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第4話 惹かれる者 探す者

孝とあきなとのデート!それは、あきなにとっては5年前になくなった心理関数のデータ収集に過ぎない物だった。しかし、孝はそれに気付く事なく、禁断の恋に少しづつ入っていく。そして、心理関数に惹かれる者と探す者は孝にはもちろん見えない所で動いていた。

孝はいつものように、あきなに呼び出されて銀座の時計台に向かっていた。時間は夕方7時前、街はまたいつものざわめきである。孝は、人混みに流れるように歩いた。ただ、あきなに会えるという変な期待と、恵美と会っていない不安が交差していた。しかも、平田と恵美が二人で歩いていたあの時の光景が頭にずっと焼き付いていた。そんな事を考えながら、気が付くと時計台に着いていた。しかし、あきなの姿はなかった。

孝「早く来過ぎたかな?」

孝は辺りを見渡した。しかし、それらしい人はいなかった。そして、携帯を取り出した。着信にはいつものように、非通知の履歴はなかった。すると、後ろの建物から突然、あきなが現れた。

あきな「ゴメンなさい。待った?はい、これ」

孝「え?これを俺にですか?」

チョコレートだった。

あきな「もう、春だけど一応、恋人同士だから…」

孝「あ、ありがとうございます。」

しかし、孝には「一応」という言葉に、やはりこれは仕事であり、疑似恋愛でしかない事を感じていた。そして、いつものようにあきなは孝の腕に抱き付いた。二人は、しばらく歩いた。しかし、孝はどこに行くかわからず、成り行きで歩いていた。すると、

あきな「あ、ゴメン!ちょっと待って!」

あきなは携帯を取り出しその場から少し離れた。誰かから、着信があったみたいだった。孝は、あきなの電話の相手が気になっていたが、見て見ぬふりをしていた。何か、かなり話し込んでいる様子だった。すると、孝の携帯が鳴った。相手は恵美だった。孝は少し戸惑いがあったが、あきなが電話中で外れている事をいいことに電話に出た。

孝「もしもし…」

恵美「孝!今、何してるの?」

孝「今?」

孝は本当の事を言えなかった。

孝「外で友達と会ってる。」

無難な答え方をした。

恵美「そうなんだ。」

恵美は、それ以上は喋らなかった。孝は、恵美が誘いを待っているのかと思ったが、逆に自分に探りを入れられているのかもとも思った。そして、孝は、

孝「あの…最近…会ってなくてゴメン!」

勇気をふり絞った一言だった。恵美は無言だった。返答はなかった。

恵美「…」

そして、孝もそれ以上は何も言えず無言だった。

すると、電話を終えたあきなが戻ってきた。孝は慌て

孝「ゴメン!また、今度かけ直す。」

孝は自分から、電話を切った。孝は、何故、恵美が突然、自分に電話をかけて来たのか疑問に思ったが、わからなかった。そう、思いながらも孝はあきなの事が気になっていた。

あきな「ゴメン!待たせちゃって!」

そう言って、謝る様子のあきなは、孝には可愛く見えた。

孝「今日はどこに行きますか?」

あきな「今日は何時まで平気?」

孝「え?今日ですか?」

孝は、ついに?という期待をした。しかし

あきな「今日は、用事があって、10時には銀座を出ないといけないんだ!」

孝「10時には…ですか?」

孝はがっかりした表情だった。

孝「でも、その間だけでもあきなさんと一緒に過ごせるだけで僕は満足です。」

孝は本心だった。

あきな「本当?そう言って貰えると私、なんだか嬉しいな」

あきなは、笑顔で言った。孝は、その笑顔をずっと見ていたいと思った。

孝「たまには、大衆的な普通の居酒屋とかにでも行きませんか?あ…」

孝は無意識のうちにあきなに提案をしてしまった。契約により、自分に権限がない事を一瞬忘れていた。そして、ふと我に帰って

孝「あ、ゴメンなさい。個人的な意見で、忘れてください。」

すると

あきな「いいわよ!行きましょう。じゃあ、今日は孝が決めて!」

孝「え?」

孝は意外だった。まさか自分の意見が通るとは思わなかった。あきなは、孝の腕につかまって

あきな「じゃあ、どこでも着いて行くから…」

あきなは笑顔だった。そして、二人は仕事終わりで賑わう混雑した。居酒屋に入った。

あきな「すごい人ね?」

孝「そうですね!」

二人は腕を組んだまま歩き、テ−ブルの席に案内された。そして、席に着くと突然あきなは

あきな「ゴメンなさい!ちょっと!私はウ−ロン茶で!」

孝「はい…」

慌てた様子は見せず、立ち上がって、トイレに行った。孝はあきなの後ろ姿をずっと見ていた。その間に、孝は携帯を取り出した。恵美のさっきの電話が気になっていた。

そしてしばらく孝が携帯を眺めていると、あきながトイレから戻って来た。

あきな「ドリンク、注文してくれた?」

孝「あ、すいません。まだで…」

あきな「全く…。今日は孝に着いて来たのに…」

あきなは呆れた表情で言った。

孝「本当にすいません。」

すると、あきなは

あきな「ハハハ…ハハハ!」

あきなは笑い出した。

孝「何が、そんなに可笑しいのですか?」

孝は真顔で聞いた。

あきな「だって…。ハハハ…」

あきなは笑いが止まらなかった。孝は黙って、あきなの笑っている姿を見ていた。すると、あきなは笑うのをやめた。

あきな「孝って、本当に恋愛が下手なのね!」

孝「下手?」

あきな「そうよ!前回の2回のデートは私のコ−ディネイトで、今日は孝のコ−ディネイトであなたに着いて来たのに…私がトイレに行ってる間にメニューも注文してないなんて…。」

