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突発的サポート

 猪討伐作戦『萩に猪』の具体的な話を想像してみる。五時間で草を四千本抜かなければならないとして、どのくらいの効率が必要なのだろうか、と。

 いや待て。ここで前提を間違えてはいけない。あくまで四千本は仕込みの段階だった。


 ただただ草を抜いただけで猪を狩れるほど、このゲームは甘くない。草は加工しなければ使えない。

 四千本の草を取る事よりもそっちの方が大問題だった。


 先ず、このゲームでは採取は自由とのことだった。『一次生産職』なんて区分に入るスキルを会得すればさらに恩恵を得られるとのことだが、それが無くて不利益になる事は無い。

 だが、加工の方はバリバリ不利益を被ることになっている。


 余り把握していないのだが、一番ネックなのは該当するスキルがないと制作に時間がかかる、という事だろう。


 勿論のことだが制作時間と言ってもリアルと比べれば格段に速い。試してみると、一秒かかるかかからないかで出来上がる。普通に遊ぶなら無視できるものだ。

 が、四千という数ともなればそれは膨大になってしまうのは容易に想像できる話だった。

 少なく見積もって一時間。準備を済ませる総合的な時間を鑑みて、二時間は必要だろう。


 とすると残された時間は三時間だ。三時間で四千本だ。


「一分で、二十二本。畑でただただ収穫するだけなら楽な仕事だな」


 そういって目の前の草を引っこ抜くと、薬草だった。俗に言う外れだ。

 因みに当たりは赤茶けた草だったりする。確率的には多分五分の一だ。

 

