38.5 鈍感系脇役
お待たせしました(;´Д`)
「ただいま戻りました」
私は団長の部屋をノックし、返事を待たずに部屋に入りました。
どうせこの時間は事務仕事に集中して碌に返事は返ってこないからです。
部屋に入ってみれば案の定机に齧りつき、ガリガリと書類を書いています。
「団長」
「……ん? ああ、ネラ君か。遠征ご苦労だった。疲れたろう? お茶でも入れるから座るといい」
自分も休憩がてら報告を聞くことにしたのでしょう。事務仕事を中断し、棚からカップを二客取り出しお茶を注ぎ始めました。いつもは人に頼む……上司だから当然といえば当然ですけど、こうやって遠征から帰ってきた時などは、気を利かせて手ずからお茶を入れてくれます。
こういった気遣いが出来るのに、普段は変に抜けていたりして、みんなに呆れられたりしているのだからまったくもって難儀な人です。
「ありがとうございます」
「ふぅ。……さて、定期連絡でおおよそは聞いているが、改めて詳細を報告してもらおうか」
「あくまで推測ではありますが、賊の規模や編成については定期連絡通りで、数は四十から五十、雑用系の者がその中で三割ほど、残り七割が実行部隊兼見張りと思われます」
「雑用系が三割か……随分と組織化されているな」
通常の賊であれば雑用係なんていません。それぞれが、それこそ適当に担当して回しています。この時点ですでに厄介な相手なのですが……。
「……それと、見張りの一人に私の隠蔽が看破されかけました」
「……なんだと?」
お茶を飲む手を止め、鋭い視線をこちらに向けてきます。
それもそうでしょう、今まで私の隠蔽を見抜けた人は団長も含め、一人もいないのですから。
「相手は獣人の男でした。匂いに違和感をもったようです。ただ、気付きかけたのはその一人だけですが」
「ネラ君の隠蔽は匂いも認識できなくなるんだったな。確かうちの鼻の利く団員でもわからなかったはずだ。それに気付くということは……超感覚持ちか?」
超感覚。五感を超えた第六感とも言われるもの。超感覚を持った人はあまりいないと言われますが……他に気付かれるものも思いつきませんし、可能性は高そうですね。
「もし超感覚持ちだとしたら厄介だな。昔二度ほど遭遇したことがあるが、どちらも予知でもしてるんじゃないかと思うぐらい動きがおかしかった。手合わせしたい部類ではないんだがなぁ」
そんなレアなケースを二度も経験してるとか。私が入団する前でしょうかね? だとしたら相当前ですけど。
「これはよくよく考えて討伐隊を編成しないと、こちらが逆にやられる可能性もあるな」
「ええ、アジトを隠すために使われていた魔法も中々の練度でした。その点からも油断はできないかと」
あの男だけじゃなく、魔法を使える者がいるのも確かです。ただの賊と侮ると痛い目を見ますね。
「それと、ナツキさんなのですが……」
「ナツキ君がどうかしたのかね? ……そういえば一緒にいないな」
気付くのが遅すぎですね。やっぱりどこか抜けています。
「ナツキさんは疲労が溜まり過ぎていたので先に帰って頂きました。で、その件に繋がるんですが」
「ああ、大体わかった。ルティ君と離れたためによく眠れなくて睡眠不足になったんだろう?」
驚きました。色恋の絡んだ話の場合、お世辞にも察しが良くないのですが。
「何か失礼な事を考えてないか?」
おっといけません、顔に出ていたようです。
しかし団長がわかるということはもしや……?
「ルティ君もここの所あまり眠れていないようでな。訓練も休ませていたんだ」
やはりそうでしたか。ナツキさんがあの状態なのですから、ルティさんが同じ状態でも不思議ではありません。
「わかっているのであれば話は早いですね。今回は仕方なくこのような作戦内容になりましたけれど、ナツキさん、ルティさんの二人は離してしまうと色々と支障が出ると思われます。今後は余程の理由がない限り、二人ワンセットで動いてもらったほうがいいでしょう」
「わかっている。正直、ここまで依存しあっているとは思ってなかったからな。二度はないさ」
これで大丈夫ですね。日に日にやつれていくナツキさんを見るのは、さすがに心が痛かったですからね。
「しかし、ルティ君にも参ったよ。二人が出発して二日くらいしたときだったか。やっぱり私も行くって言い出してな。しかも、調査に参加できないなら街で待っていればいいんでしょ、とまで言い始めたんだ」
その時のことを思い出したのか、随分疲れた顔になっていますね。あれは相当強く詰め寄られたんでしょう。
「だが、飛行許可もそう連続で出せないし、そもそも二人とも尋常じゃない速度で街に着いていたからな。歩いて行ったら着く前に戻ってくる可能性の方が高いと言ったんだ。
そうしたら今度はテレポートを教えろと始まってなぁ」
団長十八番のテレポートですか。あれは魔法自体のイメージも重要ですけど、テレポートしたい場所もよくイメージしないといけないので難易度が相当高いのですよね。私も原理は知っていても出来ませんし。
現に短距離テレポートですら数人、長距離テレポートに至っては団長しか使えていませんからね。
「でまぁ、今後もあるからどうせだと思って教えたんだが……。あっさり習得されてな。さすがの私も自信を無くしそうになったよ」
「それは……」
相変わらずあの二人は規格外ですね。特に魔法に関する事はルティさんが頭一つ抜けている感じです。
しかし、テレポートを習得したという事ですが、一度も街まで来てはいませんね。
「ルティさん、長距離テレポートまでは出来なかったのですか? 向こうで見かけませんでしたけど」
「いや、ちゃんと長距離も出来るようになった。……なったんだが、ネラ君達が滞在している街に行った事がなかったらしくてな。つまりはそういう事だ」
テレポート先をイメージしないといけないのに、行った事がないからイメージ出来なかったと……。
会いたい一心で、その辺を失念していたのでしょうね。
「その事が分かってから、しょげてしまってな。寝不足の件もあって休ませることになったんだ」
「なるほど。あ、事後報告になりますけど、ナツキさんには暫くお休みを取ってもらうことにしました」
「わかった。ルティ君も休ませている事だし、二人ともしっかり疲れを取ってもらうとしよう」
これで報告も一通り終わりましたし、私も明日は休みを取って少し羽を伸ばすとしましょう。
……さて。
「団長、食事はまだですよね? この間、隊員から教えてもらったお店に行こうと思っているんですけど、一緒にどうですか?」
「む、もうそんな時間か。……すまん、書類がまだかなりあるから今日は遠慮しておこう」
「急ぎの書類でもなさそうですけれど?」
「そう言って高を括っていると、気付いた時には大量に溜まっているんだ。急ぎでなくてもやっておかんとな」
……はぁ。まぁ予想はしていました。同じ様なやりとりを何度もしましたしね。
でも、それでも思ってしまうんですよね。
「鈍いんだから……」
「ん? 何か言ったかね?」
「いーえ、なにも言ってません」
まったく、難儀な人ですね。




