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第05話_平成1X年09月14日の文化祭終了後

 窓の向こうから、声高に叫んでいる男子生徒の声が聞こえてくる。くぐもっていてよく聞こえないが、頑張って聞き取りたいとも思わなかった。とにかく疲れていて、私は何も考えたくなかったからだ。


 文化祭二日間の日程は、無事終了した。……いや、嘘である。死ぬかと思った。


 あの事件の後、カブラギさんは吹奏楽部に姿を見せなくなった。トロンボーンのパート長が休んだら、その仕事はとうぜん、パート副長の私に回ってくる。


 そしてもちろん、カブラギさんは二年七組にも姿を見せなくなった。学級委員不在で文化祭の準備をしなくてはならないのだから、私の首はとうぜん、二重に締められることになった。


 そんなわけで私は、文化祭二日目、日曜日の午後五時には、ほとんど半死人のような状態で教室に突っ伏していたのである。


 ちなみに七組の出し物は【オバケ屋敷】であり、私は棺桶から飛び出してくるゾンビの役だった。運命とはよくできていると思う。


 一般客が帰り、これから生徒だけで後夜祭が始まる。なぜかキャンプファイヤーが焚かれ、なぜか生徒全員が輪になって肩を組まされ、なぜか数名の生徒はたいまつを持たされ、なぜか花火が上がり、入学式の時にしかまともに聞いたことがないような「後夜祭の歌」なるものを、なぜか花火が上がっている中、メロディーもよく分からないまま、みんなで「フンフン」と歌ったフリをして、そしてなぜか花火が上がって、終了するのである。


 私は校舎の中に残っている、数少ない生徒の中のひとりだった。疲れていて動きたくないのももちろんあったが、


「キャー! キャンプファイヤー!! キャー(≧∇≦)」


 とか


「私たち青春して〼(ます)、思い出作ってます! きらきら!」


 みたいな、取り繕ったようなテンションが最高にイヤだったのである。


 肘を枕にして、私はただぼんやりと机に寝そべっていた。教室の電気をつける気力もなかったから、室内は次第に薄暗くなっていった。外からせわしなく打ち上げられる花火によって、散らかった教室の中が何度も点滅する。


 机から伝わってくる自分のぬくもりで眠くなっていた矢先、私の目に、ふとむき出しになった段ボール箱が映り込んだ。ガムテープの粘着力が足りなかったせいで、表に貼られていた黒い画用紙がはがれてしまったのだろう。


 段ボールの文字はかすれていたが、ロゴマークが何を指しているのかは一発で分かった。カップ麺だ。それを見た瞬間、私の口の中は唾液であふれ返った。鼻で吸う湯気の温かさ、フライされた麺の歯ごたえ、塩辛すぎるスープ――そんなものを想像するうちに、無性に腹が減ってくる。


 机をひっくり返す勢いで立ち上がると、私は教室を飛び出した。目指すべきは、校門を出てすぐのところにある酒屋だ(といっても酒屋とは名ばかりで、半分コンビニになっている)。


 酒屋に入ると、私はお目当ての商品をわしづかみにし、レジのおばちゃんに突き出した。


「125円だよ」


 私が取り出した五百円玉を受け取ると、おばちゃんはビニール袋の中に、カップ麺と割り箸を放り込もうとした。と、そのとき、レジの側にある使い捨ての食器類の中に、プラスチック製のフォークが立てかけられているのを、私は目にした。


「おばちゃん、フォークじゃダメ?」

「フォーク?」


 素早い手つきで割り箸とフォークを入れ替えると、おばちゃんはレジ袋を渡してきた。


「ありがと!」


 ひったくるようにしてレジ袋を受け取ると、私は店に備え付けのポットから、カップ麺にお湯を注いだ。示されたラインよりも多めにお湯を入れるのが、私のこだわりだ。


 テープでふたを閉じると、私は砂浜で拾った貝殻を宝物のように抱える少年の気持ちになりながら(おおげさかもしれないが、本当にそんな気持ちだった)、再び校舎へと戻っていった。


(どこで食べよう?)


