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第9話 動き出す者、見えない物

恵美からの許しの形が見えない孝だった。約束の優先順位はあきなである事に変わりなく、できるだけ恵美との時間を作ろうと努力をするが・・・。

店の外で山田は達也から聞き込みをしていた。達也は自分が刑事から事情を聞かれる理由を薄々わかってはいたが、まさかこんな状況になるとは思ってもみなかった。もちろん、理香は自分のバイト先で起こっている事など知らなかった。そして、達也が外で山田と話しているその理由を店の中にいる木山も鈴木も、もちろん知らなかった。むしろ、二人は店の中で心配していた。しかし、こうしている間も店は普通に営業していたため翔は蚊帳の外のような状態で厨房の中で皿洗いをひたすら一人でこなしていた。もちろん、翔も達也の事情は知らなかった。店の外では達也は山田に身近に起こった事を一部始終話した。

山田「なるほど!そんな事が…。その路線は否定は出来ないが肯定も出来ないというのが今の状況だな〜!じゃあ、仕事中悪かったな!」

そう言って山田の達也から聞き込みは終わった。悪かったと言ってるにもかかわらず達也には、山田が本当に悪いと思ってるようには見えなかった。

達也「チッ!」

達也は遠くなる山田の後ろ姿を見ながら、少し偉そうな態度が気にいらなかったため舌打ちをした。そして、再び店に戻った。

木山「達也!何かあったのか?」

木山はすぐに、心配した様子で聞いた。

達也「いや、何もないです。ご心配をおかけしてすみません。」

しかし、達也の言葉は木山と鈴木には何かを隠しているような言い方に聞こえたが、敢えてその事には触れなかった。そして、厨房に戻ると翔からも

翔「何かあったんですか?」

達也は当たり前のように同じ質問をされたが

達也「何もないです。」 と同じ返答をした。翔にも達也が何かを隠しているような雰囲気は伝わっていた。達也は、面倒な事に巻き込まれたと思い少し、沈んでいた。もちろん翔は達也が少し、沈んでる雰囲気を感じとっていた。すると鈴木が

鈴木「注文が入ったぞ!」

達也「は、はい」

達也は考え事をしていたかのように、我に帰って返事をした。そして、鈴木は小声で

鈴木「あちらの綺麗な女性からだぞ!」

と言って鈴木はあきなの方を小さく指差して達也に言った。注文の伝票ははあきなのテ−ブルの席の物だった。鈴木は若干沈んでいるように見える達也を励ますつもりで言った。すると達也は

達也「わかった!わかった!早く、向こうのテ−ブル片付けて下さい。」

達也は少し笑いながら、たくさん仕事を残してる鈴木を見て呆れた反応をした。

鈴木「え?テ−ブル?あ!アハハ…!」

鈴木は山田が達也から聞き込みをしている間、外の様子をずっと心配して店内の仕事が止まっていた事を思い出した。

鈴木「わりぃ!わりぃ!アハハ!すっかり忘れてた」

そう言いながら、片付けに行った。そして、達也は伝票を見た。すると翔が

翔「注文は何ですか?」

達也「ペペロンチーノだって!」

すると翔が

翔「あれ!鈴木さんが言ってたあの女性の注文じゃないんですね。一緒に来た男性の注文ですね!」

翔は微笑みながら言った。

達也「え?何でわかるんですか?」

達也は不思議そうに翔に聞いた。すると、翔は微笑みながら少し黙っていたが

翔「勘です。」

と一言、達也に言った。

達也「勘?」

すると翔が

翔「じゃあ、氷川さん!ゲームをしましょう。」

達也「ゲーム?」

翔は沈んでいる達也を見て励ますきっかけが欲しかった。

翔「どちらの人がペペロンチーノを食べるか?ジュース一本、賭けましょう。ペペロンチーノをあちらの男性が食べるかそれとも女性が食べるか!」

翔は楽しそうに言った。すると達也は元気を取り戻したようになった。そして。

達也「いいよ!じゃあ、俺は女性が食べる方で」

翔「僕は男性が食べる方で!」

二人は、小さく盛り上がっていた。そして、翔は腕を奮ってペペロンチーノを作り始めた。料理をしてる間、翔と達也は何か楽しみを待っているような表情だった。それは、端から見れば男二人がパスタ一つを盛り上がって作るという少し異様な光景だった。しばらくして、ペペロンチーノが出来上がった。

翔「お願いします!」

鈴木「はいよ−!」

鈴木の威勢のいい声とともにそのパスタはあきなとその男性の元に運ばれた。翔と達也はそのパスタをどちらが食べるか厨房の中からじっと覗いていた。そして、パスタを食べ始めたのは男性の方だった。

翔「僕の勝ちですね!ハハハ!」

達也「マジかよ〜!」

翔は楽しそうにしていた。しかし、負けた達也もさっきまでのどこか沈んでいる雰囲気を忘れて楽しそうにしていた。翔は、沈んだ気持ちから立ち直ったような達也の姿に微笑んでいた。しかし、二人の盛り上がりは鈴木にも、木山にも異様な光景だった。


その頃、宏のショットバーでは金田が一人でいた。相変わらずラム酒のロックを飲んでいた。店内には、ム−ドのあるBGMが流れていた。平日の夜遅くという事からか、客はほとんどいなかった。というより金田が一人飲んでいるだけだった。宏はグラスを拭きながら、一人静かにラム酒のロックを飲んでいる金田を意識してチラチラと見ていた。それは、美幸が金田の怪しげな雰囲気にどこか、怯えている姿を先日、見て以来気になっていたからである。しかし、宏は美幸にその理由を問いただそうとは思わなかったが、今の自分の守るべきものに責任を感じていた。そして、金田が来ている事を考慮してからか、携帯のメールでこっそり美幸に、「今日の店の片付けは一人でする」という事を伝えた。そして、宏は金田が常連のお客さんになりつつあるという事を意識してからか

