いびっといたよ。」
「ありがと。備品持ってくね。」
「新入りかい?」コガタはかしこまった表情で待っていた。
「今日から入りました小形恵です!よろしくお願いします。」
2人は備品庫で道具を集める。元々あまり使われない事もあって、置かれた備品は多くないが、それでもしっかりと整理されたそこは探し物をするのには最適で管理者のミドリによる整頓の賜物であった。
「そう言えば、コガタって日本人なの?」
「はい。父も母も、祖父母も日本人です。」
「3世代の純血!珍しいわね。」
「結構言われます。ジェンツーさんもアジア系ですよね?」
「アタシは中国、まぁ、色々混じってるけどね。ついでに言えば、大将はアフリカ系で、イワトビは確か日系だったような。」
「そうなんですか。」
「ま、こんな時代じゃ、人種なんてどーでもいいけど。」
この時代、人種による差別は殆どなく、生存と言うサバイバルがバカな考えだと否定していた。とは言え、海に沈んだ島国の人々は珍しがられ希少動物の様な扱いを受ける人も居た。
〜現在〜
船は荒波をかき分ける。
突然降りだした雨がまるで嵐の様で、大きくうねる。
「......ぎもぢわるい。」コガタは揺れに堪えられず胃の中が逆流してくる。「横になっときな。」そんな優しさに応える事も出来ず身を委ねる様に揺れていた。
キングは舵を握る手に力が入っていた「ジェンツー!後どれくらいで抜ける!?」
「このまま進めば、1時間!」
コガタにはその時間が永遠にも感じられた。
「なんだ、船酔いか新入り?」ニヤニヤと近付くイワトビ「安心しろ、もう少しすれば、お前の胃袋は天井まで上がる。」
「う!ぷッ!!!!」口を抑えトイレへ駆け込む。その様子を見てケタケタと笑うが、ジェンツーは呆れていた。
「新人イビりなんてやめなよ、かわいい後輩でしょ。」
「......望んでねーよ。」
空を覆う雨雲に切れ間が見えた......。
リビングに集まった4人は今後について話し合う。
「低速で自動航行に切り替えた。明日の昼頃には目的地に到着するが、何せ準備が間に合わなかったからギリギリだ。」
「船酔いで使えない新人なんか置いてくれば良かったんだよ。」
「すみません......。」
「新入りの教育も仕事の内だ。ジェンツー。」
「船が沈んだ海域は穏やかだし、物が物だから流されてる心配もない。天気も......まぁ、大丈夫でしょ。問題なし。」
「帰りを考えて捜索は2日とする、質問は?」
「あ、あの......。」コガタは申し訳なさそうに手を上げる「帰りも、嵐に遇いますか?」
「..................。」
「ミーティング終わり。」3人はそれぞれ離れ、残されるコガタ。
「え~~~~......。」
HOTEL『ヘミングウェイ』
ラウンジに1人の女が居た。
『ケープ』カウンターに座り短いスカートから覗く脚、ブラウスの下で膨らむ胸、長い髪と知的さが見てとれる均整のとれた顔立ち。男の視線を集め、マティーニの入ったグラスを傾ける。
「良かったら一杯奢らせて下さい。」男達は彼をチャレンジャーと称える。高嶺の花に声をかける勇気を。
「......申し訳ないけど、大企業の社長で、眉間の皺が鋭く、頑固な年上がタイプなの。」男の後ろにコーテイが立っていた。
「すまないが、先約なんだ。」男は振り返り諦める。
ウィスキーを頼み隣に座る......。
「プライベートルームに呼ばれると思ったのに、残念。」
「すまないな、急な頼みで。」
「......面倒事?」
「そうじゃない事など、もうないさ。」
ケープは鞄からチップを渡す。
「以前から噂はあったけど、おそらく当たり。」
チップを携帯に差し込みデータを確認する。
「......やはり、か。」
「先に守りを固めた方がいいわよ。意外にやり手だから。」
「その件なら、問題ない。」
2人分の支払いを済ませ立ち上がる。
「部屋を取って、ゆっくりお話しでも?」
「......私は食えない男だといわれるが、君もだ。礼はいずれ。」
ラウンジから出ていくコーテイ、見送るケープは微笑んだ。
『Pingouin号』
船内では明日に備え就寝。
コガタは揺れに馴れず外の空気をとデッキへ出る。
「う~~......ちょっと楽......。」
「まだ馴れないのか?」デッキではイワトビが煙草を吸っていた。
「あ、すいません。見張りですか?」
「......お前、なんで潜水士なんだよ?」
「ダメ.......ですか?」
「危険で給料も良くないし、火星に行ったって役に立たないんだぞ。」
「......友達にも言われました。」
「だったら、止めとけばいいだろ。」
「夢なんです......。進化論だって人は海から始まった訳ですし、産まれた場所に行きたいって思うのは、変ですか?」
「......変だよ。」
「え!?でもでも、イワトビさんも潜水士じゃないですか!?」
「俺は違う!......海が嫌いだ。」
「じゃあ、何で......?」
イワトビは答えずに、海を眺める......。
「さっさと寝ろ。明日はこき使うぞ!」