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「何だか暗い顔してるね。何かあった?」
2年ぶりに会ったお姉さんは、あたしを見るなりそう言った。
あたしは高校生になっていた。
模試の成績が良くなかった。暗い顔をしていた直接の原因は多分それだ。
でも、あたしは久しぶりに聞いたお姉さんの声に、涙がぽろぽろ零れるのを止められなかった。
あたしは消化しきれていなかった。1年前に事故で死んだ妹。生意気だけど可愛くて、まだ、たったの8才だったのだ。
何を話したかは憶えていない。ただ、気がつくとあたしはお姉さんに縋って子供のように泣きじゃくっていた。
「辛かったね」
とあたしの頭を優しく抱いて、お姉さんは「じゃあさ、タイムマシンにでも乗ってみる?」とあたしの耳元で囁いた。
どうしてあたしはお姉さんを信じているのだろう。お姉さんについて行きながら、あたしは不思議に思った。
あたしはお姉さんの仕事も歳も、ううん、名前さえ知らない。会うのだってこれが4度目。話しをするのは2度目だ。
けれどあたしの心の中に、どこをどう探しても、お姉さんを疑う気持ちは欠片ほどもなかった。
お姉さんが「これが"タイムマシン"よ」と、あたしのよく知っている乗り物を指し示した後も。
「これがタイムマシンですか?」
何度目になるだろう、あたしは隣の席のお姉さんに尋ねた。繰り返しになるけど、お姉さんを疑って尋ねたんじゃない。
ただ、お姉さんの言葉の意味を確認したかったからだ。
お姉さんは上機嫌で何杯目になるか判らないシャンパンを呑んでいる。
「シャンパンじゃなくて、スパークリングワインだよ」とお姉さんに言われたけど、あたしには違いが判らない。
あたしのすぐ側の小さな窓の外には、白い雲と、青い空、それと初めて見るきれいな海しかない。
沖縄の海だ。なぜかあたしたちは沖縄に向かう飛行機に乗っていた。
「そうだよー」
軽い口調でお姉さんが答える。
「知ってる?時間ってね、絶対じゃないんだって」
あたしは首を振った。
「ううん。知りません」
「早く動けば動くほど時間は遅く進むし、地上にいるより宇宙にいる方が時間は早く進むらしいよ、アインシュタインさんの相対性理論によれば。相対性理論といっても、特殊と一般ってあって、何が違うのかわたしにはさっぱりだけどね」
「飛行機に乗っても?」
「ま、そういうこと。飛行機のスピードじゃあ、とても時計では計れないほどしか時間は遅くならないらしいけどね、極端な言い方をすると、飛行機に乗っているわたしたちには2時間しか経ってなくても、地上じゃ3時間が経ってるってことになる。
これって立派なタイムマシンだと思わない?」
あたしは考える。確かにそう言っても間違いではないかも、と思う。
「ただし、過去には戻れないけどね」
「……」
「時間ってさ、相対的なものだってホントはみんな知ってるよね、わざわざアインシュタインさんに言われなくてもさ。楽しい時間は早く過ぎるのに、学校の授業はホント、地獄かって思うぐらい長く感じるよね」
「うん」
「親しい人の死ってね、時間を止めてしまうんだとわたしは思うの」
口に近づけたシャンパンを、お姉さんが止める。
「……心の時間をね」
あたしの胸に鈍い痛みが蘇る。
「わたしはあなたの悲しみを無くしてあげることはできない。でも、無くす必要もないと思う。あなたはあなたの悲しみを大事にしていいの。悲しんでいいのよ」
少しだけシャンパンをお姉さんが喉に落とす。
「息ができないぐらい悲しい。わたしもそうだったもの。死んだ人のことを思うと。本当に自分が死んでしまうんじゃないかって思った。
だからなるべく思い出さないようにしたの。
わたしが生きていくために」
あたしもそうだ。息が吸えなくなる。妹のことを思い出すと悲しくて悲しくて、自分が死ぬんじゃないかと思った。
だから思い出さないようにした。
自分が生きていくために、妹を心の奥に閉じ込めようとしたのだ。
「それでいいのよ」
と、優しくお姉さんは言ってくれた。