 私はそんなことを考えた。荒れ放題の教室で麺をすするのは御免こうむりたい。できる限り閑散とした、広い、静かな場所でラーメンをすすりたかった。


 そうなると、場所は絞られる。視聴覚室だ。


 カップ麺を抱えたまま、私は視聴覚室の重い鉄扉を肩でこじ開ける。するとなんということだろう。視聴覚室の一番後ろの席に、ナヨロ・マモルが陣取っているではないか。


(またこいつか――)


 内心むっとしたが、私は彼を無視することに決めた。「ラーメンをひとりで食べる幸せは、誰にも渡さないぞ」という姿勢を全身で示せば、きっとマモルだって話しかけてきたりはしないだろう――とか、私はそんなことを考えたのだ。


 最前列の窓側、ヒーターの近くに陣取ると、私は早速ラーメンをすすりだした。ここまでカップ麺に夢中になったことは、これまでの人生でもなかったし、そのあと今日までの人生でも、やはり訪れていない。そのくらい、このときのカップ麺はうまかった。



――……



「ムラカミさん」


 カップ麺を食べる幸せの中に溺れていた私は、ナヨロ・マモルが近づいてきたことに気づかなかった。


「隣に座っていいかな?」

「えぇ……?」


 サイコロみたいな形の謎肉――コロチャーを食べようとしていた私は、マモルの質問に不意を突かれたために、そんな生返事をした。私は困惑して「えぇ……」と言ったのだが、マモルはそれを合意と受け取ったらしく、すかさず私の隣に座ると、距離をつめてきた。


 視聴覚室に入った段階で、私はかれのことを無視しようと決めていた。だから私は、意地でもかれのことを無視してやろうと、そのままコロチャーを頬張ろうとした。


 そのときである。


「死んでしまった僕の両親の話なんだけどさ」


 と、ナヨロ・マモルは出し抜けに私に言ってきた。


「えっ?」

「小一のころなんだけどさ――」


 ちょっと待ってくれ――などと、私が言う暇は残されていなかった。ナヨロ・マモルは、自分の鼻の下を指でこすってから、私の目など一顧だにせず、ただひたすら、自分の両親の死について語り始めた。


 父親の勤める会社の事業が行き詰まってしまったために、父親は自殺を図ろうとしたこと。その自殺を止めようとして、母親も巻き込まれてしまったこと。幼いマモル少年は、深夜に行われたその心中の現場を、ぐうぜん目撃してしまったこと、ベンゼンを全身に浴びて、燃えさかっている父親と母親の火柱が、マモルの瞳に文字通り焼きついて離れないこと――。


 私は、そんなことを延々と聞かされたと思う。フォークに突き刺さっていたはずのコロチャーが、コロっと床に転がって、ヒーターの後ろに隠れてしまった。


「じゃあね。花火がきれいだったなぁ……」


 外から聞こえてくる後夜祭のBGMを背にして、ナヨロ・マモルは視聴覚室を去っていった。すっかり冷めてしまったカップ麺のスープを飲み干しながらも、私の頭の中は疑問でいっぱいだった。唐突にそんな話を語られて、いったいどうすれば良いのだろう? もしかしたら、私が困惑しているありさまを見て、ナヨロ・マモルは内心で面白がっているのかもしれない。


 しかし、ナヨロ・マモルが両親の死について語る様子は、とても真面目だった。いや、「不気味なぐらい真面目だった」と言った方がいいかもしれない。自分が見た両親の自殺の様子について、ナヨロ・マモルは克明に、自分の感情を抜きにして、包み隠さず語っていた。それこそまるで、新聞の記事のように。それでも新聞の記事だって、少しは人間の血が通っている気がするものだ。ナヨロ・マモルの語り方には、そんなものがみじんも感じられなかったのだ。


 ナヨロ・マモルのことが、ますます分からなくなってきたところで、外から聞こえてきた後夜祭のBGMが鳴り止んだ。

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