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5 異常事態

 お茶を淹れてしばらく後、二人は見回りがあるといって出て行った。

 本当に休憩だけが目的だったのかな?

 一人残された部屋でお茶を飲んでいると隣から声が聞こえた。

「リア。 部屋を出てきてよかったのか?」

 白い鴉がアーリアに問いかける。

「どうしたの? コーラル」

「いや…。 助けられた娘の中にはお前に礼を言いたい者もいるのでないかと思ってな」

「大丈夫よ。 副長が代わりに応対してくれるから」

 アーリアの答えに何か言いたそうに嘴を開く。結局何も言わずに嘴を閉じた。

 白鴉のコーラルはリアが幼い頃から共にいる相棒だ。

 騎士団で暮らすようになってからもずっと傍で守ってくれている。

「コーラルが言いたいことはわかるけど…」

 怖い、と口が呟いた。

 人前に出ることは、存在を知られることは、何よりも怖い。

 吐息に聞こえた言葉が届かないフリをしてコーラルは話を変える。

「そういえばあの子供の様子は見に行かなくていいのか?」

「行きたいけれど、あまり近づくと辛いと思うから」

 あの子供は救護院に行く可能性が高い。

 新しい家に突然入らなければいけない彼に寄り過ぎてしまったら、居場所になる家に馴染めなくなってしまうかもしれない。そう心配してのことだ。

「辛くても馴れなければいけないことだ。 入る前から心配しても仕方がない」

「その通りね。 でも痛みは少ない方がいい」

 頑なな横顔にコーラルの言葉が止まる。

「騎士団では診察と最初の手当てだけ。

 救護院で治療を受けて、それから入所することになれば、あの子の負担も軽くなるでしょう?」

「なるほど、理に適っているな」

「今回の任務で私のすることはもう終わりね」

「どうだか。 グラントの奴が、報告書が書けないと泣きついてくるかもしれないぞ」

 騎士団長のグラントが書類作成を苦手とするのは周知の事実なのだが、アーリアは首を傾げた。

「確かに今回隊長は捕縛には携わっていないけれど、最初に収集した情報と副長の報告だけで十分に書類は作れると思うの」

「あいつならそれでも無理だと言い出すだろうな。

 いっそジェラールが書けばいいとごねるに決まっている」

「そうかもしれないけれど…。

 副長にこれ以上余計な仕事はさせられない」

 現在騎士団の人数は六十数名。一国の軍としては少なすぎる。

 人員の少なさを出動回数で補って任務をこなしている今、負担は出来るだけ減らしたい。

 無理をしていると本人が感じていないため、周りが気を使う。

「副長は前回も前々回も指揮を執っていたから、ほとんど休めていないし、このあたりできちんと休養してもらわないと」

 アーリアが息を吐く。

「本当なら、書類作成だけでも官僚に依頼できればいいのだけれど」

「それを良しとはしないだろうな」

「…わかっているわ」

 王や貴族に裏切られたことから、騎士団のみんなはあまり他から手を借りたがらない。

 官僚は貴族出身の者が多いので警戒しているんだろうけれど。

「どうしてもできないのなら私が手伝うしかないかな」

 団長に任せても書類は出来る。けれど時間がかかるならアーリアが作って休んでもらった方がいい。

「お前が仕事を増やすことはないだろう」

「私は皆みたいに見回りすることがないからその分休めているし、書類の一つや二つ書いたところで大した仕事ではないもの」

「癖になるぞ」

 そのくらいでみんなの休む時間が増えるとならかまわない。

 それを言うとコーラルが怒るのでアーリアは口を噤んだ。

 王宮の内壁にある騎士団宿舎の応接間を使って家族の対面が行われているため、人と会いたくないアーリアは外に出られない。

 本当に報告書の草稿を作ろうかと考え始めた頃、隣室の扉が開いた。

 応接室とは違う部屋から入ってきた隊員はまだ若い。アーリアとほとんど歳の変わらない15歳。今年入団したばかりの新兵だ。

