第6話 秘書
あきなといるところをついに見られてしまった孝だったが、それは孝にとっては不運の始まりだった。そして、恵美にとっても不運の始まりだった。
月曜日!ほとんどの企業にとってその週の仕事始まりである。某高層ビルの一角に平田の経営する会社のオフィスはあった。ビルのある階の全フロア−を貸し切って日々の業務は行われている。そして、時間は午前8時半、社長室で木下は平田に抗議をしていた。
木下「社長!本気ですか?」
平田「ああ、本気だ!」
平田は平然とした表情で答えた。
木下「お言葉ですが、会社経営は遊びじゃないです。それも、全くのド素人じゃないですか?よく考えて下さい。秘書なら、もっとそれなりのキャリアのある方を募集すれば…」
木下は頼み込むような姿勢で言った。
平田「遊びじゃないから言ってるんだ!」
木下「秘書となると、心理関数の極秘プロジェクトにも関わる事になりますよね。」
平田「もちろん、それは理解している。」
木下「でも、何も…」
木下は困っていた。
木下「一つだけ教えて下さい。彼女を突然、採用する理由を!」
木下は真剣な表情で平田に言った。そして、平田は間を置いて、軽くニヤつきながら
平田「その彼氏が心理関数のモルモットだからだ!」
木下「モルモット?」
木下はしばらく、言葉を失った。そして、再び
木下「では、心理関数についての実用的な研究が行われていると?」
平田「ほぼ、間違いなく!」
木下「しかし、一体、何を根拠に?」
平田「実は、奈津子と3人で話した当日、店に来る途中にあきなに会った。」
木下「あきなさんに?ですか?」
平田「ああ!大学時代の同級生だが、なんか冴えない男とデートをしていたよ!」
木下「冴えない男と?」
平田「おそらく、あきなも本を探している。そして、恋愛心理関数もあきなの手元にない。だから、実験データを集め直しているのだろう!」
木下は少し考えて
木下「もしかしたら、本当の彼氏とデート中だったという事も考えられるのでは?」
それを聞いた。平田は笑いながら
平田「ハハハ、あきなは大学時代は俺の女だったからな!あんな、冴えない奴と付き合う訳はないよ!ハハハ!」
少し、見下した感じで、自信に満ちた言い方をした。木下はそれを聞いて納得した雰囲気だった。
平田「あ、それから経費を確保しないとな?」
木下「経費ですか〜!」
木下は、考え込んだ。
平田「年間派遣料500万くらいかな!」
木下「500万?ちょっと待って下さい。本気ですか?」
平田「じゃあ、600?とか?」
平田は微笑んで言った。そして、木下は慌て
木下「そうじゃありません!逆です。高すぎです。」
そして平田は一瞬、木下を見て、真剣な表情になった。それから、机の引き出しを開けて
平田「じゃあ、これを売りさばくか?1冊あたり数億にはなるはずだ!」
そう言って、1冊の本を出した。
木下「経済心理関数!」
木下は少し、答えに戸惑った。
平田「どうする?」
平田は、木下に覚悟を見せたかった。すると、木下は少し考え込んで
木下「わかりました。500万でなんとかします。」
すると、平田は木下の会社の事情を知りながら承諾した反応を見て
平田「本当に財務的に厳しくなったら本を売れ!」
平田に笑顔はなかった。
木下「社長〜!」
平田「他の本が手に入れば、充分に元はとれるから、心配するな!」
平田は再び、笑顔に戻った。木下はどこか、緊張した様子だった。そして、
木下「話しは変わるのですが、例の事件ですが」
平田「ん?」
平田は、経済心理関数の本をパラパラとめくって軽く読みながら、振り向いた。
木下「やはり、偶然にしては出来過ぎてまして…。」
平田「そうだな!毎回、毎回、うちのサイトから本を買った人間が誰かに襲われていては、会社の看板に傷が付くだけだ!最近、襲われた小川理香の事で警察もかなり動いているみたいだから、後々面倒な事になりそうだな!」
木下「はい、1番の問題点はそこかもしれません。」
平田「この会社で本の購入者を知っているのは、俺とおまえだけ!ん?」
平田はしばらく、木下を目を反らす事なく見つめた。すると木下と
