46 結構あとで買い忘れに気付く
あの後何件か回って、気に入った物件がようやく見つかった。
大通りからはちょっと奥まった場所という以外はほぼ希望通りの家。希望していた条件だけじゃなく、最近手直しされた白い漆喰の壁が綺麗で、落ち着いた印象だったのも気に入った理由だった。
「うーん……一括で払えなくもないけど、そうすると素寒貧になっちゃうね」
「色々と買わないといけない物も出てくるし、さすがに素寒貧は不味いわよ」
いくら大通りから奥まった場所といえど、そこは貴族街区の物件。それに手直し済みというのもあってお値段は非常にお高かった。
なのでその場で即決、というわけにもいかず暫く猶予をもらうことになったんだけど……
「やっぱり分割払いしかないのかなぁ?」
「貯蓄全部吐き出して生活できませんじゃ意味ないじゃない。ここは素直に分割にしてもらいましょうよ」
「むむむ……」
と、こうして契約に必要な書類を前にして分割払いにするか悩んでるわけで。
いや、僕が分割払いを渋ってるだけなんだけどね? 一括で買えそうなのに、分割にして利子を発生させるのはなんか納得しづらくて……。
「さっきも言ったけど、一括払いにしたいがために貯蓄しながら宿暮らしを続けると、その間の宿代分損なのよ? 一括にしろ分割にしろ払う総金額は変わらないんだからこだわる必要もないじゃない」
「うぐ、そういわれると……ん? 金額かわらないの?」
「え?」
「え?」
「それではここと、ここにサインをお願いいたします」
改めて休みの日に組合に来て契約書にサインすることに。
結局半分を支払って残り半分を十年の分割払いにしてもらうってことで話がまとまった。
てっきり分割払いにすると利子が発生すると思ってたら、単純に分割するだけでそんなものはないらしい。前の世界のローンばっかり頭にあったから完全に利子があるものと思い込んでたよ。
で、利子のつかない理屈としては払えなくなったら取り上げてまた売りに出せばいいだけだから、という単純な考えだからみたい。高利貸しみたいな仕事はないのかなこの世界……何ともゆるい……。
そりゃぁルティと認識が食い違うわけだよね。片方はデメリットが大してないと思ってるのに、もう片方はそうは思ってないんだもの。
ともあれこれで契約は完了。手続きは午前中で終わったので、お昼を食べて午後からゆっくり引っ越しに必要なものを見て回ることになった。
「準備だけど、そもそも宿暮らしで大したものはもってないし、あってもルティの影に入れちゃってるから家具とかを買うだけかな?」
手近な料理屋でランチを食べながら軽く予定を組んでいく。
「そうね、後は鍋とかを追加で買うくらい? あー、掃除道具とかも買わないと。でもまとめて買わなくても、必要になったら買い足していけばいいんじゃない?」
「小物はその時にならないと気付かなかったりするし、適当でいっか。じゃあ大物の家具から買いに行こう」
「わかったわ。でも家具屋ってどこにあるの? 団長に聞いておいた?」
あ、しまった。物件のことばっかりで家具屋とかの場所を聞いておくのを忘れてた。うーん、また団長に聞くのも気が引けるし、面倒だけど食べ終わったら一旦組合に戻って担当の人に聞いてみよう。
「あれ? カイン?」
組合に戻ってみるとカインがいた。こんなところで会うなんて珍しい。
「おう。珍しいなこんなとこで」
「それはこっちの台詞だよ。どうしたのさ? いつもなら仕事中じゃないっけ?」
「その仕事が一区切りついてな。次の仕事を探してるとこなんだよ」
あー、そういうこと。僕達はカフェの仕事が定職みたいになったけど、普通の依頼は大体期間決まってるんだっけ。久しく組合の仕事やってないから忘れてた。
「そっちこそどうしたんだ? カフェに魔法士団までやってたんじゃ、他の仕事受ける余裕ないだろ?」
「うん、仕事探しに来たわけじゃないよ。実はさっきここで家を買ったからその新居用の家具を買いたくてさ。で、家具屋の場所がわからないから、聞こうと思ってここまで戻ってきたんだ」
「あー、そういやなんか買うようなことをフィルから聞いてたわ。そうか、ついに買ったのか……」
うん? なんか複雑な表情してる。どうしたんだろ?
