45 望めるもの、望めないもの
「んー、家が欲しいわね」
「唐突にどうしたの?」
復帰してから訓練を続けて、ようやく鈍りかけていた身体が言う事を聞くようになったある日、ルティがそんな事を言い出した。
「だってもう王都に居るようになって大分経つじゃない? この調子だと今後も王都に居続けるだろうし、いっそ家を買っちゃったほうがいいんじゃないかと思って」
確かに王都に来てからもう半年以上は過ぎてる。今の宿は割とリーズナブルで悪くはないけれど、部屋は一つだし、広さ的に不満がないわけでもない。このまま王都に居るのであれば、家を買うのを検討してもいいのかも。
「んー、カフェの方も魔法士団の方も安定したし、お値段にもよるけど、買っちゃってもいいかもね」
「じゃあ今度のお休みに物件を見に行きましょ。どんな物件があるかしら? 今から楽しみね」
持ち家かぁ。今は宿暮らしだし、前は賃貸だったから勝手がわからないなぁ。月々の支払いがなくなるだけ? ちょっとよくわからないかも……。
でもこう、なんていうか借りものじゃない自分達の家っていうのはいいかも。それも自分だけじゃなくて一緒にいる人がいると余計にね。
「でもこの世界だとどこに行けば扱ってるんだろ? ルティは知ってる?」
「モイスではそれぞれの領主が直轄の機関で扱ってたと思うけど、この国でも同じかはちょっとわからないわね……。団長かネラさんにでも聞いてみる?」
「そうしようか。闇雲に探すわけにもいかないしそのほうがいいよね」
早速とばかりにネラさんに念話を飛ばしてみたけれど、繋がった感触がなかった。王都にいるならよほどの端っこにでもいない限り繋がるから、任務か何かで王都を出てるって考えたほうがいいかな。
「繋がらないや。ネラさんがダメなら、団長かな……。でも団長も忙しそうだしなぁ」
とりあえず連絡してみようと念話を送ってみた。繋がった感触はあったけど、そういえば団長が念話を使えるか確認したことがなかった。ネラさんが戻ったらみんなに使えるように訓練してもらうって言ってたけどどうなったんだろう?
『おお!? この感じはナツキ君か? 一体どうした?』
『あ、ナツキです。いきなり送っておいてなんだけど、団長も念話使えるようになってたんだ?』
『ああ、ナツキ君達が休んでる間にネラ君から教えてもらってな。私だけでなく、新入団員以外は使えるように訓練してもらったよ。
しかしこれは便利だな。超遠距離になると通信魔具を使わないといけないが、それ以外であれば使わなくていいし、訓練すれば同時に複数の隊員にも送れる。ナツキ君には感謝してるよ』
『いえいえ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど今大丈夫?』
『書類仕事だから大丈夫だ。近くにいるんだったら部屋まできたらどうだ? お茶でも飲みながらの方がいいだろう』
『ありがと。でも本当にちょっとしたことだからお茶はまた今度でいいかな。で、家を買うにはどこにいったらいいのか教えてもらいたくて』
『家? 一般街区、貴族街区どちらの物件も組合で扱っているぞ。なんだ、買うことにしたのか?』
『うん、これからも王都にいるだろうし、そろそろいいかなって』
『そうか。腰を落ち着けてくれるならこちらとしても安心だ。いい物件が見つかるといいな』
ありがとう、とお礼を言って念話を切る。しかし組合かぁ。何でもやってる感がすごいね。
そして次の休みの日、教えてもらった通りに組合へと足を運んだ。窓口で案内してもらって手続きをして待っていると、人のよさそうな中年のおじさんが出てきた。
「お待たせしました。家を購入されたいとのことですが条件等は決まっておりますか?」
「いえ、条件も何も決まっていないので、とりあえずあちこち見せてもらえないかと思いまして」
「なるほど。ナツキ様、ルティ様共に騎士爵をお持ちのようですが、一般街区、貴族街区どちらかご希望はありますか? さすがに虱潰しにとは参りませんので、その辺りだけでも決まっていると助かるのですが」
それもそうだ。予算も場所も何も決まってないと言われて、じゃあこれなんかどうですかなんて勧められるわけないよね。
「僕としてはそれなりに静かな場所ならどっちでもいいんだけど……。ルティは何か希望ある?」
