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PenGuin  作者: 万々時意
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飛べない鳥



〜この男に関するかぎり、なにもかも古かった。

ただ眼だけがちがう。

それは海と同じ色を称え不屈な生気を漲らせていた。〜

『老人と海』 E.M.Hemingway







TVから流れるニュースは、くだらない程同じ事ばかりを告げる。

火星への移住、月で建造中の『ノア1号機』の進歩情報、移住への反対デモ、各国による火星での領土権問題、初の居住者の出発が決まった2年前から、何の代わり映えもしない報道に疲れさえ感じる。



温暖化、異常気象、溶けだした氷、環境破壊、度重なる要因が、大地を消していった結果、人類は宇宙へと逃げた。

建造された起動エレベーターは当初の予定よりも長く、近付いた月にさえその逃げ場を造り、その足は火星へと向けられていた。





現在、地球上の大地は20%を切ると言われている。





『9nine(ナイン),salvage(サルベージ),service(サービス)

通称『N,S,S』


たった9人の男女により立ち上げられた海洋サルベージ会社。

この時代、捜索物は大抵が海中であり、引き揚げる為のサルベージ船がいかに重要で信頼に足るか、その中でも『N,S,S』の働きは特に注目を浴びた。

現存する芸術品の類い、そのおよそ70%余りの物をたった9人の男女で引き揚げたのだ。その中には人類史に遺すべき品々も含まれ、国単位からの依頼も殺到する程だった。

業績が認められ、厳しく取り締まるサルベージ法にも緩和が認められるなど、ほぼ独占市場となり30年余りで大企業へと成長を遂げた。


その大企業の社長室へと赴く、1人の老人が居た。

帽子を眼深に被り、顔こそはっきり見えないが、刻まれた深い皺が威厳を物語っている。彼は持っていた杖をリズムを取る様に床に突く、案内する為にエレベーターに同乗した秘書はそれが何を意味するのか分からなかったが、パネルが階数を表示するたびに突いたので、数えているのだと分かった。



社長室では1人の男が外を眺めていた。

皺一つないスーツ、整えられた髪は軽く後ろへ流し、真一文字に結ばれた口は頑固さを現す。

『N,S,S』代表取締役『コーテイ』

立ち上げた9人の一人であり、大企業へと成長させた立役者である。



「コンコン」社長室の扉がノックされる。

コーテイにとって楽な仕事はないが、今回ほど気を揉む案件はないだろうと思っていた。

「失礼します。お連れ致しました。」扉から入って来る老人、その姿を見ただけで一筋縄ではいかないと感じた。





『N,S,S』のサルベージ船には用途として三種類用意されている。

大型船、中型船、小型船だ、それぞれの用途は名前の通りで、会社内では皮肉めいた別称で呼ばれる『艦隊』『漁船』『ゴムボート』サルベージによる成功率も上からの順繰りで、常に最下層の『ゴムボート』は煙たがられ、給料泥棒とまで揶揄されていた。

そのためか、地上50階ある会社のどの階にも彼らのオフィスは無く、海に面した小型船のドックが彼らのオフィスだった。


外に面した場所にエアコンは無く、年々上昇する気温は海からの風と、時代遅れのアンティークみたいな扇風機だけだった。

ここ何日かだろう、突然扇風機がカラカラと不快な音をたてる様になった。ドッグの角にある使い古された机、その上に足を乗せ椅子に項垂れる男が居た『イワトビ』小型船の潜水担当、人より若干長い手足が自慢で、人よりうねっている天然パーマが嫌いな男。


「......ん~......だぁーッ!!......あっち~。」

カラカラと鳴る扇風機を蹴り壊そうと思ったが、チョップだけに留めた。


基本小型船は遠洋に出る事は少なく、どんなに離れても一週間そこらで帰れる距離を請け負う。その為通常のメンテナンス等は乗組員達が行うのが原則で、必需品以外の破損や補充は会社に許可を取らなくてはいけなく、冷遇され続けるゴムボートが何故解体されないのか、会社の七不思議として数えられていた。


エンジンルームで入り口を塞ぐ程大きな身体がチマチマとした作業をしている。『キング』小型船のキャプテン、鍛えた体が自慢だが、去年やったぎっくり腰が未だに怖くて腰を気遣い始めた。


「うっわ!エンジン掛けて涼もうとしたのに、何やってんだよ!おやっさん。」イワトビはタンクトップをバタつかせるが、外よりも暑い空気が入るだけで、余計汗が滲み出る。


キングは背を向けたままイワトビに投げる、キャッチしたそれが何なのかイワトビには分からなかった。「なんだこれ?」「エンジンプラグって奴だよ。」キングは掛けてあったタオルを取ると顔中を拭いてため息を吐く。


「替えがないか『(かいしゃ)』に行ってくる。」『城』と呼ぶのは一種の反骨精神であり、どうにもならないブルースの様なモノだった。ちなみに、社長を将軍、秘書を女中、等々、他にも様々な呼び方があるが誰が付けて何時から呼んだかは定かではない。かつて存在し沈んでしまった国の呼称であるのもブルースなのかも知れない。


