2 救出
小さな影は倒れた男を見下ろすと、呆れた口調で少女に話しかけた。
「もうちょっと手加減してもよかったんじゃないのか?
おかげで俺の出番がなくなった」
「何を言うんですか副長。
この男の意識があったら彼女たちが安心できないでしょう」
船室の少女たちはすっかり怯えた様子でお互いに身を寄せ合っている。
国外に連れて行かれる寸前だった少女たちは、まだ二人が何者かを判断しかねて怯えていた。
安心させようと副長と呼ばれた少年は微笑みながら少女たちを見渡す。
「ご安心ください、私たちは騎士団の者です。
みなさんを助けるために参りました」
騎士団の制服を着ているものの、騎士に見えない年齢の少年を懐疑的に見ている者もいたが、概ね自分たちが助かったことは理解したようだ。
「ほ、本当に助かったの…?」
「ええ、もう大丈夫ですよ。
私たちが責任を持って皆様をご家族の元まで警護いたします」
少年の言葉を裏付けるように騎士たちの足音が聞こえてきた。
「副長! 無事ですか?」
「私は無事に決まっている。 少女たちの心配をしたまえ」
気取っていう少年に隊員の一人が笑って返した。
「心配してるのはリアの方ですよ」
「なんだそうか。 アーリアなら無事に決まっている、いつも通り傷一つ負ってないぞ」
「いやー、今回はナイフ突きつけられてたからさすがに心配で」
「アーリアに傷を付けるなんてコーラルが許すはずがないだろう」
少女の肩に止まっている白鴉を指して少年が笑う。
白鴉は胸を張るように首を上げて少年を見返す。
「当然だ。 私のリアに傷一つ付けさせるわけがない」
「しゃ、しゃべったっ!」
捕まっていた少女の一人が鴉を指さして驚いた。
「ああ、驚かせてしまいましたね」
指をさされた鴉は不機嫌そうな態度で黙ったが、その飼い主である少女は驚かせたことを詫びると船室に入っていく。
入ってきたのが自分たちと歳の変わらぬ少女だったため、少女たちも逃げようとはしなかった。
「この子はコーラルと言って、私のお友達です。 乱暴はしないので安心してください」
白鴉を紹介された少女たちは反応に困っていたが少女は気にせず紹介を続ける。
「私はアーリア。 扉の前にいるのが騎士団の方々です」
説明を聞いて多少落ち着いた少女たちの中から年長の一人が歩み出た。
「助けてくださってありがとうございます」
礼を述べる彼女は貴族の娘だろう。頭を下げる所作も美しい。
取り乱すまいと気丈に振る舞っているが、握り合わせた手は震えていた。
その後ろから最年少の少女が出てくる。
まだ10前後に見えるその少女は安堵のためか目に涙を浮かべていた。
「本当に騎士様なの…? 家に帰れる?」
「もちろんですよ。 そのために我々はあなた方を探していたのですから」
わぁっと歓声を上げて少女たちは扉に駆け寄ってくる。
名前を聞きながら騎士は少女たちの身元確認を始める。家族の元に帰れると知った少女たちはお互いの手を取り合って喜んでいた。
その笑顔を船室から眺めてアーリアは作業を始める。
外から見た限りでは他に部屋などはなさそうだったが、隠し部屋がある可能性を考えて隅々まで手で触り、確かめる。
「アーリア、何かありそうか?」
「今の所は何も」
副長の声を背中で聞きながら作業を続ける。手は壁をなぞり床で止まる。
「あったようだな」
「ええ、開けますので手伝ってください」
「いや、俺がやる。 お前は下がっていろ」
少年はアーリアが手を伸ばす間もなく扉を開いていく。
鉄製らしい扉は鈍い音を立てて転がった。
「…ありがとうございます」
「手を傷つけたりするわけにいかないだろう。
もっと慎重に行動しろ、コーラルが怒るぞ」
「お前の言葉の方が気に食わん」
少女の肩で白鴉が嘴を鳴らしながら文句を言う。
その後ろから隊員の一人が呆れた声で二人に告げる。
「というかお二人とも、そういった仕事は俺たちに任せてください。
怪我でもしたらどうするんですか」
「これくらいで怪我なんてするか」
少年が睨むが隊員は意に介さない。
「アーリアももっと気をつけてください。
出来るできないの前に自分の役割かどうか考えるように」
「はい…。 気を付けます」
殊勝に頷く少女に隊員は頷き返す。
「もっと他人に任せていいんだよ?
力仕事は他に出来る人がいないときだけにしておきなさい」
「まったくだ。 お前の役割では手に傷なんて付けられないんだぞ」
「あなたもです」
間髪いれない注意に少年が口を尖らせる。
「力があるのは存じてますが、扉の向こうに誰か潜んでいたらどうするんですか」
「今回は単独犯だとわかっていただろう」
「船に仲間がいないとは限らなかったでしょう」
二人が言い争うのを後目に少女は下に降りていく。
船室というには小さい空間は貴重品などを隠しておくための部屋だ。
男は攫った少女たち以外に金目の物はもっていなかったようで、木箱はほとんどが空だった。
「おい! 一人で勝手に降りるな!」
少年の声が狭い部屋に響くが少女は無視して奥を覗き込む。
「………」
少女の動きが止まった。
「副長―――」
少女の声に異変を感じた少年は隊員に告げて自分も下に降りようとする。
その前に少女が立ち上がって振り向いた。
振り返った少女の腕には小さな少年が抱かれている。
いくつも痣の付いた腕は力なく垂れ、目を閉じた顔からは意識があるのかはっきりしない。
息があるのかすら上からは判断できなかった。
「アーリア…」
「息はあります」
扉の下まで戻り少年の顔を見せる。幼い顔は10にも満たないようだ。
よほどの仕打ちを受けたのだろう。見れば顔にも乾いた血がこびりついている。
薄汚れた手足は細すぎるほどに細い。
「よろしくお願いします」
床下から手を伸ばし少年の身を預ける。隣にいた隊員が救護班を呼びに走っていく。
少年を片腕に抱え直して残った手を少女に伸ばす。首を振って少女は一人で上ってきた。
裾を払って少年に向き直る。顔には痛ましげな表情があった。
「あ…」
少年の目が薄く開き少年と少女を捉える。
見知らぬ顔が自分を覗き込んでいるのに驚き顔を引きつらせる。
瞳に映るのが誘拐犯の男でないことに気が付くと身体から強張りが少し取れた。
「もう大丈夫ですよ」
少年の瞳をしっかりと見て少女が微笑む。
何かに打たれたように少年が瞳を開く。
信じられないものを見る目で呆然としている。
寸でのところで助けられた少年は、零れる涙を拭うこともなく少女を見つめていた。




