43 よい子のみんなはマネしちゃだめだよ
「うー、寒い」
カフェの仕事帰り。冬真っただ中のせいか、日が落ちた街中はとても冷える。
はーっと息を吐きだした途端に辺りが白く染まる。
「ミストブレスー。……なんちゃって」
ふざけてふーっと息を吐いて遊んでいたら、白くなった息がキラキラと輝きだした。
「うっかり吐息になってるじゃないの。危ないわねぇ」
「ごめんごめん」
「でも本当に寒いわね」
コートだけじゃなくてマフラーに手袋までしてるのに冷える。
それに尻尾だけむき出しだから、そこが凄く冷える。尻尾がここまで冷えるとは思ってなかったから、前にプティベールで見た尻尾用もこもこタイツ買わなかったんだよねぇ。でもやっぱり買えばよかったな。あれ温かそうだったし……。
こういう時は尻尾のないルティがちょっと恨めしい。あー、これがこの間のフィルとチルの感覚か。どうにもならないんだけど羨んじゃうってやつ。
ルティみたいにないわけじゃないフィルにすら――
「フィルは尻尾に毛が生えてるから温かそうだなぁ」
と思っちゃうし、口にも出ちゃうわけですよ。同じ尻尾組なのにフィルは温かそうなんだもの。
「そんなことないですよ? やっぱり寒いものは寒いです」
ありゃ? 毛が生えてるから温かいのかと思ったらそうでもないらしい。それなら尻尾タイツ買えばいいのにと思ったけど、尻尾タイツつける時に毛にひっかかるっぽくて買ってないみたい。そんな理由でフィルも尻尾はむき出し。まぁそもそも猫系だからそういうのに関係なく基本的に寒いの苦手なのかな? ある意味僕よりも難儀かもしれない。
「それにザンブルの時はここまで寒くもなかったのです。やっぱり王都は北寄りなので寒いっぽいのです」
北寄りって言っても歩いて一週間かそこら。そこまで差は……いや、日本基準で考えてもあえりなくはないか。それに地理っていうか自然の分野だから、なんでもかんでも前の世界と同じとは限らないし、そういうもんなのかもしれない。
「ねぇ、とりあえず早く宿に戻ってお風呂入らない? 二人ほどじゃないのかもしれないけど、私も体が冷えちゃって」
おっと、お喋りしてたら足が止まってた。早く帰るのに異論はないのでそそくさと歩き出す。
しばらくみんなでさむーいさむーいなんて言いながら歩いていたら、ふいにフィルが険しい顔をして耳をピクピクさせ始めた。
「どうしたの?」
フィルの剣呑な様子に僕も眉をひそめながら小声で聞いてみる。
「いえ……なんでもないですよ」
そう言われて腑に落ちないまま宿への歩みを進める。
暫く歩いても相変わらずフィルの表情が良くないので、再度何があったのか尋ねてみると
「……多分ですけど……誰かが後をつけてますです」
そんなまさか、あるわけないでしょと思ったけれど、真面目なフィルの顔を見て本当なんだなと思い直した。
「でも何が目的でつけてるのかしら……?」
「ひったくりとか?」
言っておいて、ないなと思った。なんせルティは何も持ってないし、僕も小さめのポーチがあるくらい。フィルはショルダーバッグだけど、だからといって僕とそう変わるわけでもなし。
僕のポーチが、団から支給予定のマジックポーチだったならポーチ目当てかとも思うけど、普通のポーチだしねぇ。
「もしくは私達自身……とか?」
ええ……? それはいわゆるストーカーとかそういうやつ?
