06 出発
辺り一面を雪国さながらの光景にしてから数日。
みっちり吐息の練習をしたため、火の吐息を熱線のように、水や風の吐息をウォーターカッターやエアハンマーのように使えるようになった。でもルティが使っていたような魔法は使えなかった。便利そうだったので非常に残念。
でも出来ることが増えるとやっぱり嬉しいもので、その日の夕食を作っているときも気づくと鼻歌を歌っていた。
「随分とご機嫌ね?」
「そりゃねぇ。やっぱり色んなことが出来るようになると嬉しくなるでしょ」
それもそうね、と言いながらルティも支度を手伝ってくれる。やっぱり一人じゃないのはいい。話し相手がいると気持ちも楽になる。フリーターで一人暮らししている頃より充実してるんじゃないだろうか。裸であることを除けばだが。
「ナツキ、後で話があるんだけどいい?」
そんな申し出があり、じゃあ食べながらでも話せばいいんじゃないと食事を運んでいった。
「で、改まって話ってどうしたの?」
鹿肉のステーキを食べながら聞く。胡椒が効いていて美味しい。
「あーうん、疲れもとれて食料も目途がついたから、そろそろアリストを目指そうと思って」
そうだった。ルティはそもそもアリストを目指している途中でここに墜落したのだった。数日ではあるが一緒にいて楽しかったのですっかり忘れていた。
「そっか…なんかずっと一緒にいられるかと錯覚してたけど、元々その予定だったんだもんね…」
言いようのない寂しさを感じ、気分が落ち込む。
「そこで一つ提案なんだけど、ナツキも一緒に行かない?」
「え?…行ってみたいけど…いいの?というか着るものもないんだけども」
「だからよ。とりあえず私の外套貸してあげるから、街に着いたら服を買いましょ。そのくらいならお金あるから」
お金を出してもらうなんてとんでもないと言うと、助けてもらったんだからこのくらいはさせてと言って聞かない。しかし服が欲しかったのは事実なので、服代その他、かかった費用はそのうち返すということで渋々納得してもらった。
「別に返さなくていいのに」
「駄目駄目、お金のことはきっちりしないと」
「変なとこで固いわねぇ…まぁいいわ。それじゃあ明日一日を準備に充てて、出発は明後日の朝ってことで」
その後はサクサクと大雑把な予定を決めていった。
◇◆◇
「ルティ!ちょっと待ってぇー!」
「えぇ…これでも大分遅めなのに」
準備を終え、意気揚々と出発したのはよかったのだが、思わぬ問題が出た。
吐息の練習はしていたのだが、肝心な飛ぶ練習をしていなかったのだ。
家の周辺をちょっと飛ぶくらいならともかく、今回は長距離を、しかもそれ相応の速度で飛ぶことになる。だが、練習をしていなかったせいで速度は出ないし、すぐに疲れる。
「ひぃ…ひぃ…!」
「ほらほら頑張って。慣れるまでの辛抱よ。とりあえずあそこの大きな木のところまでね」
「遠いぃー!」
ルティの鬼!などと心の中で叫び、練習しなかったことを後悔しながら飛び続けた。
「ふぅ…ふぅ…疲れたぁ…」
「はい、お疲れ様。若干予定より遅れてるけど、二日もすれば慣れてペースがあがるだろうから大丈夫かな。あと疲労はともかく、飛んでいるときにも魔力は使ってるから、翼を意識して魔力を使えば速度は上がるわよ?」
ルティが影から取り出した水を受け取り、それを聞いてぐったりしながらぼそりとこぼす。
「…もっと早く言って欲しかったな、それ…」
◇◆◇
コツを掴めたのか、ルティの言う通り二日ほどで長距離飛行にも慣れ、空の旅を楽しめるようになった。
調子に乗ってバレルロールだのループだのとやってたら酔った…
ルティに呆れられたが気にしないことにする。
それからさらに、ひたすら森を飛び続けること一週間ほど。ようやくその時が来た。
「ほらナツキ!見えてきたわよ!」
「おぉー!」
そう言ってルティが指さす方向には、青々と続く草原。そこからはもうアリスト王国領だ。草原が風で靡くその様は、まるで緑色の絨毯のようで目を奪われる。
見慣れている人にとってはなんて事のない光景なのかもしれないが、この世界に来てから森しか見たことのない僕にとって、その光景は非常に感動的だった。
「森を完全に抜けたら街道を探して、そこから徒歩で行くからねー」
「はーい!」
この世界の街はどんなところなんだろう。大きな期待と、ちょっとの不安を感じながら地上に降りていった。