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「すみません。俺ばっか喋っちゃって。野宮の話できるの嬉しすぎて」
「いえ、楽しいです」
「俺ね、ダブルプレーが好きなんですよ。これなんですけどね」
理さんはこれが野宮ですと携帯を二人の間に置いて指さす。
小さな携帯画面を私達は身を乗り出して分け合うように見つめる。
ユーチューブの動画は選手から余りにも離れているため野宮さんの顔はよく見えない。
球場でもこんな感じなのだろうか。
お客さんは大型スクリーンを見ているのだろうか、ならアイドルのライブと一緒だ。
「6、4、3のダブルプレーって言うんです。6はショート野宮です。4はセカンド、3はファースト。めっちゃ綺麗じゃないですか。この動き」
「はあ」
「野宮のね送球がいいんですよ。肩がいいんです。これね、この後野宮アップで映るんですけど、ね」
ね、と言われても、唯の丸顔としか・・・。
「無表情なんですよ、野宮あんま表情に出ないんです。そこがいいんですよ。いつも落ち着いてて。セカンドの浅宮がすぐ顔に出るっていうか、笑うんで、余計に。でも宮宮コンビで仲いいんですよ。浅宮とは同い年なんです。でも俺は佐野とのコンビの方が好きですね」
腐女子みたいなこと言うと思った。
考えてみたらアニメや漫画の二次元だけじゃない、野球好きだって十分オタクだ。
理さんは野宮至上主義、相手は佐野さん以外認めないんだから総受けは無しの、カプ固定のリバ拒否ってところだろうか。
「あの、でも腐男子ってわけじゃないんですよ。ただ野宮が大切にされてると嬉しいっていうか、構われてると嬉しいって言うか、一人じゃないと嬉しいって言うか」
思ってたことが顔に出ちゃったのだろうか。
それとも遺伝子の相性の良さというものがここにも表れたのだろうか。
「それと俺野宮の話ばっかしてますけど、別に男が好きってわけじゃなくて野宮が好きなんです。でも野宮と付き合いたいかって言われるとそう言うんじゃなくて、まあ俺が女の子なら野宮と付き合いたいけど。嫌、違うな。俺は野宮の親戚になりたいです。伯母さんか伯父さんで」
完全に発想が腐女子。
母親になりたいんじゃなくて、伯母さんでいいっていうのが正に。
「わかります。私もそういうとこあるので」
「ありますか?」
理さんは信じられない程人懐っこく瞳を輝かせる。
まるで今目が覚めたように。
「私、アイアンドローってゲームやってまして・・・」
「あー、知ってます、知ってます。よくCM見ます」
「そこに出てくるスノードロップってグループの鞘師律って子が好きで・・・」
「はあ、どの子ですか?」
「えっと、ちょっと待っててください」
こんな食いつき方してくるとは思わなかった。
私は慌てて携帯を出し、ゲームアプリを立ち上げる。
「この子です」
私は鞘師の一番お気に入りであるジャックフロストのコスプレをしたカードを見せる。
先ほどと同じように今度は私の携帯を二人で分け合うように見つめる。
二人の距離はとても近い。
「わー。可愛いですね。無表情キャラですか?」
「そうですね。基本この顔で、無口です。心の声でよく喋りますけど」
「野宮じゃないですか」
「そうですね」
ああ、この人は何でも野宮なのだ。
でも、そう言われてみたらそう思えてくる。
鞘師もきっと野球をやったらショートだ。
少なくともピッチャーではないし、ホームランも打ちそうにないけど、淡々と野宮さんのように球をさばきそうだ。
「いっぱいカードあるんですねー」
「鞘師のは全部持ってます。後神野君のも」
「神野君が鞘師君とコンビですか?」
「そうですね。鞘師は元々一人っ子で共働きの両親がいつも一人で遊んでいる鞘師を心配して児童劇団に入れるんですよ。子役だったんですね。でも演技ではいくらでも明るく振る舞えるんですけど、プライベートってなると全然で友達もいなくて、コミュ障だったんですね。そんなある日鞘師の所属事務所を買い取った神野君が現れてスノードロップに誘うんですよ。神野君は日本一の財閥の一人息子で、スノードロップのセンターで」
「ハーレクインじゃないですか」
「そうですね」
「石油王じゃないですか。面白いですね、神野君」
「面白いんですよ、で、鞘師は神野君に見いだされアイドルとしての一歩を踏み出していくんですよ」
「神野君が年下ですか?」
「一個下です」
「野宮じゃないですかー」
「野宮ですね」
「声優さん誰がやってるんですか?」
「鞘師が石原夏生さんで、神野君が上野心さんです」
「上野心なら見たこと有りますよ。始球式で」
「アニメコラボですか?」
「はい。結構声優見ること有ります。石原夏生はないですけど」
「結婚前に大阪ドームのイベントで一回だけ本物見たことあるんです。毎年アイアンドローのイベントあるんですけど当たらなくって。だからいつもライブビューイングで」
「彦根映画館一軒しかないんですけど大丈夫ですか?草津まで行けば大概の映画やってるんですけど」
「岡山も私の住んでたとこは一軒しかないですよ。大丈夫です」
「イベントいつなんですか?」
「十二月です」
「草津ありますねー」
理さんが嬉しそうに携帯を見せる。
もう念を押さなくても彦根に十二月にいることが決まったのだとわかった。
もう理さんは席を立ったりはしなかった。




