猟奇的イベント群
猪を落とし穴で爆殺してから、少し経ったある日。
後から考えれば凄い事をしたなあ、と他人事のように思いつつ、またゲームの中をさ迷っていた。
いつもの噴水が並ぶ大通り、いつもの軍服、いつもの眼鏡。そして恐らくいつもの顔。唯一違うのは充実したアイテム欄だけ。
居並ぶアイテム達を見ると、思わず口角が吊り上がってきてしまう。
ククク、ライムの奴め。仕事が早いじゃないか。
「と同時に、やってくれたな、とも思うわけだが」
ああ、面倒くさい。今日のノルマを思い出すと、上がった口角も垂れさがる。
この『アイテム達』を受け取った時に初日と同様、ライムから道案内を受けたのだ。そして今日の目的はそれだった。
が、今回は待ち合わせをしていない。というか俺の望んだ案内ではない。
今回の目的地は計五つ。ただし目的はただ一つ。
「生産スキルを網羅しておけ、か。やっぱり面倒くさいなあ」
生産スキル。それは特定の人を熱狂させるスキルであるらしい。
素材を採集し、アイテムや武器を作り、果てには建造物すら建ててしまう。
だが、俺はそこに喜びを見出せない。
ネットの海でダンジョンを下調べし、ウキウキと下校していたのに、水を差された気分だ。
ああ、さっさとダンジョンに入りたかった。というか早くハクスラしたかった。あるいは、このアイテム達の威力を確かめたかった。
当初の予定としては、先ず急を急ぐ猪狩りを敢行、後にゆっくりと装備とアイテムを吟味。
で、ギルドを作ってさっさとギルドハウスの建設と乗り出す予定だったのに。
しかし、そんな俺にブレーキをかけたのがあのライムである。
比喩ではなく、ガチで止めてきやがった。足払いなんて小学校に受けた以来だぞ。
彼女曰く、ダンジョンに潜る前に取れるスキルは全て取っておくべきらしい。
そもそも生産系のスキルは攻撃系のスキルや移動系のスキルとは一線を画すとのこと。
言ってしまえば使い放題。なんと取得してしまえばもう発動するらしい。
なんとまあ豪勢な話だろうか。普通のスキルだったなら付けられる数に限りがある上、常時発動なんてしないのに、どれだけ大盤振る舞いしたのやら。
そして制限なしにつけ放題なら、スキルレベルを上げる意味でも最序盤に取っておくべきなのだ。
という理屈は理解できるが……。
「あの無言で足払いするのは頂けないな。多分俺の我儘に付き合った腹いせなんだろうけど」
あの草集めは大変だった。俺がやったからそれは間違いない。だからねぎらう気持ちはあるし、伝え方はどうあれその助言を聞いてやろうとも思う。
そういうわけで不服ではあるが、不本意ではあるが今日は町探索をしがてら、スキル取得である。
「全部が全部、初期で取得可能とか、一体どんなものなんだろうな」
豪勢だ、と思っていたがひょっとして全然使えないスキルだったり。そんな予想をしつつも、先ずは一番取得する場所が近い料理スキルからだ。
これの取得には先ず『貝殻屋』とかいうバルを探さないといけないらしい。
「確かこの町の四つのブロックの内……右手だったか?」
そうだ。十字の通りを境に、北東ブロックは食のエリアでその下、南東エリアは素材が多く集まっている。
南西には鍛冶などの手工業が集まっていて、北西は教会などなどゲームシステムに関わるものが集合している。
で、北東ブロックに早速来たわけだが……。
「こりゃ堪らんな。旨そうな匂いがそこかしこから漂ってる」
ゲーム内でダイエットする奴も居ると聞いた時にはどんな阿呆だと思ったけど、ここまで再現されているならむしろ賢いとすら思えてくる。
きっと味の再現率も高いんだろう。それを証明するように人口密度が一気に増して、喧騒が通り全体を満たしていた。
人混みを流れに乗って歩けば、賑わっている屋台がちらほらと見える他、立派な家のレストランも並んでいる。
貴族の別宅を改装したような、高級感溢れる店も気になる所だ。大衆食堂のような活気ある場所も覗いてみたい。
しかし、今はスキル。今はバルだ。