あきなは見下した表情で孝を見ていた。

孝「いや、それは、たまたま…」

あきなはため息をついて

あきな「孝!あなたと私は、恋人同士の契約を結んでいるのよ!しかも、年間契約500万円という大金をあなたに払って!」

あきなは少し説教じみた感じで言った。そして、孝は反論した。

孝「しかし、あの契約では、この恋愛では僕には権限がなく、違反すると罰金5000万という大金があって…」

あきなはますます呆れた表情になった

あきな「その通りよ!あなたには何も権限はないわ!だから、私の権限であなたの提案した大衆的な居酒屋に私はあなたについてたきたの!権限がない事と、何もしなくていい事とは違うのよ。権限がないからというのはただの言い逃れ!」

あきなはさらに話し続けた。

あきな「しかも、私は今日は10時には銀座を出ないといけないと言っているのよ!」

孝「は、はい」

孝はただ返事をするだけだった。

あきな「わかっているの?自分の恋人が10時には銀座を出ないといけないと言っているのよ!彼氏であるあなたは、その限られた時間で恋人のためにあなたは何か考えないの?」

孝は何も言えなかったが、一言

孝「すみません。」

あきなはまた、ため息をついて

あきな「何を謝ってるの?」

孝「え?」

あきな「付き合っている相手にデートの内容の不満を指摘してくれる恋人はいないのよ!普通は黙って振られるだけよ!」

孝は、振られるという言葉に一瞬、反応した。

あきな「もし、あなたがこれが仕事だからというのであれば、それは、ビジネスでも同じ事!結果を出せない人間は無条件で捨てられる。ビジネスでも、結果が出せないようじゃ、それでは結局、仕事でも恋愛でもどっちに転んでも、駄目じゃない?」

あきなは上から目線だった。孝は下を向いたままだった。二人は沈黙になった。孝には周囲の客の声がずっと聞こえていた。

あきな「今日はもう出ましょう。」

孝は何か自分の包容力の無さを見透かされた気分だった。いつも、恵美のペースで進んでいた自分の恋愛に、あきなの言った事を少しあてはめてしまった。そして、戸惑いを感じていた。

孝「あきなさん!」

突然、あきなから目を背ける事なく、少し声を張って真顔で言った。

あきな「な、何よ!」

あきなは、少し驚いた表情だった。

孝「次の日曜に会って下さい。次のデートは僕があきなさんのためにすべてコ−ディネイトします。」

あきなは、冷静な表情になった。

あきな「どうぞ、ではお任せします。で、何時にどこに行けばいいの?」

孝は勢いで言ったため、あきなの返答に少し困った。

孝「え?そ、それは…渋谷に夜8時です。」

孝は、冷や汗をかいていた。あきなは笑いをこらえたような微笑みで

あきな「わかったわ!では、楽しみにしているわ」

その後、二人は何の会話もなく店を出た。孝は、ああは言ったものの、あきなみたいな高嶺の花のような女性をリードするのは少し自信がなかった。恵美との友達感覚の入った付き合いとは違う事も孝にはわかっていた。帰りのエレベーターの中であきなは孝と距離を置いた感じで携帯を見ていた。そして店の外に出た。あきなは黙って孝の腕に掴まった。孝は、あきなの行動が全くわからなかった。というよりも演技か?または試されているのかもと思っていた。しばらく二人は歩いた。すると、前からどこかで見た事のある人が歩いてきた。平田だった。孝は気付いていたが、向こうは気付いていないみたいだった。心の中で、この状況はまずいと思った。そして、恵美の事が頭に浮かんだ。孝はこのまま、何もなくすれ違う事を祈っていた。隣のあきなは孝の腕に掴まったままだった。そして、ちょうどすれ違う瞬間

