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Faith  作者: 桧山 紗綺


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22/41

22 存在の否定

 閉じた扉が視界に映っている。

 いつのまに立ち上がっていたことに気づくと、足から力が抜けた。

 座り込んだ自分を支える手がまだ震えている。

 彼、とは誰のこと?

 こんなにショックを受けているのは―――。

 ノブを回す小さい音がやけに大きく響く。

 ゆっくりとした動作で顔を上げると、そこにはアーリアが想像していた通りの顔があった。

「リア…」

 目の前に立つジェラールは痛ましい顔をして、アーリアを見つめている。

「ジェラール…」

 一緒に捕まって閉じ込められているはずのジェラールが何故この部屋にいるのか。

「あなたなの…?」

 アーリアの言葉にジェラールが顔を歪めた。

「お前は、騎士団に居ない方がいい」

 なんで―――。

 言葉にならない呟きを聞いてジェラールが続ける。

「これから先も、ずっと身を隠して生きる。 それでいいのか」

 良いと言った。傍に居られるのならそれで構わないと。

「俺はそれでいいとは思えない」

 だから、レイドと結託してアーリアを他国へ連れ出すと言うの?

 答えが怖くて疑問を口に出すことも出来ない。

「俺は、傷つくことを厭わないお前が怖いんだ。

 いつか突然失ってしまいそうで、守れないことが怖い」

「無理なんてしたことない」

 アーリアは望んで騎士団にいた。危険と言われる任務にも就けるような能力を付け、いくつも修羅場を駆け抜けてきた。

「それを無理じゃないと言わせてしまうのは俺たちのせいだ」

 大好きだから、傍にいられるなら、傷なんていくら増えたってかまわない。

 相手を悲しませるだけの言葉は口に出せずに胸の中で暴れる。

 一緒にいたいと願うことが彼らを傷つけていた?

 任務の前に掛けられた言葉を思い出す。

 守る。そのために全力を尽くすから。

 これも、そのため?

 言葉に出来ない感情が瞳から零れ落ちる。

「俺たちとは別の場所で生きた方が幸せを見つけられる」

 頬に流れる涙をジェラールの指が拭う。

 離れて生きるなんて考えたことがなかった。

 ずっと同じままにはいられなくても、騎士団に居る限りは失わないと思っていた、なのに。

「リア、お前のいた場所へ帰れ。 俺たちといなくても、お前は生きられる」

 アーリアを想って告げられたその言葉は彼女を突き放すもの。

 震えるくちびるがひとつの言葉を紡ぐ。

「いやです…」

「何?」

「いや!」

 瞳の奥からさらに涙があふれてくる。

「いや、ひとりにしないで」

「一人じゃない。 お前を支えてくれる人間は俺たち以外にもたくさんいる。 この国にも、それ以外にも」

「守るって、言ったじゃないですか…!」

 ジェラールが息を呑む。

 絞り出すように告げられた言葉はジェラールのものとは思えないほど弱々しいものだった。

「守るよ。 全てから、お前を」

「嘘!」

 離れたら守れない。傍にいなければ意味がないのに。

 ジェラールからの拒否は、アーリアの存在意義を否定するかのように響いた。

「俺があの時お前を連れて来たのは間違いだった」

 自分の中核を否定する言葉に溜まらず声を上げる。

「止めてください!」

「一時の感情で情勢を見誤った。 俺の責任だ」

 だから自分の手で正す、そう決めた瞳。

 言葉はもう届かないのだと思い知る

 背を向けるジェラールをアーリアは見送るしかなかった。

「どうして…?」

 ジェラールがアーリアに背を向ける日が来るなんて考えたこともなかった。衝撃に立ち上がることも出来ない。

 誰よりも近いところにいると思っていた。

 側にいるのが当たり前で、離れた道を歩くときは偽装の為。

 けれどさっきの言葉は違った。本気で、アーリアが傍にいない方がいいと思っている。

「いや…」

 初めて感じる恐怖だった。ずっとジェラールがいて、団長がいて、団員のみんなが常に傍にいた。ひとりになるなんて想像したこともない。

「行きたくない…」

 帰る場所と思うのは騎士団だけ。今さら、戻ってどうなるのか。

「なんで…?」

 一緒にいたいと思ってくれてると思ってた。

 ジェラールは私がいなくなった方がいいと思っていたの?

 次から次へと涙が零れてくる。

 ジェラールに拾われてから、こんなに泣いたのは初めてだった。

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