木下「え?ちょ、ちょっと待って下さい。私を疑っているのですか?」
平田「ハハハ!冗談だよ!しかし、人の心は心理関数を持ってしても読みきれないないもの!だからこそ、そこに近づくために実用書は大きな一歩。しかし、永遠に辿り着く事はできないだろうな」
平田はまた、本をめくりながら若干、独り言っぽく言った。木下は、平田のその姿を見て何かわからないオ−ラのようなものを感じた。そして木下は
木下「永遠に辿り着く事ができない?と言いますと」
平田「極限値という事だよ!」
木下「極限値?」
平田「収束するとわかっている関数なのにいったいどこでその関数が終わるのかは誰も理解できない。収束する関数の終わりの点が人の心の真実であったら、心理関数を持ってしても解明は不可能という事になる。しかし、辿り着く事が不可能とわかっていても、誰かを知りたいと思う気持ちは人間の中には当然あるもの!まぁ、人によってはそれが、恋人だったり、仕事上の相手だったりする訳だよ!木下君」
平田は話しの最初は笑顔一つない真剣な眼差しだったが、最後は笑顔を見せて木下を見た。
木下「は、はい!そ、そうですね!」
木下は平田の話しを一方的に聞き入っていて、最後に突然名前を呼ばれて少しヒヤッとした。
平田「後、本の購入を知っているのは南先生だけか〜!」
木下「はい、そうなります。しかし、何も証拠がある訳でもなく、動機も…」
平田「まあ、そこからは警察の仕事か〜!」
平田は、全くわからないという態度だったが、頭の中には大学構内で会った宮田努の事を思い出していた。
午前8時半、恵美はいつものように派遣先の会社に出勤した。辺りはス−ツ姿のサラリーマンで溢れていた。
茜「恵美!おはよう!」
恵美「おはよう!」
隣のデスクの茜と挨拶を交わした。それは、いつもと同じ一日だと思われたが…。
茜「そう言えば、さっきから課長が、朝一番で恵美を探してたよ。」
恵美「え?私?何だろう?」
恵美は、朝一番で課長のデスクのところに行った。
恵美「課長!お呼びでしょうか?」
課長「突然なんだが、今日で君の派遣を終了する事になった。」
恵美「え?どういう事ですか?あと、1年近くは契約がありますけど…」
恵美は突然の事で何がなんだかわからなかった。
課長「こちらの都合じゃないんだ!君の派遣元の会社からそう言って来たんだ。」
恵美「派遣会社から…ですか?」
課長「明日からは別の要員が来る事になっている。仕事は隣の森山君に引き継ぎながらやってもらおうと思っている。では、そう言う事で!」
恵美「…」
恵美は無言だった。その場に立ちつくしていた。
恵美「なんで?」
小さくささやいた。そして、暗い表情でデスクに戻った。それを見た茜は
茜「どうしたの?何かあったの?」
恵美「私…この仕事!今日までだって」
恵美は少し、暗い表情で言った。
茜「え?」
茜は、沈んでいる恵美を見てうまく励ます言葉が見つからなかった。
恵美「あ〜あ、なんでこんなについてない事ばっかりなんだろう?」
恵美は、大きなため息とともに愚痴った。それを見た茜は
茜「とりあえず、派遣会社の方に連絡して見た方が…」
茜は少し、遠慮しながら言った。
恵美「そのつもり!あ〜もう、いったい何なの?また、仕事を探さないと…。彼氏は知らないところで浮気してるし!信じられない−!」
恵美はイライラしながら、愚痴った。茜は、送別会をしようて言いたかったが、恵美の態度からはとてもそんな雰囲気ではなかった。
恵美は会社終わりに、派遣会社に行った。足取りは重かった。全く理不尽な、派遣切りで少し不安になっていた。そして、派遣元の会社の窓口で
恵美「すみません。野原ですが…」
と言うと受付の女性はすぐに、
受付「あ、野原さんですか?ちょっと待って下さい。」
そう言って受付の女性は、書類を引き出しから出して
受付「今日で、野原さんとは契約が解除になりまして…」
すると恵美は
恵美「ちょっと、いったいどういう事ですか?突然、クビだなんて!」
受付「そうじゃありません。明日から勤務場所が変わります。こちらの方に朝8時半に行って下さい。」
