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咲き乱れるグラフィック

 ところで、戦いに最も必要なものとは何か、という問いが度々なされることがある。

 大量の物資だろうか。否、無くとも勝てた例はある。戦う意思だろうか。それが無くとも防衛は出来る。

 俺が聞いた中で一番納得した答えは、最も必要なのは方針だろう、という答えだった。

方針とはつまり、どう言った戦いでどの程度敵を屈服させるか。そういう計画である。


 それを戦闘ドクトリンと言い、戦争の原則から設定されるのが多い。

 例えば俺がこれから使おうというのは、集中の原則だ。


 簡単に言っちゃえば、戦う人が多ければ多い程有利だよね、という言われれば納得の原則である。

 某大国はそこを更に発展させた物量の原則を用いており、潤沢な火器、弾薬、兵糧等で叩き潰す方針を取っていたりする。

 こちらは、自身が息切れしなければ何れあちらが息切れするだろう、という具合だろうか。


 まあ、俺は息切れを狙わないが。


 作戦当夜。舞台は森林。車も通過できそうな道が伸びている。そしてそこを闊歩するのが俺の獲物だ。

 ひたすら巨大。ただただ巨大。トラックほどもある化け物猪だ。

 巨大な牙と針のような黒い獣毛が、殺意をありありと感じさせている。


「うん。あれが息切れするなんて、絶対にありえないからな」


 森の中で見上げる化け物はとてもじゃないが敵いそうになかった。大軍団に分隊で挑むような感覚に陥った。

 イベント内で暗愚と評される大猪だが、俺は暗愚よりも飽食と名付けた方が良いと思う。あの図体なら森一つくらいは食い尽くせそうだからな。

 そんな勝ち目のなさそうな戦いではあるが、だからこそ燃えるものがある。


「良いじゃないか。相手に不足ない」

「相手にはないだろうさ。お前の方が不足しているからな」


 こちらの雰囲気を徹底的にぶち壊す無神経が居るが、まあ放置しよう。彼女は作戦の功労者だし。


「それで、レモンはこれからどうするのさ。もう時間がないんだろ?」

「作戦場所に呼び込むために、先手を打つ」

「?」


 ライムが首を傾げるが、当然だろう。戦いとは常に先手が有利だ。更に言えば主導権を握ったもの勝ちでもある。

 であるならここは打って出るのが勝ち筋。

 というわけで小さな瓶を一つ持って、ピッチャー大きく振りかぶる。


「おいおい。それは無茶ってもんだろ?」

「無茶は承知。走る準備をしろよっと」


 投げつけた瓶は奇麗な放物線を描いて、猪の眉間にぶち当たった。途端に小さく破裂して、中から炎が零れ落ちる。

 火口草を加工すると、火炎瓶になる。そういう情報を仕入れていたが、火炎瓶と言うには少し火力が低めだな。

 とはいえ、あちらを怒らすには十分だったらしい。この場で頭を冷やせよ、なんて言ったら益々怒るかな。

 いやはや物理的にも精神的にも頭をカッカと加熱させられて、あちらは怒髪天を衝く様子じゃないか。目線だけで人が殺せそうだぞ。データの癖に。


「良い頃合いだ。よし逃げるぞ!」

「くそ無茶をしやがるなお前! 死んでも知らないぞ!」


 後ろで豪ッと吠えた猪を背に、俺達は退却を始めた。全力で退却、敗走するかのごとき撤退戦だ。

 しかして、敵方の速度はまさに高速。その重量も相まって一気に心がくじけそうになる。大軍勢ではなく、戦車だったらしい。

 電撃戦を仕掛けられた兵士もひょっとしたらこんな感じなのかもしれないな。

 全く、肝が冷えて仕方がない。納涼と言う季節には少しずれがあるのに。


 だがしかし、こちらには色々と策がある。そして早速それに引っかかったようだ。 

 まあ、俺が違和感丸出しの細いロープを飛び越えたとして、猪にそれを避ける知恵はないって事だ。

 背後で何かを弾く音と、空を切る幾つもの瓶。それが猪に降り注ぐ。

 今度は火を出すことはない。ただ振り向いた視界の端にバッドステータスの表記が映る。


「よし、鈍足かかったっ」


 猪は自動車並みの速さで走ると聞いたことがある。開発陣もそれを考慮したに違いない。だが、これでその俊足も少しは鈍ってくれるだろう。


 そもそも撤退戦に置いて敵の足を止めるのは非常に有効な手だ。遥か昔では石をばら撒いて足場を悪くするという手すら取られたと聞く。ライムから。

 情報源である本人はと言えば、こうもあっさりと相手の足を弱められたことに感心したか、隣で感嘆の声を漏らしていた。


「へえ。噂には聞いてたけどガチで出来るんだな。トラップ」

「ああ、落とし穴が有効と聞いたからな。物資をどう叩きつけてやろうかと思っていたが あんなチャチナなもので飛ばせるなら文句なしだ。で、ちょっと聞いていいか?」

「何だよ」

「何かお前の所だけ月面みたいになってるんだが」


 具体的には、一歩踏む度にグンと飛び上がって、また落ちてくる。その繰り返しをしている。

 さながら重力の弱い月に居るかのようだ。もう少し地に足付けろよ、と思うのは俺が高所恐怖症だからだろうか。


「それは何だ? 何かいいことあって浮足立ってるのか?」

「生憎友達にこき使われて気分はダダ下がりだよ。これはスキルだって。今着てるジャケットのスキルに半秒だけ跳躍を上げるスキルが入ってて、それを連続使用してるんだ。移動速度が結構上がるんだぞ」

