飛べない鳥3
堤防を走る少年、握られた釣竿、先端に着くと力いっぱい飛ばす。
この歳の頃はどれだけ飛ばせるかが重要で、釣れる期待もさほどしていなかった。
暫くの間そのままにしていると浮きが沈み引っ張られる。
少年は負けじと釣竿を立てリールを巻く、ガマンくらべ、力くらべ、ゆっくりとではあるが確実にそれは堤防に近付く。残り数メートル、少年は最後の力で思いっきり引っ張り揚げる。
少年は釣り上げた魚を直視出来なかった。
奇怪でグロテスクなそれは魚と呼べたのか、あるいは別の何か、口元にあった鋭い牙が、少年のトラウマになる事は間違いなかった。
突然変異
その発見以降目撃例は後をたたなかった。固有差はあるものの一様におぞましく、攻撃性が高い事が窺えた。
ある海域で船が頻繁に沈む事件が起き、調査に乗り出した所サメの突然変異が原因である事が分かった。
汚染された海だけではなく、海中に住まうそれらも潜水士にとっての脅威だった。
《サメだ......しかも、ミュータントだ。》
イワトビは物陰に隠れ悠々と泳ぐそれを警戒する。
「船に戻れそうか?」
《......今はムリだな、そっちも警戒しとけよ。》
「分かった。」キングは一旦船を移動しようと操舵室へ、その途中船外で海面を見つめるクランチを見かけた。「......お前の責任だ、誰かのせいには決してするな......海域を離れろ、船も安全とは言えん。」
キングはエンジンを掛けるとその場から離れる。残されたクランチは呆然と立ち竦む事しか出来なかった。
《さて......。》
サメの行動を観察しながら考える。
ラチェットは何処にあるのか分かっていた筈で、ここを離れ行こうとした先、その場所がどこなのかを観察していると150メートル程離れた場所に一件の屋敷があるのが分かった。それは周りと違い、海面からの光りが薄暗く幻想的に写し出していた。《......あれか。》
イワトビはサメの気配がない事をチャンスと思い建物の外へ、何に反応してくるのかも分からなかったので、最善の注意とばかりに最小の動きでゆっくりと進む、屋敷まで残り、70、60、50、その時無線が鳴る「聞こえるか?」急いで無線を切るが、殺気を感じイワトビを振り向かせる。
体の半分まで裂けた大きな口、どこを見ているのか定まらない目、中心の盛り上がった部分が開き現れた3つめの目、イワトビは全速力で逃げる、背中のブロアーをフル回転させ屋敷へと突き進む《うぉぉぉぉぉぉ!!》サメは距離を縮め後一歩と迫る、屋敷へ急ぐイワトビの目に飛び込んだのは建物に入った亀裂その隙間だった、一か八か滑り込む。
キングは切られた無線の前で待つしかなかった。決断するには早く何も出来ない事に苛立ち、拳を握る力が強まっていく。
《......ザー......ザー......。》
「無事か!?イワトビ!?」
《......生きてるよ......。》
安堵したキングは深い溜め息を吐いた「まったく、肝が冷えるぜ。」
《若干、チビった......。》
「で、何があった?」
ラチェットの行動から見つけた屋敷へと、移動した事を伝えた。
「安直ではあるけど、可能性は高そうなのか?」
《この町じゃ一番デカいし、金持ちの家がデカいのはお決まりだろ。》
「偏見で当たってりゃ、苦労はねーな......で、もし見付けたとしてだ、サメはどーする?」
《片想いされる程お近付きにはなってないし、その内どっか行くだろ?》
「......空気残量は?」
イワトビは確認の為、ヘルメットに搭載されたディスプレイを見る。表示された『38%』心許なかったが、目の前にあるはずのお宝を見過ごす事は出来なかった。《......大丈夫だ......。》
「分かった、潜水時間も暫くは持つ、とっとと見付けろ。」
《了解。》
屋敷の中は広く、備え付けられた家具や壁に飾られた絵がそのまま残っており、沈んだ年数を感じさせなかった。
流れてきた写真立てを掴んで見てみるが、流石に中の写真は劣化が進み顔の判別は出来なかった。「どうだ、何かあったか?」
《いや、一階は粗方見たし......二階に行ってみる。》
