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38 ちくわ(意味深)


 いきなりの出来事に思わず二人で固まっていると、男が少しずつ近づいてくる。

 でも僕達の事は見えていないみたいで、辺りをキョロキョロとしている。


「うーん、この辺だと思うんだがなぁ」


「いい匂い? 俺には感じられんがなんかあんのか?」


「なんつーのかな、こう、ちょっと爽やかで甘いような……ああ、そうそう、いい女とすれ違った時にするような匂いって言えばいいのか?」


 うふふ、やったねネラさん。僕達いい女らしいよ?


 って違うよ! そうじゃないよ! いい匂いって、もしかして毎日使ってるレモンとか香油のせい!? 女の子らしくしてると厄ネタばっかりになるじゃないですかヤダー!!


「溜まりすぎで幻嗅でも起きてるんじゃねぇの? 次の機会にでも色街に行って来いよ」


「失礼な奴だな。そこまで溜まっちゃいねぇよ。……うん、やっぱりなんかいい匂いするって」


 くそぅ、そのまま勘違いって事で見回り行っちゃえばよかったのに!

 まずい、さすがに近くまで来て接触しちゃえばバレちゃうだろうし、かと言ってこの変に勘のいい奴の前で走ったりすれば、それでもバレちゃいそう。

 飛んで逃げるのも危なそうだし……ううん……ん? 木の上に避難でとりあえず凌げないかな?


『ネラさんネラさん。そっと木に登ってやり過ごすってどう?』


『む……そうですね。接触さえしなければ、そのうち勘違いってことで行ってくれるかもしれませんし、その案で行きましょう。』


 抜き足差し足忍び足。コソコソと木まで近づきよじ登る。これじゃ、端から見たらどっちが賊かわかんないね。


 登り終わって息を潜めていると、男が真下まで来た。頻りに鼻をスンスンさせて首を傾げている。むぅ、案外しつこい。さっさとあっち行け!


「おっかしいなぁ、ここが一番匂いが強いっぽいんだが」


「なんもねぇじゃねぇか。そもそも、それっぽいってだけでお前も確証があるわけじゃないんだろ?」


「いやまぁ、そうなんだけどよぉ。……しゃーねぇ見回り行くか。

あ、ちょっとションベンしてくから待ってくれ」


「おう、早くしろよー」


 股間をゴソゴソしていきなり木に向かってし始める。

 うわー、久しぶりに見たけど懐かしい感じ。なくなってから大分経つけどあんなだったっけ? 記憶も大分朧気になっちゃってる。

 なんか随分遠いところまで来ちゃったような気がするな……。


 あれ? 気付いたら隣のネラさんが顔真っ赤になってる。

 大丈夫? 意外に乙女? その割にはガン見してるけど。

 というか、この後この木から降りたくないんだけど、どうしよう?




 男達が見回りに行った後も観察を続ける。もちろん木の上で。だって、降りる時にした(・・)後の場所に足なんか突きたくないもの。観察が終わったらこのまま飛び立ってやる。


『でもさっきは危なかったね。ネラさんがあれだけ慌ててたって事は、普通は気づかれないんだよね?』


『ええ、姿が見えなくなるだけじゃなく、音や匂いにも認識阻害が起きて、気付かれなくする魔法なんです。……あの男、ちょっと厄介かもしれませんね』


『たまたま鼻がよかっただけじゃないの?』


『それだけならいいんですけど……』


 腑に落ちないのか、渋い顔をしたままそれきり黙ってしまう。



 それからも観察を続けて、おおよその規模がわかってきた。

 大体総数で四十から五十くらい。これは最近の賊の規模としてはかなり大きいほうらしい。食い詰め者や荒くれ者が集まるわけだから、普通ここまで大きくなる前に統率がとれなくなって瓦解しちゃうものらしいけど、そこはリーダー役が優秀なんじゃないか、とのこと。


 討伐隊も大規模になりそうだなぁ。魔法士団じゃなくて騎士団が行くことになりますように。


『それではそろそろ撤収しましょうか。あの男みたいに鼻のいい輩が他にいないとも限りませんし』


 ようやく終わりかー。なんかえらい長かった気がする。じっと観察してるだけだったからそう感じるだけなのかな?


 周りに人がいなくなったのを見計らってそのまま飛び立つ。もう日も暮れて空は真っ暗だ。でも月が煌々と輝いてる。この世界は空気が綺麗だからか、月もすごく綺麗に見える。ルティが一緒なら「月が綺麗ですね」なんて言ってもいいんだけどね。


 あ、でも意味通じないか……。しょんぼり。






「もうちょっと……もぅ、ちょっ、とぉぉ……」


『ナツキさん、あんまり無茶は……』


 あの後、街まで戻って宿でまた一泊したんだけど、案の定というかなんというか、あんまり寝られなかったわけで。それでも早く帰りたいから、朝から無理して飛んでるわけなんだけど、全然速度は出ないわ休憩は多いわで、来る時よりも大分時間がかかってる。

 これもう今日中には王都に着かないっぽい……悔しい。


「そもそも来る時が異常だったんですよ。定期連絡した時なんか、団長軽く固まってましたよ?」


 ネラさんが休憩の時に水を差しだしながらそんな事を言う。そういやなんか連絡してたなぁ。なんかちっちゃい石板みたいな魔道具で会話してた。画面ついてたらまるきりスマホじゃん、あれ。


 へろへろになりながらも野営を何度か挟んでようやく王都が見えてきた。


『私が報告に行きますから、ナツキさんは王都に着いたらそのまま帰って大丈夫ですよ』


『え、いいの? 正直大分参っちゃってるからありがたいんだけど』


『ええ。それと暫くは魔法士団の仕事を休めるようにしておきます。ゆっくりと休んでくださいね』


 うわ、助かる。ネラさん女神すぎる。どこまでもついていきます。


 王都に着いてネラさんにお礼を言ってからカフェまでダッシュ。今ならまだ仕事中のはず。若干足がもつれたりもしたけど気合でカバー。


「ただいま!」


 今日もカフェは大繁盛してるけど、そんなのお構いなしにルティの姿を探す。


 いた。丁度テーブルの片付けをしているとこだった。

 僕が気付くと同時に、ルティも気が付いた。そして次の瞬間には消えて目の前に現れる。え? テレポート?


「ナツキ! おかえりなさい!」


 そのまま僕をぎゅっと抱きしめて迎えてくれる。

 テレポートの事とか聞きたいこともあったけど、抱きしめられた瞬間、疲労と安心感から意識が飛んでしまった。



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