遅ればせなチュートリアル
「ええと、この、兎の小道はここのゲーム性を一番強く反映している場所なんです」
未だオドオドしている虎尾の説明を受けつつ、雑木林の中の小道で草木を収集する。
ふと作業中に耳をすませば小鳥もさえずり、天を仰げば木漏れ日が心地いい。
ここがゲーム性を強く反映しているなら、随分と長閑なコンセプトなのかもしれないな。
「例えばあそこの盾兎」
「盾兎? ああ、あそこの奴か」
小道の奥の広場。確かにそこには兎が居た。
名は体を表すとか言うけど、まさしく盾兎だ。盾を抱えてよちよちと歩いている。
白やら黒やらぶち模様やらレパートリーが異様に多く、手の込みようが伺えた。
「何か、グラフィック滅茶苦茶凝ってるな」
「はい。マスコットキャラクターですから」
「動きも凄い凝ってるな。盾の端齧って首傾げたぞ」
「はい。縫いぐるみも発売してるくらいですから」
凄いな盾兎。このゲームの稼ぎ頭かよ。
そしてここにも虜にされた人間が一人。さっきまで目で自由形競泳をしていたのに、すっかり蕩けていらっしゃる。
「あっ。でもあの子達は普通に攻撃しても余りダメージが通らないんですよ。盾でガードしちゃって。だから盾が届かない所を攻撃するのが定石ですね」
「成程。で、そんな戦い方がこのゲームでは普通だと」
「はい。そうなんです。その……聞いてもいいですか」
「はい。何ですか?」
「もう十分も採集してるようですけど、何か必要なものでもあるんですか? もしかして目当てのアイテムが出ないとか?」
「いやいや、ちょっとスキルが面白すぎるだけですから。お気になさらず」
十分も採集し続けるなんて気でも狂ったか、と虎尾は思ったのだろう。だがしかしこのスキルは十分採集しても飽きないくらい楽しいものだった。
先ず収量が違う。大体五割ほど増えているのだ。ガンガンアイテム欄が充実していって、笑いをかみ殺すのが大変なほどだ。
しかも、入手するアイテムのランクも幾分高くなるらしい。その上ランダム性もあり、色々と楽しいものが入手できた。
俺の第二の目標、装備とアイテムの充実が半ばクリアしたようなものだ。ここから戦闘スタイルの具体案を確立させ、高レベルに換装すれば……くくくっ。
だがしかし、まだまだ欲しい所ではある。全種類を最低ワンスタック、アイテム欄の枠一つに収まる程度は貯めたい。
「そういうわけで、俺はもう少しここで貯めてます」
「いや、でも……アイテム採集ならもっといい場所があるんですけど」
「そうか。ならそっちにも行こうかな。それに戦闘もやってみたいところですし」
「戦闘? 二日間戦闘していなかったんですか?」
「まあ、戦闘らしい戦闘はしてこなかったですね。少し訳があって」
「訳、ですか。でも、武器とかは?」
「それは友達からのプレゼントがありますので」
ブラッドワインを作るならついでに皮で何か作ってやる、という話が出て、要求したのはこれだった。やっと使い心地を試せるというものだ。
アイテム欄から装備を出し、嵌める。
「それってグローブ?」
「武器は剣とかも想定していたんですけどね。ほら、素人が剣振るのは難しそうですし。それにこっちの方が、性に合うんですよ」
なんて見せつけるグローブは、勿論猪の革を使ったものだ。そのお陰で中々武骨でいかつく、格好いい作りになっている。
特に鋼板をビスで留めているところなど、戦車を思わせて、俺の趣味をド直撃だ。
ただ革製のグローブはかなり硬い。手を二三回開閉して慣れさせてもまだ違和感があるほどだ。
この硬さは信頼性の証と思う事にして、目指す方は小さな広場。敵勢力は三匹。一気に畳みかけるぞ。
バッと飛び出して飛び掛かり、敵が迎撃態勢を取る前に顔面を殴り飛ばす。マスコット相手にだって容赦しない顔面パンチだ。
おお、イベント最弱とはいえ流石はボス装備。それだけで体力の大半は削れる。良い火力じゃないか。
そして敵はまだ体勢が整っていない。更にもう一発殴って、完全に仕留め切る。
更に消える前にその盾ごと蹴飛ばしてもう一匹をけん制する。