「中々便利そうだな。スキルにはそういう使い方もあるのか」

「まあな。今度良いの教えてやろうか。ワイ軸に行かない方向で候補揃えておくぞ」

「それは是非とも頼む。でも、その前に……なんか後ろの音が近くなってるような気がするんだが?」

「まあ、普通だな。暗愚の猪にデバフはあまり効かないし」

「は? マジで?」


 振り向いてみるといやはや、凄まじい光景が目に前に広がっていた。

 猪は俺が飛び越えたロープを全て踏み抜き、カタパルトは次から次へと小瓶を飛ばしている。

 的がでかいから小瓶は全弾命中している。猪の勢いに粉砕され、破片がキラキラと飛び散っている。

 だというのに、猪は意に介さず突き進み、けたたましく吠えていた。


「あいつマジでヤバいな。本当の装甲車じゃないか」

「いやあ。興味なかったからあまり気にしてなかったけど、凄いなあいつ。ノックバックないのかよ」

「ヤバいヤバい。このままじゃ追い付かれる。マジヤバい」


 これは誤算だ。まさかあそこまで速いなんて想像していなかった。

 戦車のようだ、とは思ったもののまさか豆鉄砲をものともしない重戦車だったとは。


「あーヤバい。マジヤバい。絶対ヤバい。」

「その前にレモンの語彙力が著しく低下してる方がヤバくない? 走る度に単語零れ落ちてない?」

「零れ落ちてるわ。それでマキビシ作りたいわ」

「それよりも、森に隠れたら? あれだけ図体でかければ走りにくいだろ? あそこ」

「ナイスアイディアっ」


 パッと森に飛び込んで、木の根元の裏に伏せる。流石にこの大木をぶっ壊すことは不可能だろう。

 等と言う思考をあざ笑う音が、頭の上の方から響いた。木っ端が落ちてきて、真横に丸太が倒れてくる。

 そして黒い影が俺を飛び越え、真正面に対峙した。

 その巨躯にかかるスピードを蹄で無理やり殺しきり、土埃を上げてこちらを見下している。


 何ともすさまじい敵だ。弱い攻撃では止まりもしないその勢い、大木すら打ち倒す突進力。

 何よりその迫力が俺を圧倒する。肝が冷えるなんてものじゃない。心臓が縮みあがりそうだ。


 だが、しかし。


「それだからこそ沸き立つものがある」


 当然、ただの強がりだ。が、そう思い込むことで俺は何とか場を打開してやるという決意を固めることに成功した。

 否、実は元々こういう無理ゲーを無理やり攻略するのが好きだったのかも知れない。

 作戦をぶっ壊す防壁? 上等だ。

 障壁も無意味な突撃? 素晴らしい。



「前言撤回はしないぞ。相手に不足はない!」


 森の奥に飛び込めば、ゲリラ戦が始まった。

 と言ってもゲリラ戦はゲリラ戦でも、ゲリラ掃討戦だが。

 こちらは泥の中を這うように逃げまどい、あちらは景気よく自然破壊を楽しんでいる。


 だがしかしそれでも徐々に戦況はこちらに傾いて行っている。

 例え泥水を啜るような状態だろうと、薄氷を踏むような戦いぶりだろうと、俺は勝利を手繰り寄せている。


 油断はしない。視界には常に猪を見ておく。

