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間違いのフェイト  作者: 青木りよこ
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理さんは十六時三十三分の電車で奈良に行く予定だったけど電車を一本遅らせて特急に乗って行くと言ってくれた。

三十分のことだけどとても嬉しかった。

別れるのが惜しくって改札までついていく。


「あの、これ、つまらないものなんですけど」


理さんはリュックサックからごそごそと白い紙袋を取り出す。


「お土産です。一応彦根の銘菓なんですけど・・・」


私は理さんから紙袋を受け取る。

結構な重みにこれを彦根からずっと背負って来てくれたのかと思うと胸が締め付けられるような気がした。


「すみません。気を使わせてしまって。重くなかったですか?」

「いえ、別に。でも考えたらいらなかったですかね。あの、もしかしたらもう次会うことないかなって思ってたので」

「そうだったんですか?」

「はい、でも、本当に失礼なんですけど会ってみたら凄く楽しくて、時間も忘れて俺舞い上がって余計な事ばっかり喋っちゃって」

「楽しかったです。野宮さんの話」

「可笑しいですよね?普通に野宮の話できたんです。こんなの初めてです」

「そうですか」

「ずっと一人だったから。一人って楽じゃないですか?正直、だから中野さんに別居の話された時もめんどくさくなくていいなって思っちゃったんです。部屋あんなだし」

「今度、岡山の実家に来てください。私の部屋見せます。私の部屋も鞘師のポスターと神野君のポスターとグッズだらけですよ」

「神野君も、ですか?」

「かみさやの鞘師推しなので。どうしても隣に並べたいんですよ、ポスターもフィギュアも」

「あー、そう言えば野宮のフィギュア出ないかなー。あの美少女フィギュア作ってるとこから。プロ野球選手のフィギュアって出来あんま良くなくて完全に別人なんですよ。記念に買うは買いましたけど」


これ、と言って理さんが携帯の画像を見せてくれる。

確かにこれは酷い。

だって野宮さんの唯一の特徴である丸顔ですらない。


「じゃあ、またメールします」

「はい。待っています。お気をつけて」

「はい。楽しんできます」

「はい」


改札を通って電車に乗る前に理さんは振り返ってくれて、手を振ってくれた。

私は紙袋を両手で抱きしめながら、これからすべてが始まるのだと、もう一日は終わろうとしているのに充電は満タンで身体が熱く、心を静める様に電車が去ってゆくのを見つめていた。




家に帰ると楓さんが玄関まで出迎えてくれて、驚きの余り「ただいま」と言えなかった。


「おかえりなさい」

「ただいま戻りました」


サンダルを脱ぎ洗面所に入りうがいをして手を洗う。


「すぐにご飯作りますね」


ドアを開けると部屋中が凍らされたようにひんやりしていて、まるで世界から隔絶されてるようで、楓さんが氷の王国のたった一人の王のように見えた。

前から氷属性だろうなとは思っていたけど、今日は特に思う。

理さんは風邪属性かなあ。

野宮さんは土属性か、闇属性。

浅宮さんは火属性っぽくて、佐野さんは絶対光属性。

そう、こういうこと考えるのオタクの性、でもやめられないし、やめなくていい。

実家に置いて来た同人誌もグッズも彦根に送ってもらおう。


「成果はあったんですか?」

「え?」


台所のテーブルに紙袋から取り出した箱を乗せ開けようとしたところで楓さんのいつもにもまして冷え切ったような声が聞こえた。

浮かれていた熱を冷ますのにちょうど良さそうだけど、こんな声だっただろうか。

さっきまで一緒にいた声との落差のせいだろうか。

やけにとげとげしく感じる。

まるで氷漬けにされた一輪の薔薇だ。

それならば綺麗なだけだけど、少しちくりとする。


「引っ越しの相談できたんですかって言ってるんですよ」

「あー」


この察しの悪さがそのまま私達の運命が間違っていたことを告げている。

この一年以上きっと彼は私のこういうところに苛立ちを感じていたんだろう。

申し訳ない。


「あの、引っ越しに関しては又お電話で」

「引っ越しの話しなかったんですか?」

「はい・・・」

「四時間以上ありましたよね?何やってたんですか?」

「何って、お昼にラーメン食べて、駅ビルぶらぶらして、フードコートでアイスクリーム食べて、絞りたてジュース飲んで」

「食べてただけですか?」

「まさか。ずっと喋っていました」

「引っ越しの相談もせずにですか?」

「他の話で盛り上がって・・・」


私がかみさやという推しカプの話をすると、理さんは引くどころか興味津々と言った様子であれこれ聞いてくれて、自分もさのみや小説を読んだことがあると言ってくれ、私は二次創作として現実の人間同士である芸能人などの生ものジャンルがあるとは知っていたけれど、そこに野球選手ものがあるのは初めて知った。

ちなみにその手の小説には厳重なパスワードがかかっていて、パスワードは佐野の高校時代の背番号と野宮の高校の背番号を足した数字だったらしい。

ちなみに答えは7。ラッキーセブン。

でも理さんは野宮さんと佐野さんが小説のような関係になって欲しいかというとそうじゃないらしい。

二人はそれ以上の関係、共に同じ目標に向けて日々を過ごす戦友なのだから。


「いいですけど、お腹空いたんで早く作って下さい」

「はい、あの、お腹空いてるんなら山田さんにお土産頂いたので食べませんか?」

「甘いものは食べません。それに貴方にくれたんでしょう」

「一人で食べれる量じゃないですよ」

「甘いものの過剰摂取は脳に悪いです」

「過剰に取らなければいいんじゃないですか?」

「結構です」

「そうですか」


箱は二つだった。

大きな箱の中身は大きめの最中だった。

もう一つの細長い箱の包装紙を丁寧にはがし、埋もれ木と書かれた箱を開けると中から白い紙に包まれた小さな巾着のような包みが顔を表した。

一つ手に取り、白い紙を解くと繊細な鶯色が目に柔らかく入ってきた。

贅沢にも小さな鶯色のお餅を一口で放り込むように食べた。

美味しくて、優しく、まだ感じたこともない彦根の風や息吹を感じた。

理さん甘いもの大好きって言ってたからお母さんに電話して大手饅頭送ってもらおう。

果物も好きって言ってた。

絞りたてジュース、ベリーミックス飲んでたし、マスカットとピオーネも送ってもらって。

後で佐野さんのインスタ見なきゃ。

埋もれ木をもう一つ口に放り込む。


「お行儀悪いですよ」

「すみません」


美味しいから食べませんかと言えばいいんだろうけど、言ったってどうせ食べないから言わないことにした。

癖になる抹茶と和三盆をもう一つ口に放り込みご飯の用意に取り掛かる。


「すみません。今日遅くなっちゃったので、親子丼とほうれん草の胡麻和えと冷ややっこでいいですか?」

「いいですよ」

「すみません。明日は頑張って作るので」

「いいですよ。明日カツ丼が食べたいです」

「今日親子丼ですよ」

「カツ丼と親子丼は違う食べ物ですよ」

「そうですけど・・・」

「後カボチャのポタージュも」

「はい」


楓さんはソファから立ち上がり埋もれ木と最中の箱を閉じ、台所の椅子に座った。

テレビ見れなくていいんですかと言いそうになったけれど、食器棚にお昼に食べてくださいと用意していったサンドイッチの白いお皿が戻されていて、洗ってくれたのだと思うと可笑しくて、冷蔵庫のものを取るふりをして彼に背を向けて笑った。
















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