受付の女性はそう言って恵美に地図が入った封筒を渡した。恵美は封筒を開けて地図など、中に入っている物を確認した。
恵美「株式会社メディアサンセット?」
恵美は変な胸騒ぎを感じていた。しかし、平田に電話するべきかどうか悩んでいたが結局、電話をする事なくそのまま家に帰った。時計は夕方6時を回っていた。そして、あの渋谷の悪夢のような日から丸一日たったが孝から恵美に連絡はなかった。
翌日、恵美はス−ツ姿で平田の会社を訪ねた。エレベーターに乗って平田の会社が入っているフロアに降りた。そこは余り人がいる気配を感じさせない程、静かな雰囲気だった。入口手前には受付の女性がいるだけだった。そして、恵美は
恵美「すみません。野原ですけど、今日、こちらに伺うように言われて来たのですが…。」
受付「お待ちしておりました。」
そう言って、受付の女性は内線をかけた。しばらくして、木下が現れた。
木下「おはようございます。野原さんですね。」
恵美「はい。」
木下「どうぞ!」
恵美には木下が少し無愛想に見えた。そして、木下は恵美を社内のオフィスに案内するため先導したが途中で木下は恵美に振り向く事も何か話しかける事もなく無言で案内した。入口を抜けた後、廊下はガラス張りで中の業務風景が一面に見渡せるようになっていた。しかし、中には5名の社員がいるだけだった。そして、恵美は無言の木下にただついて行くだけだった。それから、オフィスの一画にある社長室らしき部屋のドアを開けて木下が
木下「こちらで、少々お待ち下さい。」
木下には笑顔一つなかった。
恵美「はい。」
恵美は不安になりながら、その部屋に一人で入りソファーに腰かけた。恵美はあまりもてなされている気分がしなかった。そして、辺りを見渡した。棚には心理学らしき本がたくさん並んでいた。窓硝子一枚とブラインドの隙間から隣の部屋が見えた。社員達はパソコンに向かって何か作業をしていたが、もちろん恵美には何をしているかわからなかった。恵美には隣の部屋の様子やこのオフィス全体の静けさがどこか、落ち着かなかった。しかし、いっこうに平田は現れなかった。すると、隣の部屋に一人の女性が現れた
恵美「あ、あの人は…。」
奈津子だった。木下に何か、封筒を渡してすぐにオフィスからいなくなった。そして、木下も恵美の様子を全く気にする様子はなく自分の仕事に戻った。時計は9時になろうとしていた。到着してから既に30分が経っていた。もちろん、その間に誰も恵美を意識する事なく、静かな雰囲気のまま木下をはじめその他の社員は仕事をしていた。すると、遠くから何か騒がしい感じで一人の男性が走って隣の部屋に入ってきた。平田だった。
平田「木下!」
平田は木下を呼んだ。そして、恵美の待っている部屋に一目散に小走りで入って来た。
平田「お待たせ!いやぁ、なかなか仕事が片付かなくてすっかり遅くなって…ゴメン!」
平田は少し、息を切らしながら言った。
恵美「え…いえ別に…」
恵美はア然として答えた。
平田「では、面接を始める。」
平田は突然言った。
恵美「面接?」
恵美は少し驚いた表情で、小声で囁いた。そして、部屋には木下も入って来た。右手には何やら封筒を持っていた。
平田「野原さんはそのままで大丈夫ですよ!」
恵美「はい」
平田は少し真剣な表情になっていた。恵美はそのままソファーに座った状態で、二人を見ていた。テ−ブルを挟んで恵美の正面に平田と木下が座った。そして、
平田「では、面接を始めます。」
平田は何事もなかったように、普通に話し出した。すると、
恵美「あの〜、面接って…。私、派遣会社からこちらに来るように言われたので、別に希望をして来た訳じゃないのですが…。」
恵美は不思議そうに言った。すると、平田の隣にいた木下が少し微笑んで
木下「では、野原さんは我社で働く気はないという事ですか?」
単刀直入に聞いた。すると、恵美はちょっと、気分を悪くしたように
恵美「別にそうじゃないですが私…昨日突然、前の会社から派遣を中止すると言われて、派遣会社からは今日はこちらに伺うように言われて来たので、派遣されたからには普通に何か私に仕事がある訳じゃないですか?」
逆に問い掛けるように聞いた。
