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07 忘れ物


 街道を歩くこと一日、木造の壁に囲まれた街(ザンブルという名前らしい)が見えてきた。


 なんで飛べるのに歩いているのかというと、何百年も昔、賊に高空から襲われることが頻発したため、各国共通のルールとして街から視認できる場所では飛んではいけないことになったらしい。最近は低空であれば一応大丈夫らしいが、警戒はされるし良い顔もされないみたいだ。

 ちなみにルールを無視した場合、魔法や弓で問答無用で攻撃される。王都のような大きい街であれば、場合によってはバリスタなんかも撃たれるとのこと。場面を想像して思わず身震いしてしまった。


 そんな事を教えてもらいながら歩いていると、いつの間にか門をくぐっていた。

 何事もなく街に入れてしまったので、疑問に思った僕は聞いてみる。


「こういうところって入るときに身分証を見せたり、お金とったりするもんじゃないの?」


「モイスもそうだけど、アリストもそういうのないみたいね。ハーヴェストは元々小さな国が集まってできたから、その名残で今もあるって聞いたことあるけど」


 へぇ、などと思いながらとりあえずの疑問がなくなった僕は街を見渡してみる。


 街並みは元の世界でいう中世…と思わせて色々とばらばらだった。

 家は石造りだったり木造だったり、煉瓦造りまである。

 ばらばらな理由は時代もあるのだろうが、恐らくはお金の問題が一番だろう。素人の僕が見てもその辺がありありとわかる。なんとも世知辛い…


 (なんだろうなぁこのもやもや感…)


 期待していたファンタジーな世界で現実的な側面を見させられ、ちょっと遠い目をしてしまう。

 …本当の中世みたいに道が汚物まみれになってないのはよかった、と素直に思っておこう。


「ナツキー?今のうちに宿とるから早く行くわよー!」


 いつの間にか離れてしまっていたらしく大声で呼ばれる。

 返事をしながら若干足を速め、気を取り直して再度辺りを見渡す。


 家々はともかく人々はファンタジーそのものだった。

 耳の尖った人や犬のような耳が生えてる人もいるし、様々な尻尾も視界に入る。

 これなら僕の姿も浮かないな、と一安心した。





 ルティに追いつき、適当な宿に一緒に入る。二人部屋で朝食夕食付き、一泊大銀貨四枚也。

 ちなみにお金は大金貨、金貨、大銀貨、銀貨、銅貨の五種類らしい。感覚としてはそれぞれ十万円、一万円、千円、百円、十円あたりのようだ。つまりこの宿は凡そ四千円相当。元の世界に比べると安い。


「いやぁ、さすがに疲れたわねー!」


 部屋に着くなりボスンとベッドに座り込むルティ。

 僕もつられて座る。ふかふかとは言えないが、おっ?と思うほどには柔らかかった。この世界の文化水準は意外に高いようだ。


「まず服屋か靴屋に行こうか迷ったけど、とりあえずさっぱりしてから行きたいしお風呂かしらね」


「そうだねー。さっぱりしてからのほうがいいよね」


 なんだろう。何かを忘れている気がするが僕も疲れていたので、深く考えずに同意する。








「ですよねー…」


 そこにはでかでかと『女湯』の文字があった。何か忘れていると思ったら自分の性別だった。

 最初の頃こそ違和感があったが、この世界に来てそこそこ経つので、この体にすっかり慣れて失念していた。慣れたため「恥ずかしくて入れない!」なんて事はないのだが、若干気後れしてしまう部分がないわけではない。


「どうしたの?早く入るわよ?」


 立ち止まったままの僕に気付いて、扉を開けて入ろうとしたルティが声をかけてくる。


「いや、ほら、僕って元々が…ね?」


「でも今は違う(・・・・)でしょ?なら問題ないじゃない」


「さらっと言うね…ルティは気にしないの?」


「気にするも何も、そもそも元を知らないし、初めて会ったときにはその姿だからね。私は普通に女の子と思ってるわよ」


 そう言われたら僕が気にしすぎなだけかなぁという気になってくる。もう元には戻れないだろうし、何より僕自身が別にこのままでもいいかなと思い始めているので、深く考えないでいいのかもしれない。


「…じゃあ入りますかー」


「そうそう、ナツキは難しく考えすぎよ。昔は昔、今は今なんだから」







 なんやかんやあったが、風呂に入るためようやく脱衣所まで来た。

 といっても僕は外套しか着ていないので脱衣というレベルではないのだが。

 さっと脱いで洗い場まで行く。


「石鹸とか久しぶりだ」


 石鹸どころか、風呂自体が久しぶりだ。薪が大量に必要な風呂を維持するのは大変そうだったので、今までは水浴びで済ませていたのだ。


 おもむろに泡立てわしゃわしゃと洗っていく。


「ちょっと、そんな乱暴に洗ったら髪は痛むし、肌も痛めるわよ」


 遅れて入ってきたルティに小言を言われ、そのまま洗い方をレクチャーされる。


「頭皮も髪もまずよくお湯で洗って、そのあと石鹸をよく泡立てて洗うこと。軽く揉み込むようにして無理に力をかけないようにね。爪でガリガリとか駄目だからね?体は石鹸をよく泡立てた後なでるように丁寧に洗うのよ」


「うむむ…意外に面倒なんだね…」


 男の体より存外手間がかかるらしい。女の風呂が長いと言われる原因の一つはこれだったのか。


「あ、あと髪を洗い終わったらこれをお湯で薄めて髪に馴染ませて。その後洗い流せばキシキシしなくなるから」


 そう言われて謎の液体をとってみると…お酢だった。確かこれで石鹸と中和させてキシキシ感をなくすんだ。お金のない時に何度かやったことがある。

 でもこれ結構匂いキツイんだよね。そのうち代わりになるレモンでも持ち込んで使いたい。


 ようやく洗い終わり湯舟に入ろうとすると、髪が入らないようにタオルかなにかで纏め上げなさいよー、と言われる。今までやったことがないのでとりあえずそれっぽくする。





「ふぅー」


 謎の達成感を感じつつ温まる。余りの気持ちよさに顔を弛緩させていると、ルティも洗い終わったのか入ってくる。


「あーあー、髪ぐしゃぐしゃになってるじゃないの…」


「初めてなんだから勘弁して。というかやり辛くてしょうがないから、次からは何か髪留め持ち込むよ…」


「慣れればタオルのほうが楽よ?ほら、ちょっとこうやって…」


 と言いながら髪とタオルを直してくれた。


「おぉ、さっきより凄いすっきりしてる」


 髪も直してもらい完全にリラックスモードになった僕は、心行くまで温まった。

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