第11話 事件へ・・・
孝の知らないところで、何か怪しい物が動いている。もちろん、それは本と関係する事であるが恵美はそんな怪しい物に実は孝より近くにいる。でも恵美も孝同様に、何も知らない。
社長室では、平田と広田がお互いの名刺を交換した。平田にとって広田は予期せぬ来客であったが、興味本位で応対してみようという気持ちだった。
平田「少子化担当大臣、広田真理子様、テレビや新聞等でよく存じております。我社へどのような用事でしょうか?」
平田は率直に言った。すると広田は
広田「本を探しています。」
具体的には言わず漠然と言った。
平田「本ですか?どんな本でしょうか?」
平田は勘づいていたが、少しとぼけるような感じで言った。すると広田は
広田「では、具体的に申します。心理関数の実用解析書を探しています。」
平田から目を反らさずに言った。
平田「しかし、そう言われましても私どもとその本がどういう関係があるのでしょうか?」
平田はあくまで、知らないという感じで答えた。すると広田は
広田「私のある知り合いが、心理関数の序論の購入審査に合格しまして、こちらの会社がその本を販売しているという事を知りまして、何かわかるのではと思いまして、突然でしたが、お邪魔させて頂きました。」
広田は白を通す平田を見ていた。すると平田は開き直って
平田「ハハハ…!そう言う事でしたか〜!それは申し訳ありません。確かに我社では、優秀な論文を送って頂いた方にのみ、心理関数の序論を販売しております。しかし、それは、あくまで序論のみでございまして、実用書などと言うものは我社にはありません。よって、販売も序論のみでございます。私自身、実用書を見た事もありません。」
やはり、とぼけた部分を残して答えた。そして、広田はしばらく無言になりお茶を一口飲んだ。広田は平田の白を切り通す態度に少し、苛立ちを感じていたが、敢えて抑えてた。そして
広田「そうですか〜!では、何か情報がありましたらそちらの名刺の方にご連絡下さい。」
そう言って広田は立ち上がって帰ろうとした。すると平田は
平田「失礼ですが、先生は実用書を何冊かお持ちですか?」
広田「はい、20冊ほどありますが!」
平田「20冊!」
平田は一瞬、下を向いてニヤついたが、顔を起こして
平田「それは、恋愛心理関数ですね?」
広田を見ながら言った。
広田「そうです。それがどうかしましたか?」
広田は微笑みながら言った。
平田「わかりました。ご連絡させて頂きます。」
それは、ただ自分と同じ、本を探している者の確認の意味でしかなかった。すると広田は
広田「いい連絡、お待ちしております。あ、それから先日、精神心理関数を見ました。内容は何故か、偏ってましたが…。では失礼します。」
広田は社長室を出て帰って行った。平田は、しばらく止まっていた。
平田「精神心理関数?」
一人小さくつぶやいた。
広田はビルを出て、車に乗った。
広田「相変わらず、何か本音を隠し通したような言い方で、全く気分が悪いわ!あきなと言い、あの平田といい、全くあの連中は」
広田は、平田の言動に対しての不満を車内で掃き出すように言った。
広田「車出して!」
広田は機嫌が悪かった。
広田が社長室を出た後、それを見計らって恵美が社長室に入って来た。そして
恵美「社長、先程ですが南様からお電話がありまして、本の販売許可は出してないと、かなりのご立腹の様子で、電話がかかってましたが…」
恵美は事情がよくわからずとりあえず、そのまま伝えた。すると平田は
平田「え?出してない?」
平田は、信じられないという表情だった。もちろん、恵美は何の事が全くわからなかった。そして恵美は
恵美「あの〜!本の販売許可というのはどういう事ですか?」
率直に聞いた。すると平田は
平田「あ、ああ〜ありがとう。あとは、こちらで処理をしておくから、もう戻っていいよ!わざわざ、ありがとう。お客さんのクレ−ムを受けてもらうなんて!本当なら、こっちですべてやらないといけないんだけど!」