 町外れの草むらでひたすら引き抜くこと一時間。その間得た火口草は千を超えた辺りだった。

 休まずひたすら毟って、千である。如何に無理ゲーをこなしているかが伺えるな。


「はは、これは楽しいぞ。楽しすぎてゲーム機体を窓から投げたくなってくる」


 戦争とは物量で押し潰すものだ、と言うのは何処の大国の思想だったろうか。もしそうだとしたら、今のアイテム欄は素晴らしいものなのかもしれない。

 だがしかし、これはあくまでただの草だ。加工していなければ兵站の足しにもなりやしない。ましてや猪を狩るには余りに脆弱だ。


「竹槍で戦闘機を落とすなんてわけじゃあるまいし」


 加工せずに使えるなら時間はギリギリ足りるが……いやそんな有り得ない事を言っている場合じゃない。

 弱音なんて吐く暇ないんだよ。手を動かせ手を。草毟る機械になるんだ。あるいは突撃を命じられて追い立てられる懲罰隊のように働くんだ。


「引けば銃殺刑、進めば名誉の戦死。引けば銃殺刑、進めば名誉の戦死」

「あの、大丈夫ですか?」

「へあっ!?」


 思わず星雲が故郷の超人類みたいな声を出してしまった。

 俺は決して赤と銀なんて取り合わせはしない。ドブの毒性はまだ低いと自負している。


 手を止めて顔を見上げると、いやはや、ある種ドブよりも毒性の強いファッションセンスが立っていた。

いや、ドブと比べたら失礼なのは自覚している。ただ、ライムが見たらウゲッというのが目に見えていた。


 端的に言えば、着ぐるみを着た女子が見ていた。


 住んでる世界が違う。そう思わせる見た目だ。髪の毛ピンクだし。

 しかし世界は違えど価値観は同じらしく、彼女は少し気恥しそうに笑うと何と、手を差し伸べる。


「その、もしよかったら……お手伝いしますよ? 穴とか掘る以外だったらなら」

「穴? この世界は穴が掘れるんですか?」

「採集扱いじゃないなら、掘れるって。あ、でも駄目ですからね。怒られちゃいますから」

「怒られるのか。まあ確かにそこら中穴だらけにしたら直すのが大変そうだしな」

「それもそうですけど、なんか落とし穴は邪道らしくて、モンスターを狩る時に使ったら駄目だって。罠を使うゲームじゃないから」


 そう言うと、差し伸べた手をそのままに、不安げに首を傾げて見せる。


「ひょっとして、いけないことしてました?」


 そんな少し恥ずかしがり屋だけど親切な女子に対して、俺はいくつかの選択肢がある。

 手伝ってもらう、拒否する、誤魔化す等々。だが、取るべき選択はただ一つ。


「いや大丈夫ですよ。はは、ちょっと三時間耐久草むしりレースをしているだけなんで」

「れ、レース?」

「ええ。知りませんか? 時間を無駄に浪費することで、ある意味贅沢な休日を過ごすというあのレースです」

「ごめんなさい。その……知らないです」


 こちらこそごめんなさい。口から出まかせです。

 いやしかしあの腐れ縁ならともかく、こんな善良な一般市民をこんな地獄に引き込むなんて良心が痛む。

 あの腐れ縁ならともかくとして。


「まあ、とにかく大丈夫なんで。ただの奇行なんで。いやすみません。ご心配おかけしました」

「そうなんだ。それじゃ、頑張って? くださいね」


 女子はぺこりと頭を下げて、立ち去る。こうして地獄と天国は隔てられるのだ。

 好んで地獄に浸るものと、知らずに天国に行くものと。


「ああ、地獄だ。本当に地獄だぞ。これは」


 しかしアイテム欄に貯まっていく草を見るとつい心が躍ってしまうのも事実だ。

 集中の原則、という文言を思い出しつつ、俺は更に草を溜め込む作業に打ち込む。


「の、前に場所移動だな」


 流石に道草を食うのにここは目立ち過ぎだ。ふと見回せばスクショ取ってる奴まで嫌がる。

 無断で取るなんて文句の一つでも言いたいところだが、今の俺は不審者である。説得力もないだろう。

 第二第三のピンク髪が現れない内に場所を移すとするか。



 そして移動し、眠気と戦うこと更に一時間。

 寝落ちをしてしまって翌日。

 圧倒的な予定変更に慌てて集めて三十分。仕方ないから加工と採集を平行しようと無茶をして、ニ十分。



「あーくそがっ。全っ然間に合わんぞっ」



 加工を優先したおかげで俺の作戦の半分は達成されるだろう。

 だが加工を優先したせいで数が足らない。二千と五千程度しか採集できなかった。

 やはりライムを引き込めなかったのが痛すぎた。計画は破綻していた。


「だがもう時間はない。一時間と十分だ。手持ちの装備で何とかするしかない。それで何とか……何とか……出来ねえなあ」

「うわ、マジでまだやってるよ」


 声が降って、土砂降りの草が降り注ぐ。

 その全ては赤茶けていて、視界のほどんどが染まっていた。

 俺が望んでいた、赤茶色の草だ。


「さて、レモン君。私はこれだけの働きをして、何を貰えるんでしょうかねえ」

「はっ。ははは。何でも言えよ。今なら小切手だって切ってやる」


 見上げた先には、自慢げに笑うライムが居た。


「おいおい、どういう風の吹き回しだ? ひょっとして俺はファンクラブに殺されるのか?」

「冗談。相談室を一時的に閉鎖しただけさ。それにしても随分と無謀な事をやってるね。おたく」

「無茶と無謀は大好物だ。苦労は大嫌いだがな。しかし助かったよ。ありがとう」

「もっと褒めろ。称えろ。崇拝しろ」

「調子乗り過ぎじゃないか?」

「それ没収す」

「祭壇作って毎日拝みます。いえ拝ませていただきますっ」


 落ちた草を全てかき集めて、アイテム欄に叩き込む。きっとその速度は宝石を掃除機で吸い込むがごとく、だろう。

 その大慌てな様に、ライムがにやりと笑う。


「取らないよ。私に取っちゃ意味ないアイテムだし」

「吐いた言葉を仕舞うなよ。俺にとっては値千金なんだから。青銅時代の中の鉄器なんだから」

「その例え、例えになってない気がするのは私だけか」

「奇遇だな。俺もだ。てんぱり過ぎて何言ってんのか分かんなくなってた」


 これではいかん。気を静めねば。


「さて、これを色々と加工するとして。いよいよ猪を狩る準備をしよう」

「何をするんだ?」

「それは見てのお楽しみって奴さ。……所で聞くけど今は人が少ない時間だな」

「そうだな……一番少ない時だ」

「よしよし。なら完璧だ。この作戦は混雑していると人様に迷惑をかけるからな。早速行こうじゃないか」


 準備は整った、とは言わない。だが、準備を整えるためには敵地に踏み込まねばならない。

 つまり、潜入工作開始である。





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