和羅も陽人も一発で変換できないから面倒
「実際お前どうなん? 恋愛とか」
「急に何? そんな下世話な話……」
昼食中に藪から棒に聞いてみたら、少し嫌そうな顔をされた。こないだ買い物行ったときにナンパの
話とかしたから、俺の希薄な恋愛観の参考に、と思ったのだが。
「好きな人とかいねーの? ってか好きなやつがその格好が嫌! って言ったらどうすんの?」
「私は私の格好ごと好きになってくれる人を好きになるから。……というか、今は恋愛より夢中になれることがあるから」
「女装?」
「そう。わかってるじゃない」
ちょっと満足そうに笑みを浮かべていた凛音は、ふと和羅の方に視線をやった。
「西居くんは、そういうのは? かっこいいけど」
「お褒めに頂き恐悦至極だが、宗教上の理由で恋愛はせんのでな」
「やっぱり?」
こっちのクールメガネは親がそういうのに熱心だからそういう感じらしい。肉も食わないけど親に文句を言ったこともない、俺と喧嘩さえしたことがないくらい、何でも受け入れる姿勢のやつ。
何度かこいつを怒らせようとしたことはあるが、ただ静かに、悲しげな表情を浮かべるだけだからやめた。怒られるより辛かったものだ。
「でも恋愛しないっていうのも味気なくない? 人って、恋で変われると思うけど」
うわぁ。
と思ったのは俺だけでなかったらしく、和羅も珍しく表情を崩していた。目が合った。
(今のどう思いますか和羅さん)
(どうと言われても。こういうのを本音で言うやつとは思わなんだよ)
(イタかったよな)
(しかし恋で変わったことがあるのやもしれぬ。ここは陽人から聞いてみせい)
(なんで俺が)
(俺が聞きづらいからだ)
(俺だって聞きづらいっつーの)
「さっきから何をこそこそ話してるの?」
「「いやーハハハ」」
「本当に仲良いね……」
隠し事をされたのが嫌なのか、凛音は少しむすっとしている。
悪いとは思うが、なんとも恋愛にポジティブなこいつと意見が交わる気がしない。
よく分からない俺と恋愛禁止な和羅だから、まあそういう関係なわけだ。
「ていうか、凛音も別に今は恋愛、ってわけじゃないんだろ? の割には恋愛に好意的じゃん」
「そりゃあね。むしろ、普通は恋愛に好意的なものじゃない?」
「まあそうかもしれないけど。何分我々はモテたことないので」
「陽人、俺を非モテに区分するのは早計だぞ。告白されたことがあるからな」
「「……マジで?」」
それは聞いてない……っていうか、今俺以外の野次馬の声が。
既にノリノリな凛音と共に和羅の話を聞こうとしたが。
「いや、話さんぞ。相手方にもプライバシーがあるからな」
「そこをなんとか。話せる範囲で」
「とても気になるし、そこまで話して話さないのは友達として悲しいわ」
「それは、せいぜい煩悩を捨て去るんだな。どの道俺は恋愛をしないから羨ましがることもないだろう」
なんて言って、和羅は結局口を割らなかった。
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「気になるな」
「気になるよね」
俺たちはとことん下世話なやつだ。全く、情けなくなるほどにな。
ただ調べても分かりようがないから諦めているが。
「実は付き合ってるとか、告白された話が嘘っていうことはないのかしら」
「あいつが嘘吐くのも恋愛するのもないと思う。肉も魚も食ったことないんだぞ」
「それとこれは関係ないと思うわ。恋は突然するものだもの」
「お前のその恋愛カウンセラーみたいなのなんなの。理想高いな」
「告白されただけで好きにはならなかったのね……可哀そうに」
「お前も今恋愛してないって言ってたじゃん」
「恋をしないなんて言えないくらいには人を好きになったこともあるから」
「へ~それはそれで面白そうな話だ」
「話さないわよ」
「んだよ冷たいな」
「女の恋バナに比べると、男の恋の話なんて虚しいだけでしょ」
「それは、そうかもな」
男でも女でもちょっとした野次馬根性でしかないんだけど、それほど興味があるわけでもない。
実際、もうそれほど和羅の話も気にしてない。
気にしてないんだが。
(幼馴染なのに全く知らなかった……)
言ってくれるくらいしてほしかった気がする。いやあいつはそういうの言いふらしたり自慢するやつでもないと分かってるけど。
どうにも腑に落ちない。凛音とは別の方向で、しばらく悩むことになりそうだ。
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「でもお前、告白は受け入れなかったんだな」
「それが俺の信条だ。悪いことをしたとは思うが」
たまには和羅と二人きりで、そんな話をしっとりとしてみた。久しぶりに俺の家に呼んで、だらだらゲームなんでしながら。