そう言って、恵美に真実を話さなかった。恵美はたくさんの疑問が残ったまま自分のデスクに戻った。恵美はデスクに戻った後、少し平田を意識してチラ見をしていた。その後、平田はパソコンに届いたメールを確認した。そして、平田は内線をかけた。かけた相手はブランド越しに見えていた、木下のデスクだった。
平田「木下、昨日の夜遅くに出た本の販売許可のメールの差出人は南先生になっているか?」
木下「はい、確かにそうなっています。」
平田「さっき、南先生から販売許可は出してないという電話が来て、野原がそれを受けたみたいだ。」
木下「念のため、南先生に直接、確認をした方が良いと思われますが」
平田「もちろん、そのつもりだ!」
その後、平田は内線を切った。そして、携帯で南に電話した。恵美は平田が内線で木下と話しているのを、気付いて見て見ぬふりをしていた。そして、平田に対して上から目線で電話をして来た南とは誰なのか、本の販売許可の意味は?恵美には見えないものだらけだった。
そして、京産自動車の本社ビル40階に、一人の男がエレベーターから降りた。そして、社長室前の受付に現れた。男は、サングラスをかけて顔を隠すような身なりだった。
前園「どちら様でしょうか?」
しかし、男は無言だった。そして、前園の言った事を無視してそのまま、社長室に入ろうとした。すると前園は
前園「ちょっと、待って下さい。どちら様ですか?身分の不明な方を通す訳にはいきません。」
そう言って立ちはだかるように両手を広げた。すると、男は無言で止まった。
前園「誰ですか?警備を呼びますよ!」
男は何も喋らなかった。すると、男は携帯を取り出した。そして、それを前園に見せるようにして誰かに電話をかけて、呼び出し音を鳴らした。すると、社長室のドアが開いた。そして、亀田が出て来た。
場所は変わって洋食屋KIYAMAでは
山田「ちょっと失礼するよ!」
少し、馴れ馴れしさと偉そうな態度の様子の山田が店のドアを開けて入って来た。店長の木山は厨房から出て来たが、特に何も話す様子はなかった。孝と理香は誰かと思って振り向いた。孝はまた来たかと思って余り気分がよくなかった。
山田「小川さんは今日はいますか?」
理香「え?私ですが!」
山田「警察ですが!」
そう言って警察手帳を理香に見せた。すると理香は
理香「その手帳、本物ですか?」
孝「え!そこ?」
孝は理香の動じない反応に、ア然とした。すると
山田は
山田「ほ、本物だよ!ちょっと、先日の事件でね!」
山田は何か一瞬、調子が狂ったような反応をしながら言った。
理香「あ〜、事件ね!そういう話題なら…」
と言いながら、山田の近くに言った。
山田「ここじゃちょっと、何なんで外で」
理香「キャ−、外ですか?二人きり?」
と言いながら、理香は山田の顔をうかがった後
理香「じょ、冗談ですよ!アハハ!」
山田「じゃ、じゃあ外で…」
山田は一つ咳ばらいをして、気を取り直して聞き込みのため、理香と二人で店の外に出た。
南「南です。どういう事だ!」
南は平田に対してかなり、怒っていたが敢えて、それを抑えるように言った。
平田「先生は、かなりご立腹の様子ですが、我社には差出人が南先生で、販売許可のメールが届いていまして…」
南「何?それは本当か?」
南は少し驚いた反応をした。
平田「はい、間違いありません。では、こちらで我社に届いたメールをコピーして明日にでもお持ちします。」
南「わかった。こちらとしても、どういう事情か知りたいので、明日また、電話を入れてくれ!夕方頃から空けておく。」
平田「わかりました。」
そして、とりあえず事態は収まったが、すべて解決はされた訳ではなかった。そして、平田は再び内線で木下に
平田「明日、販売許可のメールのコピーを南先生に見せて事情を説明しに行く。木下は、柴山について調べてくれ!また、小川みたいな事になったら警察の捜査がうちにまで来てますます面倒な事になるからな!」
木下「わかりました。」
そして、平田は電話を切った。恵美は、その一部始終を見て見ぬふりをしながら、疑問に思っていた。何故、内線なのか?恵美は自分が秘書という立場に疑問を感じながら何か秘密があるのでは?と思った。
12時過ぎの柴山の部屋に内線がかかって来た。
