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「この味噌汁不味いんですけど」
「すみません。お味噌新しいの買っちゃうと使い切れないので今日のはインスタントなんです。お湯いれるやつ」
「不味いです」
「すみません。でもお味噌余ったても使い道ないですよね?」
「ないですね。でもこれなら味噌汁なくていいです」
「そんなにひどいですか?」
「貴方は美味しいんですか?」
「美味しいとは思いませんけど。普通かなって」
「俺はいりません」
「すみません」
「昨日の肉じゃがもグリンピースだらけでしたよね」
「冷凍庫にあったので。使い切らないとって思って。でも楓さんグリンピースお好きでしたよね?」
「嫌いな人なんているんですか?」
「グリンピースは結構いると思いますよ」
「そうですか」
いよいよ明後日にはこの家を出ていく。
お味噌が昨日の朝ごはんのお味噌汁で使い切ってしまったので、インスタントのお湯を入れたらできるお味噌汁を買ってきたのだが、どうやら舌に合わなかったらしい。
まあ、確かに美味しくはないけど。
冷凍庫のグリンピースとコーンは使い切った。
後はシーフードミックスだけど、これはどうしよう。
グラタンにしようかな。
作っておいて冷凍しとけばいつでも電子レンジで温めたら食べれるし。
何考えてるんだろと気づき、自己嫌悪に陥る。
出ていった女の作り置きなんて気持ち悪くてあの人きっと食べない。
それじゃなくても今彼は得体のしれない赤の他人と暮らしてると言った気分だろうと思う。
やっぱり実家に帰れば良かったのかな。
私の部屋はあるんだし。
結局京都で何もしなかったし。
土曜日から毎日理さんはメールをくれた。
日曜日は野宮さんは四打数二安打。一打点。勝ったから挨拶はマジほー。
マジほーとはマジックナイツが勝った試合でファン使う用語らしく、ずっと誰かに送ってみたかったと言ってくれたのが嬉しかった。
今まで誰かはいなかったわけだから。
月曜日は試合はなかったけど中継ぎピッチャーの吉川君のインスタに載ってると言うのでその話をした。
火曜日は相手ピッチャーが良すぎたそうで四打数一安打完封負けだったけど、盗塁があったから喜んでいた。
昨日は腕にデッドボールを受けたらしく、その後も試合に出てたけれど心配でたまらなかったらしく、電話をかけてきた。
誰かと話したかったらしい。
誰かと話したいと思った時、不安に感じた時に一番に思いついたなら嬉しい。
これからは毎日一緒だし。
何もできないだろうけど支えてあげたい。
土曜日からスポーツニュースを欠かさず見るようになったし、ネットでも野球の記事を漁るようになったら、こんなにあるのかと驚いた。
そういえば今まで気づかなかったけど改めてツイッタートレンドを見ると皆いつも野球の話してるから、変わった趣味でも何でもないんだと知った。
試合経過だけでなく試合のない日も登録抹消とかそんな話をしていて、寧ろ知らない方がおかしいのではと思ったけど、熱狂するとはそういうことだと思い直し、冷静になる。
アイローだって一位になることあるし、鞘師だって一位になったことあるのだ。
いつか野宮が一位になることもあるかもしれないし、ひょっとしたらもうなったことがあるかもしれない。
そういえば京都に野宮神社ってあったなと思い昨日調べてみたら、良縁、子宝、学問の神様だそうで、あからさますぎるので言わなくてよかったと思った。
こういうのはもう少し仲良くって言うか、慣れてからにしよう。
それとももう行ったことあるのかな。
聖地巡礼と言って野宮さんの出身高校をわざわざ広島まで見に行って、OBでもないのに募金してタオルとTシャツとボールペン貰うくらいだから。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
もう楓さんを送り出すの明日が最後だ。
空ちゃんは楓さんのこと理さんの上位互換キャラだと言ったけど、実際二人を並べてみても少しも似ていない。
眼鏡の趣味すら違う。
理さんの眼鏡は黒縁で頑丈そうで絵に描いたプリンを逆さにした様な形、楓さんのは細くって繊細で簡単に折れちゃいそうな枠のない眼鏡。
髪型も二人とも前髪長めのさらさら黒髪だけど、何と言うか質が違う。
私にはやっぱり理さんだろうと失礼ながらそう思う。
でも確実に野宮さんとまるで似ていないアクリルキーホルダーを作った会社にキャラデザ頼んだら眼鏡以外そっくりにされちゃいそうではあるけれど。
市販のお味噌汁にケチ付ける人がよく私と一緒に一年以上も暮らせたな。
これからあの人何食べて生きていくんだろう。
取りあえず来週の月曜日のごみの日ちゃんと出してくれるかな。
掃除とか洗濯とかどうするんだろう。
余計なお世話か。
考えてどうするんだろう。
考えても仕方ない。
あの人は私と暮らす前だって普通に一人で生きてたんだし、大人なんだし、あんなに頭がいいんだし大丈夫に決まってる。
それに今度は間違った組み合わせじゃない、本当に正しく選ばれた、互いにこの人だと定められた組み合わせなのだから瞳さんと一緒に暮らすかもしれない。
そうなればいい。
本当なら一生すれ違うことすらなかった二人なのだから。
でも、確かに一緒に暮らした。
暮していたんだ。