「あ、さてはフィルから私達もそろそろ……なんて言われたんでしょう? でもいまいち踏ん切りがつかなくて濁してる状態ね?」
「ぐっ! なんでわかるんだよ!?」
ルティが言ったことが図星だったらしい。すっごい動揺してアタフタしてる。
「そりゃわかるわよ。この間私達が家の話してるとき、フィルが時折羨ましそうな顔してたもの。
金額が金額だから簡単に買えとは言えないけど、仕事も割と順調なわけだし、カインも少しは考えたほうがいいんじゃない?」
「いや、わかっちゃいるんだけどよ……。ほら、家の前に式のほうが先かな、とか思ったりもするしよ……」
式って結婚式か。僕達は式をあげられないからその分も家に回せたけど……そっかその分もあるんだよね。
……子供もダメ、式もダメ。なんかダメダメずくしで一周回って腹が立ってきた。その分も含めて……いや、それ以上にルティと幸せになってやるんだから。
「まぁ俺もこのままでいいとは思ってないからな。そう遠くないうちになんとかするさ。んで家具屋だっけか? 場所知ってるけど案内するか?」
「え、知ってるならお願いしたいけど。でもよく知ってるね?」
「荷運びの仕事してるって前言ったろ? その関係で家具屋にも品物運んだりとかしたんだよ」
なるほど。結構仕事で色んな事知ったりするからなぁ。意外とこういうことは馬鹿にできないんだよね。
そんなことを思いつつ、カインに家具屋まで案内してもらうことになった。
カインによると、家具屋は一般街区と貴族街区にそれぞれ一件ずつあるらしい。
それで、仕事で入ってチラッと見た限りでは、貴族街区のお店はデザインや装飾に凝った品が大半だったとか。
煌びやかな家具に興味がないわけじゃないけれど、僕もルティもそこまで華美なものは求めてないので一般街区のお店に向かうことにした。
「ということでここが一般街区の店だ」
「こんなとこにあったんだ。新居の場所もそうだけど、まだまだ知らない場所多いなぁ。ありがとねカイン」
「気にすんな。ただ俺もゆっくり見たことはないから、後学の為にもちょっと一緒に回ってもいいか?」
「別に構わないよ?」
一緒に見て回って困るようなお店でもないので、そのままカインとお店に入る。
とりあえず何があってどれだけの値段なのかを見るためにざっくり店内を回る。んー、テーブルに椅子にベッド……あ、食器類まである。雑貨屋にも置いてあるけど、それよりも若干いいやつだね。他の家具とまとめて買ってもらうのを期待して置いてるんだろうなぁ。
「カーテンに絨毯もあるわね。カーテンは一応ついてたけど、絨毯はなかったからこれも合わせて買わないとダメねぇ」
新居は床が板張りじゃなくて、石だかタイルで出来てるので見栄え的にも寒さ的にも絨毯は必須。最低でもリビング、寝室、客間の三カ所分は必要かな。
「買う物件にもよるんだろうが、結構あれこれ必要なんだなぁ」
「そうだね。僕もテーブルとかばっかり頭にあったから、この辺のは失念してたよ」
絨毯だけでなく、家の雰囲気に合ったテーブルや椅子、小棚や食器棚などにも目星をつけていく。カインが言ったように本当あれこれ必要だ。
まとめて買うからちょっとサービスしてもらえると助かるんだけど……サービスしてもらえるかな?
