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Faith  作者: 桧山 紗綺


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30/41

30 自責

「あなたは…」

 彼女の言葉はまるで何もかも知っていて赦しているようだった。

「レイド。 この船はルードへ向かっているんですよね?」

「え? ええ、よくわかりましたね」

「首都へ向かうのに都合のいい街はある程度限られてきますから」

 国軍派と貴族派の状態はほぼ拮抗している。

 首都を掌握しているのが国軍派なのだから優勢そうなものだが、実際はそうとも言えない状況だ。

 古い街を中心に貴族派を支持する民も居る。そのため首都を中心とした国の中心部が国軍派、その周りを貴族派の街が囲むドーナツ状になっている。

 向かう街も貴族派が優勢な町だった。シリルの出身地でもある。

 船酔いが酷いせいか船に乗ってからは彼の姿を見ていない。静かでいいが。

「ええ、もうしばらくで着きますよ」

「申し訳ないのですが先に商業都市クレストへ行ってもらえますか」

 ルードとは陸路で半日もかからない距離なのでレイドとしても反対する理由はないが…、何故そんなことを言い出したのだろうか。

「かまいませんが、何故?」

「ルードに着いたら彼の父親に合うのでしょう? その後ではこの国を見る機会がなくなってしまいます。 彼らが私に望んでいる立場から見える光景と、今の私から見えるものは違います」

 自分の国の現状を確かめたいという気持ちは理解できた。

 この荒れた国の女王と言う名の傀儡を連れてくる。

 シリルとその父親から与えられた仕事はあと少しで終わる。

 最初からわかっていたことなのに胸が重く、苦しい。

 自分で納得して始めたことだ。連れてきた彼女が生贄であることも十分認識している。

 自分のために見たこともない少女を犠牲にすると決めた。その自分が今更何を躊躇うのか。

 先程彼女に話したのも迷いの表れだった。自分が攫って悪魔の手に投げ出す少女に何を言いたかったのかと、自分への嫌悪感で吐き気がする。

 そもそも話し過ぎている。

 彼女を知れば知るほどあんな人間たちに渡すことへの迷いが生まれた。

 何故こんな仕事を受けたのかという後悔と、どうしようもなかったという諦めが絶え間なく胸の中で騒ぐ。

『大丈夫ですよ』

 彼女の言葉に罪悪感が揺さぶられる。

 跪いて赦しを請えたらどれだけ心が軽くなるだろう。

 そして自分勝手な考えにまた自責の念が強くなる。

 どれだけ後悔したところで自分の取る行動は変わらないのに。

「レイド?」

 彼女が微笑みレイドの瞳を覗き込む。ごく普通の少女らしい仕草に顔の強張りが取れていく。自分に出来ることはせめて、別れの日まで彼女に気を配り、願いを叶えるだけだ。




 ふたりの様子を見ながら今後の算段を練る。

 ジェラールのいる位置からは二人の表情もよくわかった。

 ふとアーリアの瞳がこちらを向く。視線に気づいたのか、一瞬で通り過ぎていったのではっきりとはわからない。

「おもしろい」

 けれどおもしろくない。

 傍からこうして見ているとレイドがアーリアに心を砕いている様子なのもわかる。

 最初に見せていた芝居がかった表情ではなく、アーリアを見る瞳には葛藤と素直な好意があった。

 人が変わっていく様を見るのは実におもしろい。

 それとは別にアーリアに近づく男がいるのは感情的におもしろくない。

 相手をしていないフレッドなどはジェラールも眼中にないが、レイドのような男は別だ。

 ジェラールとは別のやり方でアーリアと共に戦い、守ることができる男。

 枷が外れたらどうするか。興味深くもある。

 空を見上げると白い鴉が飛んでいる。ジェラールが見ていることに気がつくとコーラルは旋回を始めた。

 あらかじめ決めてある符号を受け取ると意図せず笑みが零れた。

「優秀すぎだろ…、ウチの奴らは」

 独り言にも喜色が混じり、笑いそうになる。

 自分がいつになく興奮しているのを知って、闘志が湧き上がってきた。

 今までにない大きな作戦になる。突入を目前に控えたときと同じ緊張感と高揚感がジェラールの胸を占めていた。

 アーリアとレイドに視線を戻すと二人は針路について話しているらしい。

 アーリアの指が指す方向を見てジェラールは確信した。

 この賭けには勝利すると。

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