オタクなのに服屋の話とか書くのしんどい
凛音と歩いているとよく奇異の目で見られる。
というのも、外見はクールビューティ系の美人なのに、こいつが大層低い声で喋るからだろう。
「女装男子って言われるのは好きじゃないの。女装が趣味なの」
「じゃ別に女の喋り方しなくてよくね?」
「そこは雰囲気よね」
なんて喋ってる時も悩まし気に頬杖ついて、右ひじに左手を当てて女みたいな振る舞いをする。
男だから当然声は男のもの。指は白くて毛も生えてないし爪もぴかぴかに整えて女みたいだけど、腕の方はだんだん男らしい太さが垣間見える。
髪なんかは女物のシャンプーやコンディショナー? 使って必死に手入れして伸ばして、喉仏を隠すくらいにしてるとかなんとか、一緒に話してるうちに苦労話を聞かされた。
はっきり言えば変なやつ、だけど普通の男友達として凛音と俺は仲良くなっていた。
発端は、いつ頃のことだったか。
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高校に入学した時、息も止まるような美人がクラスにいた。なんていう笑い話があった。
大黒凛音、リオンなんて中性的な名前だから分からないが、自己紹介で声が出れば一発で分かった。一目でわからなくても一声で男だってわかる奴。
学校側の対応は黙殺。制服の規則がないから別に怒る必要もないし、当然だった。先生は目を見開いて驚いている様子だったけど。
んで、生徒も当然黙殺。というか、なんて声かければいいか分からないし。わざわざ近づこうとか仲良くなろうとかっていう物好きもいないわけだ。軽く扱ったら怒られそうな気もしたし。
体育の着替えだって普通に男子の更衣室を使ってた。下はスカートだったりパンツだったりするけど、下着は男ものだしブラジャーはつけてない。綺麗な髪に隠れてがっしりした背中が見えた姿を今でも覚えている。後ろ姿、綺麗なんだけど男なんだって妙に納得した記憶がある。
「あの……相手がいなくて」
言われて、俺は何度かその時に体育の二人一組になったこともある。俺の友達がわけあってよく休むから、そういうのは頻繁にあった。差別するわけじゃないから、普通に男の凛音と組むのは当然だった。
密接な距離感で、またあいつが男だってよく分かった。筋肉もあるし力も強いし体も固いし、徐々にこいつはそういう男なんだって理解し始めた。めちゃくちゃ良い匂いはするけどな。
「お前ってどんなシャンプー使ってるん?」
「えっ? んー……コスモス・プレミアムだけど」
「あー、CМで見たことあるわ」
なんて他愛もない会話もしたくらいはある。
あいつが教室で誰かと話してる姿を見たことないから、まあ、あいつにとっては俺が唯一話せる相手で、俺にとってはちょっと特殊なクラスメイト、くらいの距離感だったろう。
今にして思えば、その時から弁当箱もってそわそわしてた気はする。多少はこう、仲良くしたかったみたいなのはあったのかもしれない。
でも、もっと砕けた関係になるには、もう一つ事件があった。
「ごめん大黒くん! 髪弄らせてください!」
それはもう突然、何の前触れも予兆もなく平田和佳が凛音にそう頼み込んだ。
「? ? 別にいいけど……」
「やたっ!」
小さくガッツポーズして平田は慣れた手つきで長い凛音の髪を手の中に収めていく。するすると滑らかに手折られ、まとまらずに流れる髪は見るだけでとても柔らかいと分かる。
後から聞いた話だが、平田は家が理髪店で髪の毛を触るのが趣味の女らしい。んで、凛音が滅多にお目にかかれないすごくいい髪をしていたから触りたかったけど、クラスで孤立しているから遠慮していたとか。
その遠慮を取っ払うほど凛音の髪は素晴らしいという要らないお墨付きをもらったわけだが、その日から凛音はようやくクラスに馴染み始めた。
「シャンプー何使ってるの?」
「コスモスの……」
「ああ~だよね~匂いでそうじゃないかって思ってた。でもこれ凄い手入れ……髪洗う時に気を付けてることってある。あと乾かし方とか……」
「ネットで調べて、成功したり失敗したりだったけど、今は、そうね、洗う時は……」
平田が巻き起こした奇妙な髪結いの時間は今でもクラスに鮮烈な印象を残している。ただあのイベントで、普段大人しい凛音が、名実ともに淑やかな麗人であるかのようなイメージが根付いてしまったようだ。
あるいは、まあ普通に紳士だな。
変なやつではない、危険なやつではないって周りが思うと同時に、凛音自身も自分が喋っていいとか、馴染んでもいいっていう理解をしたっていう話も聞いた。一人で自由好き勝手にしているんじゃないかと思ってたが、まあ孤独ってのは辛いもので、あいつもそれなりに溜め込んでいたわけだ。
「あの、私も陽人と一緒にお弁当食べてもいい?」
初めて凛音に言われて、俺は和羅に目を向ける。
西居和羅は俺の幼馴染で、俺はそいつを何でも受け入れるマンなんて呼んでいるくらい、なんでも受け入れる。
「構わんが」
「そういうと思った」
「男二人の食事に花が出るな」
「大黒も男だし、男三人になるだけだろ」
「それもそうか」
「えっと、良いのよね」
まあ、そんな、俺が胸を張って友達だって言える人が一人増えたというだけの話だ。
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「で、実際のところどうなんすか大黒さん」
「何が?」
たまの休日に、と凛音の買い物に付き合ってやることにしたが、割と人のにぎわう商店街でこいつはしょっちゅう一人で買い物とかしてるわけで。
「さぞおモテになられるんでしょう? 男に」
