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間違いのフェイト  作者: 青木りよこ
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土曜日の朝になった。

昨日の夜試合が終わると理さんからすぐにメールが来た。

野宮さんはノーヒットだったけどチームは三連戦の頭を一点差まで詰め寄られたけど何とか勝てたので、短い文章から喜びが伝わって来た。

試合後のメールも今日が最後かと思うとたった数日のことなのに、もう長年の習慣になっていたかのように寂しいなと思っていると電話が鳴った。

少し野球の話をした後、明日何か京都で買っていきましょうかと聞くと、何もいらないし、不安だろうけど心配しないで身一つで来てくださいと言ってくれて、何の根拠もないし、計画性もないんだろうけど、飾り気のない声が確かに信じられて、安心して眠れた。


十二時三十分の電車だから朝ごはんを食べて、この家では最後の掃除と洗濯をする。

お米はいつも十キロで買っていたから残ってしまった。

どうしますかと楓さんに聞くと研ぐのが面倒なので彦根に持って行ってくださいと言われてしまい理さんに聞くと、じゃあそれも洋服と一緒に荷物で送ってくださいと言われたのでそうしてしまった。

そんなわけで今日の朝はこの家では初めてのパンと目玉焼きとトマトのサラダと野菜ジュースになり、デザートにリンゴを剥いた。

楓さんは一言も喋らず食べた。

そういえばこの人スイカも種が面倒だからと食べようとしなかったな。

でも一人で食べるのが申し訳なくて去年の夏は食べやすい一口サイズに切って種を取り出してあげたりした。

洗濯と掃除を終えると、少し早めの昼ごはんを楓さんが食べたいと言った冷やし中華を作って二人で向かい合い無言で食べた。


結局洋服とDVDとCDとイラスト集に雑誌くらいしか荷物はなく宅急便で段ボールに詰めて彦根に送った結果、ボストンバッグ一つの二泊三日の旅行に行くような身軽さになった。

鏡台の話はしなかった。

彦根に持っていくのは理さんは気にしないだろうけど、お米と違ってなくなるものじゃないから持っていきたくなかったので、ずるいけど言い出せなかった。

台所の後片付けをして、洗面所で歯を磨いて歯ブラシとコップを捨てて、後ろで一つにまとめていた髪を解いて鏡を見る。

髪が大分伸びていて、彦根に行ったら切ろうと思った。

下していると暑苦しいのでアップにしようかと思ったけれど、あんまり気合が入っていると引かれちゃう気がしたので後ろで一つに束ねるだけにした。


「忘れ物ないですか?」


ソファに座る楓さんに挨拶しようとすると、凍てつく氷の刃のような瞳を投げかけてきた。

部屋はひんやりとしていて寒いくらい。

やっぱり氷の王国の王様だと思った。

今頃気づくなんて遅すぎて、やっぱり自分はこの人に相応しい人間ではなかったと思った。


「ないです」


楓さんが立ち上がる。

まるで私が来るのを待っていたように。


「一年間お世話になりました。京都に住めて嬉しかったです。ご迷惑ばかりおかけして申し訳なかったです。私気が利かなくて、すみませんでした。ありがとうございました。身体に気を付けて下さい。お元気で」


私が頭を下げると楓さんは私のボストンバッグを手に歩き出す。

あのー、と私はその背に呼びかける。

玄関のドアが開き、私は急いでサンダルを履く。


「駅まで送りますよ」


理さんの顔は見えない。


「今日暑いからいいですよ」

「鞄重いですよ」

「重くないですよ。そんなに入ってないんです。明日には荷物着くし。パジャマと下着と明日着る服くらいです」


楓さんは私のボストンバッグを持ったままエレベーターに乗り込んだので、私も慌てて乗り込む。

マンションから出て隣を歩く楓さんを見ると、何を考えてるのか全く分からなかった。

一年以上一緒に暮らしてわかったことなんかなかったけど。

でも彼の瞳の氷が溶けていくような感じがして、今更何も気づきたくなくて、揺らめく彼の瞳を全て暑さのせいにした。


彼は鞘師に似ていたのだ。

見いだされるのを待っているような積極性皆無な人ではないけれど、属性としては似ている。

なら私の相手ではないのは明白だった。

だって私は鞘師を愛してはいても、自分と同じステージに引きずり下ろすことはできないのだから。

鞘師は私の人生を変えた。

理さんにとっての野宮さんだった。

鞘師によって私のこういう子が好き、が完成した。

無口、無表情、何考えてるかわからないけど心の中では多弁。

仕事は熱心で一生懸命やる。

家族関係が希薄で、コミュ障だけど本人はそれでいいと思っていて、堂々としている。

見た目は清楚と言うか、シンプルで質のいい綺麗な顔と石原さんの名演による透明感と儚さ。

鞘師は私の好きそのものだった。

ならそれは偶像だ。

人は偶像を夫にはできない。

彼は遠かった。

凍てつく氷が全て溶けたとしても、一緒にはいられない。

氷に覆われている凍土にいることすら気づけなかった私には。

最初からこの人は私とは違うんだと諦めていた私には。

自分のことばかりで彼を見ようともしなかった私には。

















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