37 説得というより
「…」
アーリアが走っていった方を見ながらジェラールは舌打ちしたい気持ちを押さえる。
「おもしろくなさそうですね」
上から降ってくる声が感情を逆撫でる。笑みを含んだ問い。不機嫌な感情を隠さず答えた。
「ああ、おもしろくないな」
自分以外の男がアーリアを動揺させたのが気に入らない。
「ふふ、あなたが姫にしたかったことがわかりました」
「…」
「自分の立場を知った上で自分の傍にいることを選ばせたい、そんなところですか」
意を得たように笑うレイドに舌打ちする。
「無駄口を叩くな。 今はそんな場合じゃないだろう」
「ああ、そうでしたね。 変わりましょうか?」
まだ笑みの残った口調で言う。本当に腹の立つ奴だな。
「素人に任せられるか」
ジェラールが押さえている今は大人しくしているが、暴れ出すかもしれない以上、レイドを危険に晒すわけにはいかない。
「そうですね。 流石騎士ですね、頼もしいです」
「男にそんなこと言われてもな…」
うれしくないし、レイドの口調はからかうようなものだ。
「ところでコイツに見覚えは?」
タイミング的に物取りや通り魔ではない。
軽い気持ちで聞いてみたがどうやら見覚えがあるらしい。
レイドが考え込んでいる間にアーリアが戻ってくる。
「遅くなりました!」
手渡された紐を使って男を縛り上げていく。
「どこかの家の従者のような格好ですね」
男を見ていたアーリアが呟くと、閃いたようにレイドが声を上げた。
「そうです、この顔! 侯爵家の家令です!」
「ほう」
ジェラールも流石に驚く。これほど早く対応してくるとは思わなかった。
アーリアも同様だろうが、すでに気を取り直している。
「目的は何ですか? シリルの身ですか」
告げられた名に男が目を剥く。わかりやすい反応に笑いが込み上げてくる。
「お前を人質にしてシリルの居所でも聞き出すつもりだったんだろうな」
先程アーリアに向けられた凶器には殺傷能力は左程ない。脅しが目的だったと考えるのが妥当だった。
「そうですか…。 丁度いいですね」
にやり、とでもいうような笑みを浮かべてアーリアが提案する。
「彼に侯爵への手紙を持っていってもらいましょう」
「なるほど、いい考えだな」
差し向けた手下程度では相手にならないことを教えるにも良い手だ。
「しかしどうやって、侯爵に伝えましょうか」
レイドが口元に手を当て考えている。
息子が身柄を拘束されていることを示す品でもつけるかと考えていると、アーリアがポケットから何かを取り出した。
「これがいいんじゃないでしょうか」
差し出されたのは侯爵家の紋章入りの指輪だった。
「準備がいいな」
紋章入りの指輪は限られた者しか持たない。説得力は申し分ない。
「どうせ偽物だ…」
「ん?」
「そんな物、偽物に決まっている!」
黙っていた男が突然声を荒げた。
信じたくないと固く目を瞑る男にアーリアが囁く。
「指も付けた方がよかったですか?」
残酷な台詞に男が目を見開く。
その目に向かってアーリアが笑む。
口の端を釣り上げて妖しげに笑む顔は演技だと知っていてもぞっとするほど凄艶だった。
男には悪魔の使いのように見えていることだろう。
引き攣って青褪めた男の顔を見ながら思う。
(やっぱり育て方を間違えた気がするな)
頼もしい反面、若干の申し訳なさがあった。
「あなたが見て本物だと信じられないようなら他のものもお付けしますよ?」
悪魔の囁きで男を説得にあたる。説得というより脅迫のような気もするが。
自分の返答次第で主の子息に苦痛が与えられると知って男が大きく震え出す。
脅し過ぎも逆効果なのでジェラールがフォローを入れる。
「そこまでにしておけ、無傷の方が使い道がある。 …今のところはな」
ジェラールの言葉で得た安堵は一瞬で、男は青ざめた顔のまま項垂れる。
「仕方ありませんね。 髪にしておきましょう」
男は反論する力を失ったまま、髪が届けられるのを待っていた。




