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間違いのフェイト  作者: 青木りよこ
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京都駅に着いたらお別れかと思っていたけど楓さんは何も言わなかったので、二人でお土産屋さんに入った。


「八ツ橋でいいですかね?」


如何にも京都のお土産って感じがするし。


「八ツ橋は比叡山にも売っていましたよ」

「比叡山?」

「延暦寺です。子供の頃祖父母と行きました」

「そうだったんですか」


楓さんの口から祖父母という言葉を聞いたのは初めてだった。

おかげで理解するのが二秒遅れた。


「どこに買っていくんですか?」

「介護施設にいる曾お婆様と施設の職員さんと、ご近所さんに」

「大変ですね」

「そうですかね」


八ツ橋はやめて阿闍梨餅を買うことにし、レジに行くと楓さんがお金を出してくれた。


「あの、いいですよ」

「俺が払います」

「でも・・・」

「最後だし。貴方には世話になりました。それになくなるものだからいいですしょう」


レジで押し問答するのも嫌なのでお金を払ってもらい受け取る。

ボストンバッグはまだ楓さんが右手で持ったままだ。


「すみません。有難うございます」

「いえ」

「時間結構ありますね。すみません。もう最後だろうからお土産屋さんゆっくり見ようかなて思っちゃって」

「彦根と京都なんて新快速ですぐですよ」

「でも、もう用事もないし来ないと思います」

「十二月にイベントがあるじゃないですか」

「ライブビューイング草津でもやるみたいなので京都までは・・・」

「観光とか」

「そうですね・・・」

「貴船神社に行きたいと言っていましたね」

「え?」

「北野天満宮の近くの粟餅が食べたいと」

「言いましたっけ?」

「今宮神社のあぶり餅、妙心寺の雲龍図、東福寺の通天橋、清水の舞台、嵐電とトロッコ列車に乗りたいと言っていましたね。あと哲学に道を歩きたいと」

「よく覚えていますね」


言った本人が忘れていたのに。


「一回聞いたことは忘れませんよ」

「流石頭のいい人は違いますね」


お土産屋さんの前で二人で佇みながら、時間が早く過ぎてくれればいいとも思ったし、このまま時間が止まってくれてもいいと思っているような気もした。


「切符買いますので」


どう切り出したらいいのかわからず、歩き出す。

楓さんは私のボストンバッグを持ったまま付いてくる。

1140円の切符を買う。

まだ二十分以上あるけどもう降りようと楓さんに右手を差し出す。


「有難うございました。もうここで」

「改札まで送ります」

「いいですよ」

「帰っても暑いので」

「はい」


改札まで来ると私は再び右手を出した。

楓さんは私にボストンバッグを渡す。


「それじゃあ、有難うございました。お元気で」

「はい」

「今度はきっと上手くいきますよ。もう間違った相手じゃないんですし」


ああ、何言ってるんだろう。

こんなこと言いたくなかったのに。


「瞳さんは綺麗だし、頭もいいし、本当に貴方とお似合いだと思います。お幸せになって下さい、ね」


やだな。

楓さんの顔見れない。

最後だし見ておきたいのに。

美しい氷雪の美貌をこの目に焼き付けておきたいのに。


「そうですね。貴方も」

「え?」

「山田さんはいい人だと思います。お元気で。お幸せに」


もうこれ以上一緒にいたくなくて彼に背を向け改札を出る。

振り返らずに歩いていく。

階段を降りホームに着いても彼がまだ改札を出たところにいる気がした。

この暑い中を彼は一人であの家に帰るのだろう。

ホームのベンチに座り何か言い忘れたことはないかと考えるが、余計なことこそ言ったが言い忘れたことはないような気がした。

DVDレコーダーのアニメも全部消して、毎週録画も外して来た。

調味料は全部使いきったし、野菜もお肉も卵もなく冷蔵庫は空っぽ状態で、ペットボトルの水とヨーグルトと牛乳くらいしかないから、月曜日にごみを出してくれるだけでいい。

本当に終わった。

あっけない結末だった。

もっと他に言うことがあっただろうか。

きっとない。

私が彼に言うことなんか何もない。

電車が入って来たので立ち上がる。

時間が時間だから空いている。

ドアを入った一番近い席の窓側に座り、ホームを見る。

そうは言っても又京都に来ることはあるだろう。

でもあの人と会うことはもう二度とない。

早く電車が出てほしい。

携帯を取り出し時間を見ると後三分。

その三分が異様に長い。

漸く電車が動き出しホームが視界から消えると、涙を流している自分に気づく。

あの人の前で泣かなくてよかったと安堵している自分と、彦根に着く前に泣き止まなくてはと思う自分にも。


一緒に暮らしたのはたった一年のことだった。

あの人を知らない時間の方がずっとずっと長い。

私はずっと夢女子に憧れていた。

鞘師を好きになりたかった。

でもこじらせすぎていたのと、鞘師至上主義だったけど神野君も大好きだったので鞘師を神野君にあげたかったから、夢女子になれなかった。

神野君の鞘師でいてほしかった。

だから二次元ですら誰も好きになれないまま大人になってあの人と出会うことになった。

ずっと誰かを好きになってみたかった。

その相手が貴方だったらいいと思ってた。

夫になる人だからその人を好きになればいいと。

こんなこと思うのは貴方が夫じゃなくなったからだ。

運命の定められた相手じゃなかったから。

機会に寄って強制された相手じゃなくなったからだ。

今は感傷的になっているだけ。

時が経てば忘れられて、あの人の顔も思い出さなくなる。

だって恋とは非日常なもので、私達は日常を積み重ねて多分ずっと生きていくのだから。




近江八幡を出る頃もう涙は止まっていた。

次は能登川。

その次は、もう彦根だ。




























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