木下「では、何が出来ますか?」
恵美「前の会社では、事務をしていましたので、その関連の事でしたら…」
平田は無言だった。そして、木下は
木下「では、事務でしたら何でも出来るという事ですか?事務と言っても社内の事だけでなく、社外の方が来社された時の対応や、電話の取り次ぎなども業務に含まれますが、大丈夫ですか?」
木下は確認するように聞いた。そして
恵美「それぐらいだったら大丈夫ですが…。あの〜!」
恵美は何かを言いたそうな感じで言った。少し、回りくどく感じられる雰囲気にどこか、イライラし始めてた。そして、
木下「どうかされましたか?」
恵美「この面接は何か意味があるのですか?私、昨日で突然無職になったんです。どういう事情で私がここに来なければならなくなったのかしれませんが、別に仕事がないんだったら、他を当たります。時間の無駄です。」
恵美は木下を見て強気な態度で言った。それを見た木下は少し、引いた感じで無言だった。さらに恵美はエスカレ−トして
恵美「さっきも私がずっと待ってたのに、この人は私を全然、気にも止めずに、社外の人が来たら対応するのが事務の仕事とか言いながら、私の事をほったらかしだったんですよ。」
平田の方を見て、さらに強気な態度で少し怒り気味に言った。木下は無言で、顔がひきつっていた。そして、何も反論する様子はなかった。それを感じた平田は突然、笑い出した。
平田「ハハハ!…ハハハハハ!」
そして、真剣な表情になって
平田「今日から、早速働いて貰う。木下!もう、面接は終了だ。戻っていいぞ!」
木下「はい!」
木下は一言、返事をして恵美から意図的に顔を反らすように部屋から出た。そして、木下がいなくなった後、平田は
平田「疲れた?」
恵美に聞いた。その時の平田の雰囲気は会社の社長という立場でなく、以前に二人で食事に行った時の平田であるように恵美には見えた。そして、
恵美「少し、疲れました。」
恵美は笑顔を見せた。そして、
恵美「それで、私は何をすれば…」
平田「君には、一年間、これから僕の秘書をやって貰う。」
恵美「秘書?」
平田「そう!」
恵美は事情がよくわからなかった。
恵美「すみません。さっきも言いいましたが私は、前の会社で事務をしていたので、秘書と言われましても…。何故、私ですか?」
平田は一瞬恵美を見て
平田「そんなに、難しい事じゃないよ!僕のスケジュール管理、身の回りの業務全般のサポートを行って貰う。」
平田は恵美に優しい笑顔を見せながら言った。すると恵美は
恵美「私…。全然、初めてなのですが…」
平田「大丈夫だよ。」
恵美「平田さん…。あ、いや社長がよろしければ…」
恵美は遠慮をしながら、自信がない様子を見せながら言った。ただ、恵美は現在、無職であるという事で了解せざるを得なかったというのもあった。そして、平田はテ−ブルの上の封筒を手に取った。すると、
平田「一つだけ質問してもいい?」
平田は微笑みながら言った。
恵美「はい…」
平田「彼氏とは、今はどうですか?彼氏が浮気とか、誰か別の女性と頻繁に会っているとかそんな事はない?」
平田は探るような感じで聞いた。
恵美「え?」
恵美は、一瞬ドキッとした。言葉に詰まって少し冷や汗が出た。その質問は図星だった。すると
恵美「そ、その質問はどういう意味ですか?何か必要ですか?」
恵美は動揺を隠しながら言った。すると
平田「別に答えたくなかったら、ノ−コメントでいいよ!」
恵美「ノ−コメントです。」
恵美は少し、膨れた表情だったが、平田は少し勘づいた表情をしていた。そして、封筒から数枚の冊子を出した。そして
平田「では、簡単だが就業規則を渡しておこうかな!」
そう言いながら、恵美の前に書類を出した。そして、その冊子をめくって見た。すると恵美は
恵美「え?これって…。」
恵美は戸惑いとともに絶句状態になった。
一瞬、固まった恵美を見て平田は
平田「どうかされましたか?」
恵美「あの、時間外勤務のところに、友達、恋人、家族など身の回りの人とはよくコミュニケーションを取って下さい。って…?」
恵美は不思議に思った。