宏「今日は、お仕事の帰りですか?」

と定番のような、当たり障りのない質問をした。すると金田は

金田「まあ、仕事と言っても起きている間は常に仕事みたいな物ですから」

金田は、カッコ付けたような言い方をした。

宏「起きてる間?」

宏は疑問に思いながら言った。

金田「そうですね!具体的には心理の探究が仕事ですね!」

すると、宏はヒントを貰ったように

宏「もしかして、学者さんですか?」

金田「まぁ、そんなとこです。まだ、助手ですが…」

金田は、何か謙遜しながら言った。そして、さらに

金田「でも、先生の研究レベルがあまりにも低すぎて、本当にうんざりしてるんですよ。」

金田は馬鹿にしたような言い方をした。そして宏は、

宏「そうなんですか〜?」

内容はわからなかったが同調するように答えた。

金田「まぁ〜!所詮は二番煎じなんですよ!うちの先生は!」

宏「二番煎じ?」

金田「結局!パイオニアには勝てないんですよ!私も本当はパイオニアの元で研究をしたかったのですが…」

金田は何か、下を向いてがっかりした雰囲気だった。その姿はどこか、宏には、今までの怪しげな雰囲気から一変して普通の落ち込んでいる人に見えた。すると、金田は突然

金田「フッ…フフッ、ハハハ!全く、どいつもこいつもふざけやがって!」

左手でテ−ブルを叩き、何かを思い出したかのように、独り言とは思えないような大きな声を発しながら豹変した。宏は、ただ黙って見ていたが、その怪しい人というイメージは変わらなかった。そして、金田は再び落ち着いた様子でラム酒を一口飲んで

金田「パイオニアが死ねば、二番煎じはこの世では、実質のトップ!フッ、実力もないくせに!」

それは、何かに憎しみを込めているような言い方だった。宏は明らかに自分に問いかけてる訳でなく独り言だと思いながら聞いていた。金田は見た感じは酔ってる様子はなかったが、実際にはかなり、酔っていた。そして、金田は無言になった。店内は、BGMだけが流れて二人の間に静寂が走った。その時、店のドアが開いた。

宏「いらっしゃいませ!あ…」

宏は、少し驚きを見せた。客は茜だった。茜は一人で来ていた。茜はあの日以来、宏は憧れの存在のようになっていた。少し、照れてる様子だった。もちろん恵美はこの事は知らない。

茜「あの〜!一人ですけどいいですか?」

宏「大丈夫ですよ!どうぞ!好きなところに!また、来てくれてありがとうございます。今日はお友達と一緒じゃないんだね?」

茜「あれ、もしかして私より、友達の方に興味があったりしますか?」

茜は冗談混じりに笑顔で少し、からかうような感じで言った。すると宏は

宏「ハハハ、そんな事はありませんよ!」

微笑みを残しながら、あいまいに且つ無難に答えた。そして、茜がどこかに座ろうとすると、先に来ていた金田が目に入った。敢えて、金田を避けるように、席をいくつか挟んで座った。すると、金田はそれに察したかのように

金田「フッ、全くふざけやがって!」

と俯いたままで、茜の方を見る訳でもなく、独り言のようにつぶやいた。それを見た茜は、少し金田の方を見たが、怪しげな雰囲気を感じながら金田に対して無言だった。宏と茜は金田の意味不明な言葉に、危ない雰囲気さえ感じていた。しかし、金田が何かする訳でもなく、何かをしようとする素振りもなかった。その事が宏と茜の緊張感を高めていた。茜は金田と距離を置いて座っていたが、気持ち的にも見て見ぬふりをしながらも関わらないように距離を置いていた。すると金田はさっき見せた怪しげな雰囲気を意図的に取り去ったように、普通の表情で

金田「今日はアルバイトの女性は来ないのですか?」

突然、宏に質問した。

宏「今日はおやすみです。」

宏は即答だった。すぐに美幸の事であるとわかった。金田が来ていたため始めから、二人を会わせなつもりでの返答だった。そして、美幸が来ないと聞くとすぐに

金田「では、この辺で失礼致します。」

さっきの怪しい雰囲気が嘘のように、礼儀正しい振る舞いで帰る準備をして

金田「お代はこちらでお願いします。」

と宏が伝票を見る前に自分の財布からお金を出して両手で丁寧に差し出した。

宏「ありがとうございます。」

宏は少し、驚きを抑えながら、会計をした。そして、金田は宏と茜を見て一礼をして店を出た。茜は、何かホッとした表情になった。一気に緊張感が抜けた。そして

茜「何か変な人でしたね?」

宏に言った。

宏「ハハ!いろんな人がいますからね!」

宏は、微笑みながら、茜に同調する様子を見せる事なく受け流すような感じで言った。茜はその微笑みに見とれていると

宏「ご注文はどうされますか?」

茜「あ!すみません。忘れてました。」

宏「別に謝らなくてもいいですよ!ハハハ!」

宏は優しそうに答えた。茜は金田の、異常とも言える雰囲気や言動に警戒していてメニューを頼むのを忘れていた。その後、茜は甘めのカクテルを頼んだ。しばらく、茜は一人カクテルとともに店内に静かに流れるBGMと時間の余韻を楽しんでいた。宏は、その茜の様子を全く気にする事なく、さっきの金田の事やあの時の美幸の不思議な反応に疑問を感じながら、考え事をしていた。すると突然、茜が

