1話 少女の日常に邂逅し、僕の日常は非日常という日常の謎になる
僕は目の前の状況に茫然とせざるを得なかった。
明らかに常軌を逸している現在の出来事。果たしてこれが本当に現実なのか判別できなかった。
季節は夏――八月二十日。
場所は公園。遊具などが置かれていたが、人は僕ともう一人だけ。
そのもう一人は友達でも、ましてや知り合いでもない。
もう一人――少女といっていいほど幼く見える容姿。年齢にして小学生低学年か中学年だろう。
その少女は、倒れていた。
否、先ほど、倒れた。
歩いていたと思っていた少女が急に倒れた。そんな異常事態に直面すれば、まず心配する前に、茫然とするのだと、僕は初めて知った。普通の少女がいきなり倒れるなんてのはフィクションでしか見たことがなかったし、ノンフィクションであったとしても、少女が倒れる場に出くわすわけがないと勝手ながらに思っていたから、即座に対応する能力など持ち合わせていなかった。
とにかく。こうなってしまえば、僕が彼女を起こすしかない――そう思い起こそうとするのだが……少女が起きることはない。揺すった程度だったが少女は起きなかった。
そうなると少女を担いで病院、あるいは警察署まで行くか――そう思ったが、力仕事に自信のない僕はその案を放棄。
代わりに、救急車を呼ぶことを決心した。
スマホを取り出す。……えっと119か。初めて電話するから多少緊張する。
僕は三回、スマホをタップする――もちろん、1、1、9と入力した。
そして電話は繋がった。
「少女が急に倒れてそれで動かなくて――気絶したように動いてなくてこのままだと――」
「落ち着いてください」
僕は異常な出来事を話すためにまったく冷静になれずにいた。落ち着け、相手は人を助けるスペシャリスト。こっちが落ち着けばしっかりと対処してくれる。
落ち着け、落ち着け、落ち着いて話そう。
「落ち着きました」
「良かったです。それで、火災ですか、それとも救急ですか?」
「救急でお願いします」
「場所はどこですか?」
「公園です」
「どこの公園ですか?」
この公園の名前を言えばいいんだよな? ……あれ、なんて名前だっけ?
僕はそう思い、公園名が書いてありそうな看板を探すために、辺りを見渡し――
――少女は立ち上がっていた。
あまりの異常さに、少女の姿が記憶に焼きついた。
長袖長ズボン、おしゃれを全くしていない小学生という印象。目の奥底は暗く混濁としていて、それでいてどこか泣いている瞳。髪は長い方だろうけど、その髪は悪く言ってしまえば不吉だった。不潔ではなく不吉。汚いとかではないが、少女らしさがない――ように見える。綺麗に思えるが、どこか不潔――だから不吉、と文字として説明するならこんな感じか。そもそも、その特徴は――不吉という特徴は髪だけじゃない。全体的に不吉だ。
悪く言えば、少女の存在が不吉。良く言えば、少女の存在が特別。
少女はボクの目の前に。
そのまま彼女は僕のスマホに手を伸ばす。
あまりの奇妙さゆえ、僕は少女のされるがままとなっていた。
少女はゆっくりと僕のスマホを取り上げ――いや取り上げるというには語弊があった。少女は慎重すぎるほど、ゆっくりと、優しく僕のスマホを持つ。少女は僕のスマホの画面を見つめ、
そのままスマホの電源を切った。
「駄目だよ、電話なんてしちゃ」
少女はにっこりと笑いながら、そう言った。
……。
一体、これはどういうことだろうか。目の前の少女を助けようとして、電話をかけたはずなのに、当の本人である少女が電話を中断させた。
しかも、強制的ではなく、ゆっくりと僕が反抗できるほど、ゆっくりに動作を行い、電話を――電源を切った。
「どうしてだ?」
思わず疑問が言葉に出てしまう。
しかし、少女は僕の一言を特段気にしなかったのか、
「目の前のお兄ちゃん、ちょっと場所を変えようか」
そういいながら、無邪気な笑顔を見せてきた。