「そうね……たまに声を掛けられることはある。で、一言話したら大体変な顔して逃げてく」
「やっぱナンパとかされんのか。すげー」
「そう? まあ悪い気はしないけど、あまりいい気分でもないわ」
女性だと思われるのはいいけど、男だからって逃げられるのは複雑な気持ちらしい。だが涼やかな表情で髪を梳く姿には一切の引け目はない。こいつこういうところ強気なんだよな。男らしいっつうか。
「やっぱ男しか声かけない?」
「そりゃ。だってナンパするのは男性が常でしょう? 陽人は女性に声をかけられたことがある?」
「別にないけど、女に声かけたこともないしな」
「気になる人とかいないの?」
「いや~、恋愛とかよく分かってないな」
そうずけずけ言われると困るが、高校生にまでなって成長しても、イマイチ好きになる人っていうのがよく分かっていない。
昔はもっと好きっていう気持ちを他人にぶつけてた気もするが、それこそ親や和羅にも同じ風にしてたし、恋愛の好きっていうのは不明な感情だ。
「別に、ナンパなんて恋愛のそれとは違うでしょうに」
「そういうもんか?」
「そういうものよ」
はっきり断じられるとそれ以上の言及もできない。やっぱ男らしいわ。
しばらくそんな風に話しながら人混みをかき分けて、やっと店に入る。
板張りの床は濃い茶色で温かみがあるって感じだが、独特の服の臭いと並ぶ服を見たら、まあ服屋だなって感じ。服屋にいちいち感想もない。
「こういう専門店で買うんだな」
「専門店って……陽人は普段どこで買ってるわけ?」
「こう……複合施設、みたいな。アルプラの中とか」
「ふーん。まあ、普通そういうものかしら」
「お前普通じゃないの?」
「その言い方は鼻につくけど……、好きなブランドとか、値段とか計算してると結構バラバラで買ったりするかもね。私メンズも見るから猶更」
「えっ! お前男ものも着るの!?」
「あーその話長くなるからまた今度ね」
話も途中に凛音の視線は俺から服の方に移っていった。今はレディースの上着を見てるけど、店員からどう思われてるんだろうか。
と思いきや、凛音は女性の店員と普通に話し始めた。どうも常連らしいから顔見知りなんだろう。話はとどまることを知らず化粧品の話にまでなっていた。
こうなると俺がアウェーだ。買い物に付き合ってみたものの、いてもいなくても変わらない。
「ちょっと出とくぞ」
「……は? 待って試着するから見てよ」
「えー」
「まあ見てなさい。悩殺してあげるから」
うふふと自信に溢れた笑顔をする。女の顔付きからたまにいたずらっけある少年のような表情が垣間見える。
クラスで孤立してた一ヵ月くらいは、冷たい雰囲気の変な女男だった。でも今は凛音が凛音だってわかる。こいつはこういうやつだ、別に男だの女だので考える必要はない。
意外に面白いやつだ。
何着か服を持って試着室に入るあいつを見送ってしばらく待つ。あいつ着替えに時間かかりそうだな。そもそも女物の服って着れるんだろうか、体格的に。
「あのぉ、普段凛音さんとどんな話してます?」
「はい? まあゲームの話とかもしますし、愚痴とかも多いっすけど」
突然女店員が話しかけてきた。金髪のくるくるした髪の、割には服装は黒で固めたシックな雰囲気の人だ。
「いえ、凛音さんって学校でどんな感じなのか気になるんですよね……ってプライバシーを詮索するのはあんまりよくないんですけど、ちゃんとやれてるのかなーって」
「ちゃんとも何も。まあ、最近は楽しそうですよ」
「そうですかぁ。それは良かったです」
愛されてるなぁあいつ。俺の方が交友の狭さを少し恥ずかしく思うくらいだ。
ばた、と試着室の扉が開くとさっきまでと一風変わった凛音が出てきた。
普段はおとなしめの格好で足首まで隠すズボン履いてたり、今日もロングスカートで膝の下まで隠してた。
が、今はジーンズ生地のショーパンにラフなシャツ一枚、ハッキリ言えば露出が多い。
シャツはかなり肩が見えそうになっているが、そのゆるさのおかげで体格を何とか隠せているという感じだろうか。
(しかしこいつ、足綺麗なんだよな)
見せても男だとバレないんじゃないか、と思うくらいの足だ。小物として用意していたサングラスが妙にマッチした不良スタイルの衣装。
「いい感じじゃん」
「本当? 結構冒険だったんだけど」
「とっても似合いますよ~男の人だと誰も思いません!」
まあ、ゆるいせいで喉仏が丸見えだから分かる奴にはすぐに男の人だとバレますが。
「つーかさ」
凛音に近づいて、髪の毛をまとめて掴んでみる。
短髪として見れば男に見え……。
「うーん化粧してるからまあ普通に女だな」
「……男に見えるかもとか思った? は~わかってない。私が女性らしくあるためにどれだけ日々の努力や体型維持をしていると思ってるの?」
「知らんけど」
「まあ私くらいになると男の格好しても逆に男装の麗人になるわけ」
「男が男の格好して女ってもうわけわかんねえな」
「ふふふ」
楽しそうで何よりだよ。実際こいつの言う通り男装の女に見えるし、反論しても意味がない。
前は低い声に違和感もあったけど、今じゃこの格好を維持する努力とやらに尊敬するくらいだ。
すげーやつなんだって素直に思うよ。
「せっかくだし見繕ってあげる。ちょっと来て」
「ええ、俺はいいよ。お前もっと服見たいとかあるだろ?」
「私の服見てたらさっき陽人に似合う服見つけたんだって。ねえほらほら」
腕引っ張られて仕方なくついていく。いちいち考えるけどこういうのは男らしさなのか女らしさなのか……引っ張る力は普通に男だと思うけど。
そもそも女と付き合ったことがないからな……。