茜「あの〜。さっきの変な人が言ってたのですが、アルバイトの女性の方って、いるんですか?」

宏に質問した。宏はすぐに、それは美幸の事だとわかったが

宏「アルバイトの女性?ハハハ!そんな人は最初から、いませんよ。」

普通に、茜の質問の範囲内だけに返答した。宏は金田の件で面倒な事になる事を危惧していた。敢えて、美幸の事は伏せて話そうと思った。すると茜は

茜「そうなんですか〜!もし、アルバイトとかあったら、いい雰囲気のお店だから、働けたらいいな〜と思って!」

少し、謙虚な感じで言った。それは、宏に少しでも近づきたいという気持ちからの発言だった。すると宏は笑いながら

宏「ハハハ!アルバイトを雇う余裕なんてありませんよ!」

と茜に微笑みながら答えた。

茜「残念〜!」

茜は、はにかみながら、言ってカクテルを飲んだが、心の中で何か宏と自分とのの距離を近づけたいという気持ちは変わらなかった。



その頃、孝と恵美は店を出ようとしていた。

「1万2千円…になります。」

孝はその金額に一瞬、顔がひきつった。そして、約束通り孝が会計をする流れで、恵美が

恵美「ごちそうさまで〜す。」

孝「あ、ああ〜!」

恵美は孝に愛嬌を振り撒きながら言った。孝は金額を見て内心驚いたが、それを、見せる事なく会計を済ました。それから二人は店を出たが、孝には恵美と仲直りをしたという確信が持てる物が今一つなかった。何故から孝は恵美に普通に謝って、改めて告白したような形になったが、それに対して恵美の答えが、孝の携帯のメモリを消して、会えないようにするという事だけだったからである。もちろん、孝の携帯のメモリを消す事だけで、孝とあきなの関係が切れるとは孝自信思っていなかった。それよりも、またあきなから電話がかかって来て、再び二人だけでいる事を恵美に見られたらと思うと、孝は少し不安だった。帰り道、恵美は怒ってる様子はなかったが、どこか孝を意識する事なくひたすら、駅に向かってる様子だった。その姿を見て孝は、何か話かけようとしたが、何も思いつかずただ、斜め後ろから見ているだけだった。すると、いつの間にか駅に着いていた。そして、恵美が

恵美「じゃあ孝、私こっちだから」

孝「ああ!」

そう言って恵美は、孝に振り向く事なく、真っ直ぐに改札に向かおうとした。その時

孝「恵美!」

恵美「何?」

孝「送るよ!」

孝は、少しでも一緒にいたい気持ちからの言葉だった。すると、

恵美「いいよ!そんなに気を使わなくたって!」

恵美は微笑んで言った。そして孝は

孝「まだ、俺達付き合ってるんだよな?」

何か、確信できるものが欲しくて言った。しかし恵美は

恵美「知らない〜!」

恵美は笑顔で言った。いつも、YESかNoで答えを出す恵美の答えにしては、孝にとっては意外の答えだった。すると

恵美「孝!今度、夜景に連れて行ってよ!」

恵美は普通に言った。そして、孝は

孝「夜景?あ、そうだ!行こう!」

孝は、約束だけでもよかった。とにかく、恵美との時間を作りたかった。それは、時間が解決してくれるだろうという考えがあったからだった。しかし、孝はそんなに簡単にこの問題が解決できるとは思ってなかったが、今はそれ以外に選択肢がなかった。ただ、孝はあきなと出逢う前の恵美よりも今の恵美との距離の方が遠く感じていた。



理香は退院してから久しぶりに南教授の研究室を挨拶のために訪ねた。

理香「失礼します。」

南「どうぞ!」

静かな研究室に一人、南は本を読みながら、煙草を吹かしていた。

南「とんだ、災難だったね?もう、ケガの方は大丈夫ですか?」

南は読んでいた本を閉じて、煙草を消した。

理香「はい、大丈夫です。この度は非常にご迷惑をおかけして申し訳ありません。」

理香は軽く一礼をして言った。

南「元気になってよかったよ。卒論!よく書けてたよ。この調子で院に行っても頑張って下さい。」

南は軽く励ますつもりで言った。

理香「ありがとうございます。」

南「君には期待してるよ!今後も心理の探究の発展のために、さらに貢献してもらえるとね!」

さらに、南は話し続けた。

南「君なら、金田を越えるのも時間の問題だよ!それにしても金田は…しかたない奴だ!」

南は不満だらけで喋り出した。そして、いつのまにか、理香は南の愚痴の聞き役になっていた。すると、

理香「あ、あの〜先生…」

理香は、少し引いた感じで言った。

南「あ〜、すまん!つい…。」

南は我にかえって、理香に軽く謝った。そして、理香は研究室を出た。軽く挨拶をして終わるつもりが、少し長話になったと理香は感じながら歩いていた。すると、正面から金田が歩いて来た。

理香「あ、金田さん」

金田「もう、ケガは大丈夫なの?」

理香「はい、おかげさまで!ご迷惑をおかけしましてすみませんでした。」

理香は軽く礼をした。

金田「そんな、謝らなくても、ケガが直って元気になればそれが何よりだよ!じゃあ、僕は先生に呼ばれているので、また!」

金田はそう言って少し焦って立ち去ろうとした。その時、金田のポケットからバタフライナイフが落ちた。

理香「あ、金田さん!何か落としましたよ」

その、バタフライナイフを拾った瞬間、理香は頭にあの事件の事が無意識によぎった。そして、それを思い出した反動で、

理香「え?」

一瞬、恐怖を感じて拾ったナイフを手から離して落としてしまった。すると、金田は

金田「あ、どうも…。」

金田は、何か苦笑いをしながら理香が落としたナイフを拾って、焦ってその場から逃げるように去った。

理香「まさか…。」

理香は焦って歩いている金田の後ろ姿を見ながら、あの日の事を思い出していた。しかし、刺される前にかけられた時の声を思い出そうとしても、あの時の恐怖感で思い出せなかった。ただ、金田が落としたバタフライナイフがあの時の物と同じであったかもわからなかった。むしろ、理香は何も思い出したくなかった。