ベッドの横に座って、並んでテレビに向かっていると、ほんのり昔を思い出す。自分の部屋なのに、この絨毯に座るのもどこか懐かしい。
「何でもかんでも受け入れるのも信条か?」
「ああ。と言っても俺にも譲れない一線というものはあるぞ?」
「だろうな。それくらい分かるよ。十年は一緒なんだからな」
「そうか。なんでもかんでも頼んでくるから便利に使われていると思っていた」
「ま、便利に使ってるけどな」
「言うなぁ」
二人のコンビプレイで進めていくアクションゲーム、昔よくやっただけあって操作方法の確認なんか軽くしたら意外とさくさく攻略できている。
結構久しぶりなんだけどな。それだけ変わらないものもあるってことか。
「そういや、凛音のことはどう思ってる?」
「どう、とは? 大黒とは、友達くらいにはなれたかと思うが」
「いや、女装とかそういうのに対して」
「個人の自由だ。思うところもない」
「へー」
そりゃ立派なことだ。俺は初めに変だと思ったから、それなりに今でもいろんな感情を抱く。今でも変だって思ってたら凛音に悪いなぁとか、変じゃないにしてもみんなが変だと思ってないかなぁとか。
こんなこと聞けるのも今は和羅くらいか。
「お前は何か思っているのか、陽人」
「そりゃ、まあ。今は凛音が男の格好してる方が違和感あるだろうけど、なんで女の格好してるんだろうって思ったさ」
「なんでも何も、したいからするのだろうな」
「そりゃ……ふーん。なんでしたいんだろうな」
「そんなことは知らん」
「今度聞いてみろよ」
「お前に命令されたというからな」
「こいつ」
地味にせこい奴だよ。本当に、いい性格してる。
どこか合理的で狡いところもあるけど、基本的には優しいやつなんだけど。
となると、俺よりも凛音のことを気遣ってるんだろう。実際俺の感情なんて単なる好奇心だしな。
「あまり詮索してやることでもなかろ。俺だって陽人の私服がダサかったとしても言わんしな」
「まあそういうもんかな。お前はもうちょっと他人に興味持った方がいいぞ」
「かもな。だが、俺は身近にあるものをきちんと大切にするので精一杯だ」
「無欲だな」
「強欲だから何も失いたくないのかもな。考えても詮無きことだ」
「詮無き事ってどんな意味だっけ」
「ニュアンスでわかれ」
なんて言ってるうちにステージクリア。
「そういやゲームだとお前生物殺すよな」
「ゲームだから生きてないだろう」
「まあな」
こいつの脳味噌を解析してみたいと思ったことも何度かある。こいつの理論や考えってのは面白いけど理解できない。それをさも当然のような顔で言ってくるから、妙な説得力で納得してしまう。
「勿体ねえよな」
「何がだ」
和羅の眼鏡をはずす。端整な顔立ちにきりっとした眉、眼鏡つければ勉強できそうな優等生だし外せばホストにいそうなイケメン。
「お前女とっかえひっかえできそうだし」
「お前な……それ褒め言葉なのか?」
「褒めてる褒めてる」
「ここまで嬉しくない褒め言葉は初めてだ」
かっこいいのに恋愛しないってのは宝の持ち腐れだ。モテるかモテないかなら、そりゃ俺だってモテたいね。
「凛音はモテんのかな」
「外見はかなり良いと思うが」
「お前もそういうの考えるのか」
「初見の大黒にはときめいた。まさか男とは思わなかったからな」
「おやおや、もしかして和羅さんそっち系ですか?」
「もしそうだったらどうするんだお前は」
「え、どうするって知らんけど」
「……はぁ。相変わらず考えなしだな。世の中にはそういう人間がいるってことくらい頭に入れておけ」
「はーい」
怒られたから素直に謝っておく。こいつの言ってることはよく分からんけど。
でもこいつがときめいたっていうのも結構面白い話だ。ああいうかっこいいのが好みのタイプなのか。
もし男が好きだったらとか言ってるくせに、それでも恋愛はしないんだよな。
信条、ねえ。こいつの譲れない一線てのはその信条のことなんだろうけど、未だにそれがよく分からないから面倒臭い。大体の頼み事は叶えてくれるやつだし、雑用だって山ほど頼んだこともある。
人の嫌がることはしないやつだ。だから俺がこいつと今もつるんでるのは、こいつがそういう優しいやつだからなんじゃないかと思う。
「お前ってさ」
んで、こいつは嘘を吐かない。
「俺と友達でよかったって思う?」
「今日のお前変だぞ」
「たまには腹を割って話したくなってみた」
「お前はどう思ってるんだ?」
「俺には出来過ぎた友達だよ、お前は」
「同感だ。お前と友達でよかったよ、陽人」
そんな風に言って、和羅は素っ気なくテレビ画面の方へ向き直った。
ん、まあ嘘は吐かないから事実なんだろう。ただこれ以上話をしてくれる雰囲気でもない。
結局また他愛もない遊びをちょっとして解散になった。
相変わらず、和羅はよく分からないやつだった。