平田「あ!」

あきな「修二!」

孝「え?」

平田が気付いたのは孝でなく、あきなだった。そして、あきなも驚きを隠せない表情で平田を見た瞬間に名前を呼んだ。孝には今の状況は理解できなかった。

あきなと平田はお互いに驚いた様子だった。すると

平田「あきな!久しぶりだな!」

しかし、孝の目には平田は、嬉しそうな感じには見えなかった。

あきな「何か、私に用?」

あきなもまた、久しぶりに会えて嬉しいという感じには見えなかった。二人の態度を孝には何も理解できなかった。平田は孝の方を一瞬見てすぐにあきなを見た。そして

平田「そちらは?」

少しバカにした言い方だった。

あきな「修二には関係ない事よ!」

あきなはそう言うと、孝の腕を引っ張って、平田を無視するように立ち去ろうとした。すると、平田は

平田「ちょっと、待てよ!」

あきな「何?私達、急いでいるの!」

平田「いや、あきなじゃなくて、ちょっとそちらの男性に…」

孝は一瞬、ドキっとした。何か恐怖感を感じた。

そして、平田は

平田「はじめまして、平田と申します。」

孝「は、はじめまして白川と申します。」

孝ははじめましての意味がわからなかった。何故?と思った。

平田「失礼ですが、そちらの、綺麗な女性は彼女ですか?」

孝「え?そ、その…」

孝は答えに困っていた。あきなは、呆れた表情でよそ見をしていた。すると、平田は微笑んで

平田「あきなは君みたいな人はタイプじゃないよ!では!」

孝「え?」

そう言って平田は笑いながら立ち去った。孝はあきなを見た。すると、あきなは呆れ顔で平田を見ていた。

孝「あきなさんの知り合いですか?あ、いやプライベート的な質問だったら忘れて下さい。」

孝は何か無意識に気を使った。すると、

あきな「あ!もう行かないと、孝ゴメン!私、今から用事があるから。じゃあ、日曜は楽しみにしてるわ」

そう言って、あきなは孝の質問には答える事なく、さっき平田と会った事を何もなかったような素振りで行ってしまった。孝は一人その場に置き去りのような状態だった。

孝「あの二人って?」

孝は一人つぶやいていた。



孝と別れたあきなは駅に向かっていた。あきなは歩きながら電話かけた。相手は翔だった。

翔「もしもし」

あきな「あ、翔!さっきはゴメン!」

翔「また、デートですか?実験の…」

あきな「今は仕方ないでしょう。それよりも店をやめるって、どうして?」

翔「はい!あきなさんの気持ちは嬉しいんだけどね!まだ、店を持つのは早いかなと思って」

あきな「なんで?あなたには悪くない条件でしょう?」

翔「僕、嫌なんだよね!誰かが傷つくのって!」

あきな「だから、今は仕方ないって…」

翔「先生は知ってるの?僕があきなさんの計らいで銀座でレストランをやってる事!」

あきな「知らないわ!でも、会社での立場は今は先生より私の方が上で、会社の承認を得て、出資したのだから、そこまでの報告義務はないでしょう?」

翔「まぁ、とにかくやめますよ!」

あきな「ちょっと待って!どこかで会って話せない?どうしたらいい?お金?労働時間?」

翔は軽く笑った。

翔「ハハハ!そんなものはいいよ!あきなさんが誰も傷つけないと約束してくれたら!僕は戻るかも」

あきなは言葉に詰まった。

あきな「誰も傷つかない?」

翔「そう!」

あきな「じゃあ、あなたは5年前の火事の原因の本当の真実を許せるの?先生の提唱した心理関数も立証できなくていいの?」

翔「僕には、そんな事よりも、これから傷つくかもしれない人の方が心配です。白川さんは、大丈夫ですか?」

あきな「白川さん?あのフリーターの事?」

翔「このままだと、白川さんだけじゃなく、彼の周りにいる人も傷ついて行くかもしれないです。」

あきなは黙っていた。

翔「とにかく、僕はコックなので、たくさんの人においしい物を提供してたくさん笑顔を作るのが仕事です。誰かが傷つくのは僕の料理人としてのポリシーに反します。では!」

電話は切れた。あきなは途方にくれていたが、一つの決意をした。


一方、平田は銀座であきなと会ってから自分の経営している店を周っていた。そして、自分の経営するクラブの前で木下と待ち合わせをしていた。平田もまた一つの決意をしていた。しばらくして木下が来た。木下は、平田に会うなり一礼をして

木下「お待たせして申し訳ありません」

平田「いやいや!こんな時間にご苦労さん!」

そして、二人は平田の会社が経営する会員制クラブに入った。そして、階段を降りるとそこは、ドレスアップされた美しい女性達と、時代の成功者となった男性達の金と恋の駆け引きが演出されたような世界が広がっていた。店内には色鮮やかに咲き乱れた花が至る所に飾られていた。

「お疲れ様です。」

平田が店内を歩くとすれ違う女性達は、決まって挨拶を交わしていた。

木下「すばらしく、教育されていますね?」

平田「そうだな!これも奈津子にクラブのママを任せた結果かな?売上の方も右肩上がりだし、まさか、あいつに水商売の才能があるとはな!ハハハ!」

二人は、隅の空いてるソファーに座った。すると、奈津子が来た。

奈津子「お疲れ様です。社長!今日は何になさいますか?あと、非常に容姿端麗な女の子が新しく入ったのですが、お相手をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

平田は、一瞬、流し目で奈津子を見た。

平田「いや、女性は別にいい!今日はおまえが、相手をしてくれ。」

奈津子「え?私がですか?」

奈津子は、嬉しそうだった。そして、笑顔が隠せない様子で奈津子は平田の隣に座った。それから、水割りを作って平田と木下の前に出した。

奈津子「失礼します。」

平田「ああ、どうも!いやぁ〜、今日は疲れた。」

平田は平凡なサラリーマンの仕事帰りのような感じだった。それに対して木下はどこか張り詰めた表情だった。そして、平田の表情が変わった。

平田「じゃあ、事務所に行こうか?」

木下「はい!」

奈津子「事務所ですか?」

奈津子から笑顔が消えた。平田は、目の前の水割りを一気飲みした。

平田「ママも来て下さい。

平田には笑顔一つなかった。3人は店の裏にある事務所に移動した。そして、3人は誰一人、口を開く事なく事務所に入ってそれぞれ椅子に座った。

平田「木下!」

木下「はい!」

木下はカバンから一枚の書類を出した。それは、契約書らしき物だった。

奈津子「これは?」

平田「闇の愛契約書だ!」

奈津子「闇の愛契約書?」

奈津子は理解出来なかった。木下は、緊張した表情だった。

平田「あるところから入手した。よく、聞いてくれ!木下にはだいたいの概要は言ったが、奈津子にも今から重要な事を話す。」

奈津子は少し張り詰めたような表情だった。

3人のいる事務所内はどこか重い空気が漂っていた。その沈黙の中で平田が話し始めた。

平田「実は、我が社では、極秘プロジェクトで動いてる事業が存在する。」

奈津子「極秘プロジェクト?」

奈津子は小声で言った。

平田「その極秘プロジェクトの内容だが、現在その初期段階として、3つの本を探している」

奈津子「本!」

奈津子は内容は全く読めない反応だった。

奈津子「何の本ですか?」

平田「心理学の本だ」

奈津子「心理学?」

平田「そうだ、心理関数について書かれた3つの実用解析書!」

奈津子「社長、お言葉ですが、心理関数とか実用解析書など、よくわからない言葉ばかりで…。もし、私の勉強不足でしたら申し訳ありません。」

平田はうなずきながら、話し出した。

平田「そうだな!今から5年前の事!俺は、東西大学の学生で北山秀雄という数学者の先生の研究室に卒論生として入っていた。そして当時、先生が研究していたのが数学的な手法を用いて、人の心理を理解し、そして人の行動や人間性までも知る事を目的とした心理関数というものだった。そして、先生は心理関数の第1提唱者であった。ただ、当時はどの学者もその研究が有意義である事を理解していなかった。また、先生は数学者であったが、心理学という学問の分野で、学会でそれを発表したが、誰からも相手にされなかった。論文が未完成だったからなのか?理由はわからない。しかし、政界、財界などそれぞれの分野の中にはその研究成果を高く評価する者もいた。そして、中にはその研究に出資したいという企業もたびたび現れたが、先生は断っていた。ところが、ある日、研究室は火事になってしまった。そして、3つともなくなった。」

