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理さんとお隣の村田さんのお家にお土産を持っていき、ご挨拶すると私の母とそう年の変わらなさそうな大柄な女性が涙ぐんで喜んでくれた。
「良かったわねぇ、理ちゃん。本当にこんな綺麗なお嫁さん貰って。恵海さん生きてたら嬉しかっただろうねぇ。本当良かったわぁ。ごめんねぇ、わざわざ。お父さんもいたら良かったのに。あの人昼間っからカラオケ行ってんのよ。ホント馬鹿なんだから」
「いえ、そんな。おじさんにもよろしくお伝えください」
「お婆ちゃんとこ行った?」
「明日にしようかと。今昼寝してるだろうし」
「そうねぇ。寝てるわねぇ。ああ、ちょっと待ってて」
村田さんは奥に入っていくとすぐ出てきた。
理さんとどういう関係かはわからないが、わざわざ結婚の報告をするくらいだから親しいのだろう。
私は結婚の報告をしに楓さんと出かけたことはなかった。
昔は結婚式をしたり大変だったらしいが結婚が義務化された今戸籍上のことと割り切っている日本人がほとんどで、わざわざ結婚したと有名人でもないのに公表する義務はない。
皆成人したらするのが当たり前で、二十一歳を過ぎて戸籍上結婚していない人間なんかいないからだ。
「これ、小鮎煮たから食べて。タッパーは捨ててくれていいから」
村田さんは百円ショップに売っているような透明のタッパーを手に再び現れた。
中にはお醤油の染み渡っていそうな濃い飴色の小鮎がぎっしりと詰まっている。
小さな粒は山椒の実だろうか。美味しそう。
「すみません。有難うございます」
「ちょっと大きすぎて大味だけど、美味しいよ。京都では食べない?」
「あ、京都には昨日までいましたけど、出身は岡山なんです」
「あー、そうなのー?岡山いいとこよねー?倉敷行ったわー」
「有難うございます」
「鮎山椒入ってるけど大丈夫?」
「はい、山椒大好きです」
「それは良かったー。梅干しも持って帰る?」
「そんなに頂いちゃ悪いです」
「いいのよー。どうせお父さんと二人だから。ちょっと待っててね」
村田さんは再び奥に引っ込み、瓶に積まれてた梅干しを手に戻って来た。
「碌なものなくてごめんねぇ。本当に嬉しくって嬉しくって」
「有難うございます」
「理ちゃんのことよろしくね。本当にいい子だから」
「はい」
家に戻り、冷蔵庫に小鮎と梅干を入れ、椅子に腰かけた。
「疲れた?」
「いえ、全然」
「村田さんは、亡くなった母と凄く仲良くて、元々村田さんの娘さん、夏菜ちゃんていうんですけど、俺のお姉ちゃんとずっと仲良くて高校卒業するまでずっと同じ学校だったから、そんなわけで家のこと全部知ってて」
「お姉さんいるんですか?」
瞳さんは一人っ子って言ってたけど。
「あー、亡くなったので。七年前に」
「そうだったんですか。すみません」
「いえ、年離れてて、十歳。あんま一緒に遊んだ記憶ないんですよね。俺が十歳の時には福岡に嫁いだので」
「そうなんですか」
「あー、二人目をね、出産の時に亡くなったんです。子供は無事だったんですけど。だから俺甥っ子と姪っ子が一人づついるんですよ。毎年誕生日とクリスマスだけプレゼント送ってるんです。旦那さん再婚しないで、旦那さんのお母さんが育ててくれてます」
「すみません。あの、何て言ったらいいのか・・・」
「いえ、別に。すみません。暗くなっちゃって。俺家族に縁ないんですかね。父親も三歳の時に死んじゃって。くも膜下出血だったそうです。朝普通に仕事行って、会社で倒れてそのままでした。母も俺が大学一年の時に。まだそんな年じゃなかったのに。心不全でした。朝普通に元気だったんですよ」
家族が亡くなった話を聞くのは初めてだった。
理さんはまだ二十一にもなっていないのに、もう三人の家族を失っている。
それも何の前触れもなく、心構えもなく、突然。
「裏のお婆ちゃんとこ行きましょ。旅行が好きな人で、いつもお土産買ってきてくれるんですよ。元気ですよ。もう八十過ぎてるのに」
「そうですか」
「大丈夫ですよ。もう何年も経ってますし。そんな顔しないでください」
「はい・・・」
私はどんな顔をしているのだろう。
楓さんもご両親は亡くなっていて、一人っ子で親戚もいないと言った。
京都に引っ越してからお墓前リに行ったけど、どんなご両親だったのか、どうして亡くなったのか、結局聞けずじまいだった。
聞けば良かったのだろうか。
言わないってことは話したくないんだなと勝手に解釈していたけど、本当は怖くて触れられなかっただけかもしれない。
私は両親は健在だし、祖父母も姉二人も甥っ子も姪っ子も元気だ。
身近で亡くなった人がいなくて、死は余りにも遠いことに思われていた。
お姉さんは十歳上だったのなら、亡くなった時二十四歳だったことになる。
三年後生きていない自分を想像することなどできない。
一生大切にする。
それだけじゃ、長年影のように彼に張り付いていた孤独を引き剥がすのは困難だと耳元で囁かれた気がした。
玄関を出ていく背中に手を伸ばしたくなったけど、今の私では触れることはできないと思った。
「裏のお婆ちゃん、沢村さんていうんですけど、ヤクルトくれるんで、そう思っててください」
玄関を出ると彼は私に振り返り何でもない顔で言う。
私は彼の黒いTシャツの裾を掴む。
子供が拗ねるみたいに涙ぐんでいるのがわかった。
「顔、私、大丈夫ですか?」
「大丈夫。滅茶苦茶綺麗です」