「うーん、私も街区にこだわりがあるわけじゃないけど。それ以外なら……そうね、二階建て以上で狭くてもいいから庭が欲しいかしら。あとキッチンがついててリビングが他の部屋より広めにとってある物件がいいわね。あ、あとお風呂がついてるのは大前提ね」
そこまでとか言っておいて結構あるじゃないの。でもお風呂は僕も賛成。せっかく持ち家にしようって言うのに、宿より不便になるんじゃ意味ないし。
「その条件ですと、貴族街区の物件になりそうですね。一般街区でもなくはないのですが、若干間取りや物件の場所に難があるものが多いですから。
一応、一般街区のほうもご覧になりますか?」
「どうする?」
「急いでるわけじゃないんだからそっちも見てみましょ」
「ん、了解。じゃあそういうことなんで一般街区の方もお願いします」
「かしこまりました。それでは近くの一般街区物件から参りましょうか」
「うーん……」
「中々難しいわね……」
案内されて何件か見て回ったけれど、どうにもピンとこない。
というよりか実際に見てしまうと、あれやこれやと新しく要望が出てきてしまう。
昔、賃貸の物件を見回ったときはこんなんじゃなかったんだけどなぁ。
「仕方ありませんよ。家を買うという事は人生の中でも大きな出来事。実際に見たことによって、慎重になったり、条件が追加されることはよくあることです」
こっちの世界でも家は大きな買い物らしい。それもそうか、さっきから見て回ってる物件の金額を聞いてるとさすがにお高い。結構蓄えがある僕達でもポンッと支払うのは躊躇うお値段だし……。
あれ? 二人係でダブルワーク、しかも結構お給金のいいところで稼いでる僕達でさえそうなんだから、そうじゃない人は買えないんじゃ?
思い切って担当の人に聞いてみると、やっぱりというかなんというか、ローンみたいな制度があるらしい。家を担保にして毎月払っていくみたいで、払い終わるのも大体三十年とかで予定するみたいだからほとんどかわらないかな。
「一般街区でお勧めできる物件は大体回りましたので、次は貴族街区のほうへ参りましょうか」
うむむ、ということは一般街区では希望に合う所はなかったってことになるのか。貴族街区だとちょっと高くなりそうなのもあって、できれば一般街区で見つかればよかったんだけどしょうがないかな……。
いつも魔法士団に行くときに使う、貴族街区に入る門を通り抜け、住宅の建ち並ぶ路地へ入っていく。この辺は普段は通らない路地なので変な新鮮さがある。
「さすがに一般街区よりは道幅とかも広くなってるよね」
「馬車が通ることを念頭に置いて道を作ってるからだと思うわよ?」
あ、そうか。普段歩きだから失念してたけど、そりゃ貴族なら馬車も使うよね。
「この辺りは割と最近に再開発されたのもありまして、他の地区よりも道が広くとられたというのもあるのですよ。その他にもほら、あそこに見えるように緑地化区域もありますよ」
緑地化区域? どんなところかと思って指し示された場所を見てみると、木々が鬱蒼と茂った場所が見えた。
よくよく見ると、単に木が植えられてるだけじゃない。中には道や、芝生で出来た広場のような場所もある。なるほど、ただ木を植えて緑を増やすだけじゃなく、公園と同じように遊んだり散歩できる場所にしてあるんだ。遊具とかベンチなんかがないのが僕の知ってる公園と違う所かな。
今もその緑地化区域で、元気に走ったり騒いだりして遊んでいる小さな子供たちが見える。
……子供……かぁ。
「……かわいいわね」
「……うん」
ルティも同じことを思ったんだと思う。さりげなく横目で見てみると、どこか寂し気な感じがする。やっぱりルティも子供は欲しかったんじゃないかな……。
いくらわかっていて付き合っているとは言ってもやっぱり……
「そんな顔しないで。子供が欲しくないって言ったら嘘になるけど、それよりも……なによりもナツキの傍に居たいっていうのは嘘じゃないんだから」
いつの間にか力が入っていたらしい僕の手を、引き寄せ、抱くようにしてそう言ってくれる。
「ごめん……ううん、ありがとう。僕、ルティのこと絶対幸せにするから」
「ふふ。ほら、早く次の物件に行きましょ。担当の人待ってるわよ?」
まるで、今がその幸せな一時なんだと言っているような微笑みを浮かべながら、僕の手を引いて歩き始める。
そんなルティに僕も微笑み返し、次の物件へ向かっていった。