で、次はこっちに蹴りを繰り出している兎なのだが、これは言われた通り盾を攻略してからにしてみよう。
グッと膝を曲げて沈み込んで蹴りを回避し、盾の側面を殴りつけてみる。
盾は大きく外れて腹ががら空きとなる。マスコットに容赦ない正拳突き。吹っ飛ぶ人気者の耳を掴んで引き込み、更に追い打ち。
んで、最後は後ろからこちらに突進をかます兎に、真正面から二発殴り込む。
「……ふう。体はちゃんと動くな。良い感じだ」
ラグもなく、違和感もない。異様に動きやすいことを除けば、自分の体で戦っている感覚だ。
このゲームに嵌まる気持ちも分かる。ここまで再現されているなら、没頭するのも仕方ない。
そしてアイテムもいい感じである。中々興味深いものが得られている。皮、盾、肉か。
兎皮革は防具に加工するとしよう。盾はそのまま使えるらしいので流用。肉は……うん。後で試してみないとな。
きっと大して強いわけではないが、初期装備よりはずっといい筈だ。今から加工が楽しみである。
「さて、と。次はスキルを試してみたいな」
武器のスキルを一瞥して、内容を確かめる。
ステータス欄を見るに、これはどうも三つほどあるらしい。だが、今開放されているのは一つだけ。
『強撃』とかいう、一撃を強くする効果のみ。随分とさっぱりしている。だが、それ故に使いやすそうだ。
丁度お代わりが四匹、森の奥から出てきたことだし、ちょっと試してみよう。
確か使い方は……
「おっと」
読む前に頭突きを仕掛ける奴を飛び越える。
何々、基本的に一定の動作で発動するようだ。これの場合は一回手を強く握り込んで、ある程度拳を引く。
そしてそのまま……
「殴るっ」
淡いエフェクトが入って、ダメージが十ほど増加する。そしてそれが止めとなって体力を削り切った。
初期にしては中々の火力である。クールタイムも二秒と軽く連発も出来そうだ。
「でも、一々動作で起動するのは面倒だなあ。後で起動動作を変える方法を模索してみるか」
残りの兎の攻撃を回避しつつ、二秒を数える。
そして今度は盾越しにスキルを打ち込んでみる。すると体力の減少は使用前と変わらなかった。
盾によってスキルの効果が打ち消されてしまった、のかも知れない。
「つまり、スキルのダメージ増加率と、盾の減少率はほぼ同じ。そういう風に思って行こう」
逆を言えば、この程度のスキルでこの辺りの防御は容易く貫通できる。これも良い情報だ。
ええと、後はどんな実験をすべきだろうか。
そうだ。拳装備で攻撃力が上昇しているが、肘や蹴り攻撃の威力も増加しているんだろうか。
試しに蹴ってみるが、あまりいいダメージは出ない。蹴った足で踏み込んで、肘を突き入れてみるが、これも同じだ。
思い立って茨を裾から伸ばして振り回す。が、これも大して入らない。というか弱い。ダメージソースにすらなり得ない。
だったらと後ろから来ていた奴に裏拳を入れてみると、これはダメージがきちんと入る。
「武器の攻撃増加の恩恵は、きちんと武器を使わないと受けられない」
つまり攻撃をするならばきちんとグローブが覆っているところを当てなければならないのか。
うん。良いな。こうしっかりと判定していると、色々応用が効きそうだ。
そしてまた増えるアイテム達。流石序盤のダンジョンだ。簡単すぎる。
これなら序盤のダンジョンでじっくり兵糧の充実を図れるな。
「おっと、虎尾さんの事を忘れていた。そっちは大丈夫ですか?」
「え? ああすみません。ちょっと連絡が入って」
そういう虎尾は何やら不味い連絡が入ったらしい。青い顔で中空を見ている。
何か手伝えることがあれば、と思う反面、現状では何も出来そうにないな。
「さてさて、お次はどいつが……おっと?」
ふと目に着いたのだが、虎尾の横にあるのは一体何だろうか。
一見して黒い土に汚れた布のようだが、誰かの落し物だろうか。
丁度連絡が終わったのを見計らって聞いてみる。
「そのボロ布って誰かの忘れ物ですか?」
「あ、ええと……これはアイテムですね。ダンジョンには先人の遺物という形で装備品が落ちているんです」
「ああ。これがハクスラ要素か。……だけどこれは余り状態が良くないような……」