平田「ああ、それは大切な事だよ!仕事を円滑にすすめるためには、勤務時間内の仕事の内容だけだけでなく、勤務時間外も良い人間関係を築いてうまくやって貰わないと業務が支障が出るかもしれないからね!一言で言えば、充実した毎日を送って下さいという願いを込めた一文だよ!」
平田は微笑みながら言った。しかし、恵美はなるほどと思いながらも頭の中ではいくつもの疑問が渦巻いていた。そして、そんな考え事をしていると恵美はしばらく平田が見つめているのに気が付いた。
恵美「あ、あの〜何か?」
恵美は苦笑しながら言った。すると
平田「その服装では、ダメだな!まずは、社長秘書に相応しい服装から始めないと…。」
すると、恵美は
恵美「大きなお世話です。」
少し、膨れた表情で言った。
平田「よし、今から服を買いに行く。まずは、雰囲気からだ。」
そう言って、平田は恵美の腕を掴んだ
恵美「ちょ、ちょっと〜!別にそんな…」
そして、平田は恵美の腕を引っ張りながら部屋を出た。
平田「木下!ちょっと出て来る。」
木下「は、はい…」
木下は二人の様子をあっけらかんとした表情で見ていた。そして、二人はオフィスを出た。
平田は恵美の腕を掴んだまま、少し強引に引っ張っていた。
恵美「ちょっと、平田さん!」
平田「大丈夫!会社の経費で落ちるから」
恵美「いや、そうじゃなくて…」
恵美にとっては、今の状況は上司と部下の関係に見えなかった。そして、平田は近くのブランドショップに恵美を連れて行った。そして、店の前で
平田「じゃあ、まずはス−ツ選びからだな!」
恵美「まずは?」
恵美は戸惑いながら、言った。しかし、戸惑いながらもショ−ケ−スに飾られている服に少し見とれていた。すると
平田「よし!早速選ぼう!」
恵美「あ…」
恵美の手を引いて店の中に入った。そして、平田はいくつかのス−ツを恵美に試着させた。試行錯誤しながら、服を選んでいた。始めはしかたないと思いながら、成り行きで来た恵美だったが、しだいに服を選んでいるこの状況に自然と笑顔になっていた。平田は微笑みは見せるが、恵美のス−ツ選びにずっと真剣な表情だった。そして
平田「これで決まりだな」
恵美「エヘッ!」
恵美は照れながらも、何故か喜びを隠せなかった。それから
平田「次は装飾品とか必要だな!」
恵美「え?そこまでは…」
すると平田は
平田「あれ?そのネックレスって?」
恵美「え?」
それは、宏からもらったネックレスだった。
平田は恵美の付けていたネックレスを見て
平田「それって前に会った時に付けてたネックレスだよね?お気に入り?」
恵美「いや…。そういう訳じゃなくて…」
恵美はうまく言えなかったが
恵美「私、ネックレスとか…そういうのはほとんど持ってなくて、前と同じなのは、偶然です。」
恵美は少し、焦った様子だった。そして、しばらく平田は恵美を見ていた。すると
平田「じゃあ、装飾品は別にいらないかな」
恵美「あ!そうですね!」
恵美には平田が何か気を使っているように感じた。そして、平田はまたもネックレスを見ていた。
すると
恵美「あの〜!何か?」
平田「そのネックレスって買ったの?」
恵美「え?」
平田「何か不思議な感じがするんだよね」
恵美「不思議な感じ?」
平田「何か、そのネックレスは他の誰が付けても様にならない。たった、一人の人にしか合わないというか、その人だけが付ける事が最初から決められているように作られている感じがするだよね!」
恵美「そ、そうですか〜!」
恵美は聞き流そうとしていた。さらに平田は
平田「まるで、そのネックレスが居場所を君に決めているようにも感じるね!しかも、そこに埋め込まれている宝石も決まった場所でしか輝けないように見える。」
恵美「決まった場所?」
平田「そう!別に不思議な事じゃないけど、この世のすべてのあらゆる物には決まった場所があるんだけどね。それが間違った場所にあったら、その物の価値すら見出だせないって事かな!」
恵美は聞き流そうとしていた平田の話しにいつの間にか聞き入っていた。
すると平田は突然、自分の腕時計を見て
平田「あ!もうこんな時間だ!」
時計は12時を過ぎていた。その後、二人は何も買う事なく会社に戻った。
