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間違いのフェイト  作者: 青木りよこ
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台風が過ぎ去った八月最後の金曜日その人はやって来た。


「いらっしゃいませ」


私はマニュアル通りに声を出す。


「アイスコーヒーひとつ」


私は彼からお金を受け取り左手のカウンターでお待ちくださいと言う。


「何時に終わりますか?」

「二時です」


自分でも信じられない程すぐに理解が出来、正確な声が出た。


「ここを出てすぐにセブンイレブンがありますよね。その中で待っています」


私の返事も聞かず彼は店内の一番隅の席に座って携帯をテーブルに置き、アイスコーヒーを飲み始めた。

イートインできるパン屋さんなので平日の十三時過ぎは一番混む時間帯だ。

その中で彼だけが時間が止まったかのように見える。

今日は仕事なはずだ。

彼が仕事を休んだことなんか一度もなかった。

どうしてここにいるんだろう。

本当に彼だろうか。

幻覚じゃないのか。

そんな言葉が頭をよぎるほどに彼がここにいることが信じられなかった。

時計の針を何度も見た。

黒いTシャツとジーパンは見たことのあるものだ。

彼は俯いてイヤホンをし、携帯画面をずっといじっている。

その姿は家では余り馴染みのないものだった。

私が十四時になるとタイムカードを押すためお店を出て行く時も彼はまだ座っていて、さっきのは私に向けて言ったのではないのかもしれないと思ったが、急いで着替えいつもなら地下で買い物をして帰るが、今日はさっさと自転車を停めている駐輪場に向かった。

途中でパン屋さんを見て見たが彼の姿はなかった。

幻だった。

夢だった。

今更私達が会うなんてことはない。

そんな言葉を何度も繰り返しながら駐輪場からもう見えているセブンイレブンへ向かう。

セブンイレブンの前に自転車を停めて中へと入った。

彼は雑誌のコーナーにいたが、私に気づくと缶コーヒーを二本買って出て行ったので、私もすぐに出た。


「暑いですね、彦根」


ああ、やっぱり幻なんかじゃない。

私はこの人を知っている。

こんな言い方する人他にいない。


「暑いですけど、今日は風があるので涼しい方ですよ」


彼は缶コーヒーを一本私に差し出した。

私は受け取り、彼が飲み始めたので私も缶を開け一口飲んだ。


「自転車なんですね」

「はい」

「家遠いんですか?」

「自転車ならすぐです。歩くと結構暑いですし」

「そうですか」


彼がコーヒーを飲み干したので、私も一気に飲み干し、ごみ箱へ缶を捨てる。

彼が私に背を向け歩き出す。


「どこへ行くんですか?」


私は彼の背に向け尋ねる。

この背中も知っている。

私は彼の右に並ぶ。

漕げない自転車のペダルがもどかしく酷く邪魔に感じる。



「髪切ったんですね」

「はい」

「似合ってますよ」

「そうですか」

「憶えていますか。貴方と結婚したばかりの頃貴方は俺に髪切ろうと思うんですけどって言いましたよね?」

「言いましたね」

「俺は貴方は短い髪は似合わなさそうだからやめた方がいいですよって言ったんですよ」

「そうでしたっけ?」

「本当は貴方の長い髪が好きだったからです。綺麗だし勿体ないなって思ったんです」


私は耳を疑った。

私の知っている彼はこんなこと言わない。

もうどこからが夢でどこまでが夢かすらわからない。

夏の暑さのせいだろうか。

隣の彼は涼しげな顔だ。

やっぱりそうだ。

彼は氷の王国から来た妖精さんが私のよく知る彼に化けているのだ。

そうなるとどうやったら彼は帰るんだろう?

甘いお菓子をあげたらかしら?

それとも風の精霊で台風が運んできてしまったのかしら。

それにしては優雅だ。

家の窓を叩き潰そうとしていた暴虐な面影は微塵もない。


「何言ってるんですか」

「貴方はいい奥さんでしたよ。毎日違う物食べさせてくれるし、家じゅう綺麗にしてくれるし、いつも朗らかで優しいし、毎日綺麗だし」


いつの間にか道路を挟んで市役所だった。

私は前しか見れず、彼と並んだまま真っすぐに歩いていく。


「何でそんなこと言うんですか」

「何ででしょうね。多分貴方が今他人の奥さんだからでしょうね」

「何ですか、それ」

「貴方がいなくなって夜家ですることが無くなりました」

「野球でも見ればいいんじゃないですか。家は野球見ていますよ。理さんがマジックナマジックナイツのファンなので」

「山田さんて彦根生まれの彦根育ちでしたよね?」

「はい」

「何で奈良、ですか?」

「亡くなったお父様がファンだったんです。マジックナイツ今年優勝するかもしれないんですよ。今夜阪神が負けてマジックナイツが勝ったらマジック点灯なんです。優勝したら二十二年ぶりだから私達が生まれる一年前ですね」


私達は信号を渡り、護国神社の前を左に曲がり、いろは松に入った。

毎日通っている道なのにふとこの道がどこに続いているのかわからなくなりそうだった。



















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