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Faith  作者: 桧山 紗綺


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3 家族との再会

 少年が手当てを受けている間、アーリアたちは少女たちの世話をしていた。

 助け出された少女たちは全部で6人。

 全員の身元がわかり、直に報せを受けた家族が迎えに来る。

 あの少年を除いて…。

「気になるか?」

 アーリア同様少女たちの世話を請け負った副長が、横に立ったアーリアに問いかけた。

 副長はこの事件の責任者として、少女たちを保護者へ返すまで見届ける必要がある。

 あまりに若い副長の姿に保護者が混乱しそうなので、部屋にはもう一人責任者に見えそうな隊員もいた。

「あの年では自分のことを説明できないかもしれない」

 人攫いの男が少年の身元を白状すればいいが、そう上手くいくとは限らない。

 その時は少年の証言と捜索依頼だけが頼りだ。

 少年がすでに売られて来ていた可能性もある。そうだとすれば行く先は一つ。

「このまま身元がわからなければ救護院に行くことになるだろうな」

 少女が小さく拳を握りしめる。

「副長…」

 殴り足りないです。とアーリアが呟いた。

「一発で済ませずもっと入れておけばよかったな」

 上官にあるまじきことを言うが隊員も注意をしない。憤る気持ちは同じなのだろう。

 ふと、扉の向こうが騒がしくなった。

「ご家族の方が到着したようですね。

 私は別室に控えていますので、後はお願いします」

 隣室に向かう後姿を見送り、隊員が呟いた。

「いつになったら普通の生活をさせてやれるんでしょうね…」

「さあな」

 少女の出て行った扉から顔を背けて、少年は答えた。




 扉から入ってくるのは攫われた少女たちの家族たち。

 再会した家族は抱き合って娘を迎えた。

 母親の中には泣き崩れて夫に支えられている者もいる。

「本当に無事でよかった…!」

 威厳を保とうとする父親も瞳は潤んでいる。

 王宮の内壁にある屋敷には泣き声と笑い声が響き渡る。

 どれもに喜びが溢れ、ともに在る幸せを再確認しているようだ。

「騎士様。 お礼を言わせてください」

 少女の一人が母親と共にやってくる。

 一番年齢が上だった彼女は貴族の家の娘だ。

 母親しかいないのは彼女の父親が外交官で国にいないからだろう。

 父親はまだ娘が攫われたことも知らないはずだ。

「こんなに早く娘を救っていただき、本当にありがとうございました」

 夫が不在の中での娘の誘拐事件は多大な心労だったようで、化粧の下には隈が覗いている。

「お嬢様を無事に返すことができて私たちもうれしく思っています」

「何とお礼を言っていいか…。 皆様には感謝してもしきれません。

 夫が戻りましたら改めてお礼に伺います」

「礼には及びません。 皆様が安心して暮らせる国を作ることが我々の使命なのですから」

 答えた少年の姿に母親が目を瞬かせる。

「申し遅れました、私はこの事件の総指揮を取っておりました、ジェラールと申します」

「ま、あ…。 そうなのですか」

 こんな子供が、と言いたそうな視線を察して口の端の笑みを深める。

 笑みが歪む前に控えていた隊員が口を挿んだ。

「副長はお若く見えますが、武、指揮、ともに秀でておいでです」

 血筋だけでこの地位にいるわけではない、と言外に仄めかす。

 血統で出世が決まる貴族には理解し難いかもしれないが、騎士は実力が全てだ。

「私は若輩ですが、経験豊富な部下のおかげで今回の事件も迅速に解決に至りました」

 謙遜を交えて話すジェラールに夫人は感嘆の声を上げた。

「本当に騎士団の皆様は優秀でいらっしゃるのですね。

 あれ以来、人数も満足にいらっしゃらないと夫から聞いておりましたが、皆様の働きに本当に感謝いたします」

 ジェラールの表情がぴくりと微かに動いた。

 しかし母親は気づかずに騎士たちへの感謝と賛辞を謳いあげる。

「あの時も皆様のような立派な方がいらっしゃれば、結果は違っていたかもしれませんね」

「そ―――!」

「そのように言っていただけるのは喜ばしいことですが、私たちの働きなどとてもあの戦場で散っていった先達の活躍に等しいとは思えません。

 無残に亡くなった方々も、きっと平和の中で皆様の力になれることを望んでいたでしょう。

 力量は遠く及びませんが、この度皆様の力になれまして光栄でございました」

 無礼を咎めようとした隊員を制してジェラールはにっこりと笑う。

 美少年に笑いかけられた母親は、言葉に宿った棘には気付かず満面の笑みで頭を下げ、辞していった。