時計は朝9時になろうとしていた。ここは大手自動車メーカー京産自動車の本社ビル。最上階の40階に社長室はあった。
「失礼します。」
入って来たのは、前園玲子、年齢は34歳、社長秘書である。
前園「亀田社長、おはようございます。」
亀田「ああ、おはよう。」
そして、彼は京産自動車の社長兼CEOを務める亀田輝光、56歳。
前園「本日のスケジュールですが、10時から毎月定例の経営会議。今月の売上報告、次世代のエコカーの開発報告など、12時から昼食、1時半からは傘下の企業とその他関連会社の社長との戦略会議、最近の売上の低迷と子会社への発注が減っている事からグループ各社からの社長の不満などが上がって来そうです。そして…」
いつものように、スケジュールの確認から始まり、その他社長周辺の事務もこなし、会社のトップという重要でかつ多忙な業務の全般をサポートするのが、彼女の仕事である。
亀田「企業とは人の集まり、人とは?」
前園「人とは?ですか?」
玲子はその後の答えが出なかった。
亀田「人の心理が何かの関数のように解れば、会社経営に大きな力となるだろうな!」
前園「心理関数ですか?」
亀田「その通り!」
亀田はタバコをふかしながら、1冊の本を読んでいた。経済心理関数だった。
前園「社長!お言葉ですが、例の研究室は縮小、もしくは廃止の方向にという、声が幹部から上がり始めています。おそらく、今日の会議でもその事が議題に上がるかと…」
亀田「廃止か〜!」
亀田は本をパラパラとめくりながら
亀田「難しい、議題だね!君の意見は?」
前園「研究室そのものは残しても、その研究を有意義なものとして役立てる人物がいなければ、廃止になるしかないかと思います。」
亀田「彼女では役不足?という事かね?」
前園「そこまでは思いませんが…経験やスキルなどを考慮しますと、室長を任せるには早過ぎでは?」
亀田「早過ぎか〜!しかし、今の時点で彼女以上の適任がいるかと言えば…」
前園「それはなんとも言えませんが…。心理関数の提唱者である北山秀雄が5年前に亡くなって以来、彼女がその研究のすべてを引き継いでいるとは思えません。当時、卒論の学生として、研究の手伝いをしただけでは、それが無理なのはしかたないですが…。」
亀田「確かに、すべてを引き継いで研究を続ける事は不可能!しかし、今の時点では、君島君以上に任せる事ができる人がいないのも事実。まぁ学者の考える事は簡単にはわからないよ。我々には…。それよりも、人の心はもっとわからないもの。その心を理解しようとする気持ちは、人が作っている会社では必要だと思うがねぇ〜!長い目で見たいんだけどね!」
前園「社長がそうおっしゃるなら…。」
玲子はしぶしぶ、了解した感じだった。
亀田「あ、もうこんな時間だ!」
その後、二人は会議のため、社長室を出た。
その頃、広田は都内のある住宅地を車で走っていた。
広田「荒川!そこを右に曲がって!」
荒川「はい、かしこまりました。」
着いた場所は精神科の病院だった。
そして、平田の会社では不慣れな感じで悪戦苦闘する一人の新人秘書がいた。
「野原さん、明日の昼だけど広告代理店の社長が直接伺いたいって言ってるけど、社長のスケジュールはどう?…2番に電話まわすからとって下さい。」
恵美「は、はい…」
恵美は手帳を開いて、ぎこちない動きで電話を取ろうとした。すると、社長室にいた平田が内線をとった。
恵美「あ!」
平田は恵美に軽く手を上げて、そのまま電話を受け継いだ。そして、恵美がそれを見ていたら、木下が来た。
木下「社長のスケジュールだが、毎日夕方6時以降の仕事は基本的にはキャンセルでお願いします。」
恵美「6時以降?ですか?」
木下「そう!6時以降は特殊業務がありますので…。」
恵美「特殊業務?」
木下「事情はいずれわかる。」
木下は電話をしている平田を見ながら言った。
恵美「はい…。」
恵美は疑問に思いながら返事をした。そして、恵美も社長室で電話をしている平田を少し見た。
何かのために、人は人を利用してしまうものか?それは金のため?恋愛のため?そして人のため?