3話 再対話
少女のあとを大学生である僕が追うなどという図は中々にデンジャラスというか、犯罪染みたことだけど、いろいろと訂正及び弁明の機会をいただきたい。
まず、少女には不審な点が多すぎる。
そういう少女もいるだろ――そういう反論があったとしても、流石に不可解な点が多すぎるのだ。
不可解な点を挙げると三つくらいある。
まず一つ目、少女がいきなり倒れたこと。
いきなり倒れる行為は子供でさえ取らない。走った結果にすっ転ぶだとか、そういう状況に邂逅するなら分かる。だけど少女は、歩いて、それでそのまま気絶して倒れたのだ。それは選択を取ったというよりも、選択を取らざるを得なかったと言えるが、それでもそれが常識だと思うにはあまりにおかしいだろう。
次に二つ目、少女がよく笑っていること。
性格の問題だと思われてしまうのかもしれないが、それにしても少女は笑い過ぎだ。唯一笑っていなかったのは、気絶したそのあとに、立ち上がったとき――あのときは笑っていなかった。まあ、気絶し、目覚めた瞬間に起き上がって笑ったら狂人にしか思えないが……。だけど思い返すと少女は半ば狂人に足を突っ込んでいるのかもしれない。少女が『今日見たことは忘れて』と懇願してきたときでさえ、笑っていた。普通は笑わない。さらに言ってしまえば、僕は少女が倒れた姿を見た。そしてその状況は少女にとってみられたくなかったのだろう。だから僕は少女に嫌われていい存在。なのに、僕と接しているときずっと笑っていた。嫌われても笑う。相手がどんな相手でも笑う――少女はそんな人物かもしれない。もしそうだとするなら人物というより怪物か……。
最後に三つ目、少女の容姿。
容姿に関してもツッコミどころがあるが、最も気になるのは、この季節――夏という暑っ苦しい時期に、長袖長ズボンだったこと。日焼け対策とかあるのだろうか――いやそれはあり得ない。小学生で――しかも低学年か中学年くらいで日焼けを気にしているなら、まず長袖長ズボンではなく日焼け止めを塗るべきだろう。他の考えとしては、なんだろうか、あるのか?
まあともかく。以上三つの点から少女の後を追った。
ストーカー行為だと言われてもいい。とにかく少女の後を追うべきだと、直感が警鐘を打ち鳴らしていた。
後を追うと、少女はスーパーマーケットの中に入っていった。
少女が――小学生が一人でスーパーに立ち寄る? なんかおかしくないか?
そんな疑問は些細なものでしかない。初めてのおつかいだとか、そういうものがよくあるように、親にきっと何か頼まれたのだろう。
少女はスーパーの買い物カゴをショッピングカートの上に乗せ、買い物をしていた。時間が経つごとにカゴには様々な食材が入っていく。それは初めてのおつかいというにはあまりにも量が多かった。
軽く見積もって二日分はある食料を買っている。
……奇妙だった。小学生低中学年が一人でスーパーまで来て、それであそこまでの量の食材を買う。そういう小学生もいるだろうけど、でも、先ほどの三つの不可解な点を考慮すると、嫌な予感が頭を過る。
少女は既にレジの場所で会計をしていた。そのとき、お金を渡す際に、背伸びになり、袖口から今まで見えていなかった少女の手首から先の状態を確認した――確認してしまった。
少女は買い物を終え、小学生にとってはかなり重い荷物を両手で持つ。大人ならば、それらを持って車に乗せるなどできるが、しかし今重い荷物を持っているのは少女でしかない。華奢な、屈強ではない少女が重い荷物を手に持ち運んでいる。
他者の視線は特に気にしていないのか、いつも通りのようにせっせと歩みを進める少女。しかし、足取りはふらふらで、今にも倒れてしまいそうだった。
先ほど、手ぶらの状態で倒れていたのだから、再び気絶し倒れる可能性は十分にある。
僕は少女とはもう、なんの関係も持つなと言われた。だけど、それでも、この現状を見ているだけという――そんな異常染みたことはできなかった。
「荷物持つよ」
既に無自覚に行動してしまったらしい。
僕は少女の荷物を取り上げ――いや違うな。少女が重たそうにしていた荷物を優しく持ってやった。
少女は数秒、何かを考えているように止まっていたが、すぐにその硬直をやめる。
「それは私が持たないと駄目だから、私に返してくれるかな?」
表情は、相も変わらず無邪気な笑い顔。不気味と思われても仕方ないほどに、この状況で笑みをこぼしていた。
僕は、少女の問いかけを無視するように話を進める。
「自販機によって、ジュースでも買ってあげるよ。長袖長ズボンじゃ今の時期暑いだろ?」
「まあ、そうかもしれないけど、私にとってはこれがマイブームのファッションだから大丈夫だよ!」
「そうか」
やはり、いろいろと綻びが酷い。
不気味だらけの少女だ。先ほどまではそう思っていたけど、ひも解いてみればなるほど、君は悪くない――そう言える。まだ、言うべきではないが。
僕は言葉を再び紡ぐ。
「とりあえず僕が荷物を持った。だから僕がジュースを君に奢らせる。それでいいか?」
僕の言っていることは普通だったら意味不明だろう。だけど、今の僕と少女の関係なら理に適っている。少女に再び関わったのだから、奢ってやる――そういう意味合いになっている。
少女は僕の言葉に戸惑っていたようだ。初めてだったのだろうと、思う。初めての体験。知らない男性からジュースを奢るなどというイベントは初だろう。
気絶することは初めてではなかったが、これは初めて――少女の反応からそうだと理解できる。
そして少女の、悩みに悩みぬいた答えはこうだった。
「……そうさせてもらおうかな!」