「アーリア。 ここに居たんだ」

「フレッド。 どうしたの?」

 彼は今日、公休日で休みだったはずが制服まで着込んでいる。

「まさか訓練しに来たわけじゃないよね?」

 休みのほとんど取れない騎士団では、休暇時の自主訓練は禁止されている。

 放っておいたら貴重な休みでさえじっとしていないから出された命令はみんな遵守していた。

「そんな訳ないだろ! そんなことしたら副長に缶詰にされる!」

「ただじっとしてればいいだけなのに」

 フレッドは嫌がるけれど、それがわからない。

「それが苦手なんだって。 一日部屋にいるなんて拷問だよ!」

「任務がないときなら付き合ってあげられるんだけどな」

 体を鍛える以外にも身につけることはいくらでもある。

「えっ?」

「身体動かしてないと嫌ならダンス教えてあげるよ」

「え、いや…。 それはいいや…」

 ダンスと聞いてフレッドは顔を顰めた。

「何で? 覚えて損はないよ?」

「俺なんかが覚えてどうするんだよ?」

 騎士の俺がいつ使うんだと口を尖らせる。

 副長がいつも実践しているのに、気が付かないものらしい。

「フレッドはまだ15でしょう? そのくらいの歳なら社交界デビューしてない貴族の子弟として潜入ができそうだから。 覚えたらいいのに、って」

 まあ、覚えるころには成長して使えない作戦かもしれないけれど。それはそれで他にやりようがある。無駄にはならない技能だ。

「え?」

 任務の役に立つと聞いてフレッドが真剣に悩み始めた。

「俺にも出来るかな?」

 この国では貴族と平民の間には隔たりがある。

 それも戦争後から徐々に変わってきているが、まだ政治や統治は貴族の行うものという認識があり、国民の見えないところで不正も蔓延りやすい。

「今から努力すれば十分に通用すると思う」

 貴族の誰かの協力を得られればもっと楽に深層に辿り着けるだろうが、貴族と騎士団の間にある緊張はよく知られていることなので、今のままでは協力なんて難しい。

「貴族らしい動きを身に付けたらアーリアと一緒の潜入捜査もできるかな」

「パートナー同伴の場所に潜入することがあれば、多分ね」

 フレッドが貴族の子弟に化けるならアーリアは別の方法で潜入すると思うけど、やる気を無くしても困るので合わせて答える。そういう任務もあるだろう、多分。

「じゃあ、今度の休み―――」

「リア!」

 扉を破る勢いで部屋にもう一人入ってきた。

「エリク?」

 エリクはフレッドと同じく今年入隊の新人だが、二つ年上の17歳だ。

 ノックもしないで部屋に入ってくるタイプではないので驚いた。

「何をやってるんだフレッド! 副長に報告はしたのか!」

 彼らしからぬ酷く焦った様子でフレッドを怒鳴りつける。

「ああ! 悪い!」

「二人とも何があったの?」

「アーリアちょっといいか?」

「?」

「副長がどこにいるか、知らないか?」

「副長なら隣の部屋にいるけれど、救助者の親もいるから静かに入ってね」

 今のような入り方をしたら驚かせてしまう。

 それだけならいいが、中にはまだ貴族もいるかもしれない。

 無礼な入室は騎士団の印象を悪くするので気をつけてもらわないと。

「接客中なのか…」

 エリクの顔には焦りが見られる。それほど切迫した事態が起こったのだろうか。

「アーリア、すまないけれど来てくれないか?」

「いいけれど、何が起こったの?」

「話は歩きながらする! とにかく急いでくれ!」

 扉を開けながらエリクが急かす。異常事態が起こったのだけは確定のようだ。

「フレッド。 副長に報告お願いね」

 内容がなんであれ、上官の報告は急務だ。

 思い出したようにフレッドが応接室に足を向ける。

 一時でも忘れていたのならすごいと思った。

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