お次はベッド。ベッドだけじゃなくベッドマットや枕その他もろもろ。ああ、もうほんと多すぎ。
一から揃えるのはこんなに大変なのかとぐったりし始めた時、あるベッドマットに気がついた。
「ん、あれ? あ、これスプリング入りのマットだ。へぇ、こっちにもちゃんとあるんだなぁ」
「なにこれ? 中に入ってるの綿じゃないの?」
「どれどれ? おー、なんか面白い感触のマットだな、これ」
あら? ルティもカインも知らないっぽい? 二人とも物珍しそうに触ってる。
「これ中にバネが入ってるんだよ。綿のやつより蒸れたりしづらいのと、自分に合った硬さを選べば快適に寝られるのが特徴かな」
「これは最近市場に出始めたものなのですが、よくご存じですね。いや、お目が高い」
うわ! びっくりしたぁ……。声がした方を向くと、いつの間にか近寄ってきていた店員さんがいた。心臓に悪いなぁ。
「本来貴族様方向けの商品なのですが、その評判の良さから、当店でも目玉商品として仕入れたのですよ。さすがにお安くとはまいりませんが、どうでしょう? 出来る限りサービスさせて頂きますが」
むむ、昔貧乏だったなりにマットは頑張って買ったので、これの快適さは知っている。できれば……いや、なんとかして買いたいんだけどそもそもこれいくらなの?
「一応定価としてはこちらの金額を提示させて頂いておりますが」
そう言って店員さんが見せてきた金額は普通のマットの三倍はする金額だった。さすが新商品、これだけあれば普通は一式買えちゃうんですけど。
しかもこれ、シングルの大きさなんだよね……。新居なんだし、どうせだからクイーン、できればキングあたりにしちゃおうかななんて思ってたところだから、正直この金額はめまいがする。
「えっと、これでクイーンとかキングになるとおいくらなんでしょう……?」
「となりますと……クイーンでこちら、キングだとこちらになりますね」
ぉぉ……、正直目を覆いたくなる額。いや、普段ならなんてことはないんだけど、家買っちゃった後だから無意識に財布の紐を締めがちなんだよね。
でも冬場の今はもちろん、夏場なんかは特に快適性が違うはずだからこれにしたいんだけどなぁ。
ルティも座ったり、ちょっと横になったりして割といい印象持ってるみたいだし、これに決めたいところ。
「サービスって言ってましたけど、どこまで値引してもらえますかね……?」
「正直単純な値引きとしてはご期待に沿えないかと。代わりと言っては何ですが、枕やシーツをサービスといった形にはできます」
ぐぅ、やっぱり目玉商品だけあって単純な値引きは厳しいっぽい。そうだよね、いくら帳簿上の問題とは言え売り筋の商品が値引かれてるっていうと見た目的に良くないし。
それに貴族街区ならともかく、一般街区のお店だからこの手の商品を下手に値引くと話題になりづらいとか、あそこは値引してくれるって印象を持たれちゃうのもあるのかもしれない。
「それなら……キングサイズを買うので枕二つとシーツ、あとそれに合う肌掛け布団と、毛布もつけてもらえませんかね?」
ちょっと欲張り過ぎ? でも言うだけなら只だし、変に遠慮してそれならいいですよって言われちゃうと、もっと付けてもらえばよかったって思いそうだし。
「さすがにそこまでお付けするのは少々……。他にもお買い上げいただければ無理も効くのですが」
難しそうな事言ってるけど、他にも買えばなんて言ってるくらいだから実際には割といけそうな感じ。なので新居なんで他にもあれこれ買うと告げてみると、若干渋そうな表情が一変してニコニコ笑顔に。さらにここぞとばかりにお勧め商品を紹介してくる。変わり身早いなぁ。
いくつかお勧めされてうっかりそれも、と言ったりもしたけれど、そこはまぁ相手もプロ、細々したものも合わせて納得のいく金額に収めてくれた。
満足してホクホクだったけれど、購入した家具をざっと見てみると、さすがに影に入りきりそうになかった。無理やり持ち帰っても置いておく場所がないので、仕方ないけど後日配送をお願いすることに。
「しかし買ったなぁ。俺らも引っ越ししたらここまでとは言わなくとも、相当な量買わなきゃならないのか……。仕事頑張んねぇと」
お、カインも家の購入に大分前向きになったのかな? 二人がどんな家買うのかちょっと興味があるから、決まったら教えてもらおう。
セッティングとかまだまだやることはあるけど、これでとりあえず準備だけは終わったかな?




