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荒唐無稽ミッション

 穴の中は地獄の窯が如くまだ燃え盛っていて、猪がどうなったか確かめることはできない。

 だけどネットで出尽くしていた情報が正しければの話だが、まあまず間違いはなく死んでいるのは確実だった。

 ゲームを初めてたった三日だ。立った三日で俺はボスを倒して見せた。

 ふ、ふふ。


「ふはは! 戦果は上々! 私は満足だ! あははははははは!」


 笑いが全身から溢れ出す。笑いで全身が震える。まるで古臭い目覚まし時計になったようだ。

 しかしこうまで作戦が当てはまると愉快で愉快で仕方がないなあ。暫く思い出し笑いするレベルだぞ。

 卑怯、仕様の穴を突く。良いじゃないか。出来るのだから。

 罠を使うゲームじゃないだと。だったらどうしてこんなことが出来るんだ。


「うわあ、これって修正案件じゃない?」

「ははは……え? ひょっとしてやり過ぎた?」


 一気に冷や水をぶっかけるようなセリフに、目覚まし時計はショートした。

 くるりと振り向けば、呆れかえるように落とし穴を見るライム。

 かなり不味いのか、俺もちょっとその顔を覗き込む。

 が、俺に質問には口の端を上げて答えてくれた。


「二日かけてイノシシ狩りの準備をしたって意味でなら、その評価は真っ当だな。でも穴を掘って狩りをするのはやり過ぎじゃないぜ。罠を極めようとするギルドもあるし、運営もそれは関知していたから。まあ、咎められることはないさ」

