10 休暇
昨日は酷い目にあった。
あの後正気に戻った組合長が、報酬を用意する間詳細を教えてくれと言ってきてあれこれ聞かれ、結局その日に報酬が用意できないからまた明日来てくれと言われ、宿に戻って血塗れの服を泣く泣く捨て、髪にこびり付いた血をルティと頑張って洗いあって落とし、ようやく寝られた。
そんなこんなでお金の受け取りに。ルティと一緒にムスッとした表情で組合に向かう。
「組合長ぉ、お金もらいに来たよぉー」
入るなり、明らかに不機嫌ですよオーラを出しながら組合長を呼んだ。
「お、おう…昨日はすまなかったな」
思わずジトッとした目を向けてしまう。
「で、結局いくらになったのさ?」
「それなんだが…」
組合長が言うには、トロール二十匹の駆除、誤情報による迷惑料、駆除隊を組織せずに済んだこと。これら込々で大金貨三十枚だそうだ。元の世界で三百万相当…む、思わずにやけそうになる。だってそもそもゴブリンの報酬は金貨六枚だったのだ。酷い目にあったとは言えこれは…ね?
「しょ、しょうがないなぁ!これで許してあげる!か、勘違いしないでね!仕方なくなんだからね!」
「…ツンデレはもう流行らんぞ?」
ジト目で言われて無性に恥ずかしくなる。今絶対顔真っ赤。なんで元の世界のネタが通じるんだ…くそぅ…
お金を受け取ったら逃げるようにして組合を出て、そのままプティベールへ。昨日駄目にした服の代わりを買いに来たのだ。
「今度はちゃんと仕事のこと考えた服を買わないと…」
「そうねぇ、もし血がついても目立たない色合いを選ばないといけないかしら」
そうしてうんうん唸りながら選び始める。散々悩みに悩んで試着して、ルティと見せ合う。
僕はカーマインの半袖シフォンブラウス、マルーンの膝上丈フィッシュテールスカート、黒のレギンス。そしてルティはワインレッドの半袖フリルブラウス、ボルドーのコルセットミニスカート、黒のストッキング。
「……」
「……」
お互いにそっと顔を覆う。
「「色が…全っっっ然夏っぽくない…!」」
「もー、自分で選んでおいて言うのもおかしいけどさ、何あれ?秋のコーデじゃないんだからさ、なんとかならないもんかな」
「とは言ってもバランスを考えるとあの辺になっちゃうわよ…作業着よりマシでしょ?」
「そうなんだけどさー…」
さすがに昨日みたいな血の水玉模様なんて勘弁だし、作業着だってお店に置いてあったのを見たけど、いかにも過ぎて嫌だ。それに比べたらまぁ…結局買っちゃったから今更だし、秋までの辛抱と考えればいいか。あ、でも半袖…もう考えるのやめよう。
ということで昨日に引き続きぐったりなので、今日は仕事しないと決めてカフェテラスで休憩中。まとまったお金も手に入ったしね。服代とかも無事返せた。やっぱり渋られたけど。
注文していたパンケーキが運ばれて来る。ふわふわのパンケーキの上にたっぷりのシロップとクリーム。待ちかねたとばかりに、それらをこれでもかとつけて食べる。至福の一時…。合間に香りのよい、ちょっと渋めのアイスティーを飲んでリセット。いくらでも入りそう。
「ここのパンケーキ、美味しいって評判を聞いてたけど本当に美味しいわね」
「うんうん」
そもそもここはルティが噂を聞いて連れてきてくれた。昨日今日と散々だがこれで全て報われた気がする。
「すいませーん!パンケーキ追加で!」
「本当に美味しそうに食べるわねぇ、…ねぇナツキ?」
「ん?」
返事をしながらパンケーキを頬張る。うーん、堪らない。
「…太るわよ?」
ピシッ!
今時間が止まった。間違いない。現に僕の手も止まっている。
「ここってシロップとクリームが多いでしょう?だからその分…」
「それ以上いけない」
ようやく僕の時間が動き出したようだ。
そもそも落ち着いて考えれば、ちょっと多く食べ過ぎたからと言って問題になるようなことはない。なにせ成長期なのだ。体の一部はまだまだ希望に満ちている。きっと。多分…
パンケーキを食べているのに、なぜか低血糖症の如く手を震わせていると、追加のパンケーキが来た。
…結局パンケーキには勝てなかったよ。
パンケーキを堪能した後、僕たちは商店街に来ていた。
商店街で何を買おうとしてるかというと…レモンだ。どうしてもお風呂で使うお酢の匂いが気になったので買いに来たのだ。
ついでに香油と希釈用オイルも買ってみた。獲物に気付かれるかもしれないけど、臭いよりマシだと無理やり納得。仕事柄しょうがないんだけど、体が血生臭いのは嫌だからね。
他にはルティが小物を買いたいというので雑貨屋にも入った。僕も手鏡やリボンなんかを物色していく。そんな中、筒状の変なものを見つけた。
「なにこれ?」
「んー?あー、熱風の出てくる魔道具ね。髪乾かしたりするのに使うのよ。そう言えばアリストについてから買おうと思ってたのにまだ買ってなかったわ」
つまりドライヤーか。というかやっぱりあるんだ魔道具…
スイッチに当たる部分を触りながら魔力を流すと使えるらしい。
僕も使うから半分出すからねー、と言いながら他の魔道具を物色していく。
火をつける魔道具からランプがわりの魔道具なんかもある。宿にあったのはこれか。
後は…おー、シェーバーかな?これ。なんかすでに懐かしい。髭生えないからもうお世話になら…ん?
ふと気になったので、ルティに近づいてひそひそと聞いてみる。
「ねぇねぇルティ、そう言えば脇とか脚の毛の処理ってどうしてるの?」
「私?私は基本生えてこないわよ。魔人の特徴ってやつかしらね。その辺は御先祖様に感謝してるわ」
なんという種族特性。人間はもちろん、獣人の人も生えるらしいからなんとも羨ましい事だろう。
「マジで…僕も今んとこ大丈夫だけど、生えてこないのかなぁ?」
「どうかしら…鱗人の人は生えないって聞いたことあるから、ナツキも大丈夫じゃない?」
鱗人というのは、元の世界で言うリザードマンだ。竜人も似たようなもんだろうから大丈夫かな。
ほっとすると同時に、心配する方向性が完全に女の子だと気付いてちょっと遠い目になった。