「柴山先生、お客様が見えられています。心理関数の序論のお祝いで、金田様がお話がしたいと」
柴山「通してくれ」
柴山は何の疑いもなく、答えた。そして、しばらくしてドアがノックされた。
柴山「どうぞ…」
ドアを開けて入って来たのは金田ではなかった。努だった。
柴山「どちら様ですか?」
柴山の質問には答える様子はなく努は
努「この度は、購入審査の合格おめでとうございます。」
柴山「あ、ありがとう」努は笑顔で一礼をした。そして、柴山を見つめながら努はドアの鍵を閉めた。柴山は危機的な物を少し感じ始めた。そして努は
努「精神心理関数をお持ちですね?」
柴山「その前に君は誰だ?」
努「北山先生はどこにいるのですか?」
努はニヤつきながら答えた。
柴山「誰だ、その北山って言うのは?」
柴山は、動揺するのを抑えて、努を見ながら少しづつ内線の電話に手を伸ばしていた。それを努は見逃す事なく
努「無駄ですよ。」
そう言って、柴山の右手を掴んだ。
柴山「ど、どういうつもりだ!目的は」
柴山は右手を掴まれたまま努を見ながら言った。
努「その本を下さい。」
努は微笑みながらも、何かを企んでいる表情だった。しかし、柴山は黙っていた。すると努は
努「じゃあ、北山先生はどこにいるんですか?」
柴山「だから、知らないと言ってるだろう。」
そう言って、努に掴まれていた手を払った。すると
努「じゃあ、研究所は燃えてなくなってもいいですか?5年前みたいに」
柴山「何!」
柴山は一瞬、目を大きく開いて、驚いた表情になった。
努「それとも、北山先生が生きている事は秘密ですか?取引しましょうか?」
柴山「取引?」
柴山は不安な様子を隠せなかった。
そして前園の前に現れたヒデだったが・・・。
亀田「大丈夫だよ!私の大事なお客様だよ」
亀田は立ちはだかっていた前園に言った。
前園「社長!」
前園は、亀田の言葉をそのまま聞き入れるように
前園「どうぞ!」
ヒデの前の通り道を開けた。そして、ヒデは亀田に案内され部屋に入った。
亀田「先生が直接、こちらまで来られるというのは、何か急用でしょうか?」
亀田は不思議そうに聞いた。男はサングラスとマスクを外した。男はヒデだった。そして黙ってソファーに座った。その様子を亀田は見守るような視線を送っていた。するとヒデは
ヒデ「柴山先生に、本が送られました。」
亀田「本?」
亀田は一瞬、何か察した
ヒデ「精神心理関数の実用解析書です。」
亀田「精神心理関数!完成ですか?」
亀田は笑顔を見せて言った。
ヒデ「いいえ!完成ではありません。というより完成する事はありません。それに、送ったのは私ではありません。私自身は既に研究からは手を引いていますから。」
亀田「どういう事ですか?話が全く見えません。誰が柴山君に本を送ったのですか?何故?」
亀田は疑問だらけだった。
ヒデ「本を送ったのは私のかつての教え子です。ただ、理由はわかりませんが、5年前の事が関係あるかもしれません。それにもし心ない誰かに柴山先生が、精神心理関数の実用解析書を持っているという事が知られると…」
亀田「5年前の悲劇が再び起こるかもしれないという事ですか?」
途中で黙り込んだヒデの言葉に付け加えるように亀田は言った。
ヒデ「ただ、事態は5年前よりも最悪の結果になるかもしれません。」
ヒデは俯きながら、言った。
亀田「5年前よりも?」
ヒデ「はい、おそらく犯人の狙いは精神心理関数ですが、それを手に入れるために、手段を選ばない時は…」
亀田「そうですね!その時は柴山君の身に何かあるかもしれませんね。もし犯人に柴山君が死亡届けを偽造した事が知られていれば、柴山君も北山先生もそして、私自身もただじゃ済まないという事か〜!」
亀田はタバコに火を付けて独り言のようにつぶやきながら窓の外を眺めた。そして
亀田「柴山君は、先生の研究に興味がありましたから、本が手元に来たのは幸いかもしれませんが…何もなければいいのですが!」
しばらく沈黙になり、部屋は静かになった。すると
亀田「室長は知っているのですか?」
ヒデ「全く知りません。それが…」
ヒデは、言葉に詰まりうまく言えなかった。すると亀田は