理香「あ!バイトの時間だ」

理香は時計を見て、思い出したように言った。理香に会った金田は南に呼ばれていた。

南「全く、努の奴はどこに行ってるんだ。卒論も書かずに…。」

南は怒っていた。自分の苛立ちをぶつけるために金田を呼んだみたいだった。しかし、金田はただ、黙って聞いていた。すると

南「おまえは知らないのか?あいつがどこにいるか?」

金田「申し訳ありません。それが、どこに行ったのか自分でも全く見当がつきません。」

金田は礼をして、下を向いたままで言った。すると南は

南「そもそも、おまえがしっかりしてないから、落ちこぼれが出てしまうんだ。」

南は奴あたりのように言った。金田は、それにも反論する様子はなく

金田「本当に申し訳ありません。私の方からも今度、会ったらよく言っておきます。」

南の言葉を受け入れるように金田は再び謝った。すると南は金田をしばらく見て

南「それから、何か本についてはわかったか?」

金田「申し訳ありません。そちらの方も、全くこれと言った情報は…」

金田はまた、一礼をして下を向いたままで謝った。すると、南はあきらめたような表情でため息をついた。そして

南「もう、退出していいぞ!」

そう言いながら、下を向いたままの金田をしばらく見ていた。そして

金田「失礼します。」

顔を上げて一瞬、南を見てから部屋を出た。そして、部屋の外に出てドアを閉めた後

金田「フッ!」

部屋の中での謝罪をしている表情から、一転して何かを見下したような表情になって、不適な笑みを浮かべていた。そして、部屋を出た後、大学構内にある喫茶店で努と待ち合わせをしていた。努は窓際の席で、外を見ながらたそがれていた。

金田「準備はどうだ?」

努「順調ですよ。でも、平田さんは本を持っているんですか?」

金田「確証はないが、たぶんな?人の欲望とは、不思議で哀れだな!」

すると、努は思いついたような

努「それは、その前に価値観から違うから、という事ですね?」

金田「ハハ!そういう事!努もわかって来たな。だから、人は金も投げ出して、時には…フッ」

鼻で笑ったあと、金田は無言で笑っていた。



洋食屋KIYAMAでは、夕方からコ−スの予約が入っていた。そして、孝はその準備に追われていた。しかし、どこか落ち着かなかった。それは、コ−スの客が平田だからである。店は、もうすぐ夕方からのディナータイムのために再び、開店しようとしていた。店内は少しづつ慌ただしさを増していった。それから、店は再び、開店した。そして、理香はレジのところの予約の伝票を見ていた。


理香「あれ?ちょっと、先輩!コ−スのお客さんて、確か前に来た人じゃないですか?」

伝票を手に持って、孝に見せながら言った。

孝「え!そう?」

孝は、少しはにかみながらの返事で、多くを語ろうとはしなかった。

理香「そうですよ!確か、あの時は誰かさんが休みで、朝から呼び出されて、おまけに残業で…」

理香は目を細めて、流し目で鈴木を見ながら言った。すると鈴木は

鈴木「え?…。アハハ!」

鈴木は言い訳する様子もなく、笑ってごまかそうとした。近くで孝は少し顔がひきつりそうになっていた。そんな、話をしていると店のドアが開いた。

孝「いらっしゃいませ…あ!」

入って来たのは、予約の伝票通り平田だったが、孝はその後ろにいた女性に目が行ってしまった。その女性は恵美だった。恵美は無言で孝を見る訳でもなく、平田を見る訳でもなく、意図的によそ見をしているように、孝には見えた。そしてその後、数名のス−ツ姿の男女が続くように入って来た。

平田「すいません。昨日電話した平田ですが…。」

孝「あ、コ−スの予約のお客様ですね?あ、あちらに席を用意してますので…。」

孝は少し緊張しながら言った。

平田「どうも!」

そう言って10名足らずの部下を先導するように平田は席に着いた。すると理香が孝に小声で

理香「先輩!恵美さんじゃないですか?しかも、あのス−ツ姿の男性ってこの前、新宿で見た人ですよね?」

孝「え?新宿で?」

孝は動揺を隠すためにごまかそうとしたが、

孝「あ、そうだ!ハハハ」

動揺は隠せなかった。そんな雑談をしているうちに、厨房からは、コ−ス用にたくさんの料理があがっていた。それを、孝と理香は手分けして運んだ。そして、一通り料理が運び終わると平田はビールを片手に音頭を取り出した。

平田 「本日は、野原恵美さんの歓迎会という事で、親睦も深めるつもりでこの会を開きました。それでは、今後の会社の発展も祈って、乾杯!」

そして、一斉に歓迎会が始まった。もちろん、その様子を孝も理香も、鈴木も見ていた。平田の取った音頭を聞いて孝は初めて恵美が平田の会社に入ったと知った。すると、理香が

理香「先輩の彼女って、転職したんですか?」

孝「え?」

孝は、何も言えなかった。というより、恵美からそんな話は聞いていなかったため知らなかった。偶然に平田と恵美が一緒にいたのを見かけた時でさえ、転職などという考えは思いつかなかった。さらに理香は

理香「この前、新宿で見たのは仕事だったんですかね?」

孝に質問したが、

孝「そ、そうだよ!確かこの前、恵美がそんな事を言ってたような…ハハハ」

苦笑いをしながら、ごまかしながら言った。ただ、恵美が転職したとは言え、やはり平田と恵美の関係は気になっていた。職場が同じなら、なおさら平田と恵美の距離が近くなるのは時間の問題では?とも思いながら、孝は平田と恵美を見ていた。すると理香が