「......お城へのご奉公、お疲れ様です......。」





老人は一通りの説明を終えると、返答を待った。


コーテイは資料を読み漁るが可能性を探しているのでは無く、どう切り出すべきかその言葉を探していた。「NOとは、便利じゃな。」老人は葉巻を咥え、ゆっくりと煙りを燻らせる。

「儂の国には断るべき言葉が幾つもあり、それが誤解を呼び誤った方向へ進む事が山の様にあった、じゃがNOと言う言葉はそれ一つ!勿論、捉え方や伝え方はあるにせよだ......では、儂はどう捉えよう......。」


この老人が何者で何をしてきたか等、重々承知していた。コーテイはリサーチを一番と考えていたからだ、相手がどういう人物で、どういう仕事をして、どういう立場なのか、それが理解出来れば望む物が見えて来る。そうする事でいくつもの交渉を成功させてきた。

抑え所、落とし所、そして切り札。


だが、目の前に居る老人はそれら全てを一気に使って来た「誤った方向へ進む。」それは抑え所、断らないと思いますがそう言われてる「NOという言葉はそれ一つ」落とし所、返事は一つだけと言われた「儂はどう捉えよう」これが決め手、切り札、老人が『裏社会のフィクサー』という立場を使って何をしてくるのか分からなかった。断るべき理由を準備していたのだが......。


数日前、ある会食の席で頼まれた依頼、それが今回だ。

裏社会のフィクサー、キナ臭く眉唾物の噂ばかりで信じるに値しなかった。いざ、目の前にして話をするとその全てを信じてしまいそうになる。


「......参りました。」コーテイの潔さに老人は笑う「カカカカカカ......!」くしゃくしゃに笑う老人に恐ろしさは微塵も無く、さっき迄の威圧感がウソのようでそのギャップに不思議な魅力を感じた。


「何手先まで呼んどった?」敵わないと思い正直に応える「理想は王手飛車取り、でもどうしてもその飛車に自軍の王が奪われました。」

「飛車はくれてやっても良かった、儂は角の方が好きだからな。」


笑い合う二人だったが、コーテイは直ぐ様切り替える。


「今回の依頼、正式にお請け致します。ですが、成功率が低い事はご了承頂きたく思います。」


「......そうじゃろう、な。」老人は淋しそうに答えた。





本社ビル9階小型船備品倉庫


9階フロアー全てがそう銘打ってあるが実状は全く違う、会社全体の備品庫であり、ただ備品庫と銘打つより小型も頑張っていますよ、というアピールの為の名前だ。


その入り口、門番の様に構える恰幅の良い受付の女性『ミドリ』初孫の誕生が最近の一番で、ダイエット知識だけは誰にも負けない。キングはこの女性が苦手だった。

「ゴムキャップ、あんた自らとは珍しいわね。」

「ウチのメカニックが月に駆り出されててな。」月で製作中の『ノア1号機』火星移民の為の物だが、製作途中からの度重なるアクシデントにより延期を繰り返し、各国からの要請で技術者達が集められていた。


「あらあら、『ジェンツー』も不憫ねぇ~......で、今日は何?」

「......プラグを、交換したくて。」手を出すミドリに素直に渡す。


ミドリは首からぶら下げたメガネを掛けると、ジッと見つめる。

「まだ使えるんじゃないの~......?」使えないから来てる等、キングはとてもじゃないが言えなかった、それだけで両者の力関係は歴然だった。





渋々の了承を得ながらキングはプラグを受け取るとエレベーターを待った。


エレベーターが開きそこに居たのは社長秘書の『アデリー』、家にあるヌイグルミに赤ちゃん言葉で話すのは秘密で、実は男性と付き合った事が無いのはもっと秘密な入社3年目。


キングは彼女をよく知っている、というより酔い潰れた彼女を、アデリーは幼少に父親を失くし父性愛に飢えてる節があり、その時優しく送り届けてくれたキングに、ほのかな想いを持っていた。

それからと言うもの、秘書の仕事とは関係なく小型船のドッグに足を運びキングを困らせていたのだ。


「......。」

「.........。」


たった9階から1階迄の時間が、こんなにも長く感じる事は無いとキングは思った。何か話すべきだと考えていると、アデリーが口火を切る。

「こ、これ!」差し出された紙には依頼書と書かれ、期日と特別な項目が書かれている。





イワトビは水平線を眺める。

「何を見ているかな?」老人は仲間に入りたそうに話しかけた。

老人を見るなりぶっきらぼうに応える「あんたには......必要ない。」

老人は納得した様に同じ水平線を眺める。「そうか。」


キングは腰を抑えながら走る。手に持った依頼書をイワトビに。

「見ろ!!」目の前にある依頼書、書かれたボーナスの1行、奪い取る様に手にしたイワトビはドックへと走る。後を追うキング。


老人はそんな二人を見送ると水平線に静かに願う。




船のエンジンが掛かり駆動するそれは排気口を伝い一気に吹き出す!

黒煙を出しながら船は加速する!!


「このボーナス、俺達が頂く!!!」













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