「そっか。そりゃよかったわ。ログインしてすぐに運営に目を付けられるのは好まざることだったからな」


 何だよ心臓に悪い。妙な事態になるかと思ったじゃないか。


「それにしても、本当に倒すとは思いもしなかったなあ。レベル一対レベル十。そのまんま十倍差の戦力だろ?」

「はっ。十倍差など戦争史では珍しくもない……多分」

「どっちだよ」

「いや、そう言えばどっちの数が何倍だったとか、余り知らなかったなあって」


 だって歴史書に残らないのもあるし。それにそもそも俺は歴史博士じゃない。

 俺はそうだな。猪との戦争に勝った戦勝国である。


「さて、では戦勝国の権利として、色々と簒奪するとしよう」

「こう見ると、戦争ってジャイアニズムの極致だな」

「いやいやいや、一応正義とか国民の幸福を守るとか色々あるから」

「要は他よりも幸せになりたいって事だろ? 利己的じゃないか?」

「セイギトカ、コウフクトカ、アルカラ」


 突き刺さる正論を誤魔化しつつ、やっと火の収まった穴に降りて、散らばるアイテムを回収していく。

 肉やら骨やら皮やら、色々と収集していく。もちろんデフォルメされたものだ。

 肩ロースはないし、こんがり焼けてもいない。


 さて、ここからだ。このアイテムを使い思いのままに力を手に入れる、と言うのがこのゲームの流れの一つなんだ。

 だからこそ俺はこいつを倒そうと決めた。

 アイテム欄を眺める俺の横に、ライムが降りてくる。肩に腕を乗せてきて、重苦しい。

 何より、悪巧みをしていそうな顔が少し嫌な予感がしてくる


「そういえば、どうしてこのイベントに拘ったんだ?」

「それを答えるには、戦争で頼りになる軍隊とはどんなものか、という質問に答えてもらう必要があるな」

「戦争を起こす前に勝利する軍隊かな。平和的に」

「戦争ゲームで例えようか。うんそうしよう」

「それも戦争を起こす前に勝利する軍隊だな。戦争は金も食糧もかかるし、せっかく育てた兵が消えるし嫌いなんだよ」

「納得できる。ストラテジー的には至極まっとうだ。じゃなくてっ」


 駄目だなあ。平和主義も極まると。ゲームの中なんて失うものは少ないんだからドンパチ景気よく行けばいいんだよ。


「俺が考える第一条件は敵の軍勢を突破する突進力だ。そして猪にはそれがある。そしてこのゲームはモンスターの力を奪い取れると言うじゃないか」

「ああ、それで急に始めたのか」

「ああ。……それで、これをどうすればいいんだ?」


 この肉は食べればいいんだろうか。皮はなめしてしまうとか。


「まあ、色々と手段はある。一回限りのアイテムにもできるし、装備品にだってなる。基本的にはスキルの効果時間を考えて使えばいい」

「詳しく聞きたいな。どういうことだ」


 尋ねる俺に対し、ライムがひょいと穴から抜け出して、手を出す。先ずは上に上がってからか。

 俺もずっと穴蔵に籠る趣味はない。上から伸びてきたライムの手を掴んで引き上げてもらう。

 かと思えばいきなりナイフとリンゴが突き出された。


「リンゴを剥けと?」

「違うよ。この二つで説明してやるって言ってんだ」

「その病人に喜ばれるセットで出来るのか? 俺一回見て、ややこしそうで諦めたんだけど」

「そうか? 意外と分かりやすい構造なんだけど」

「そうかもしれないけど、ほら、解読する時間が惜しくてさ」

「あー。そこまで追い立てられてたんだ」


 他人事のように言うが、当人からしてみれば今の今まではもう大変だった。

 縁に腰かけ、一先ず地面に横になる。眼鏡も外して、完全オフモードだ。


「まーな。だってこのイベント知ったの三日前だし」

「てことはあれか? 一日で作戦立てて、二日で仕上げたって事か?」

「正しくは一日で方針を固めて、二日で作戦立案と準備を間に合わせた、だ」

「そりゃ急ごしらえも良い所だな。よく間に合ったもんだ」

「一夜城ならぬ一夜戦争だよ。自分でも綱渡りしすぎたって思えるし、運を使い果たした気がする」

「ははっ。間違いない。これから不幸続きだぞ。歩けば靴紐が切れて、十字路では黒猫が通り過ぎて、卵を割れば殻が混ざって、学校行けば臨時休校で、空を見上げれば隕石が」

「ちょっと最後だけ不幸で済まされないぜ」

「でも。その隕石が未知の物質で出来ていたら幸運だろ? 科学の進歩的に。プラスマイナスで大体不幸だ」

「あー。確かに……じゃなくてそのナイフでどうやって説明するんだよ」


 ちらと見ると、ライムが隣に座って手の中でナイフを回転させている。手が滑ったら俺の顔面に刺さりそうだ。

 なんて危惧しているとリンゴが置かれ、もう片方の手がジャケットの幾つもあるポケットから葉巻を取り出す。

 ああ、そう言えば葉巻は片方の先を切らないと吸えないんだったか。


「このナイフとリンゴ、違いは何だと思う?」

「食える奴と食えない奴」

「安直。もう少し考えろ。答えは繰り返し使えるか、使いきりか、だ。そしてそれがそれぞれに宿る効果に反映される」

「アイテムが強力って事か?」

「それまた安直だな。答えは効果時間だ。アイテムで発動する効果は、効果時間が長い。例えばこのナイフ、火を飛ばす効果がある。勿論飛ばすだけで、長時間灯すことはできない」