3人はしばらく沈黙したが、奈津子が口を開いた。

奈津子「では、もうその本はこの世には存在しないという事ですね?」

平田は少しの間、奈津子を見た。

平田「いや、違う!燃えてなくなった訳ではない。」

奈津子「なぜ、わかるのですか?」

平田は、少し唇が震えながら。

平田「実は火事が起こる数日前に、研究室から3つとも別の部屋に移されていた。」

奈津子「何故ですか?火事が起こる事を知っていたからですか?」

平田「それは、わからない。」

また、沈黙になった。

奈津子「その後、本はどうなったのですか?」

平田は緊張した様子で

平田「火事が起こる前日に消えた。」

奈津子「消えた?」

平田「何者かに盗まれたのか?意図的に誰かがどこかに移したのか?」

話しの間にはたびたび、沈黙が走った。

奈津子「社長!それとこの闇の愛契約書とは何か関係が?」

平田はまた一瞬、奈津子

を見た。

平田「実は、心理関数と言っても結局は膨大な実験データの検証、考察から成り立っている。そして、この闇の愛契約書は恋愛心理関数を導き出すための言わば、数学で言う初期条件」

奈津子「初期条件?」

奈津子は、少し理解に苦しんだ表情をした。

平田「まあ、数学の話しになってしまうが関数というのは、何か初期条件を与えてやる事によってその存在が表わせるがそれだけでは完璧ではない。何かの境界条件があってこそ、その場合による一般形が導き出される。恋愛もまた同じ、普通に付きあって何事もなく二人が結婚をして一生を添い遂げる事は不可能。そこには浮気があったり、二股があったり、二人の会えない時間があったり、最悪別れの危機や、何かの障害が存在する。それが数学で言う境界条件と言うところのもの!この闇の愛契約書はまさに、擬似恋愛を演出するための出発点!そして、この契約書により、さまざまな条件で制限をかけて実験データを回収する。俺は学生の頃、人間を使ったこのような実験方法を先生が使っていたのを覚えいる。」

奈津子「擬似恋愛?ですか?」

奈津子は少し遠くを見たような目になった。そして、また沈黙になった。

すると平田は笑顔を見せた。

平田「この店も、言わば擬似恋愛を演出しているけどな!ハハハ。ただし、客と店員である以上はお客様のためだけに一時の擬似恋愛があるけど…」

奈津子も少し微笑んだ。

奈津子「では、現実にこう言った契約書を使って恋愛の実験データを集めている方がおられるという事ですよね?」

奈津子は平田に質問した。

平田「その通りだ!」

奈津子「社長はその方からこの契約書を貰ったという事ですか?」

平田は、奈津子を少し見つめた。そして、木下の方も見た。そして、木下は無言で理解したかのような表情でうなずいた。

平田「隠していてもしかたないから、言うがこの契約書は第3者から貰ったもので、その人はあきながデータを集めていると言っていた。」

奈津子「あきな?」

平田「君島あきなだ!」

奈津子「え!本当ですか?」

奈津子は驚いた表情だった。平田を見て少し、固まった。

あきなという言葉を聞いて驚きを隠せなかった。平田はその驚いている奈津子の表情を見ていた。

奈津子「あきなさんですか?」

平田「そうだ!俺にこの契約書を渡した人は間違いなくそう言った。」

奈津子「君島あきなさんは、この店の前任のクラブのママで、確か引き継ぎの時に…」

平田「まぁ、3ヶ月くらいしかいなかったが!」

奈津子はそれ以上に言葉が出なかった。奈津子は、あきなと平田の間に何かあるのではと疑問に感じていた。しかし、なぜあきながそう言う事をしているのかという事までは知る勇気が出なかった。そして、沈黙になり、奈津子は言葉を探していた。すると、

平田「どうした?そんなに驚く事か?」

奈津子「いえ、申し訳ありません。」

奈津子は平常心を保った。そして

奈津子「社長!」

平田は少し微笑みながら無言の返事をした。

奈津子「その本の行方ですが…先生に聞けばよろしいのでは?」

平田から笑顔がなくなった。暗い表情で

平田「先生は火事で死んだ。」

奈津子「おなくなりに?」

平田「それが、不思議なところだ!もし火事が起こる事を知っていたら、火事の当日にその場にいるなんて事はあり得ない。しかし、偶然か?意図的か?本だけが別の部屋に移されていた。」

また、沈黙になった。

奈津子「ところで、その本はどんな感じですか?表紙とか、色とか」

平田「表紙の色はうぐいす色で、背表紙には心理関数のタイトルと北山秀雄と先生の名前が書かれている。」

奈津子「心理関数のタイトル?」

平田「さっき、本は3つ存在すると言ったが、正確には3つの分野に分かれている。1冊あたり約2000ページ前後で恋愛心理関数、経済心理関数はそれぞれ40冊で完結されているが、3つ目は5年前の時点では研究途中だったためその後はわからない。」

奈津子「そうですか!その本はやはり、それ程の価値があるんでしょうか?」

平田「もちろんだ!実は、この高級会員制クラブを経営しているもう一つの理由は情報収集という目的がある。」

奈津子「情報収集?」

平田「この店に来れるのは、それなりに各分野で成功を収めた者たちのはず!もしかしたら、そういった人達の中に何かしらの心理関数の恩恵を受けた者もいるかもしれない!だから、奈津子!もし、何か情報があれば連絡がすぐに欲しい!以上だ」