理香「あ〜。先輩はもう上がりですよね。いいですね?」

孝「え!もうそんな時間?」

理香は孝をうらやましそうに見て言ったが、孝は二人を見ていて、すっかりあがりの時間を忘れていた。端から見て、平田の会社の飲み会は普通に盛り上がっていた。恵美はほろ酔い気分になっている感じで、孝が近くにいる事を全く意識をする様子はなく、その雰囲気を楽しんでいた。もちろん、孝は気になって見ていた。そこへ、店長の木山が来た。

木山「白川!もう、上がってもいいぞ!料理は全部準備しているから後は大丈夫だから。」

と言ってる木山は、孝を早くあげたい雰囲気だった。人件費を気にしているのだろうかと孝は思った。

孝「あ、じゃあ、上がります。」

理香「いいな〜先輩!あ〜お腹空いたな〜!」

と木山に何かをおねだりをするような感じで言った。そして、孝は、恵美の事が気になりながらも帰る準備のためにロッカールームに行った。孝は一人、ため息をついて少しロッカーにもたれて、ボ−ッとしていた。外から聞こえてくる店内のざわつきが自然と孝の耳に入ってきた。しかし、恵美の周りでどんな会話がされているか気になりながらも、それを知る事は不可能だとわかった。孝は何か複雑だった。そして、携帯がなった。

孝「あ〜、またか?」

とひとりつぶやきながら、あきなからだと思い携帯を取り出した。そこには相変わらずの非通知だった。そして、電話に出た。

孝「もしもし」

しかし、電話は一瞬、無言だった。すると、

「お忙しいところ失礼します。あきなさんのお相手の白川さんでしょうか?」

電話の向こうは男性の声だった。

孝「え?」

孝は、冷や汗が走った。そして、言葉に詰まった。

孝「あの〜、どちら様ですか?」

孝は、見知らぬ人からの電話に緊張していた。電話の向こうも、話し方からどこか、緊張しているように孝には聞こえた。

「私、日高(ひだか)と申します。どうしてもお話したい事があります。一度、お会いできないでしょうか?10分、いや5分でも、構いません。どこかで少しだけでも…」

電話の声から孝には全く、聞き覚えのない声だった。孝には、全く事情がわからなかった。ただ、電話の相手はかなり丁寧な口調だった。話し声から、怪しい様子はうかがえなかったが、見知らぬ人からの突然の電話で疑う要素はたくさんあった。そして、孝は

孝「今からでしたら、大丈夫ですよ!」

と無理難題な風に自分の都合のいいような言い方をした。すると

「わかりました。どこにしましょうか?やはり、銀座の時計台の前がよろしいでしょうか?」

孝は一瞬止まった。

孝「え、銀座?」

あきなとの定番の待ち合わせ場所の時計台を知っているのかと疑問に思った。しかも、電話の相手はあきなの事を知っていた。あきなの事を知っていたら当然の事かも…頭の中で推測しながら、好奇心と恐怖感が渦巻いていたが

孝「じゃあ、今からそこでいいですよ!」

といろいろ知りたいという気持ちから言った。

「では、よろしくお願いします。」

そして、電話は切れた。孝はその場で、しばらく考え込んで止まった。しかし、何を考えても答えが出るはずがない事は孝はわかっていた。その時、ロッカールームのドアが開いた。理香が笑顔で入って来た。

理香「さあ、帰ろう。あれ?先輩、まだいたんですか?」

孝「いや、疲れたからちょっと休憩を…アハハ」

孝はさっきまでの緊張感と今の緩い雰囲気のギャップで作り笑いをした。

理香「もしかして、あの飲み会が終わるのを待ってるんですか?」

孝「あの飲み会?いや別に…」

孝は待っている訳ではなかったが気になっていた。しかし、今はさっきの電話の方が気になっていた。すると

孝「じゃあ、お疲れ!」

理香「あら…あ、お疲れ様でした〜!」

理香は、図星のつもりだったが、孝があっさり帰って行ったので意外な表情をしていた。しかし、孝の感じた緊張感とは逆に店内では普通に盛り上がっていた。もちろん、孝はその様子を知るはずもなかった。それから、孝は店を出て銀座の時計台に向かった。それは、あきなとの待ち合わせではないが、孝にとってはあきなを知る一つの方法のような物だった。