亀田「事情はわかっております。それに、彼女は学者でありますが、その前に我社の社員です。先生の、研究を守り世の中に役立てたいという気持ちは理解しております。」
ヒデ「ありがとうございます。」
そして、二人は無言になった。
孝のバイト先の洋食屋KIYAMAはディナータイムに入っていた。時計は夕方7時をになろうとしていた。
理香「今日はお店が閉店する10時頃から歓迎会をするみたいですよ。」
理香は孝に念を押すように言った。
孝「OK!もうすぐあがりだから、どこかで時間でも潰しても閉店頃にでも来ようかな?」
理香「じゃあ、私も!」
孝「え!」
理香も孝と同じ時間にあがりだった。孝は少し、変な予感がした。すると
理香「先輩、時間までどこかで暇つぶししましょうよ!」
孝「ああ〜そうだな!」
孝の勘は当たった。理香といると、新宿での事があってから、また不運な事があるのではと少し、ネガティブな気持ちになり、あまり乗り気じゃなかったが、渋々了解した。そして、7時過ぎ孝と理香はバイトを終えて、二人は店を出た。しかし、これと言って二人は、歓迎会までの暇つぶしのためにどこか行く先が決まっていた訳ではなかった。そして、二人は偶然に商店街の中の電気屋の前に通りかかった。ウインドウショッピングのように二人は、たくさん並んであるテレビを見ていた。
孝「最近は、テレビがどんどん大きくなるな〜!」
孝はテレビを見ながら言った。すると隣にいた理香が
理香「本当ですね!人間の欲望と同じでどんどん大きくなって行きますね。」
孝は少し驚いた表情をして理香を見た。普段何も考えてなさそうに見える理香からの意外とも思える発言だった。
理香「でも、先輩は向上心が大きくなった方がいいですよ!」
孝「え?ああ〜、そうだな…アハハ!」
理香は微笑みながら、説教じみた感じで言った。もちろん、孝は自分の現状を理解していたため反論出来ず、笑ってごまかした。そして、店頭のテレビからニュースが聞こえて来た。
「たった今、入って来たニュースです。心理学者であり、医師でもある柴山徹さんが勤務先の病院の診察室で死んでいるのを発見されました。自殺を計ったと見られています。」
孝は、テレビに映った顔写真を見て目を疑った。すると理香は
理香「うそ〜!」
孝「知ってるの?」
理香「直接は知らないんですけど、この人って私の研究室の先生とすごく仲が悪かったみたいですよ。っていうか、天才数学者と言われた北山秀雄と交流が深かったみたいですが…でも、うちの先生は、北山先生にも柴山先生にも、あんな物は研究に値しないとか批判ばかりでしたけど…。あ〜あ、私も大学院に行ったら、なんか面倒そうな人間関係に巻き込まれるんだろうな!」
理香は、少しづつエスカレートして行き愚痴になった。
孝「そうなんだ〜!」
孝は軽く相槌をうったが、理香の愚痴以上に、あきなが倒れて運ばれた時の事の方が気になっていた。しばらく、考え込むようにその場に立ちすくんでいた。
理香「なんで、自殺なんだろう?」
理香は疑問に思いながら、店頭の大きなテレビの前で考えていた。その考え込む理香の様子を孝は見ていたが、もちろん、答えを知っている訳でも、答えが出て来る訳もなかった。ただ、孝にとっては柴山は、あきなに興味を示していた、怪しい人間という印象しかなかった。そして、あきなという謎の女性が事件に関わっているのかもという推測さえした。しかし、深く考えると何かわからない恐怖感に駆られそうな気もしていた。それから、孝と理香は、歓迎会までまだ時間があったため、喫茶店に入った。そして、二人は店内の隅のテブ−ル席に向かい合うように座り、ソフトドリンクを注文した。そして理香は
理香「先輩!なんか、デ−トしてるみたいですね?」
理香は突然、満面の笑顔で言った。
孝「え?デート?」
孝はさっきのニュースが気になっていたせいか、理香の事は正直、意識が薄かったが、突然笑顔でデートと言われて少し意識して見てしまった。
孝「そう言われると、なんかそうかも…。アハハ」
理香「そうですよ!この前も、新宿でデートみたいな感じだったじゃないですか?ハプニングがありましたけど!」