 ナイフで先を切り落とすと同時にその先が赤く灯る。ナイフが燃えた様子はなく、長時間はおろか一瞬すらも見えなかったんだが。


「で、このアイテムは……」


 ポンと穴の底に投げると、大爆発が腹の底を打つ。

 そして穴は再び炎の海に変り果てた。この炎はしっかり目に焼き付き、しばらく俺の足を温める。


「こんな風に一帯を炎に包み込む。効果は一分半」

「成程、効果が長い」

「で、ゲームで言う強さは、この二つをどう扱うかとレベルの三要素が基本的になるって訳だ」

「そこは大して変わらないな」

「それがオーソドックスだからな。だけど、このゲームはそのオーソドックスを多量に盛り込んで、オンリーワンになってるんだぜ」


 クツクツと笑うと、ナイフを俺に手渡してくる。


「じゃあ質問その二だ。こういう装備やアイテムを入手するには二つの方法がある。さて、どんなものだ?」

「二つか。店売りと作るのとかか?」

「あ、店売りは忘れてたな。全然使わないから」

「おい」

「まあまあまあ、気にすんなって。このゲームで店なんて空気と同じだから。全然使わない。もう閑古鳥鳴いてるから」


 それを決めるのはお前じゃなくて俺だ。


「で、一つ目は正解だ。レモンが言ったように作るって手段が取られる。クオリティと所要時間さえ無視すれば武器も防具もアイテムも、自由に作り放題」

「俺が火口草から火炎瓶を作ったあれだろ?」

「そう。あれ。いや、あれほど苦しいものじゃないぜ? 本来は」

「分かってらあ」

「ならいい。というかそれをもっと留意しろ。本当はアイテムと装備の作成は楽しいもんなんだぜ。結構拘れるから。使用する素材から、作り方、見た目、後、スキルの付与とか入れ替えも出来たりする」