孝がいなくなった後の店内では、普通に歓迎会が続いていた。

鈴木「腹減ったな〜!」

鈴木は飲み会の様子を見ながら独り言を言った。一方、厨房では達也が店内の様子をカウンターの隙間から覗いていた。

達也「みんな、かなり酔ってるな〜!」

そう言って興味深そうに、観察するように見ていた。そして、そこに理香が厨房を横切るように入って来て

理香「お疲れ様でした。」

達也「お疲れ様でした。あれ!そう言えば白川さんて帰っちゃいました?」

達也は店内の恵美の様子と比較するように聞いた。すると理香は、笑いながら

理香「帰っちゃったよ!彼女を残してね。じゃあね!」

理香は一言余計に、おもしろくするつもりで捨て台詞のように言って帰って行った。すると、理香の捨て台詞のような言葉に反応して翔が

翔「白川さんの彼女?」

厨房の中で、店内の様子を覗き見する事なく無我夢中でひたすら料理をしていたが、突然、手を止めて言った。そして達也は翔に

達也「そうですよ!あそこの茶髪の男性の隣に座ってる女性ですよ!」

指差して教えるように言った。すると

翔「なるほど〜!」

そう言いながら、翔は店内の盛り上がる様子を興味深く笑顔で見た後、突然、眉間にシワを寄せて

翔「ん!あの集団!何者ですか?」

翔は驚いた表情で、達也に聞いた。その翔の表情からは笑顔はなく、どこか深刻な顔のように達也みは見えた。

達也「え、何者って…。何か、会社の集まりらしいですが…。」

翔「会社?」

達也は、さっきまでのほのぼのした感じの雰囲気から、深刻そうに見える翔の表情は理解出来なかった。

達也「あの〜!どうかしましたか?」

翔「あ!いや、別に…アハハ」

と言いながら、翔は何か意味深な雰囲気をごまかすように、達也に笑って見せた。しかし、達也は翔の見せた深刻な表情の訳を知りたかったが、その何かをごまかそうとする表情から敢えて深く突っ込まなかった。また、達也は心の中で、孝とあきなが二人でいたあの日の事を偶然にも思い出していた。孝は銀座の時計台に向かっていた。複雑な気持ちだった。あきなの事も自分の事も知っているという男性とはいったい誰か?知りたい事はたくさんあった。電車の中で揺られながら、頭の中ではずっとその事ばかり考えていた。そして、時計台の前に着いた。すると、そこには以前に、孝のバイト先にあきなが来た時に一緒にいた40代近くの男性がいた。孝はもしかしてと思った。

孝「あの〜もしかして…」

日高「お電話でお話しました日高です。」

日高は孝を見るや否や自分から、名乗った。初めから孝を知っていたみたいだった。そして、二人は近くの喫茶店に入った。

日高「お会い出来て光栄です。」

日高は丁寧な雰囲気で孝に語りかけたが、孝は何か腑に落ちない気分だった。

孝「あの!お話というのは…。それに何故、電話番号がわかったのか、わからない事だらけなんですけど…。」

孝は疑問を解決したかった。あきなの事を知っている男性は何者か、不思議に思った。すると、日高は

日高「実は、私も契約書を交わしています。」

孝「え!契約書?ですか?」

孝は、少し驚きを見せながら言った。

日高「はい、闇の愛契約書です。」

日高は落ち着いた様子で言った。

孝「本当ですか?」

孝は前から、自分と同じ境遇の人が他にもいるかもとは、推測はしたが実際に会えるとは思わなかった。

孝「しかしこの行為は契約に反するのでは?」

すると、日高は

日高「私の契約は終わりました。」

孝「終わった?」

日高「はい!すべてを失って!」

孝「え?すべてを失って?」

孝は一瞬固まって、興味深い様子で聞いた。そして、日高はコ−ヒ−を一口飲んで

日高「私、実は結婚してまして子供もいます。しかし突然、会社からリストラされまして転職を余儀なくされました。そしてある時、自分のメールアドレスに3ヶ月の契約希望というメールが届きました。」

孝「3ヶ月?」

孝は自分の状況と頭の中で照らし合わせた。

日高「はい。3ヶ月です。聞くところによると、白川さんの場合は1年だとか」

孝「え?何故それを?」

日高「それは、後でお話します。私の場合は、3ヶ月で100万円でした。リストラで職を失い、家族のためと思い契約書にサインをしました。それからでした。多分、今のあなたも同じだと思います。いつでも、呼び出されます。疑似恋愛というストーリーのためにあらゆる時間を奪われます。拘束されます。そして、私自信にとって、本当に大切な家族との時間さえも奪われます。また、あれだけの美人であれば気持ちが傾く事も…。最後には妻に浮気を理由に別れを切り出され…」

日高はそこで、言葉に詰まった。そして、下を向きかなり落ち込んだ様子だった。孝は掛ける言葉が出なかった。すると孝は

孝「ところで、3ヶ月経つと、あきなさんとの関係はやはりなくなるのですか?」

興味深く聞いた。すると日高は

日高「いえ、実は2ヶ月ほどで終わりました。というより、終わりを告げられました。私は契約を完全に守ったのですが、妻と別れたとたんに契約解除を言い渡され、終わりは突然来ました。」

孝「突然?」

孝はまたも、自分と照らし合わせるように頭の中でシミュレーションをしていた。

孝「奥さんとの別れが、契約解除の理由だったのでしょうか?」

孝は詳しく聞いた。

日高「わかりません。そこまでは…。ただ、私は契約を守り通しました。仕事でしたので!」

日高は、すべてを吐き出したように黙り込んだ。そして、俯いたまま無言だった。孝は日高の話を今の自分に置き換えて、この先を予測したが、身も凍るような恐怖を少し感じた。しかし、今の状況の深刻さをどうする事も出来ないのが現実だった。すると孝はふと思い出したように

孝「そう言えば日高さんは何故、俺が同じ状況にあるとわかったのですか?また、携帯の連絡先も…」

日高「名前は教えて貰えませんでしたが、ある男性から頼まれました。白川さんに連絡して、話してあげてもらえないかと…。」

孝「ある男性から?」

日高「はい!その男性は白川さんを含めて誰も傷ついて欲しくないので、話をしてあげて欲しいと言ってました。」

孝「傷ついて欲しくないと?」

日高「はい!しかし、私はもうすべてを失った身!私の事を話すだけで誰かが傷付くのを防ぐ事が出来るかどうかわかりませんが…。」

日高は窓の外に視線を向けながら言った。孝は、ある男性が誰か?日高の言葉から何かヒントがないか考え込んだ。しかし、何も答えは出なかった。しばらく、二人はそれ以上に話題はなかった。ある男性の事を日高に問い詰めても日高、本人もそれ以上は何もわからないのは明白だと孝は思った。そして、孝は恵美の事を考えていた。