 母の後ろに控えていた娘は、笑みに隠した感情に気付いたようで申し訳なさそうに深く頭を下げて母の後に続いた。

 母娘が部屋を出て行ってから隊員はジェラールに謝罪する。

「申し訳ありません。 軽率でした」

「何を謝ることがある。 お前の想いは当然のものだ」

 隣国とこの国、クロスフィールドが戦争をしていたのはわずか十年ほど前の事。

 停戦条約締結後の小競り合いで前騎士団の人間が多く亡くなったのは、この国の者なら誰もが知ることだ。

 表向きは隊を引くときのトラブルが原因とされているが、実際は王命に背き騎士団に交戦命令を出した貴族が起こしたものだ。

 停戦を記した勅書を携えた騎士を殺し、情報を止め、自分の都合で戦争を長引かせた。

 生き残った騎士はもちろん、その後入団した亡くなった騎士たちの子弟もその件を引き起こした貴族を憎んでいる。

 騎士団はその貴族を処分することを求めたが、終戦後に国内で揉め事を抱えるのを良しとしなかった当時の国の方針で、騎士団は文句を封じられた。

 使者を殺したのが貴族の抱えていた私兵であったことから、王は戦後貴族に私兵を抱えることを禁じる法律を作ったが、騎士団が数を減らしたこともあって『国境警備の兵は除く』との一文を付け、それによって法律は形骸化した。

 先程咎めようと口を開いた騎士も兄をその事件で亡くしている。

 騎士団内のほとんどがそうした想いを共有しているため、彼のことを咎めようとする者などいない。

 副長として真っ向から貴族と対立するわけにはいかないが、ジェラール自身気持ちはおなじだった。

 母娘が立ち去ったのを見計らって別の親子が近づいてくる。

 父親の顔には見覚えがあった。

「ジェラール殿。 この度は娘を救ってくれて本当にありがとう」

「いえ、レナード殿の娘御が攫われたと聞いて、私も気が気ではありませんでした。

 何事もなくレナード殿の元へ帰すことが出来てよかったと思います」

 父親は貴族ではないが名のある商人で、血筋に寄った政治が揺らぐ昨今、めきめき発言力を伸ばしている人物だった。

「言葉だけでは感謝にはなりません。

 騎士団へ納入している装備をいくばくかではありますが融通させていただきます」

「当然の任務ですのでそのようなお礼はお断りするべきなのでしょうが、騎士団も先の戦争から完全に立ち直ったとは言えない状況。

 心苦しくはありますがありがたく頂戴いたします」

 娘を助けられた感謝と言いながら商人らしい計算を覗かせる。

 多少の武器を融通し、これからも騎士団と繋がりを保っておく。

 彼にとっては取引先を増やすきっかけになり、騎士団にとっては不足している装備を労せず手に入れることが出来る。お互いに損の無い申し出だ。

 頷き合って互いの利を確認していると娘が間に入ってきた。

「あの、騎士様!」

 憂いの晴れた明るい声で少女は礼を述べる。

「ありがとうございました! おかげで家に帰ることができます!」

「どういたしまして。 こちらこそみなさんを返すことが出来てうれしいですよ」

 少女の歳は15、外見年齢だけならジェラールと釣り合うように見える。

 彼女の父親に目を付けられないように言葉を選んで返す。

 少女自身はそんな駆け引きには気づかない様子で言葉を続ける。

「船から一緒にいた方はどちらに行かれたのでしょうか?

 私たちが家族に会えるまでお世話してくださって、感謝しています。

 同じ女性に傍にいてもらえて、とても心強かったのです。

 一言、お礼を言わせてほしいのですけれど…」

「彼女は身体を休めています。

 本人も皆様にご挨拶できないことを申し訳なく思っていました。

 あなたの言葉は私の口から伝えさせていただきます」

 娘の言葉を聞いて父親が興味深そうに目を煌めかせた。

「ほう、騎士団に女性がいたとは初耳ですな」

「いえ、彼女は今回の事件が女性ばかりを狙ったものであった為、救出後の皆様の世話役として声をかけたのです」

 必要以上の興味を持たれないよう警戒する。

「騎士団のどなたか縁の方ですか?」

「ええ」

「娘がお世話になった方ともあれば、私もお礼を言いたかったのですが…」

 興味半分、本音半分、といった顔で父親が言う。

「残念です」

 娘の方は本当に残念そうな表情をしていた。

「お伝え願えますか?

 本当に感謝しています、いつか会うことが叶ったのなら直接お礼を申し上げたいです、と」

 必ず伝える、と約束してジェラールは思う。

 隊員も同じ想いだったのだろう。親子の姿が消えたあと淋しそうな口調で呟く。

「いつか叶えてあげたいですね」

 そうだな、と口には出さずに同意した。

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