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夫と三井寺に行き、長寿蕎麦を食べた。
理さんが言った通りお餅が入っていて、大きな海老の天ぷらは衣がサクサクしているし、かつおだしの美味しいお蕎麦で、これを理さんも食べたことがあるのだと思うと何だか嬉しかった。
鐘を思い切りついた。
彦根に届くんじゃないかと思えるほど。
境内を歩きながらここを理さんも歩いたことがあるのだと思うと気持ちが彼方へ飛んでいくようだった。
こんな気持ちになったのは初めてだと気づく。
いつも夢想してたのは二次元世界のアイドルで彼は架空の京都にしかいなかったため、日本中どこを歩いても同じ道を歩くことはないので、足跡をなぞれなかった。
右足を上げて両手でピースしているような仏像があって、まるでこれからいいこと有りますよと言われているように思えてクリアファイルとポストカードを遂買ってしまった。
「やっぱり暑いですね」
夫が来るんじゃなかった言いたそうな声で言った。
「京都の方が暑いですよ」
「暑いの苦手でしたっけ?」
「いえ」
「そうですよね。一日中エアコンの中にいてゲームしてるんですもんね」
「すみません」
面倒なので素直に謝った。
そうか、この人からしたら一年間間違った相手を養っていたのだ。
無駄が嫌いな人だ。
腹も立つのだろう。
この一年間の私の生活費を返せとは言わないだろうけど、パートに行きたいと言ったのに、夫に十分な収入があるのにパートなんて恥ずかしいことしないでくださいと言ったのはそっちだ。
ゲームの課金代だってCD代もDVD代もグッズ代だって独身時代の貯金でやってきたから、請求されるとしたら食事代くらいだろうか。
病院も行かなかった。
洋服は結構買ったけど。
早く帰りたがっている夫に石山寺も行きましょうと言って、石山寺でも鐘をついた。
「鐘ばっかりついてどうするんですか?」
「縁起がいいじゃないですか」
「もう帰りましょう。あれ食べたいです。トマトのパスタ」
「お昼お蕎麦だったのに、夜も麺でいいんですか?」
「あれ美味しいので」
家の近所のスーパーに二人で寄って帰った。
トマトと牛ひき肉とニンニクを買い物かごに入れる。
「他に食べたいものありますか?」
「ポテトサラダ。そら豆の入った」
「はい」
「モロヘイヤのスープと塩麹のから揚げも」
「はい」
そういえば夏に一緒に買い物に来たのは初めてだった。
まあ本当に暑いのが嫌いなのだろう。
去年の夏仕事以外夫は外出しなかった。
一日中エアコンの効いた部屋にいて、私にも熱中症になるから外出しないでくださいと言う癖に、ソファに寝ころんでゲームをしていると他にすることないんですかと言った。
今思い出すと確かに申し訳ない。
せっかく結婚したのに私ができるのはかれこれ五年やってるアイドル育成ゲームの話かアニメの話か漫画の話しかなかった。
それらすべてが彼の知らない他人の話だった。
でそれももう終わる。
今度の妻はさぞや気が合うだろう。
大学が一緒で職場も一緒。
瞳さんは背も百七十センチ以上あるだろうし、見た目もおかしな話だけど、夫が女体化したらこうだろうなと思わせるような美人だった。
二人が隣に並ぶ姿は完全に定められた二人だった。
自分のように身長百六十センチ未満の胸ばかり大きい、いかにも脳みそ使ってないですな体形をした女を横に並べるのは申し訳なかった。
赤いTシャツ姿の理さんを想像し、その隣に白いストライプのワンピースを着た今日の自分を並べて見てどこにも無理がないことに気づき、改めてフェイト・システムの凄さを知る。
オリーブオイルでニンニクと牛ひき肉とトマトを炒め塩胡椒で味付けをしてパスタと絡めブラックペッパーを振りかけただけの簡単なパスタを夫は好きなのかよく食べたがりこの一年の間で朝食のお味噌汁と目玉焼きとお弁当のだし巻き卵を除けばひょっとしたら一番くらい作ったかもしれない。
「何か食べたいものあります?」
再来週の土曜日に引っ越すのなら後十三日一緒に夜ご飯を食べることになるから、別に喜んではいないだろうけど好きなもの、美味しいと思ってくれたものを作ってあげたい。
「牛すじカレー、ハンバーグ、鯖の竜田揚げ、鶏ささみのチーズフライ、おから、ひじきの煮物、鰯の梅煮、ズッキーニとイカの炒め物、キムチチャーハン、ばら寿司、肉じゃが、手羽元の甘辛煮、筑前煮、蓮根のはさみ揚げ、鯵の南蛮漬け、カボチャのコロッケ、ロールキャベツ、鰯のつみれ汁、豚の角煮、スコッチエッグ、親子丼、粕汁、青梗菜と豚肉の炒め物、キュウリとしらす干しとワカメの酢の物、鰈の煮つけ、ほうれん草の胡麻和え、餃子、肉団子の甘酢あんかけ、鰤の照り焼き、秋刀魚の塩焼き」
「秋刀魚は今の時期解凍ものしかないので無理です」
よくこれだけの料理名を何も見ずにすらすらと言えたなと感心した。
やっぱり頭の出来が違うと痛感する。
この人の隣にいるのは私じゃない。
フェイト・システムの誤作動がなかったらこうして一緒に向かい合ってご飯を食べることなんかなかったんだろうな。
この人にとったら頭の悪い気の合わない女との生活は苦々しいものでしかなかっただろうけど、こんな神様の気まぐれでしかない一年もあって良かったと私は思う。
「取りあえず後でいいので食べたいもの紙に書きだしてください」
この先の私の人生でこんな劇的な事ないだろうな。
彼以上に頭のいい人、性格含め設定盛りすぎな人は現れないだろうなと思いながら、残りの十三日間全力でご飯の用意をしようと決意し台所に立つ。
夫が食べたいと言ったデザートのキウイを剥くために。