一応ファンクラブなんてものがある身だから、そういうのがあってもおかしくはないかなぁと思うけど……なんか実感わかないなぁ。
「とりあえずどうする?」
「そうですね……どうせです、裏路地に誘い込んで捕まえちゃいましょう」
フィルにしては大胆な提案。まぁ僕達は普段から魔法士団で訓練してるし、フィルも最近は御無沙汰とは言え、駆除依頼なんかをこなしてたからよっぽどじゃなければ後れは取らないかな。
「じゃあそれなら近道になるあそこの路地に入ろう」
昼間はちょこちょこ使うけど、夜は灯りが少ないから使わない路地を通ることにする。変に勘繰られないようにペースは変えずにっと……。
『フィル、つけてきてる奴が路地まで入ってきたら合図お願いね。私が大通り側にテレポートして、ナツキ達のほうに追い立てるから』
ルティからの念話にフィルが無言で頷く。フィルにも念話教えておけばよかったかなぁ。念話の事自体は話したけど、フィルもカインもそこまで魔法が達者でないのもあって使い方までは教えてないんだよね。
「……いまです!」
ぼんやりと念話どうしようかな、なんて考えてたら路地に入ってそこそこ歩いていたらしい。フィルの合図でルティが消える。
「観念しなさい!」
振り返ると、ルティに追いかけられてわたわたとこっちに走ってくる人影が見えた。
うん、明らかに素人。いや、玄人だと困るんだけどさ。なんていうか様子だけ見てると普通の人すぎて……そんな人の尾行に気付けないとかちょっとだけ悲しくなるなぁ……。
「よっと」
「がっ!」
腕を掴み、足を払って押さえつけ。はてさてどんなお顔の人ですかね。
「どれどれ……んー?」
見たことある顔。お店に来てる男性なのは間違いない。でも誰だったかなぁ。
「あ、この人私のファンの一人なのですよ」
なるほど。自分のファンは全員、ルティのファンもほとんど覚えてるけど、さすがにフィルのファンは把握しきれてない。だからちょっと覚えがなかったのか。
「さて、それじゃなんでつけてたのか白状してもらいましょうか」
追いついてきたルティが問いかけるのに合わせて、腕を少し強めに捻る。
ぐうっと唸ってぼそぼそ話始めたのでよくよく聞いてみる。
「ハァ……ハァ……も、もっときつく……お願いしますっ!」
……え? そっち系の人? なんかすごく手を放したくなってきたんだけど。
「ねぇフィル、交代しない? ほらフィルのファンだし」
「嫌ですよ!? 私もさすがにそういう趣味の人だとは思わなかったのです!」
しょうがない、適当なロープをルティに出してもらって縛り上げよう。さすがに真冬の夜に氷の枷は凍傷とか起こしそうだし。
手と足を縛り上げてる時もハァハァ言っててキモかった。
ルティに衛兵を呼び行ってもらってる間、目的を聞き出そうと思ったけど、気持ちよさそうな顔をして話にならない。イラっとしてロープをぐいっと引っ張ったらビクンビクン痙攣しはじめた。
嫌な予感がして顔をみてみると、恍惚とした表情が……モウホントカンベンシテクダサイ……。
フィルと二人で何とも言えない表情になっていると、ルティが戻ってきた。
犯人も悟りを開いたかのように落ち着いたので衛兵と共にその場で尋問。
話を聞くと、フィルのファンなのは間違いないらしい。なんでも、フィルのスラっとした足で踏んで欲しかったとか……。まぁ普通に考えてそんなことしてもらえるはずがないので悶々としていたら、自分でも気づかないうちに後をつけるようになったらしい。
で、今回の惨状はフィルに見られながら縛られたので……って、もうこれ以上聞きたくない……。自分のファンでもないのに頭痛いわ、これ……。
「明日からファンの人達を見る目が変わっちゃいそうです……」
「大丈夫だって。あの人だけが特殊なんだよ。……多分」
犯人を衛兵に引き渡したら、チルは大丈夫だろうかと不安になって、みんなで家まで行って安否確認。
ちゃんと無事に家についていてホッとしたけれど、理由を話したらチルが青ざめちゃった。しばらくは一緒に帰るようにしようと決めて安心させたけど、ちょっとぼかして言った方がよかったかな……。
次の日リーズナーさんと、実は副会長だったお爺さんに顛末を報告したら、いやぁ上を下への大騒ぎ。対策用の緊急会議を開くなんてことになって臨時休業になった。
僕達はともかく、チルが狙われたら対処できないから対策を立ててくれるのは嬉しいな。今後はこういう事がありませんように。
気付いたら1000ポイント超えてました。
目標の一つでもあったので非常に嬉しいです。ありがとうございます。