「バルと言うと、居酒屋みたいなものって聞いたことあるんだが……」
本場のバルとは何か、未成年の俺はさっぱり知らない。だから名前を手掛かりに探すしかないが、それでも貝殻屋は見つかった。
だが、これを飲食店と言うのは……多少無理があるな。
「これあれだろ。保健所の許可が下りない奴だろ」
壁にはひび割れ、落書き。それを支える露出した木骨も朽ちている。俺が少し悪戯っ気起こして寄りかかったなら、共倒れするレベルのボロさだ。
ある意味防犯システムは完璧ともいえるな。ここに盗みに入ろうとする輩は誰も居まい。
「そして入ろうと思う奴は絶対気が狂ってるわ」
というわけで俺は遠慮なくその壊れかけた扉を開く。あくまでそっとではあるが。
蝶番が別生物に成りつつある様で、とんでもない絶叫が町を木霊した。
「……もう店じまいだよ」
その声は随分としわがれていた。暗闇の中に何かいるようだ。
扉をもっと開ければ、光が奥まで差し込んでその姿が照らし出された。
一見すれば料理人の格好だ。が、どうも薄暗い空間のせいか薄汚れた雰囲気がある。
「もう完売したんですか?」
「いんや。そもそも作ってない」
「ああ。今日は休日なんですか。じゃあ開いている日は何時でしょうか」
「そうさな。ここ一カ月は開いていないな」
「そりゃ閉店だな」
店じまいの意味をはき違えていた。『今日は』なんていうから臨時休業だと思っていた。
だがしかし、ここは本当の店じまいだ。やはり保健所の許可が下りなかったに違いない。
「あー失礼しました」
「んにゃ」
蝶番の奇怪な音を背に外に出て、扉を閉めて息を吸う。
「……別の所に行ってみるか」
次は鍛冶屋の方に行ってみる。ここでは金属を加工するスキルが手に入るとのことだ。
南西エリアに入ってみれば、焦げ臭い匂いやら金属を叩く音やらで非常に騒がしい。
ここも人が多いのだが、その特色は少し変わっていて、様々な格好をした人が行き交っている。
「和洋折衷と言うか……衣装の闇鍋だな」
ファンタジーな鎧とすれ違ったと思ったら、前方からスチームパンクな格好の人間が歩いてくる。その後は何と潜水服だ。
一体どんな世界観でそうなったのか。一人一人に聞いてみたいところだな。
「で、鍛冶屋はここか」
鍛冶屋と言っても店構えは普通である。ナイフとか色々と置いてある雑貨屋みたいなものだ。
で、そこに入って店員を探すのだが……誰も居なかった。
代わりにあるのは、床にぶちまけられた赤い液体と、そこに捨てられた金づち。
これは……うん。お取込み中だな。他の所に行くか。
次、南東の奥まった所にある資材置き場。ここでは採集に関連するスキルを入手できるらしいが……。
そこに居るのは大量の猫だった。しかも、何か生肉を食べている。なんの肉かは……詳しく見なかった。
仕方ないので更に外周にある木材加工場と粘土採掘場にも行ったが、そちらはどちらも忙しそうだった。
材木屋は話しかけようとすると、切羽詰まったように追い払って店に近づけもせず、鋸を持った輩が大量に出入りしているのを見るだけだった。
粘土採掘場に至っては何かを必死に埋めている最中だった。凄い形相だった。
その他も回ってみるが、似たような状態である。即ち……。
「いつからサスペンスになったんだっ。このゲームはっっっ」
噴水前で叫べば、周りの人間が少しこちらを見る。だが関係ねえ。何だこれは。
行く先々で血生臭い匂いがプンプンしてきて仕方ない。町全体で犯罪を隠ぺいしているのか。それともここの人々が殺伐としているのか。
ここまで来ると一番最初の料理屋も何か隠しているんじゃないかと疑うレベルだぞ。
「不都合な『肉』を煮込んでいる最中だったとかな。ははっ。笑えないねえわ」
サスペンスもスプラッターも好きな部類だが、好きなのだが、あれは気が乗らない時に観る物じゃない。
しかもヴァーチャル世界でなんて真っ平ごめんだ。絶対事件に巻き込まれて死ぬ自信がある。
いや落ち着け。先ずは座って目を閉じて、深呼吸だ。
