26 レイド
夜の明ける気配で目が覚めた。
窓のない部屋では時間はわからないけど、なぜかそう感じる。
そこまで特殊な訓練をした覚えもないのに、間違っていないと確信していた。
クローゼットにはドレスが何着も入っている。サイズがぴったりなので、アーリアに用意したものだろう。埃の臭いもしないし。
同じ服を着続けるのも嫌なので利用させてもらう。
およそ実用性のないドレスばかりだが、その中から比較的動きやすそうな物を選んで着替える。
薄青の生地はさらりとした感触で気持ちがいい。装飾が多くないのも好みだった。
身に着けるものはドレスだけではなく、宝飾品や手袋、扇や帽子など、多岐にわたる。
その中からシンプルな髪飾りを手に取る。少し濃い青色の石が使われた髪飾りは、派手さはないものの繊細なデザインで、見る者が見れば装飾に施された技術の高さに感嘆するだろう。
アーリアも同様で地味な石を使いながら目を惹きつける作品を作り上げた職人の仕事に感心した。
少し考えて髪飾りを着ける。ドレスもシンプルな物なのでこの髪飾りは似合うだろう。
身支度を整えると扉を叩く音が聞こえた。
乱暴なものではなかったので昨日の青年ではないと判断を付けているとレイドの声がアーリアを呼んだ。
勝手に入るつもりがないことに少しの意外性と安堵を感じる。
彼を信用は出来ないが最低限のマナーは守る気でいることには安心した。
着替えの途中で入ってこられたら堪ったものではない。
入室を許すとレイドが入ってくる。
「ご機嫌はいかがですか、姫」
「悪くはありません」
昨日の騒ぎで睡眠時間は少なくなったが、一日二日なら平気だ。
「よろしければ朝食を一緒にいかがですか?」
「…あの方がいないのならご一緒します」
朝から疲れたくはない。
「あの方はあなたを余程怖がらせたみたいですね」
そんなに嫌がるほどとは、と苦笑する。
その顔を意外な思いで見つめる。作った顔しか見せないと勝手に思っていたから。
「朝食には呼んでいません。そもそも昼ごろにならないと起きてこないので」
遅寝遅起きが習慣らしい。それも起こしにいかないと夕方まで寝ているという。呆れてものが言えない。
「そういえばレイドは大丈夫なのですか、あまり眠っていないのでは?」
レイドはアーリアを連れて行くと言った。レイフィールドまでともに行くとすれば調整はレイドの役目だろう。あの青年にそういったことが出来るとは思えなかった。
「おや、心配してくださるのですか? ありがとうございます」
驚いたように目を瞬いて、笑う。
「あなたから見て疲れたように見えますか?」
覗き込むようにアーリアの目を見つめる瞳は、面白そうに細められている。
「…朝食はこちらの部屋で?」
話を逸らしたアーリアをふっと笑いレイドがドアを指す。
「朝食は別室に用意してありますので、こちらへどうぞ」
笑われても不快に感じなかったのは、彼の本当の顔が少し見えたからかもしれない。
後ろをついて行くアーリアを時折振り返る。
確認しなくてもこのタイミングで逃げたりしない。
案内されたのはとても外観からは想像もしなかったホールだった。
天井こそ低いものの、テーブルを取っ払ったらダンスも出来そうだ。
「…」
「驚かれましたか?」
「驚きました…」
豪奢なシャンデリアといい銀の燭台といい、テーブルは大理石だろうか。
あまり長く使うわけでもないアジトにこんなお金を掛けるなんて正気を疑う。
品物が特殊とはいえ彼らは商人だ。こんな無駄な支出をするとは思えない。
アーリアの考えを掬うようにレイドが語る。
「彼とその支援者の出費ですので、私たちの懐が痛むわけではありません。
が、正直馬鹿げた使い方だと思いますよ」
そこまではっきりと非難すると思わなかった。
ぱちりと目を瞬くとレイドが瞳だけで笑む。
「どうぞお座りください」
給仕がいないせいかテーブルには料理が全て並べられていた。
「あなたとご一緒するので邪魔が入らないよう人払いをしているのですよ」
疑問を取り払う言葉に浅く頷く。
食事に手を伸ばしながらレイドの話を聞く。さすが、というべきかレイドの話術は巧みで退屈しなかった。
本当に人を遠ざけているらしく、食後のお茶もレイド手ずから淹れたものだった。
「姫、と呼ばれても反応しませんね。 もっと嫌がるかと思いました」
「呼称など大した意味はありません。 市場で物売りがお嬢さん、と呼ぶのと大差ないでしょう」
「あなたに与えられた尊称はそれだけのものではありませんよ?」
レイドの言葉に冷眼を返す。
「受け入れる気が無い人間にとってはその程度のものです」
「やはり受け入れてはくださらない?」
「当然です」
アーリアが引き受ける理由は全くない。
「あなたが首を縦に振ってくだされば民は救われるのに?」
「そんな単純な話ではないでしょう、貴国の現状は」
二派に分かれてると言ったが長期に亘る諍いのせいで民の心はどちらからも離れている。アーリアが突然王位を継ぐと言ったところで賛同が得られるとは限らない。
この段階でも民衆の間から現状を憂いて声を上げる者は数少なかった。
「私はこの国を離れるつもりはありません」
「困りましたね。 私の仕事はあなたをレイフィールドまで連れていくことなのですが」
「…あなたは何故レイフィールドに協力を?」
「何故…そうですね。 上得意の依頼でもありますし、この国で仕入れた商品には関知しないと言ってくださるのでね」
レイドを見る目が厳しくなる。彼が誘拐をしているという前提であればレイフィールドは人身売買を黙認しているということになる。
ただそれはあくまで噂に過ぎない。
証拠がなければ捕まえることもできないし、今はまだレイドが罪を犯しているという確信すら持てなかった。
「あなたの目はまっすぐですね…。
見ていると自分の内側をさらしてしまいたくなる」
言葉にどこまで真実が混じっているのか、瞳から探り出そうとじっと見つめる。
しかし片鱗しか見えず、それすら巧みに隠されてしまった。