孝「ハプニング?ああ〜あれね?」
孝は、忘れていたがすぐに思い出した。考えてみると最近、孝は理香と一緒にいる時間が多いという事に気づいた。仕事が忙しくて最近会えない恵美と、バイト先が同じで会える理香が頭の中で一瞬交差した。その時、孝は今、本当に恵美と付き合っているのだろうかと疑問に思った。最近は会う事も少なくなり、連絡もお互いに余りする事もなく孝は、自分の彼女が恵美である事に不思議に思う部分もあった。そして理香は
理香「まるで、最近、付き合ってるみたいですね?」
孝「え?まあ、第3者からはそう見えるかもしれないね!」
孝は優しく答えた。なんだか悪い気がしなかった。そして、無邪気な様子の理香が可愛く見えた。そして、孝は
孝「でも、なんか小川って気付くと近くにいるな〜。」
理香「もしかしてわかります?」
孝「え?」
孝は少し、驚きを隠せない表情だった。もしかして、これは告白の前ぶれかと思いながら
孝「もしかして、意図的?」
理香「う〜ん!半分はそうかもしれないです。」
理香は目を反らして少し考えるように言った。
孝「半分?」
理香「そうですね半分ですね。」
孝はその答えの意図を知りたくなった。
孝「じゃあ、残り半分は?」
理香「興味かな!」
孝「興味?それってもしかして知りたいって事?」
孝の中では、もしかして理香が自分の事を好きなのかもと、少しづつ選択肢が絞られて来たように感じた。
理香「そうですね!知りたいですね!」
理香は可愛く笑顔を作って孝をじっと見つめた。すると孝は
孝「それって、もしかして俺と付き合いたいとか…アハハ!」
孝は間接的なつもりがそのまま率直に言ったすると理香は
理香「ハハハ…先輩!ちょっと話が飛躍し過ぎですよ!」
孝「へ??」
孝は、軽くフラれたような感じだった。
理香「最近、先輩変だから、いろいろ知りたくなっちゃいまして…」
孝「変?」
理香「そうですよ!この前も駅の近くで、電話で誰かに謝ってたり、新宿で恵美さんがいるのに、隠れて見てると思ったら、誰かに呼び出されたようにどこかに行っちゃうし…。」
理香は微笑みながら言った。孝は、苦笑いで特に何も言わなかった。すると理香は
理香「これは、私の予想ですが、先輩は最近、恵美さんとうまくいってない!」
そう言いながら、目の前の孝を指さした。すると孝は
孝「また〜!何を根拠に〜!」
孝はごまかそうとした。すると理香は咳ばらいをして改まった感じで
理香「先輩は駅の前で、帰らずに誰かに電話で謝っていました。普通、電話で謝って済む事なら、歩きながらでも、帰ってもできる事、駅の前で謝るという事は今からその人に会って本当に謝ろうとするための準備!そして、この前の新宿での出来事ですが、自分の彼女が目の前にいるのに声をかける事もなく、隠れて見ていました。もし、先輩があれを浮気じゃないと確信したら、あの行動はありえません。それに、先輩は突然の電話の後で、どこかに行ってしまいました。あきなという女性の名前が聞こえましたのでたぶん、その時の電話の相手はその女性です。恵美さんは別の男性と一緒にいましたからね!それから、恵美さんが店に来た時も、二人はお互いに声をかける様子もなく、何故か二人の間にはラブサ−クルが描かれてませんでした。」
孝「ラブサ−クル?なんだそれ?」
理香「心理学用語です。恋人、家族など愛情により近い距離を共有する者同士の空間は、第3者からは丸みをおびたやわらかい雰囲気に包まれた空間に見えます。その空間をそう呼んでいます。以上!エヘン!」
理香は自信満々の笑顔で軽く咳ばらいをして孝を見た。すると孝は
孝「まあ〜、外れてはないかな〜、アハハ!」
孝は苦笑いしかできなかった。すると理香が
理香「先輩!あきなさんてどんな人ですか?」
孝「え?誰?」
孝はとぼけた。
理香「この前、電話で言ってた女性ですよ!もしかして浮気してるんですか?」
孝「だから、知らないよ!」
孝はさらにとぼけ続けた。
理香「なんかすごい綺麗な人らしいじゃないですか?」
孝「え?」
孝は一瞬、冷や汗が出た。
理香「この前、氷川にこの事を言ったら偶然、先輩とその女性が一緒にいるところに出くわしたみたいで!」
