16 攫われた恋人たち
「何をやっているのだ」
空からすべてを見ていたコーラルは思わず呟いた。
男たちに囲まれたジェラールが素直に捕まったこともそうだが、ジェラールを人質に取られたアーリアの行動にも首を捻る。
「あのくらい何とでもなるだろうに」
二人の実力ならあの程度の人数に後れを取ることはない。
コーラルには理解出来ないことばかりだ。
黙って見ていたのはジェラールが捕まる前に一瞬飛ばした視線のせいだった。
「考えがあるということだろうが…」
アーリアにとってもジェラールにとっても今回のことは不測の事態だったに違いない。
それなのにぴたりと合わせた演技をやってのける。
自分に理解できないところで通じ合っている二人に羨望交じりの憤りを感じてしまう。
「まったく、勝手な奴らだ」
二人して捕まったのはコーラルがいるのと思ってのことだろう。
口に出してぼやきながらコーラルは騎士団宿舎へ飛んだ。団長のグラントなら二人の思惑がわかるだろうと期待して動かす羽に力を入れた。
白い影が飛んでいったのを窓から確認してひっそりと息を吐く。
コーラルはきっと団長に報告をしに行った。少し待てば探し出してくれるだろう。
男たちは場所を隠す気はないらしく、目隠しなどはされていない。
何処へ向かっているのか、問うまでもなく灯りの少ない方へと馬車は走っている。
窓の外を見つめるアーリアに男が説明を始めた。
「不安そうな顔をなさっておいでですね。
ご心配には及びませんよ。 左程離れた場所には行きませんから」
攫われているこの状況で何に安心するというのか、理解不能なことを言う。
「先程は名乗るほどの者ではないと申しましたが、それも不便でしょう。
どうぞレイドとでもお呼びください」
「レイド、それがあなたの名前?」
偽名だろうと思ったが男は意外にもあっさりと頷いた。
「ええ、私を表す唯一の名前です」
一々芝居がかった話し方にも段々慣れてきた。回りくどい言葉運びは丁寧ながらも相手を嘲るような響きがある。
ジェラールとは別の馬車に乗せられたため彼の様子はわからないが、粗略に扱われはしないだろう、今は。
「そんなに憂いた顔をなさらないでください。 彼のことも丁重に保護するように伝えていますから」
「あなたは…」
言葉が途中で止まる。質問をしたところでまともな答えが返ってきそうにない、そう思えば曖昧な問いにならざるを得なかった。
「あなたは、何なのですか?」
「何、とは。 ずいぶんと抽象的な質問ですね」
レイドが穏やかな声で笑う。
「説明など必要ないのではありませんか?」
説明する気がない、というより言葉通り必要がないと考えているようだ。
「あなたを攫い見知らぬ場所へ連れて行こうとしている、それだけで十分だと思いますが」
誘拐犯だということを隠すこともしない。隠そうが晒そうが事実は一緒だが。
数々の囮をこなしてきた経験から自分の魅力についても多少は知っている。
そもそも自分以外の人間が襲われたら困るのでアーリアは狙いやすいようひとりで帰っていたのだ。そこは狙い通りではある。問題はジェラールも連れてきたことだ。
「何故、彼も連れてきたのです? 私だけでもよかったはずです」
「ご自分の身の心配よりもそちらですか? 余程彼の身が大事と見える」
アーリアとしてもリーナとしても彼のことは大事だ。心配の度合いは違うが。
喉の奥で笑った後、レイドは事も無げに言った。
「あなたを攫う時、彼はあなたが見える位置にいました。 放っておいたら面倒なことになりそうだったのでね」
大したことではないように言うレイドに絶句する。邪魔だからと始末しなかったことに多少の不審が残る。しかし続いた言葉に疑問が消えた。
「それと、彼が一緒の方があなたも協力的になってくれると思いましたから」
レイドの言うとおり恋人を人質に取られて平然としている女性はあまりいないと思う。
「それだけで…」
「十分な理由ですよ。 実際あなたは抵抗らしい抵抗もしなかった。
それは彼がいたからでしょう」
あながち間違いではなかった。
一人でもいいけれどジェラールがいた方がいい。
不測の事態でもジェラールとなら息が合わせやすいので楽だった。
さっきも咄嗟の演技にぴたりと合わせてきた。勘が良いのと長い付き合いのおかげだろうか、次に何をするのか読みやすいので助かる。
何よりジェラールの実力なら力を合わせれば逃げることも出来るだろう。
それくらいにはジェラールの力も自分の力も信じている。
沈黙したアーリアに何を思ったのかレイドが唐突な質問を投げた。
「あなたと彼はどうして出会ったのですか?」
「いきなり…、何です?」
突然の問いに硬い声で答える。誘拐犯が人質にする質問ではない。
興味なんてなさそうなのに。
「興味、も無くはないですが…。 不思議なだけですよ。
おふたりの住む世界は多少隔たりがありそうなので」
「良家の子息には相応しくないということですか」
少しだけ声を強めて言う。レイドがわずかに目を見開く。
その反応を見て悔やむように目を伏せる。
「いえ…、そうですね。 あなたの考えた通り、私たちは不釣り合いですから」
フォローの為なのか少し声のトーンを変えてレイドが答えた。
「あなたの人格が彼に似合わないとは考えていませんよ。
ただ言った通り、接点も多くないでしょうにどうやって出会ったのか疑問だっただけです。
あなたは彼の家の使用人というわけでもないようですから」
実際のジェラールとアーリアの身分には隔たりなどないが、騎士団に密かに所属し表に出られないアーリアと、騎士団のナンバー2として対外的に活動するジェラールとは演じている身分以上に隔たれたものがある。
眉を顰めて見せるとレイドが取り繕うように言葉を繋ぐ。
「失礼。 公私の区別もつかない人だと言いたいのではなかったのです。
どうぞ、お気を悪くなさらずに」
言葉で答える気にはならなかったので、目を伏せ謝意を受け入れる。
レイドもそれ以上聞こうとはしなかった。
話が止まると車輪の音だけが夜の静寂に響く。
最初に言っていた通り、程なく彼らのアジトに辿り着いた。




