溺れる魚
〜ああ、王は利口だ。自惚れているがよい。
私はちゃんと死ねる覚悟で居るのに。
命乞いなど決してしない。〜
『走れメロス』 太宰治
ドックの中、船を整備する女が居た。『ジェンツー』エンジニア兼メカニック、優秀な経歴を買われ『N,S,S』に入ったが、何故か今は小型船で働く。
「あ~これもダメだ......。」イワトビはそんな彼女を見ていた。
「壊す気かよ?」
「そりゃ、アンタ達でしょ。アタシが居ない間に勝手にいじって!大体コレは何!?」部品を見せられるがイワトビには分からない。
「知らねーよ、おやっさんがやった事だろ......。」
「......大将かぁ。あの人、器用な事やりたがるけど不器用なのよ......今度何かやりそうになったら止めてよね。」
言われっぱなしのキングに同情しながら応える「へいへい......。」
「はっくしょん!!」キングは鼻を啜る。
エレベーターの中、数分前乗り合わせたアデリーがすり寄る。「風邪ですか!?でしたら、今日......その......。」タイミング良くエレベーターのドアが開き、助かったと思った。
「えっと......じょあ!」扉が閉まりキングは頭を掻いて困り顔で歩く。
本社5階 依頼受注所
『N,S,S』の本社内部には大型船のドッグが有り、1階から5階まで吹き抜けの構造となっている。受注所には端末が有りそれにアクセスする事で、仕事の手配をする仕組みとなっていた。
5階の廊下、ドッグが見える内窓から慌ただしく働く人々が見えた。
「艦隊は大盛況だな。」
「例の計画が始まったらしいぞ。」
「おう、ダイダイ。久しいな!」話しかけた人物『ダイダイ』中型船の船長を勤め、古くからの付き合いだ。「ニューヨーク計画だとよ。」
「本当か?世論が大反対して計画が流れたろう。」
「あぁ、馬鹿みたいな計画だし、火星に運ぶ燃料だってムダになる......大国様はそれでも、国の象徴を持って行きたいんだと。」
「アレは元々イギリスから贈られた物だろ、ラッシュモアの岩面の方が、象徴的なんじゃないか?」
「ハハハ、かもな......。」
『小形恵』は悩んでいた......。
来た道を戻るか、それとも進むべきか、人員募集を見つけた時彼女の胸は高鳴った。だが、友達は口を揃えて言う「遅くても後10年もすれば火星に行くのだから、向こうでも役立つ仕事をしなさい。」しかし、彼女の夢だった。厳しいテストに合格し『N,S,S』の一員となった。
とはいえ「ヤバい、迷った。」今の彼女に必要なのは道案内だった。
「ここで、何をしているのかな。」
渡りに船と言わんばかりにコガタは声をかけた男に助けを求める。「道に迷ってしまって......。」その男が社長であるコーテイだと彼女は気付いていない。
「......そうか、着いて来なさい。」
コガタは言われた通り着いて行くが、沈黙が続き気まずさを紛らわす為話題を考えていた。「......君は中途採用の娘かな?」先に切り出したのはコーテイだった。
「はい、研修が終わって今日から......だったんですけど、ムダに広すぎて迷いました。」「そうか......。」歩く早さに追い付けずコガタは少し小走りになる。
「......あぁ、すまない。早歩きは癖なんだ。」「いえいえ、お忙しいんですね。」彼女の笑顔がどこか懐かしさを感じた。
「......この、会社はどう思う?」
「私には、大きすぎます。」
「自分の技量に合わないか?」
「あ、そういう事ではなくて......世界中の人の希望を預かるなんて、私には大きいな、と言うか。」
「君1人では大きくても、ここは会社だ。何人もの力が合わさり事を成す。その1人になったんだ、自身を持ちなさい。」
「......そう、ですね。仲間が居るんですよね......なんか、初日で迷子になったりして、ちょっと弱気になってました。こんなんじゃ、父ちゃんに怒られちゃいます、頑張ります!」
エントランスに着くとアデリーが駆け寄る。「おはようございます、社長。」
「あぁ、すまないが、こちらの娘を配属先まで送ってくれないか。」
「かしこまりました。」そう言ってコガタを見って驚くが、立て直す様に話す。「先程、欧州からの依頼があり、先方から連絡が欲しいとの事でした。」
「分かった。その件については後程連絡を入れる。」コガタは社長である事も知らずに案内させた事を恐縮に思い礼をする。「あ、あの、ありがとうございました。」
「広くても、君が勤める会社だ。道は覚えなさい。」そう言うとエレベーターに乗り込み上がって行く。
アデリーは向き直り1度溜め息を吐く。「.....ケイ。」
「久しぶり、アデ姉。」
「あんた何やってるのよ?普通、社員が社長と一緒に登場する!?」
「だって、迷子になって、助けてもらって......。」
困った顔をしながらも、アデリーはどこかホッとしていた。幼い頃からの友達で何をするにも一緒だった。妹の様な存在。
「いい社長さんだね。」
「あんたもあの人の元で働くのよ。」
「うん。頑張れそう!」
「で、配属先は?」コガタは笑って誤魔化す「......知らないのね。」
「ったくもう!!」ジェンツーは船の点検をしながら怒りをあらわにする。「あー......ダメだ。どこもかしこも取っ替えないと、次の航海で沈むわ。」
イワトビは飲んでいたコーヒーを吹き出す「お前な。メカニックの発言とは思えねーぞ。」
「アタシは真実を延べてる......オーバーホールだな。」
「......長期休暇かよ......金ねーのに。」
2人が同時に溜め息を吐くとキングがやって来た。
「何だよ雁首揃えてしけた面して、運気が逃げちまうからやめろ。」
「おやっさんのせいだろ。」「そうよ、あっちこっち弄くって。」
「ジェンツーは月に飛ばされるし、イワトビは何も出来ないし、触らなきゃとっくに動かなくなってた。」
何を言っても無駄だったが、3人は改めて小型船の不遇を呪った。
「コンテナですか?」コーテイは部屋に着くなり電話をかけていた。
《そうだ、欧州を出発した船が海上都市に入る手前で嵐にあってな、乗組員は無事だったんだが船がひっくり返った。》
「コンテナの数は、どれくらいで?」
《全部揚げる必要はない。1つだけでいい。》
直感で面倒事だと分かった「1つだけですか?」
《あぁ、それも中身だけだ。》
アデリーに配属先を訊いた時、喜んだ様な悲しんだ様な複雑な表情をしていた。コガタはそれが気になったが、ここから先は1人で行くと訪れたのだが、目の前で言い合いをする男女に話し掛けれずにいた。
「あの......あのー......あの!!」3人はコガタを見る。
「本日付でこちらに配属になりました小形恵です!!」
「........................。」
「おやっさん?」イワトビはキングを見る。
「あぁ、そういえばそんな話しがあった。」
「えっ!ウソ!メカニック?エンジニア?どっち?」ジェンツーは詰め寄りコガタに訊く「せ、潜水士です......。」
「......片方まかせられたら楽出来たのに。」肩を落とすが、イワトビには聞き捨てならなかった。
「ちょ!潜水士って!?おやっさん!」
「......後輩、欲しがってたろ。」ドッグ内の電話が鳴る。
状況を掴めず、いきなりできた後輩にしどろもどろするイワトビ。
その様子を見ながらキングは電話をとる「六番ドッグ、ご用件は?」