拾って確かめると、外套とだけ書いてあるアイテムは、見た目も性能も最悪だった。というかただの布切れだった。
上昇するステータスは無し、得られるスキルは移動速度が僅かに上がるだけ。試しに歩いてみるが、大して効果は感じられない。
「これは最弱装備枠だな。もっと良い奴を探すとしよう」
一応それを仕舞いつつ、他に落ちている装備はないか探してみる。
が、その前に虎尾が俺の手を掴んだ。
「もっと、装備を探すのに良い場所があった気がします。その、ここにはボスが居ないんですけど、奥に宝箱があって……」
「へえ、宝箱。それは行ってみたいですね」
「じゃあ……案内します」
虎尾が俺の前を歩き始める。だが、奇妙なことに妙に足取りが遅い。
それにこちらをチラチラと見て、怪しい。
そういえばこいつと初めて会ったのは、殆ど偶然だったな。俺が必死に草を集めている時に虎尾に通りかかった。それだけだった。
二度目も偶然だった。俺がスキルの取得に躓いた時、たまたまそこに通りかかったのだ。
ただその時は何だかとても困っている風で、それは度々見受けられて。
ふむ。果たして偶然が二度も続くだろうか。こんな短い期間に。
「その、そう言えば次のアップデートで種族特有の何かが実装されるかもしれないみたいですよ」
「へえ。それは楽しみですね。ところで虎尾さんは何が目的でここに来てるんですか?」
「ええと、仲間がお薬を必要としてるんです。それで、その材料がここにあるんです」
「薬?」
「飛翔薬、潜水薬、疾走薬の三つです。移動にしょっちゅう使うみたいで」
「……」
「ど、どうしました?」
「いや何も。初めて会話した時の話が少し思い出されたんですよ。穴の話」
「うえ!? ああ、そ、そうでしたね」
話している間に大体の推測は立った。問題はそれが事実だとして、どんなことになるか、だ。
正直な事を言えば、さっさと逃げたいなあと思う。現状は弱いし、面倒くさいし。
だがしかし、ここで逃げてもしつこいのは目に見えている。だったなら軽く挨拶をしておくべきだろう。
なんてただただ俺は逃走よりも闘争の方が大好きなだけだったりする。
困り果てた虎尾には悪いが、こちらは存分に楽しむとしよう。
「楽しみだな」
「な、何がですか?」
「こっちの話です」
それにしても、虎尾は大変そうだな。歩けば歩くほど顔が青くなっている気がするぞ。
このまま卒倒するのでは危惧してしまう。
「少し休みますか?」
「い、いいえ。だ、大丈夫、ですよ?」
駄目そうだ。まあ気絶した際はログアウトするようになっているから無視しよう。
と思った瞬間に、虎尾はパッと僕の方を振り返った
「あの!」
「はい?」
「このゲームでは対人戦もあるんです。それで、もしかしたら急に襲われるかもしれないので……コツみたいなものを、良かったら……」
「是非、教えてください」
と言ったものの、これは一体どうしたことだろうか。
僕は確かにそれを想定していた。でも彼女から助言を受けるとは想定外だ。ひょっとしてこれも作戦だろうか。
「ええと、近接武器でもスキルによっては遠距離攻撃が出来る事があります。だから、スキル発動のエフェクトに注意してください。後、あらかじめアイテムを使っている可能性もあるので……後は不意打ち上等な所もあって……僕の武器は牙と爪なんですっ」
戸惑いのまま、俺は虎尾を見る。
彼女は青い顔のままだが、それでも真っ直ぐ俺を見て、何かを伝えようとしていた。
「そういうことか」
「?」
なんというか、うん。この人がやりたいことは分かった気がする。
そしてその瞬間に俺は、この虎尾と言う人間が大好きになってしまった。
この状況で、土壇場でそう来たか。素晴らしいじゃないか。思わず拍手をしそうになるくらいだ。
彼女の意志を組んで、ちゃんとアドバイスを聞いておこう。
要約すれば、スキルの遠距離攻撃に気を付ける。アイテムを事前に使っている。そして……。
「ああ、来たか。お前が違反者だな」
思考の途中だが、遂に現れたらしい。
茂みから人影が現れる。