「オンリーワンって奴か? 楽しそうじゃん」

「楽しいぜ。まあ高ランクの素材を使うには生産用のスキルが欠かせないけどな。スキルレベルが足りなければ作っても失敗するし」

「じゃあレベルを上げつつ生産スキルのレベルも上げるのが常套手段?」

「いや、そこでもう一つの手段って訳よ」


 ベルトに幾つも付けられたライターの一つを取り、火をつける。

 手慣れた動作だが、そのライターは貰い物に見えた。

 古びているのがはっきり見えたし、宝石をちりばめたそれはライムの趣味ではないからだ。

 だが、その答えは直ぐに判明した。


「このゲームにはダンジョンがある。そこから装備品やアイテムを取っちまうのさ」

「おー。ハクスラ系か」


 ダンジョンに潜ってお宝を探し回るという形式のゲーム。あれも中々好きな部類だ。

 進めば進むほど攻略が難しくなる一方、得られるアイテムも良いものになっていくのが癖になる。

 あのスリルと快感は中々射幸心を煽るのだ。


「このライターはダンジョン産出だ。その特徴は何と言ってもその強さ。難易度によってはプレイヤーが作るものよりもずっと強いものが入手できる」

「ほおほお。つまり手っ取り早く強くなるにはダンジョンに潜る方が良いって事か」


 そりゃいい。いい知らせだ。

 草をかき集めるというのは、中々楽しい時間だったが、それでも強くなるには少し迂遠な道程だ。

 その道のりを俺の好きな方法で短縮できるなら言う事はない。


「おっと今また安直なこと考えただろ? 結論を出すのはまだ早いぞ」

「お前は俺の頭の中が見えてんのかよ」

「まあそれなりに」

「止めろよ。こっちは婦女に気まずいこともインプットしてんだから」

「それは見ずとも知ってるわ。そして婦女はその程度じゃビビらないって事もインプットしとけ。軽蔑するがな」


 マジでか。それは知らなかった。

 というか結局軽蔑するのか。駄目じゃん。ライムに嫌われるって事は全校の女子との縁が切れるって事なんだし。

 ……いや、元々縁も所縁もないからダメージはゼロなんだが。寧ろその事実が大ダメージなんだが……。


「ははっ。渇いた笑いが出るわ。まあいい。で、深遠な考えを持つライム様はどんな知恵を授けてくれるんで?」

「教えてやろう。この強力なダンジョン産アイテムは、モンスターの素材で魔改造することが出来るんだ」

「魔改造? それも楽しい響きじゃないか」

「楽しいぞぉ。装備品には色々とスキルが付くんだが、それが気に食わなかったら好き勝手弄っちまえって話なんだから」


 ライムが笑ったまま、ナイフをちらつかせる。例のあまり役に立ちそうにないナイフだ。

だがそれを彼女が投てきすると、そのイメージは一新した。

 その軌跡には炎が迸って空気を焦がし、木に突き刺さればそれが一気に燃え上がっていた。

 思わず上体を起こして眼鏡をかけ直す俺に、何とも楽しそうな解説が付いてくる。


「このナイフは本来、雷撃を発生させる特級品だったんだが、私は炎をメインに戦っていたから改造させてもらった。良いだろ?」

「ああ、沸き立つものがあるな」


 それと同時に、方針も定まってきた。モンスターを狩り、ダンジョンからモンスターを掘り当てて、力を蓄える。

 目標が決まって方針も定まって、後は実行するだけだ。


「さて、じゃあ私からも一つ聞いていいか?」

「? 何だ?」

「どうしてこのイベントに参加したんだ?」

「おい、言わなかったか?」

「猪の突進力が欲しい、なんてある意味具体的な答えは聞いたな。でもそんな曖昧なものでここまで無茶はやらないだろう?」


 ライムの腕が肩に乗って、ぐっと顔面を寄せてくる。


「なーんか楽しそうなこと考えてるんだろ?」

「ばれたか?」

「当然。腐れ縁舐めんな」

「実はこのアイテムの中で、用途が決まっているものが一つあるんだ」

「心臓だな」

「よく分かったな」

「こいつのアイテムの中で特別な用途に使うのは牙と心臓と肝くらいだ。三分の一に当たっただけだよ」

「そう、その心臓を賢者様の儀式に使うんだよ」

「あー。このゲームの最大の特色は知ってたか」

「おうとも」


 賢者様とやらがモンスターの力を抽出する儀式を編み出した、という設定だけだが。

 それによってモンスターは大きく二分され、更にそれを二分、つまり四つの力に分割できるらしい。


 力と原理、形と質。


 力とは炎や雷、水と言った魔法的要素を指し、原理とはそれが何を為すかを指す。

 つまり普通の炎であるなら炎と言う形と焼くと言う原理があるという事らしい。


 逆を言えば焼くという原理を変えてしまえば炎が何を為すか、ガラリと変わるのだ。

 炎としての振る舞いを見せながら、水を凍らせたり、切り傷を負わせたり。

 そして形と質はモンスターの見た目と身体能力を指している。

 今の猪だったなら見た目は獣、質は……不明だな。


「で、儀式を使えばその要素を抜き出せる。それを加工すれば特殊なアイテムや装備が作られる」

「ああ。魔改造にはそれが使われるぜ。で、何をするんだよ。勿体ぶるなよ」

「まだ言えないなあ。何せこの猪はただの布石。お楽しみはこれからなんだから」


 さてしかしヒントを与えるとしたら……。


「ライムの知り合いで『酒造』が出来る奴は居るか?」

「? ……ああ、成程。悲願を達成しようって寸法か」

「あれ? 知ってたっけ?」

「当たり前だろ? 私にずっと愚痴ってたんだから。化け物になってあの厄介な要塞をぶち壊したい。というか理想の軍隊が欲しいってな」


 ああ、あれは高難易度のゲームだった。軍隊を率いて世界を征服するゲームだったのだが……凄かったなあ。

 一見すれば、平和な世界を蹂躙するかに見えるゲームだった。が、そんなものではなかった。

 攻め入れば撥ね退けられ、守れば突破され、持久戦に持ち込むとこちらの資源が枯渇する。

 そもそも敵に対して味方の軍隊が弱すぎたのだ。味方に対して敵陣営が強大過ぎたのだ。


 そんな最中に出た言葉がそれである。

 そして俺はその言葉をここで実現しようというのだ。


「しかし甘いな。あの時の俺ではない。俺は更に高みを目指す」

「高み?」

「ずばりワンマンアーミーだ」

「あー。重火器で無双するのか?」

「いいや。無双じゃない。一人で理想の軍になるんだよ」

「理想的?」

「ああ」


 ワンマンアーミー。俺の中でのその語彙は、より強大なものである。


「戦車並みの突破力を持ち、爆撃機のような掃討力を持ち、どんな攻撃も迎撃あるいは耐えうる防御力有し、どんな敵も打ち崩す破壊力を持ち、補給がなくとも戦える。そんなそんな存在に、このゲームでなってみたいのさ」

 

 理想だ。軍幹部が望んで止まない戦力だ。

 そして俺はその一端を手にした。どれだけ攻撃を加えても動じず突進し続ける、そんな重戦車の力を。

 さて、次はどういう力を得ようか。今度は掃討手段か、防衛方法か……。


「でもとりあえずハクスラかなあ」


 いやはや、夢が広がるゲームだ。これは暫く楽しめそうだぞ。

 とりあえず、一番簡単なダンジョンを調べてみるとしよう。

 


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