奈津子「了解しました。」

奈津子は改まった表情になった。そして、3人は沈黙になったところで、事務所での会議は終わった。


一方、あきなは一人で渋谷に向かっていた。そしてしばらく電車で揺られて、渋谷駅に着いた。あきなは一人、辺りを見渡した。

「本当なんか、混み混みして嫌な街!」

あきなは一人つぶやいた。そして、人混みのセンター街を歩き、ネオンの中を抜けて、辿り着いた場所は、早坂宏の経営する小さなショットバ−だった。あきなは地下に続く階段を降りてドアを開けた。

「いらっしゃいませ!」

カウンターから落ち着いた感じの声が聞こえた。店内に客は一組のカップルがいるだけだった。あきなは、そのカップルとは反対の隅に座った。

そして、宏があきなの前にメニューを置いた。

宏「いらっしゃいませ!お久しぶりです。」

宏は改まった態度だった。

あきな「早坂さん!ご無沙汰しています。すてきなお店ですね?」

宏「ありがとうございます。何をお作りしましょうか?」

あきなは笑った。

宏「どうかされましたか?」

あきな「だって、すごく改まった感じで接客するから…。ごめんなさい!」

あきなは笑いが止まらなかった。それを見た宏も、つられて微笑んだ。

宏「接客業と言っても、お客さんが知り合いの人だと、敬語を意識するのが意外と難しいな!ハハハ」

宏とあきなはお互いに微笑んでいた。

あきな「お噂は聞いておりますよ。高級レストランの専属バ−テンダ−を断って、渋谷に隠れ家的なショットバーをオ−プン!雑誌等で拝見しています。」

あきなは、頬杖をつきながら宏を見つめて言った。

宏「ハハハ!お陰で貯金もなくなって、収入も減ってしまったけど…!また、再スタートかな!ハハハ!」

宏は笑いながら言った。あきなは、微笑んで軽く首を振って

あきな「いいえ!価値あるスタートですよ!自分の信念に対する、熱い思いをいつまでも温め続ける事はすてきな事だと思います。」

あきなはまっすぐに宏を見つめた。

宏「あ!まだオ−ダ−聞いてなかったけど…」

あきなはメニューを見て少し考え込んだ。すると

あきな「2月の雨ってありますか?。」

宏「え!2月の雨?ですか?」

宏は一瞬、戸惑いを隠せなかった。

宏「実はまだ、完成してないんだ!」

あきなは微笑んだ。

あきな「あら〜!まだですか?もう、何年も経ちますよね?カクテルに2月の雨という名前を付けてから」

あきなは、何かを探るように聞いた。

宏「もう、出来ないかもな!ハハハ!」

宏は笑った。あきなは、そんな宏を見て

あきな「何故ですか?」

宏「え!」

宏はあきなに真顔で聞かれて少し冷や汗が出た。

あきな「なぜ、出来ないんですか?」

宏「もう、届けられない!いや、もう会えないからというのが正しいかな?」

あきな「ふ〜ん」

あきなにも、宏にも笑顔はなかった。

宏「でも、一度お試しでお客さんに出した事はあるんだけど、そのお客さんは最初はおいしいって言ってくれたんだけど、そのお客さんはアルコール感が強いとか言って…。見事に失敗だよ!ハハハ」

あきなも少し笑っていた。

あきな「でも、自分の好きな人がそのカクテルで落ちてくれたら、本望じゃないですか?」

あきなは薄ら笑いを浮かべながら言った。

宏「カクテルで落ちてくれたら?」

宏は少し遠くを見てるような目になっていた。そして、しばらく考え事をしてるような表情になった。

宏「落ちたのは眠りだからな…」

宏は小声でつぶやいて、グラス拭き始めた。あきなにはその小声が聞こえていたが、敢えてその事には突っ込まなかった。そして、

あきな「じゃあ、私だけのオリジナルカクテルを作って頂こうかな?」

宏「あきなさんの?」

宏は少し、考えた。

宏「OK!数分お待ちください。」

それを聞いてあきなは、少しはにかんだ。

宏は、少し試行錯誤してからロックグラスに一杯のカクテルを注いだ。そして、それをあきなの前に置いた。

宏「お待たせしました。どうぞ」

あきな「ありがとう!」

ロックグラスに注がれたカクテルは、黒と茶色の間のような色をしていた。

あきな「これは、何て言う名前?」

宏「魔性の誘惑!ってところかな?」

あきな「それが、私のオリジナルカクテルの名前?」

あきなは口を押さえて笑いながら言った。

宏「そう!あきなさんのような女性に相応しく一度飲むと何故かそのカクテルにはまってしまうという意味を込めてその名前を付けました。」

あきな「なんか、褒められているのか、皮肉が入っているかわからないけど、合ってるかもね!」

宏「ハハハ!」

二人はお互いに軽く笑った。そして、あきなは一口飲んだ。

宏「どうですか?何か、また欲しくなるような甘さで、はまってしまいませんか?カルアコ−ヒ−ベースで作って、大人の味に仕上がっています。」

あきな「ちょっと、納得かな!カクテルに関しては…」

あきなは、少しよそ見をして言った。

宏「カクテルに関しては?と言うと?」

すると、あきなは我に帰った感じで

あきな「あ!何でもないわよ!」

宏はしばらく、あきなを見つめて

宏「それは、あきなさんにうまくはまってくれる方はいないって事?」

宏は微笑んでいた。

宏「今、お付き合いされている方とか?彼氏とかはおられないのですか?」

あきなは少し考えて

あきな「う〜ん、多数かな?」

宏「多数?ハハハ!そうだろうな!あきなさんのような女性だったらたくさん言い寄ってくる男の人はいるでしょう。ん?となると、やはりこのカクテルはあきなさんの物で合ってると言う事になるかな?」

