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間違いのフェイト  作者: 青木りよこ
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六時から野球中継があるのでそれに合わせて夕ご飯を食べることになったので、家に帰るとすぐボストンバッグからエプロンを取り出し、台所に入った。

何か手伝いましょうかと言われたけど、狭い台所だし何か人に指示を出すのは苦手だから大丈夫なので座っててくださいと言うと、理さんはテレビに背を向けて台所の椅子に座り携帯でゲームを始めた。

私もやってるRPGのゲームだ。

後でランクとかジョブどこまで行ったか、持っているキャラとか聞いてみよう。


「何かいいですねー」


理さんは自転車に乗ってた時と同じように大きな声で語尾を伸ばし言う。

台所は狭く、そんなに距離はない。

立ち上がり手を伸ばせばいつでも掴める距離だ。


「何がですか?」

「家にもう一人いるって」


私は大根を切る手を止め振り返る。

理さんは携帯画面を見ずに私を見ているようだった。

その視線にワンピースの上にエプロンを付けてるだけじゃ、何だかすーすーする気持ちになる。


「これから毎日いますよ。すぐ嫌になっちゃうかも」

「なりませんよ。多分」

「本当ですか?」

「はい」


理さんが携帯に視線を戻したので私も大根に視線を戻すけど、何だかそわそわして落ち着かない。

初めての台所だから。

毎日立てばすぐ慣れる。

理さんだって今は珍しいからそう言ってくれているだけだ。

そのうち飽きる。

と思っていたらいつの間にか理さんが隣に立っていた。


「どうかしました?」

「いえ、近くで見たいなって」

「恥ずかしいです」

「上手ですね。そんなに早く切れるものですか」

「お料理は好きなので」

「そうですか」

「明日お婆ちゃんとこ行って、彦根案内しますね」

「はい」

「まあ、田舎なんでどっこも行くとこないんですけど」

「お城の方行ってみたいです」

「登るのは暑いんで秋にしましょう。それより来週でいいですか?岡山行くの」

「来週ですか?」

「はい。来週試合ホームじゃないので」

「そうですか。じゃあ、後で母に電話してみます」

「お願いします」


六時五分前になると理さんはテレビをつけた。


「俺毎日野球見るんですけど、何か見たいものあったら録画してください。野球録画してますけど、同時に三つ入るので」

「いいです。最近アニメもあんまり見ないので」

「アニメは俺も見るので入ってますよ」

「アニメ見るんですか?」

「見ますよ。野球とアニメとたまにお笑い見るくらいですね。ドラマとかは見ないですけど」

「私もドラマは見ないですね。お笑いは最近見てないです」


最近というより、結婚してからは見ていない。

無かったことになってる結婚だけど。


「あちっ」


理さんは揚げたてのから揚げを摘まみ口に放り込んだ。


「火傷しちゃいますよー」

「でも揚げたて食べたくて、美味しいです」

「お腹空いてるんですか?できてるのから食べてください。中継始まっちゃったし」

「あー。ホントだ。野宮出てきた」


理さんは私に背を向け椅子に座った。

座っても大きいなと気づく。

こんな風に椅子に行儀良く座っている大きな男の人の後ろ姿と言うのを見るのは初めてだ。

実家の父は小柄だし、姉達の旦那さんも皆そんなに小さいわけじゃないけど大きくもない。

そういえば楓さんの背中をこんな風に見たことはない。

あの人は私に背を向けて座ったりしなかった。

だからだろうか。

あの人の背中を思い出せない。

思い出せるのは台所から見えるテレビを見ている綺麗な横顔。


「わー。凄いですねー」


テーブルにおかずを並べると理さんはテレビから目を離した。

丁度マジックナイツの攻撃が三者凡退で終わり、CMに入ったとこだった。


「ご飯どれくらいよそいます?」

「大盛りで。お茶椀買ってあります。ピンクのやつ」

「買っておいてくれたんですか?」

「安物ですけど。お箸と一緒に買いました」

「有難うございます。嬉しいです」


理さんは恥ずかしいのか視線をテレビに戻す。

私は理さんの青い水玉のお茶碗にご飯を大盛りによそい、白地にピンク色の花柄の私のお茶碗にご飯をそこそこよそう。


「ケーキでも買えばよかったですね」

「え?」

「だって今日結婚記念日になるのに」

「あー」


そういえば、そうだ。

でも結婚記念日だなんて随分古風なことを言うと思った。

佐野さんのインスタの影響だろう。

佐野さんのインスタで野宮さんの結婚記念日にお邪魔してご馳走になっちゃいましたとあった。

その写真に確か手作りっぽいチョコレートケーキが写っていた。

結婚記念日か。

四月何もしなかったな。


「うわっ。あぶねー」

「え?」


テレビを見ると相手の選手がデッドボールを受けたみたいだった。


「痛そー。あれは痛い」

「痛いんですか?」

「痛いですよ」

「当たったこと有ります?」

「ありますよ。プロの球じゃなくても全力で投げてますから高校生の球でも痛いです」

「そうなんですか」

「わー。島田大丈夫かなぁ」

「島田さんって初めて聞きます」

「今日プロ初登板ですね。三年目ですけど、やっと上がってきました。でもこれ大丈夫かなー。ストライク入らん」

「はあ」

「まあ、今日は打つしかないけど、相手ピッチャーの三島苦手なんですよ。今期まだ一回も勝ってない。苦手ナゴドだし」

「ナゴド?」

「ナゴヤドーム」

「あー」

「鬼門なんですよねー」

「はあ。あの、味大丈夫ですか?」

「え?」

「いえ、さっきからあの、普通に食べてるから」

「あー、美味いですよ。すっごく美味いです」

「そうですか?」

「はい、あんまり美味いんで言うの忘れてました。すみません」

「あ、いえ」


お部屋を見渡すと、テレビの横には本棚があって漫画と雑誌がぎっしり詰まっている。

野宮さんの巨大ポスターは野宮さんが地味目キャラなのであんまり気にならない。


「よーし。ゲッツー取ったー。見ました?」

「え?あ、はい」


しまった。

全然見ていない。

でもリプレイあるから平気。


「二点でよく抑えましたよ。まあ今日は打たないと。でもなー。三島打てないんですよ。すっげーいいピッチャーなんで。セリーグでは一番ですね」

「そうなんですか」


理さんはご飯を食べながら忙しく視線を動かす。

私は彼の左斜めからその忙しい彼を楽しむ。

あの人ならお行儀悪いですよと言っただろうなと思った。

まだ、あの声は耳に残っている。















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