階段をあがると長い廊下があり、いくつもある扉を一つずつ開けて行く。
だが、どの部屋にも金庫は見当たらなかった。最後の扉を開けると目の前には大きな窓とそれを背にする様に重そうな机が置かれ、両側の本棚などから主の雰囲気を醸し出していた。《......ビンゴ。》
「見付けたか!?」
《いや、それっぽい場所なんだが......金庫が見当たらねーな。》
部屋の隅々を探していると違和感を覚える場所があった。
《ここで問題、金持ち+金庫、答えは?》
「あ?......実は家にない、とか?」
《ボキャブラリーのない答え。》イワトビは本棚に手を掛けると思いっきり引っ張る。《正解は......隠し扉だ。》
本棚を開いた先にあった金庫、だがそれは予想外だった。
部屋の入り口程ある扉は頑丈にロックされびくともしなかった。
「ハンドルは回りそうか?」
《さぁな、てか、暗証番号で開くのか?コレ?》
「ためしにお前の誕生日でも入れてみろよ。」
《1111なんて初期設定でしか使わねーよ。》
「本部に問い合わせる、待ってろ。」
《チッ!》金庫を蹴ったイワトビはなんとかならないかと辺りを見渡す、それは突然の爆発だった、金庫の扉は吹き飛び中から大量の酸素が放出される、弾き飛ばされた扉は逆側の本棚に突き刺さった。《......は?》
「どうした!何があった!?」
《金庫の扉が吹き飛んだ......。》唖然とするイワトビ
「は?......内外の気圧と溜まってた空気......てか、何やった?」
《......小突いただけだって!まさか、金庫の弁償しろとは言わねーよな?な?な!》
「......中身が無事か確認しろ。」
金庫の中はほぼ空で、爆発により飛ばされた書類や装飾品が部屋中に散乱していた。《物はどんなだっけ?》
「ギターケース位の長さをした細長い箱だ。」
金庫の中を見渡し、隅に転がったそれを見つける。
《やべ、箱が壊れてる。》爆発の衝撃なのか亀裂が入り、中の空気が漏れだしていた。
「箱はどうにもならんし、中身は無事か?」
中身を確認する《......刀だ......。》鞘に収まった日本刀だった。
「日本刀か、銘のある物なら相当な値打ちだな。」
《ま、箱の事は許してもらうとして、お仕事完了だな。》
「色々有りすぎて、頭痛いけど、よくまぁ、見つかったわ。』
《日頃の行いがいいのかも。》そう言って金庫から出ると、窓の外に見馴れた奴がいた。
そいつと目があった瞬間鳥肌が全身を被った。
《一難去ってまた、一難......サメだ!!》
部屋から逃げようと急ぐと爆発の影響で曲がった扉が固く閉ざされ、サメは窓を突き破り真っ直ぐイワトビを狙った。間一髪背中のブロアーを使い上方へ逃げる。今度は窓から逃げようとするが、それも許すまいと口を開けたサメが迫る。腕のブロアーを起動し回転してそれをかわす。
にらみ合い、突然ディスプレイに表示される『16%』残量僅か海面までの距離を計算してもギリギリだった。
覚悟を決め、イワトビは持っていた刀を抜く。刀身はずっと海中にあったとは思えぬ程キレイで、触れるだけで切れそうな刃をしていた。
《おやっさん、一つ頼みがある......。》
無線の前で緊張するキングは言葉が出て来なかった。
《墓石にこう刻んでくれ、『ペンギンだって何時かは空を飛ぶ』ってな。》
サメの突進、今までにない程その口を大きく開ける。
それを狙っていた《残り10%の酸素を右腕のブロアーに全開放!!!》
勢いよく噴出される空気が刀を持った右腕の速度を上げる。
《うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!》
開いた口の上顎に刃が当たり、切り裂いた。
「......まったく、ギリギリだ、いや、ギリギリなんてもんじゃない」
船の中でキングの愚痴は続く。
サメを撃退したはいいが海面まで息をとめて上昇、危うく酸欠で死にそうになった。甲板の上で寝転ぶイワトビは刀を離さず、ずっと空を見上げていた。
煙草に火を点け、煙が風に流され、刀を鞘から抜く。
空に掲げた刀、ヒビが入り、折れる......。
「......あッ。」