あきな「あ!そうかも!」

宏は笑っていた。そして、それにつられてあきなも笑っていたが、どこか苦笑いのようなものに変わった。それからあきなは一人、店に流れる静かなBGMとともそのカクテルに浸っていた。宏は、またグラスを拭き始めた。しばらくして、あきなは

あきな「ねぇ、早坂さん!」

宏「ん?」

グラスを吹きながら振り向いた。

あきな「美幸さんとは、まだお付き合いをされているのですか?」

宏「あれ?美幸は連絡してなかったのか?俺達、結婚するんだ。」

あきな「結婚?」

あきなは突然、真顔になった。

宏「その様子だと、全く知らないって感じだな!」

あきな「そ、そうなんだ!」

あきなは突然の事で少し驚いた。

あきな「ところで、美幸さんは?」

宏「美幸は、引越しのために部屋の整理をしてるよ!俺が店に出てる間、家の事をやってくれて助かってるよ!」

あきな「引越し?」

宏「来月、新しいところに引越しをするから、今ドタバタしてて!ハハハ!」

それを聞いて、あきなは考え事をしていた。

宏「でも、美幸なら閉店だけ手伝いに来てくれるから、よかったら閉店までそこでごゆっくりどうぞ!」

あきな「ありがとう、そうさせて頂きます。」

あきなは、たそがれながらカクテルを見つめていた。

そして店は、閉店時間になっていた。店内のBGMも切られ、宏は片付けを始めた。店にはあきなと宏だけになっていた。

宏「もうすぐ、美幸が来るはずだから、そこでのんびりしてていいよ!」

あきな「ありがとう!」

しかし、あきなの表情はどこか、暗くなっていた。そんなあきなを気にする事なく宏は、店の片付けに追われていた。すると、店のドアが開いた。美幸だった。

美幸「ごめん、遅くなっちゃって!」

宏「ハハハ!もうほとんど片付け終わるよ」

美幸はあきなに気付いていたが、先に宏に遅れた事を謝った。すると

あきな「お久しぶりです。美幸さん!」

あきなは、どこかとげのあるような表情で言った。

美幸「あ、あきな…」

美幸はその場にあきながいる事が意外な感じだった。しかし、敢えてあきなに何か声をかけようとする素振りは見せなかった。それに対してあきなは美幸を見つめたままだった。そして、美幸は

美幸「もう、店は閉店よ!片付けで忙しいから、それを飲んだら早く出て!」

美幸はあきなを拒否するような態度をとった。すると宏は

宏「おいおい、久しぶりに会えたのにそんな事、言わなくても…」

宏はあきなをかばうように言ったが、美幸は聞く耳を持たない感じだった。そして、何の会話もないまま、美幸と宏はそのまま店の片付けをして、あきなは何かたそがれている様子だった。それから、表に置いてあった手書きの看板を、宏が店の中に取り込んで、片付けは終わった。すると、あきなは待っていたかのように

あきな「美幸さん、ちょっと今から時間いいですか?」

美幸は無言で、あきなを見た。そして、宏もまた、無言であきなを見た。

あきな「早坂さん!ちょっと美幸さんと二人だけで話をさせて!時間は少しでいいので!」

あきなは、笑顔一つなく少し緊張した様子だった。宏は何か、察したように

宏「美幸!俺、先に帰ってるから、後の戸締まりは頼む。」

美幸は、黙ったままで、うなずく事も返事もない状態だった。そして、宏は店を出た。

あきなは美幸と、閉店後の静かな店に二人きりになった。美幸はあきなを前に何か面倒そうな表情だった。あきなはどこか緊張した表情だった。お互いに話を切り出すタイミングを伺っていたが美幸が

美幸「話って何?夜も遅いし早くしてくれる?」

しびれを切らした感じで美幸は少しイライラした感じだった。

あきな「わざわざお時間を作って頂きありがとうございます。」

あきなはまずは、丁寧な雰囲気で話始めた。

美幸「お礼なんか、いいから早くしてくれる?」

美幸は、面倒そうな態度だった。

あきな「率直に申し上げます。今、心理関数の実用書を探しています。」

あきなは、薄ら笑いを浮かべながら言った。そして、美幸の表情が一瞬変わった。

美幸「実用書?」

あきな「はい。当時、北山先生の助手であった美幸さんなら何かご存じかと思いまして、伺いました。」

美幸「そ、そういう事?それが目的?」

美幸は、少し冷や汗が出て少し戸惑った様子だった。あきなは、その美幸の態度を見逃さなかった。

あきな「目的はそうですが、知りたい事もありまして、お聞きしたい事もあります」

美幸「何?」

あきな「5年前の、先生の研究室が火事になった件です。」

美幸「ああ、あの事ね!何が知りたいの?」

あきな「火事が起こる前に、何故か心理関数の3つの実用書は別の部屋に移されていました。まるで、火事が起こる事を知っていたかのように…。」

美幸「そんな事?それは偶然でしょう?本を別の部屋に移動して火事が起こった。ただ、それだけ!」

あきな「では何故、火事が起こった後に本がすべて無くなったのでしょうか?本来なら本の著作者である北山先生の元にあるべきの3つの実用書!何故か、今は手元にありません。」

すると、美幸は少し探るような感じで

美幸「今は手元にない?どういう事?あなたは今は先生と一緒にいるの?」

あきな「その通りです!まだ、それは詳しくは言えないけど…」

美幸「なるほどね!それでわかったわ!先生がたびたび店に客として来ていた理由が…。結局は私を疑っているという事よね?私が5年前の火事の後に本を持ち去ったと疑っているわけね?」