一方、洋食屋KIYAMAでは、平田の会社の飲み会はお開きになっていた。そして、恵美は孝を意識する様子はなく普通に店を出た。達也は厨房から、その恵美の店を出て行く様子を見ていた。達也は、孝とあきなのデートに偶然に会って以来、興味深く見守っていた。一方、翔はそんな達也を見ていたが敢えて、何も語る事はしなかった。そして、店は閉廷間際になっていた。鈴木、木山、翔、達也は店内の片付けで大忙しだった。すると鈴木が

鈴木「そういえば、小川の退院祝いや歓迎会はいつやるんだ?」

達也「そうですね。近いうちにやりたいですね。」

鈴木も達也も平田の会社の歓迎会を見て、自分達の事を思い出していた。そう言いながらもいつにするか、はっきりと決まらないまま、片付けで大忙しだった。翔もまた、端でその話を聞きながらも、片付けで大忙しだった。すると、翔がテ−ブルの上のグラスや皿を片付けていると、椅子の下に電車の定期を見つけた。

翔「落とし物?」

それは恵美の定期券だった。しかし、翔は定期に記されている名前を見ても、それが恵美の物である事はわからなかった。とりあえず、店の落とし物入れに入れた。



一方、歓迎会が終わった恵美だったが、平田から個人的に2次会の誘いを受けていた。

平田「これからどう?別の店で二人だけで飲み直さない?」

平田は少し酔っていた。そして、恵美も軽く酔っていた。しかし、恵美は平田の誘いに対して

恵美「ごめんなさい。明日、寝坊しちゃうといけないから」

迷いもなく、断った。すると、

平田「そ、そうだね。じゃあ!」

平田は、作り笑いをしながら言って、一人駅に向かった。しばらく、恵美はその後ろ姿を見つめていたが、どこか寂しく見えた。そして、恵美もしばらく歩いて駅に着いた。

恵美「あれ?定期がない。」

改札の前まで来た時気付いた。

恵美「あ!もしかして!」

そうつぶやいて、さっき歓迎会をした。洋食屋KIYAMAに走って戻った。ほとんどの人が帰宅のために、駅に向かっている中、恵美はその流れに逆らうように走っていた。そして、店の前に着いた。店はもう既に閉店だった。そして、翔が店の看板を片付けていた。

恵美「あの〜。すみません。」

恵美は翔が忙しそうにしていたため少し申し訳なさそうに言った。

翔「はい!」

翔は、すぐにさっき店に来た人で、達也から聞いた孝の彼女であるとわかった。

恵美「先程こちらのお店でもしかしたら、電車の定期を落としたかもしれないのですが…。」

翔「ああ〜!定期の落とし物でしたら、ありましたよ。ちょっと待って下さい!」

翔はすぐに、思い出して店の落とし物入れに入っている定期を取りに行った。

恵美「よかった!」

一安心して、ホッとした様子だった。恵美はしばらく、翔が定期を取って来るのを待っていた。すると、店の中から翔が定期を持って来た。

翔「これですよね?」

そう言って恵美に渡そうとした時、恵美の斜め後ろから突然

「やっぱり、ここにいたの?」

と女性の声が聞こえた。

翔「あれ?」

恵美は振り返った。すると、そこにはあきなが立っていた。恵美は、振り向いた瞬間に、渋谷で孝と一緒にいたあの時の女性であるとわかった。しかし、恵美は敢えてあきなに孝との事を聞こうとはしなかった。それは、あきなは苛立ちを隠せない様子からだった。恵美にはその理由はわからなかったが、その苛立ちの矛先は翔に向けられていた。あきなは、恵美がいる事など眼中にない様子で翔に視線が向いていた。恵美は事情はわからなかったが何か気まずい雰囲気を感じていた。あきなの苛立ちは収まる雰囲気はなかった。翔は何か困ってる感じだった。

あきな「全く、翔も修二も私の邪魔をしてばっかりで!本当にいい加減にして欲しいわ。」

恵美「え?」

一瞬、恵美はあきなの言葉に耳を疑った。しかし、あきなは近くに恵美がいるのを無視して翔に言った。

翔「邪魔って…?」

翔は、また何か困った顔をして言った。そして、一瞬近くにいた恵美を見た。すると恵美は

恵美「あ、あの、定期ありがとうございました。では失礼します。」

そう言って、恵美は、気まずい雰囲気を察して立ち去った。しかし、恵美は帰りながら、

恵美「あの人、いったい何なの?平田さんの知り合い?孝のバイト先の人と知り合いみたいだったし…」

心の中でつぶやきながら、人間関係の構図を思い浮かべていた。恵美がいなくなった後、あきなは立ち去った恵美は全く眼中になく翔を見て苛立ちを隠せない様子だった。翔は恵美の去った方向を見て

翔「さっきの方ですよね?確か…アハハ!」

翔はあきなの気分を変えようと、ためらいながら笑顔で言った。しかし、あきなは全く気にする事なく

あきな「そうよ!だから?」

あしらうような感じで言った。すると

翔「あの〜。ところで、いったい何があったのですか?」

翔はあきなの顔色を伺いながら言った。

あきな「契約書の内容や目的が、何故かバレ始めているわ。しかも、ほとんど全員に!」

翔「全員に?」

翔は一瞬、首をかしげた。すると、

あきな「とぼけても無駄よ。翔の仕業ね?」

翔「ちょっと待って下さい。全員というのはおかしいですね?」

あきな「どういう事?」

翔「確かに僕は、白川さんと周りの人が傷付かないように、日高さんのような事にならないように、日高さんから事情を話して下さいとは頼みました。しかし、契約書の内容や目的は言ってません。」