「あのっ」
「へあっ!?」
とまた妙な反応をしてしまった。それに声もどこか聞いたことがある。何処からだろうと首を回すと、隣で心配そうにしゃがむあの着ぐるみが居た。
草を毟っていた時に出会った、ピンク髪で虎の着ぐるみを着た女の子だ。
しかし彼女は遠慮がちなのだろうか、俺とは数十メートルほど距離が空いている。
いやきっとそうに違いない。決して俺が不審者のように見えるというわけがないからだ。
少し困ったような顔なのも気のせいで、口籠っているのも俺の幻想だ。
……ファッションセンスがドブでも、そこまでは無いだろう。多分。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、お陰様で。また会いましたね」
「はい。でもまた大変そうな顔してます」
「ああ。大丈夫ですよ。なんかいつの間にか別ゲームをやっていただけです」
「?」
首を傾げるが、これも前回同様言わない方が良いだろう。
この町の至る所でキナ臭い匂いが漂っているなんて子供に聞かせる話でもない。
「ところで、ピンク髪さんは生産系のスキルは取得していますか?」
「ぴ、ピンク髪? って、僕?」
「そう。俺はまだスキルを取得していないんですよ。それで友達から助言をもらったのですが、どーも、なんて言うか……スキルの取得イベントが起きなくて」
「あ、あの『赤いイベント群』ですね」
「赤い?」
何だその名前。どう考えても公式のネーミングじゃねえな。
「実はこの生産スキルのイベントを作った人がサスペンスに嵌っていたみたいで。少し怖い演出を加えたらしいんです。そこからそんな名前が付いたんですよ」
「え? それは許されたんですか?」
「まあ、一見サスペンスみたいなものでしたから」
「一見? サスペンス?」
一見どころかまんまサスペンスだぞ。あれは。
というかあそこから実はサスペンスじゃありませんでした、なんて展開想像もつかないわ。
「いや最後の方はもう見に行く程度たったから、万が一もあり得るな」
「もしかして、スキルが手に入れられなくて困ってました?」
「ええ。まあ。フラグの立て方とか、誰に話せばいいかとか全く情報を集めなかったせいで」
「あ、ええとそれじゃあ……」
と何か言おうとしてちょっと言葉に詰まらせる。
何処かを見るようにキョロキョロした後着ぐるみの頭を少し抱えて視線を隠す。
「その、もしよかったら僕が案内しましょうか?」
「良いんですか? 俺まだ何もスキルを取得してないんですけど」
「大丈夫ですよ。直ぐに終わりますから」
「じゃあ、是非お願いします」
そう言うと、着ぐるみの女子はにっこり笑うとパッと立ち上がって、手を出す。
モコモコで何処に手があるのかも分からないような腕だが、その意味は理解できた。
「虎尾です。よろしくお願いします」
「レモンです。こちらの方こそ、よろしく」
虎尾の手を掴めば、彼女は視線を外して恥ずかし気に笑うのだった。
虎尾に連れられて、先ず来たのは料理屋だ。バルとかいう小洒落た分類ながら、そこを逸脱した店構えのアレである。
しかし虎尾はそこの蝶番を大絶叫させつつ入ると、さっさと奥に行き、そこ居る人に話しかけた。
「大将、何か食べるものありませんか?」
「食うもんだと? あるように見えるか?」
「じゃあ素材を渡すので何か作ってくれませんか?」
「無理だな。俺は一カ月前に腕痛めてるんだ。今は包丁はおろか羽ペンも持てねえよ」
「なら、この人に貴方の技術を教えてくれませんか?」
「こいつに? ……仕方ねえな」
等と言うと、俺は厨房に立たされて、あれよあれよという間にお料理スキルの使い方を教わった。
寂れていたのはただただ腕を怪我しただけという、何とも呆気ない話だった。
次は鍛冶屋の方だが、虎尾はこちらも躊躇なく入り、血らしき液体を乗り越えて、躊躇なく奥の扉を開く。
するとバッと振り返る鍛冶職人。傍には空になったペンキの入れ物。手には真っ赤な冠。