美幸は開き直った態度で言った。

あきな「少なからず、そういう事です。」

美幸「フフ…ハハハ!アハハ…」

美幸は口を押さえて、笑い続けた。あきなは黙って美幸を見ていた。

美幸「だったら、最初から素直に本を返してくださいと言えばいいじゃない?」

すると、あきなは気付いたように

あきな「やっぱり!そうだったんですね?」

あきなは少しニヤついた。そして、美幸は真顔になった。

美幸「そうよ!だったらどうする気?私をこの場で殺す?」

あきなは、少しうろたえた感じで

あきな「え?いや、何もそこまでは…。ただ、本を返して貰えればそれで結構です。」

そして、美幸は意味深な微笑みを浮かべて、表情が変わった。

美幸「何バカな事言ってるの?著作者である先生が来て言うのなら…。当時、卒論の学生であった、あなたが来て本を返せと言われても、私が応じる訳ないでしょう?嫌よ!何であなたに?」

あきなは返答に困っていた。

美幸「と言っても、私の持っているのは、恋愛心理関数の実用解析書の最初の5冊だけよ!」

あきなは少し、驚いていた

あきな「え?それだけですか?」

美幸「そうよ!嘘だと思うなら、うちに来て確かめて貰ってもいいわよ!でも、返せないけど!」

あきなは、意外な表情をした。

美幸「残念だけど、心理関数の実用解析書で私が持っているのは、恋愛心理関数の最初の5冊のみ!残りは知らないわ!1冊2000ページ前後の実用解析書が40冊で完結されているのに女性である私が持ち出すのに40冊すべては不可能でしょう?」

あきな「たった5冊?」

美幸「そうよ!とんだ見当違いね?」

美幸は、意味深な微笑みを浮かべた。それに対してあきなは考え込んでいた。すると

あきな「何故ですか?」

美幸「何故って?」

あきな「何故、本を手放せないのですか?」

美幸は少し微笑んで

美幸「それは、あなたもわかっていると思うけど、非常に価値のある物だからよ!私、宏と今婚約中なの!まさに、あの本のお陰とも思っているわ。世界で一番の結婚相手を私は手に入れる事ができたわ。」

あきな「結婚も決まったのだったら、もう必要ないじゃないですか?」

美幸はまた、微笑んで

美幸「何を言ってるの結婚はゴ−ルじゃないでしょう?また新たなスタートよ!私はこれからも、宏にとっての世界で一番の理解者であり続けて、もっと幸せになるつもりよ!」

美幸は、嬉しそうな表情だった。それに対してあきなは見下した表情になった。

あきな「フッ!」

そして一瞬、あきなは鼻で笑った。すると美幸は挑戦的な態度で

美幸「どうかして?」

あきな「確かに早坂さんにとっては、あなたは最高の理解者であるかもしれない!しかし、あなたにとっての最高の理解者が早坂さんである事にはならないわ。必要十分条件は不成立!」

美幸「あらそれは、何かの負け惜しみ?」

お互いに挑発するような態度になっていた。そして、そこには既に先輩と後輩という関係はなかった。美幸は、ロックグラスに、氷とウイスキーを入れた。そして、一口飲んだ。それを見ていたあきなは、少し無言になっていたが、挑発的な態度で話を始めた。

あきな「負け惜しみ!そう聞こえたならそれで結構!でも、それだけ価値のある物を持つ以上は、それ相応の犠牲は覚悟を決めているわよね?」

美幸「覚悟?何を言ってるのか、さっぱり…」

あきな「実用書は1冊、闇価格では数億はすると言われているもの!それだけ出しても欲しい程の価値ある物なら、どこの誰がその本を狙っても不思議ではないはず、時にはその本のために命の危機さえあるかもしれないという事よ!」

あきなは薄ら笑いを浮かべながら言った。美幸はよそ見をして無言で、ロックグラスに注いだウイスキーを一口飲んだ。

あきな「まぁ、本の価値なら私以上に、先生の助手をしていた美幸さんならわかると思うけど…。だから、5年前の火事が起こった訳よね?」

美幸「いったい何が言いたいの?」

美幸は呆れた感じで言った。あきなは意味深な笑顔になって

あきな「5年前の火事は偶然ではなく、必然で計画的なもの!最初から、放火の犯人は本が目的だった!そして、あなたは何故か火事が起こる事を知っていた。」

美幸「何?結局、私が犯人とでも?」

あきな「いいえ!そこまでは言ってませんが、あの火事とあなたは何か関係があるのは間違いありません。」

美幸「何を証拠に?」

あきな「あの本を移動するように、指し図したのは先生ではなく、美幸さんだからです。」

美幸「すべての真実は立証された後に価値が導かれる。先生の口癖だったわね?それは、あなたの予想ね!」

あきな「予想ではありません。女性であるあなたが大量の本を移動するのは大変です。だから、当時、高校生だった宮田努をバイトとして雇った訳よね?それもたかが、本を運ぶだけにもかかわらず、高額なバイト代で!」

美幸は顔色を変えた。しかし、無言だった。

あきな「どうですか?何か間違っていますか?」

美幸は平常心を保って、開き直った態度になった。

美幸「間違いはないわ!助手として先生の研究成果を守るのは当然の事!火事で本が燃えてなくならなかっただけでも、私は十分にいい仕事をしたから!逆に感謝して貰ってもいいんじゃないの?」