翔はすべてを話した。しかし、あきなの疑う様子は変わらなかった。

あきな「じゃあ、何故?契約書の内容や目的がバレ始めているの?」

翔「そんな事…僕に言われましても…。」

翔は普通に困っていた。すると、あきなは依然、恐い表情をしたまま

あきな「わかったわ。でも今後一切、関わらないで!」

翔「…」

あきなは、そう言い残して立ち去った。翔は無言でただ、あきなの後ろ姿を見ていた。すると鈴木が店の中から出てきて

鈴木「おい、いつまで外の看板を片付けてんだ!時間、かかりすぎだぞ」

軽く翔を怒った。

翔「あ、ごめんなさい!」

もちろん、翔はあきなの事を言い訳に使えるはずもなかった。しかし、あきなから聞いた、契約書に関する情報流出で翔は何か嫌な予感をしていた。



その頃、孝は日高の話を聞いた後、一人で考え事をしながら帰っていた。考え事とは、もちろんあきなと交わした契約書の事である。孝は残りの期間、いったいどうなるのだろうか?少し不安だった。日高の話から、すべてを失う事が本当の終わりなのだろうか?とも思った。また孝は、自分にとってすべてを失う事とは何であるか考えていたが、それを考えると恐怖感に襲われた。孝にはわからない事、見えない事、すべてが闇であり、それは、まさに「闇の愛契約書」の実態であると改めて気付いた。そして、恐怖感に襲われながらも孝はすべてを失うという事を考えた結果…

孝「恵美!」

小さくつぶやきながら、携帯を取り出した。それが、孝の答えだった。そして、恵美に電話した。孝のその行動は無意識な物だった。何度か、呼び出し音を鳴らした後、恵美は出た。

恵美「もしもし」

孝「恵美!今すぐ、会えないかな?」

恵美「え!どうしたの急に!」

孝の何か焦っている感じで恵美に言った。孝は日高の話から自分があきなに惹かれている事に何か、危機感のような物を感じていた。そして、恵美との時間をたくさん作りたいと思っていた。そして、恵美は

恵美「今日はもう遅いし、私は明日早いからまた、今度にしない?」

孝「え!今日は駄目かな?」

恵美は冷静に答えた。孝が何かを焦ってる雰囲気を恵美は感じ取っていた。すると、

恵美「最近、孝っていつも急だよね?もしかして、別の女性とまた浮気してるから、時間調整が大変だったりして?」

恵美は少し、怖い感じの声で言った。孝はその声の雰囲気から今にも怒りそうな感じに聞こえた。

孝「浮気なんて、そんな事絶対ないよ。」

孝は、やはりあきなとの一件は恵美には浮気という事で、まだ根に持たれていると思った。しかし、何も弁解できる要素はなく、ただ否定するしかなかった。そして

恵美「次の日曜ならいいよ。」

孝「日曜?」

恵美「日曜じゃ駄目?」

孝は、答えに困った。日曜は空いていた。しかし、確約出来る自信がなかった。また、あきなから電話が来て呼び出されたら…ますます、恵美が離れて行ってしまいそうな気がした。そして、そんな考え事をしていると恵美が

恵美「どうするの?別にその日が駄目なら、また別の日でいいよ。」

孝「あ、別の日?やっぱり今からじゃ…」

恵美「ふぁ〜!」

電話の向こうで、恵美があくびをした。

恵美「だから、今日はもう駄目だって。もう眠いから、また今度にしよう。」

孝「そ、そうだな!今日はもう遅いし」

孝はあきらめた。すると恵美は

恵美「フフッ…!」

電話の向こうで恵美の笑い声が聞こえた。

孝「何?」

孝は不思議に思って聞いた。

恵美「今日はもう遅いって、こんな時間に会いたいって電話して来たのは孝の方だし。変なの!フフッ」

孝「あ、そうだな〜。ハハハ!」

孝はどこか、苦笑いだった。心のどこかでは会えない不安を感じていた。すると、

恵美「ねぇ、孝!今度、夜景を見に行こうね!」

孝「夜景?あ、ああ、もちろんだよ!絶対に行こう。」

と言いながらも、あきなの事を考えると約束を果たせる自信はどこにもなかった。しかし、自分が約束を守る意思だけは恵美に伝えたかった。そして、今は会えなくとも、今、電話で話しているこの瞬間をできるだけ繋げたかった。

孝「あ、そう言えば、今日、店に来てたけど!」

恵美「フフ…遅い!」

孝「遅い?」

恵美「電話がかかって来た時には、そっちの話題かと思ったのに…。」

恵美は明るい感じで言った。

孝「ああ、そうか〜!いや〜、驚いたよ。まさか、平田と一緒だったから」

孝は間接的に探るような言い方をしたが

恵美「私の仕事の派遣先が、偶然、平田さんの会社になったみたいで、それで今日は歓迎会だったの!」

恵美は坦々と話した。

孝「そうか〜!」

孝は、今まで平田と恵美が一緒にいた理由が何となくではあるが、わかった気がした。しかし、孝にとって今まで何もその事について、話してもらえなかった事が少し心残りだった。

恵美「じゃあ、孝また今度ね。明日、朝早いから」

孝「え?あ、ああ、また今度!絶対に連絡するよ。絶対に!」

恵美「ハハ!そんなに念を押さなくても…。じゃあね!」

電話は切れた。恵美は孝の念を押したような言い方に笑っていたが、孝にとっては、恵美を繋げておくための言葉だった。電話が切れた後、孝は何か寂しさが残った。すると、

「すみません。白川さんですか?」

知らない男性に声をかけられた。孝は振り向いた。

孝「誰?」

心の中でつぶやきながら見た。そこには金田がいた。


人は何故それを欲しがるのか?何故、それを守るのか?「それ」とは個々違う物。

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