「そのペンキ、落とせますよ」
「本当かい!?」
こうして、依頼人の物を汚してしまった鍛冶職人は首の皮一枚繋がったのだった。
そしてそのお礼にと金属関連のスキルを習得。感謝の言葉を何度もかけられつつ後にする。
資材置き場では野良猫にこっそりと解体した後の不要な生肉を与える人を捕まえ、猫を貰ってくれる人を紹介。
お礼に採集スキルを一通り教えてもらう。
後はどでかい箱を作っている間に自分を閉じ込めた間抜けな親方を救出したり、粘土層を取り過ぎて配管にひびを入れてしまった人達に手を貸したり。
難なく進んでいた。全く障害もなく、恐ろしい展開もなく、感慨もなく。
だけど、だからこそ言わせて欲しい。
「思わせぶりすぎるんだよ」
もう脱力しすぎて噴水の前でふて寝するレベルだわ。これ。
寝ている俺に、また一層人目を引いているが、気にしていられるか。何だこれ。もう一度言う。
何だこれ。
事の発端が重そうな割に、事件が全部しょぼすぎるんだよ。手抜きも良い所だ。
腕怪我しただけとか、ペンキぶちまけただけとか、ふざけてんのか。
「一体何を思ってこんなイベントにしたんだよ。意味わからんぞ」
思わず悪態をつくと、隣に座る着ぐるみ女子がクスリと笑う。
「ふふ、皆同じこと言ってました」
「でしょうね。こりゃもう、投げやりですって書いてあるようなものですよ」
「でも、仕方なかったんですよ。この時は色々と素材アイテムを用意したりして大変だったみたいで。急に思いついて、二カ月で実装したとか」
「それはある意味凄いけど、もう少し計画性が欲しい所ですね。いややってのける技術力があるからこそ計画性が皆無なのか」
まあ何にせよこれで準備は整った。もうこのことは忘れよう。
後は楽しいパーティの時間だ。
「虎尾さん。ありがとうございます。助かりました。これでやっとダンジョンに行けます」
「いえ、お力になれて何よりです。……その、ええと」
「?」
あれ。さっきまで和やかだったのに、また困り顔になっている。しかも今度はより一層悩ましいようで、せわしなく視線がさ迷っている。
かと思えばしゃがみ込んで唸り出した。うん。動作が一々可愛い癖にあざとさがない。可愛すぎる。
なにこれ。新ジャンルか。困り系女子か。……いやそれだとあざとい方面に傾きそうだな。あれもあれで時と場合を考えなきゃいいもんだが。
忙しい時にやられるとクッソムカつくのが玉に瑕、というだけで。
等々若干偏っているかもしれない女性観を、女性に縁のない人間が語るするという滑稽な様を脳内で展開させていると、遂にピンク髪が動き出す。
「良かったら、その、駄目でもいいんですけど、ええと……ダンジョンも一緒に行きませんか?」
「!?」
一瞬、俺は辺りを見回してしまった。ドッキリ成功という看板を探したのだ。
はっきり言って俺は異性にモテる容姿性格ではない。ライムと一緒に、どうしたら恋人出来るのかねえ、なんて話したこともあるくらいだ。
と同時にライムと違って同性に好かれることもないため、中々友達が出来ない。そんなボッチと言う沼に半ば嵌りかけている人種なのだ。
だからこんな風に人に誘われるとどうも居心地が悪い。裏があるのではと思ってしまう。いや絶対にあるだろ。間違いない。
いや、待て。駄目だな。社会基盤は信用が根底にある。人を信じられなくなったらそれこそ社会で生きていけない。
あくまでも、あくまでも彼女が善意で手を差し伸べてくれたと思うべきだ。うん。そうした方が精神衛生上この上なく良い。
「初めてのダンジョンだから足を引っ張るかと思いますが」
「ううん。実は、その……僕も少し素材採集しないとだから、ぎゃ、逆にのんびりとやっちゃうかも。だから……駄目だったらいいんですけど……」
「いえ、俺の目的も採集みたいなものですから。ご一緒しましょう」
異様に挙動不審なのが気になるが、精神衛生を鑑みて、目を閉じる。
旅は道連れ世は情け。ならば情けをかけられよう。
目指すは一番簡単なダンジョン『兎の小道』だ。