あきなは呆れた表情になった。

あきな「そうね!感謝をするところはあっても、火事により誰かが犠牲になったところは謝罪が必要ね?」

美幸「謝罪は、放火の犯人の役目でしょう?私は誰か知らないけど!もうよろしいかしら?」

あきなはしばらくは美幸を見つめていた。そして、黙って立ち上がって帰る用意をした。すると

美幸「あきな!ちょっと待って!」

あきな「何?」

美幸「また、実験デ−タのために、知らない男を取り替え、引き換えしてるんでしょう?」

美幸は少しバカにした感じで言った。しかし、あきなは平然とした表情だった。

美幸「実験とは言え、そういう女性は男性から敬遠されてしまうわよ!たぶん、修二はそういうところが嫌だったのね!」

美幸は少し勝ち誇ったような表情だった。そして、あきなは顔色一つ変える事なく

あきな「ただ、学者としての責務を果たしてるだけ、大学の研究室をやめて専業主婦になるあなたにはわからない事!」

そして、あきなはかばんを持ってドアを開けて出ようとした時

美幸「それで満足?」

あきなはドアの前で止まった。しかし、黙ったままだった。

美幸「才色兼備!学生の頃はあなたに相応しい言葉だと思ってたけど…。結局は心理関数のモルモットになっているんじゃないの?」

そう言って、美幸はウイスキーのロックを飲み干した。美幸は軽く酔いが回っていた。あきなは取り乱す様子もなく黙って聞いていた。すると

あきな「それだけですか?」

すると美幸は

美幸「あなたの集めた実験データは非常に役に立ってるわよ!フフ」

どこか、嫌味な言い方をした。さらに美幸は

美幸「式の招待状、郵送するから気が向いたら来て!」

あきなは返事をする事なく黙って店を出た。

あきなは店を出て、階段を登ったところで立ち止まって夜空を見上げていた。店の外は冷たい風が吹いていた。辺りは人通りも少なくなっていた。すると、数メ−トル先に一台の大きな車が停車した。しばらくして、中から一人の紳士風な男性が出て来た。その男性はあきなの方に近づいて来た。あきなは、見てみぬふりをして立ち去ろうとした瞬間!

「ちょっと、失礼します。もしかして君島あきなさんですか?」

あきなは一瞬、ハッとした。

あきな「誰ですか?」

あきなは男性を前に不機嫌そうに答えた。

「私、荒川と申します。」

そう言ってあきなに名刺を渡した。

あきな「荒川洋平!政治家の秘書?」

名刺を見た瞬間、あきなは少し、顔色を変えた。

荒川「こんな時間に失礼かと思いましたが、車の中で先生がもしかしたら君島さんではないかとおっしゃられましたので!」

そして、あきなは冷静になって!

あきな「人違いじゃありませんか?」

そう言って、無視して立ち去ろうとすると

荒川「あ!ちょっと待ってください。では、根本さんとお知り合いの方では?」

荒川は少し慌てあきなに聞いた。すると、あきなは驚いた感じで足を止めて振り向いた。

あきな「何の用ですか?」

荒川「すみません!心理関数についてお聞きしたい事があるとあちらで広田先生が…」

あきな「心理関数?…広田先生?もしかして広田真理子?」

荒川「はい、今の少子化担当大臣でございます。」

するとあきなは腕を組んで

あきな「で、どうするつもり?」

機嫌悪そうに答えた。

荒川「ほんの数分で構いません。あちらの車の中で先生が!」

あきなは車の方を見た。しばらく黙っていたが

あきな「5分でいいかしら!」

荒川「ありがとうございます。」

荒川はあきなを車に案内した。そして、あきなは車の後部座席に乗り込んだ。すると、中には1冊の雑誌を手に持ったス−ツ姿の女性が座っていた。

あきなは隣に座り一瞬、時計を見た。

広田「こんな、夜遅くに驚かせて申し訳ありません。確かに君島あきなさんですね?ミス東西大学!学生の頃と全然お変わりありませんね?」

そう言って、広田はあきな本人である事を確認するかのように1冊の古い雑誌の特集ページを開いて見比べていた。

あきな「それはもう、10年前の事です。何の用ですか?」

広田「率直に申します。心理関数というものに非常に興味がありましてそれについて書かれた本を探しています。」

あきな「そうですか?」

あきなは敢えて言葉を少なめで返答した。すると広田は、カバンから1冊の本を出した。それを見たあきなは目を疑った。

あきな「あ!それは?」

恋愛心理関数の実用書だった。

広田「恋愛心理関数の本です。背表紙に番号が20とあるので、もしかしたら、他にもあるかもしれません。いろいろと読ませて頂きました。すばらしい、研究だと思いました。この研究内容とそれに関わっていた人を調べさせて頂きました。しかし、この本の著者の北山氏は火事でお亡くなりになられたみたいで…」

あきなは黙って聞いていた。

広田「それで北山先生の助手をしていた根本さんなら何かわかると思い、こちらを通りかかりました。君島さんも当時、北山先生の研究をいろいろとお手伝いされていたとか…。」

あきな「何故、このお店に根本さんがいるとわかったのですか?それに私の事も!」

広田「私、早坂さんがレストランのバーテンダーをしている頃からの大ファンで、渋谷にお店を出してからもよく来てました。今もたまに来ますけど…。早坂さんから婚約者の名前を聞いた時はまさかと思いまして!あきなさんも学生の頃からの友人で3人は顔見知りらしいとお聞きしました。」

あきなは黙って聞いていた。

広田「今日も帰りに早坂さんのお店に寄って帰るつもりだったんですが、すっかり遅くなってお店の前を通ったら、いつもの手書きの看板がなくて、そしたら店の前でもしかしたらと思ったら、やっぱり君島さんでした。」

あきな「そうですか〜」

広田「あ!長々とこんなに夜遅くに申し訳ありません。今日はもう遅いので、よかったら次の日曜にでも私の自宅でゆっくりお話しませんか?お忙しいようでしたらこちらの方に電話を頂けましたら時間はどこかで作らせて頂きます。」

そう言いながら、広田はあきなに名刺を渡した。あきなは、美幸がまだ、店にいる事を知っていたが敢えて、その事は言わずに

あきな「今日は、お店が既に閉店で残念でしたね?私も先程店の前に来たら閉まってて少しがっかりでした。では、またお会いできる日を楽しみにしています。」

あきなは微笑みながら言った。そして車を降りた。

無くした物を探す者、その魅力に惹かれて探す者、探し物はいつも人それぞれ・・・。

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