理香は坦々と言った。
孝「え?達也が?あ〜、確かそんな事あったかな〜アハハ…」
孝はすべてがバレていると悟った。
孝「達也!アイツ」
と心の中でつぶやいた。そして孝は、理香の鋭い推測に関心していた。完全に図星だったが、バレてしまったという事を孝は素直に認められなかった。それは、見栄というか、プライドというか、理香に弱みを見せたくない気持ちからだった。そして孝は
孝「おまえって、すごいな〜!なんか、名探偵みたいだよ!」
孝はそう言いながら図星とも言える理香の発言に内心、驚きながらも平常心を装って言った。すると理香は
理香「私、こう見えても心理学者志望ですから!でも、まずは、その人自身を見ないと、人を知る事はできませんから!イェーイ!」
と言って理香は無邪気な様子でピースをした。孝はその理香の様子を見て、作り笑いをするので精一杯だった。そして、時計はすでに9時を過ぎていた。
理香「じゃあ、今日の先輩とのデートは終了です。そろそろ、歓迎会の時間ですから、店に戻りますか?」
孝「あ、そうだな〜!」
孝は何故か理香に一本取られた感じだった。それから、二人は喫茶店を出て歓迎会のために洋食屋KIYAMAに向かった。孝は、今から飲み会という時に、またあきなから電話がかかって来ないか気になっていた。
一方、恵美は平田と店の見回りをして最後の店がある銀座にいた。そして、二人が店を出たところで恵美は
恵美「平田さん!何故、私を秘書として雇うのですか?」
恵美のその質問はどこか社長と秘書という関係ではなく、一人の人としてのようだった。そして、平田は
平田「いつも、一緒にいれるから…かな?」
平田は、はっきり言ったような感じだが、恵美には平田の気持ちはわからなかった。すると恵美は
恵美「でも、平田さんは私とは、絶対に恋人同士になれないって…」
恵美はわからなかった。自分には孝という彼氏がいても、自分に明らかに好意を持っている男性が突然、恋人同士にはなれないという否定的な考えがわからなかった。しかし、恵美はそれ以上は深くは突っ込まなかった。そして、平田は
平田「ゴメン!うまく言えないんだ!」
その平田の返答の仕方は恵美の上司としての社長の雰囲気はなかった。しかし、平田はずっと、恵美を見つめていた。すると恵美は
恵美「あ、あの〜、どうしたんですか?」
少し、照れながら言った。
平田「い、いや、別に!可愛いな〜…と思って!」
恵美「え!」
恵美は、顔を赤らめて照れたが
恵美「あ、あの…今日の見回りはこれで終わりですよね!帰ってもいいですか?」
恵美は少し、胸をドキドキさせながら言った。
平田「ああ〜、今日の勤務はこれで終わりかな?ハハ…」
平田は少し、照れてる様子を隠すために作り笑いでごまかしながら言った。そして恵美は
恵美「今日は…お疲れ様でした。」
と言って、平田の目を見る事なく、走ってその場を去った。平田は恵美に「お疲れ様」という一言をかけようとしたが、何故か言葉が出なかった。それは、恵美が一方的に挨拶をして立ち去ったからでなく、社長と秘書の関係がなくなった二人の空間に平田はうまい言葉が見つからなかった。平田は走って帰っている恵美の後ろ姿をずっと見ていた。その時、奈津子が店から出て来た。
奈津子「社長!」
平田「あ、奈津子!」
奈津子は一部始終を見ていたが、平田にはその事を言わずに、
奈津子「どうかしましたか?」
と回りくどいような言い方をした。すると平田は
平田「いや、今日の一日の反省を秘書としていたところだよ!」
平田は、ごまかすつもりで言ったが、もちろん奈津子にはすべてが見えていた。しかし、奈津子は
奈津子「そうですか〜。お疲れ様です。」
そう言って地下に続く階段を、少し涙をためながら降りて行った。奈津子のその様子は暗かった。
秘密だから絶対に言えない事、言いたいけどうまく言えない事、言わなければいけないのに言えない事、結局、最後に共通する答えは「受け手の人間からしてみれば何もわからないというもどかしさが残ります」その時、受け手の人間は何を感じ、どんな行動に出るのでしょうか?