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間違いのフェイト  作者: 青木りよこ
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涼しく快適な空間に最適である様に沈黙がこの部屋を覆っている。

米田さんの笑顔がまるで異世界の使者であるかのごとくこの場にそぐわない。


「突然のことで驚かれているとは思いますが、お二方ともお子さんもまだの様ですし、早めにわかって良かったと思いますよ。私が以前担当したご夫婦は結婚して五年が経っておりまして、お子さんもいたので大変でした」


「よくあることなんですか?」


瞳さんが呆れたように言う。

その言い方が夫に似ているような気がして、米田さんの言うことは間違っていないのだと確信する。


「よくあることではございません。この百年で十件ほどです」


「その十件のご夫婦全部正しい組み合わせで結婚し直したんですか?」


「はい。勿論でございます」


「子供からしたらいい迷惑ですね」


瞳さんが言わなければ夫が言っていたのだろうか。

隣の夫は何も言わず私も夫を見ることができず、目の前の理さんのアクリルキーホルダーを見る。


「必要な手続きはこちらですべて致します。申し訳ありませんが一つお聞かせ願いたいのですが、瞳様も美弥子様も妊娠はしておられませんよね?」


「してないです」


瞳さんは吐き捨てる様に言い私を見た。


「私も、してないです」


夫が自分を見たような気がしたけど恐らく思い上がりだと思う。

夫は私に興味なんかなかった。

フェイト・システムに寄って定められた相手だと言われたから私と結婚したのであって、これは私にしたってそうだった。

昔の人はどうやって恋をしているとわかったのだろう。

結婚するまでは自由だからと学生時代恋人を作る子はいっぱいいたけど、皆どうやってその人を好きだと思えていたのだろう。


「じゃあ、もう話は早いですね。一か月以内に正しいパートナーとの生活を始めてください」


「ちょっと待ってください。この場合離婚歴とかつくんですか?」


米田さんが書類を机の上に置いたところ瞳さんが当然のように質問した。

離婚歴はこの国で出世するのに響く。

それも子供や孫の代にまで継承され、公務員はまずなれないらしい。


「いえ、こちらの落ち度ですので離婚歴は付きません。結婚自体を無かったことにいたしますのでご安心を」


「それならいいわ」


「それでは引っ越しのご相談を」


「私達は元々別居婚だし。引っ越しの必要はないわ」


「それでは山田様と美弥子様でご相談を」


理さんを見るとぎくっとした顔をされて視線を逸らされた。


「来週の土曜日はどうですか?」


私がどう切り出したらいいかわからず黙っていると米田さんが言ってくれた。


「すみません。来週は奈良に行かなくてはならないので」


理さんは思ったよりハキハキ答えた。


「では再来週の土曜日は?」


「大丈夫です」


「それでは再来週の土曜日でよろしいですか?美弥子様?」


「はい、私はいつでも」


「婚姻届けですが再来週の土曜日に提出させていただきます。では必要な手続きはこちらでいたしますので、何かありましたらお気軽にご相談ください。本日は有難うございました」


米田さんが部屋のドアを開ける。


「帰りましょう」


瞳さんは立ち上がり、部屋を出ていく。

色々話し合わなくていいのかと思ったけど、考えてみれば職場の同僚なのだから連絡先も当然知っているだろうし、此処で私達の前で話す必要はないと気づく。

間違いで夫になった男と妻になった女の前でなんか。


「連絡先聞かなくていいんですか?」


管理局のロビーまで来ると夫が言った。

私は後ろを歩いているはずの理さんに振り返ったはいいけれど何て言っていいのかわからずスマホを取りあえずバッグから出す。

私達本当の定められた二人が互いにスマホを握りしめながらまごまごしていると見かねた夫が理さんに連絡先を教えてくださいと言い私達は管理局を出た。

瞳さんの姿は何処にもなかった。


「これからどうするんですか?」


私と夫が並んで歩き、理さんはその後ろを静かについてくる。


「彦根に帰ります」

「彦根の方ですか?」

「はい」

「そうですか。俺達は三井寺に行こうと思います」

「いい所ですよ。鐘つかせてもらえるんです。長寿蕎麦が美味しいです。お餅が入ってるんですよ」

「そうですか」

「それじゃあ暑いのでお気をつけて」

「すみません。電話何時だったら大丈夫ですか?」


理さんが何事もなかったかのように帰ろうとしたので夫がその黒いリュックの背に慌てて声を掛けた。

アクリルキーホルダーがキラキラと揺れる。


「夜の七時以降は仕事も終わっているので家にいますので、それくらいの時間でお願いします」

「わかりました」


何か声を掛けるべきなのか悩んでいる間に理さんはあっという間に駅に消えていった。

でも不思議なほど嫌な感じはしなかった。

そうか、これが遺伝子のなせる業かと感心した。

身長百八十センチくらいだろう。

やせ形だが、貧相なほどではない。

これと言った特徴のない顔だが、声には妙な引力を感じた。

自分は眼鏡をかけた背の高い男性とどのみち結婚する運命だったのだろうか。

夫も背が高く眼鏡をかけていた。

高身長、高学歴、高収入。

おまけにイケメンで、賢いが擬人化したような顔をしていた。

思えばそんな人が私の運命の人であるはずがなかった。

きっと間違った組み合わせだから、子供だってできなかったのだ。

今度はきっと上手くいく。

胸の奥に鮮烈に残る赤いTシャツに胸が膨らむのを感じた。

背の高い、地味な顔に特徴を出そうと苦肉の策で眼鏡をかけた様な顔をした、見たことのないキャラクターの描かれた赤いTシャツを着た彦根で暮らす山田理さんと言う人が私の本当の定められた相手なんだ。

山田美弥子。

宮原美弥子よりはずっといいかな。

夫が行きましょうと声を掛けてくるまで私はずっと山田理さんという運命の人が消えた方角を蜃気楼を見るように見つめていた。




















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