 突進には横っ飛びで何とかなるが、絶対に奥の手がある筈だ。

 俺にあるのだから、あちらにもある。そう考えておくべきだ。


 なんて覚悟をしていたから、俺はこの攻撃を避けられたのだろう。


 蹄がぐっと地面を踏みしめたかと思うと、地面が盛り上がって何かが飛んでくる。

 数は三個。いや三本か。飛んでくるそれにたいして木を壁にする。

 何が飛んできたかは直ぐに判明した。槍だ。岩で出来た槍が猪の足元から発生したのだ。


「突進、岩の槍。成程嫌な相手だ。近距離と遠距離の攻撃を兼ねているなんて、あれは究極生命体か?」


 なんて笑っている間にも敵が突進する音が聞こえてくる。直ぐに別の樹に身を寄せると、すぐ横を巨体が通過する。

 今度からはあの槍と突進に気を付けるとしよう。


「が、もう直ぐ俺の勝利だけどな」


 また走って、目標地点へと向かう。

 今度は突進に加えて槍も飛んでくるから、ジグザグに逃げる。


 そして遂に、目的地へ。


 道の終着、大樹の際。先にライムが座って、俺を待っていた。

 しかし、そこに行く前に。視界の端で嫌なものを見た。


「ちょっとそこまで出せるのかよ!」


 大量の槍。数えるのも嫌になるくらいの岩の群れが俺に迫って来やがった。

 しかもそれを伴って猪も猛進してくる。まるで猪が槍の群れを従えているようだ。


 先に飛来する槍を下に避けて、飛び越えて、横に退けぞって。

 だがそれでも避けきれない、突き刺さらんとする槍がある。


「こなくそっ」


 裾から出る蔓を束ねてピンと張ってやる。

 途端凄まじい衝撃が腕に伝わる。痛みはないが、何度目かの不整脈が出たぞ。


「だが、俺の勝ちだ!」


 飛び上がって、そこに立つ。安堵と期待感が一気に胸を満たしていく。

 ああ、良い眺めだな。俺に向かって大猪が迫っていく。しかも大量の槍を携えて。

 その様はまるで重装騎士団の突撃のようだ。中世の戦場に迷い込んだようだった。


「ああ、しかしこのままでいいのかな?」


 だからこそ愉悦を覚えてしまう。


「準備は、出来ているのかね?」


 俺が笑うのと、猪が踏み抜くのは同時だったと思う。

 そして巨体がゆっくりと地面に飲まれていく。否、本当は一瞬だったのだ。

 ただ、余りに期待しすぎて、そういう風に見えているだけだ。

 ぐらりと飲み込まれて、すっぽりと消えて、そして轟音、業火。


 落とし穴と、そこ仕掛けた大量の火炎瓶が連鎖反応したのだ。

 きっかり四千五百発。猪の体力を削りきるだけの量である。


 初期の段階で用意できる、威力の弱い火炎瓶。だがそれもまとめて使えば高火力。

 まさしく集中の法則。兵をかき集め、一か所に纏めて、一気に叩きつけてやった。


「はあ。でも今度やる時は罠にはめる動線も考えておこう」


 何はともあれ作戦は成功した。俺の勝利だ。






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