17 アジト
「さあ、どうぞ」
差し出された手を無視して馬車から降りる。
反感ではなく、リーナだったら怯えから彼の手を取れない。レイドは気を悪くするでもなく中へ案内する。
背を向けても安心しているのはジェイルがいる限りリーナが逃げ出すことがないと思っているのだろう。
彼の考える通りリーナは恋人を置いて逃げられはしない。
アーリアとしても誘拐組織の内部を探るまたとない機会だった。
ジェイルを乗せた馬車が後ろに着いたがドアは開かない。リーナを中へ入れるまで開けるつもりはないのだろう。大人しくレイドの後について行く。
石造りで出来た建物は入口が異様に狭く、続く廊下も細く長い。
一人歩くのが精いっぱいの廊下は逃げることを防ぐのは勿論のこと、外から攻め込むことを困難にするために作ったのだろう。
一般的な家屋には使用しない構造。初めからアジトとして使うために作らせたのかもしれない。
「お入りください」
そう言ってジェイドが案内したのは、入口からは想像もつかない豪奢な部屋だった。
貴族の私室としても申し分のないほどの広さと高そうな調度品を揃えた室内に唖然とする。奥にも扉があり、続き部屋があるらしいところも貴人の部屋のようだ。
犯罪組織の拠点であるからにはあの扉の向こうはもっとろくでもない用途で使用しているのかもしれない。
「この部屋があなたの部屋になりますので、ゆっくりお休みください」
レイドが驚くことを言ってきた。
「この部屋を?」
誘拐した人間を閉じ込めておくには豪華過ぎる。レイドの言葉の意図がわからずに混乱しそうだ。
「ええ、あなたに相応しい部屋だとおもいます」
レイドの顔には笑みが湛えられたまま。ただ瞳は真剣そのものだった。
「私にはあなたの言っていることがわかりません」
どう考えても不釣り合いだと思う。リーナは決してこんな扱いを受ける身分ではないし、まして今は攫われて囚われの身、レイドの言っていることは不可解なばかりだ。
「不足は無いかと思いますが?」
不足はないが不気味だ。真意がわからず戸惑っている間にレイドは部屋を辞していった。
最後に付け加えられた「本来の色を現してお寛ぎください」というのは髪のことか。
一人残された部屋を見渡して諦めの息を吐く。不満があろうとこの部屋で過ごすしかないのだから。
豪華ではあるが窓などはない。外から見た感じでも隣の建物との隙間はごく狭く、窓があってもそこから出るのは困難だった。
一応雰囲気を和らげるために壁には飾り窓がついていて、一見では普通の部屋に見えようにしてある。しかしやはり監禁用の部屋だ。逃げられるような窓は意図的につけてないし、扉も外から鍵を掛ける作りになっている。
隣室へ続く扉を開くとそこは寝室で、隅には浴室まであった。
基本的に部屋の外へ出なくて済む造りをしているらしい。
ジェラールの連れて行かれたのも同じような場所だといいのだけれど。
彼は丈夫なのでどのような環境でも左程苦には感じないと思うが、アーリアとしてはあまり負担の掛からないように過ごしてほしかった。
椅子に座って考える。レイドと名乗った男は女性を探して攫う役目を担っているようだ。あれほど噂が聞こえるような派手な活動をしていたのだからここに長居するつもりもないのだろう。
荒稼ぎしたらまた次の場所へ、といったところかな。
アーリア自身もいつまでここに置かれるのかわからなかった。
閉じ込められた状態でどこまで探れるか不明だが、出来る限りのことはやっておきたい。
部屋から出られなくても誰かと接触する機会はあるだろう。
お湯が用意してあったので動きがあるまでのんびりすると決めてお茶を入れることにした。
狭い廊下を小突かれるようにして進みながら観察する。
アーリアを連れて行ったあの男とはかなり雰囲気の違う男たちに囲まれながらジェラールは建物の中を進む。
狭い上に長い廊下の目的は明白で、連れて来られた人間を逃がさない為にあるんだろう。
壁は石造りなのでこれを壊して逃げるのは無理だな、と頭の中で考える。
板ならジェラールでも破れるが、石壁はさすがに無理だ。今逃げるつもりはないが。
「おい、入れ」
通されたのは意外にも綺麗に整えられた部屋だった。
「…!」
乱暴に背中を押されて部屋の中へ押し込まれる。
後ろで鍵の閉まる音がした。
振り返って扉を見る。鍵は単純なので開けられないことはない。が、壊した方が楽だな。
静かに開ける必要がないのであればしたくない。細かいことはあまり好きでなかった。
アーリアはそういった細かいことも得意だが、きっとここよりもしっかりした場所に入れられてるだろう。
ベッドに腰掛けて辺りの気配を探る。扉の前に見張りはいないようだ。閉じ込めておけば問題は起こらないと思っているのか。それとも必要がないと思っているのか
それにしてもこれほど拙速にアーリアに近づいて来るとは思わなかった。
話に聞いた印象では周りに恋人として認識されるほどには接触期間が長かったはずだが、今日は声を掛けてすぐだ。今までとは違う。
それとも噂が広がり始めているからこれで最後にでもするつもりで急いだのか。
相手の考えは不明だが、あの男からは情報を扱うことに長けた雰囲気を感じた。
手馴れているだけでなく、女性に声を掛けてから攫うまでの過程も鮮やかである。
もっと慎重にやられたら尻尾を掴むことはなかなか難しかったかもしれない。
それを考えればこうして内部に入り込めたことは僥倖だ。多少の不審は状況に合わせて行動するしかないのであまり考え過ぎないようにする。
寝台に掛けられたシーツを撫でる。清潔そうなその感触が意外だった。
ジェラールに与えられた部屋がこうなのでアーリアの待遇については心配いらないだろうな。
別の意味で不安はあるが。
対処できないことが起こればジェラールを頼るとは思う。判断が遅くなければいい。
信頼していることと不足の事態への心構えはまた別の話だった。




