主人公
緑に恵まれた自然豊かな国カルセシア。
この国の中心街の外れに、より一層緑に囲まれるようにして古い木造りの家が佇んでいた。
そこに住む少女は自室の壁に大きく構えた古びた本棚から数冊の本を手に取ると、右腕に抱えて左手でペールターコイズ色のセミロングの髪をかき上げた。
「さーて、今日はどの魔法の練習をしようかな」
少女は傍にあった机に本を並べると群青の瞳を表紙に泳がせた。
『魔法の発動条件の分類』
『魔法と自然エネルギー』
『初級召喚と代償』
『魔法の歴史』
これらの本は学校から支給されたものである。
海岸近くにある、カルセシアで唯一の魔法学校『ラシャフィ国立魔法学園』に今年入学した少女は、休日である今日も魔法の勉強に精を出していた。
少女はしばし考え『初級召喚と代償』を手に取ると、パラパラとページをめくりながら呟いた。
「えーと…。
召喚とは自然の擬似生命体化であり、水や草、石などの身近なものを依代に召喚させる事ができるが、自然の意識である精霊を召喚体の意識として定着させることが難しく、術式の構築難易度がやや高めである。
召喚魔法の構築に必要な基本術式は降精霊術式と契約術式と条件拘束術式の三つで、これらの組み方によって召喚体のランクや代償、契約条件が変化する。
ん~~~ごちゃごちゃしててよく分かんないけど簡単そう!」
少女が根拠の無い自信と確信を得ると、少女は本と無地の術式紙を片手に家の外へ飛び出し、目に付いたコブシ程の大きさの石を拾い上げた。
普段から作業台代わりに使っている直径1mほどの切り株までその石を持っていくと、切り株の上に術式紙を広げ少女は指先に魔力を込めた。
ポウッと指先が柔らかく光り始める。
魔力を帯びたその指先で、術式紙に魔術記号を書いて組み合わせてゆくと、書き終えた術式紙には魔法陣が完成していた。
「召喚術式の構築ってこんなかんじかな…? まぁ適当だけどたぶん発動するよね」
再び根拠のない自信を顔に浮かべ、先程拾い上げた石を術式紙の魔法陣の中心に置く。すると、石が緑色に輝きだし、石を中心に魔法陣の外側へと緑の光が魔法陣の線を這い広がった。
魔法陣から溢れる光はポウポウと宙を舞い、それらは魔法陣のかすか上空で集まっていった。
「やった! 大成功!」
少女は大喜びで光の集合体を凝視する。
光は徐々にその煌々しさを増していき、それらを開放するかのように一際強い光を放つ。
少女は期待の眼差しでその激光すらも見逃さない。
やがて、ゆっくりと光が収まってゆくとそこに何かの存在の影が現れ、少女は期待に胸を膨らませ召喚されたそれを確認した。
そこに立っていたのは……黒髪の少年だった。
(え……人? これも召喚体なの?)
少女は訝しげにその少年を見る。
少年は後ろを向いていて顔は見えないが、どうみても人である。
「……あなたは誰?」
少女が恐る恐る声を掛けると、少年はハッとしたように振り返った。
「「……………」」
そして、静かに二人の視線が交わされた。
◆ ◆ ◆
「……え~っと」
困った。
目の前には言葉の通じない女の子。
俺と同い年くらいだろうか。綺麗な水色の髪に、夏の青空のように深く澄んだ瞳。そして、かなりファンタジーなデザインの白い服が絶妙に似合っている。
それに、よくよく見てみるととてもカワイイ顔をしている……っていやいや、こんな時に俺は何を考えているんだ。
「ハ、ハロー……」
俺は彼女へ声をかけた。
「……~~?」
うん。まぁ通じないよね。通じないって分かってたのになんで言ったんだろ俺。
彼女は少し困った顔をしていた。
「━━━~~━━~~~?」
彼女は何かを言っているようだが、全然分からない。
言葉が通じないという事を認識した俺と彼女は、どうしたものか……とにらめっこしていた。 いや……そんな綺麗な瞳で見つめないで欲しい。
俺が照れて視線を逸らすと、彼女は突然ひらめいた! といった顔でモニャモニャとなにかをつぶやき始めた。
「━━……━━━━…~~━━……~~~!」
俺が見守る(?)中モニャモニャし終わると、彼女は俺に手を伸ばしそっと人差し指を額に当てた。かすかに指先が光ってるように見えたが、気のせいだろうか。
何かのおまじない……文化か何かなのだろうか。彼女の奇妙な行動に動揺を隠せない。
彼女の人差し指は未だ俺の額を突いている。
はぁ、この状況どうし――。
「どう? 私の言葉わかる?」
「……へ」
目覚めてるはずなのに、再び叩き起こすような衝撃が全身を走る。
分かるのだ。彼女の言葉が。
唖然とする俺の額から指が離れる。
「ねぇ、聞こえてる?」
間抜けな顔している俺をよそに、彼女は当たり前といった表情でこちらを見ていた。
「あ……うん……」
それにしても驚いた。
どういう訳か、妙に脳がスッキリして彼女の言葉を全て聞き取ることができる。
「え、えっと。いったい何をしたんだ?」
「なにって、言語共有の魔法よ」
彼女は何を言っているのだろうか。
『魔法』そんなのはゲームや漫画の話であって現実に存在するわけがない。けど、実際こうして彼女の言葉を理解することができていて、魔法じゃないという否定を理由をつけて言うこともできない。
「ま……魔法って……。本気で言ってるのかい?」
「へ? キミこそ何を言ってるの?
どこかで頭でも打って、魔法の事を忘れてしまったの?」
ふざけて言ってる様子には見えない。
けれど、こんなの普通じゃない。……って、散々普通じゃない事が起こってここまで来たんだった。
神社に続く石階段で謎の穴に落ちた時から、俺の普通なんて既に破綻してしまっていた。
まるで夢物語。
けれど、この肌で感じる風も目の前の女の子もきっと本物で、これは夢なんかじゃないってことは自分が一番分かってる。
彼女が心配そうに俺を見ている。
どうやら、本当に俺の方がおかしい人になっているみたいだ。
「本当に……魔法なのか?」
「キミ……本当に大丈夫?
あまり得意じゃないけど、回復の魔法で応急処置してあげようか?」
そう言って彼女が右手を差し出すと、その手の先が緑色の光に包まれる。
俺が選んだ光の輪の緑色にとても似ている。
「ッ……!」
俺は彼女の光る手に驚き後退りする。
たしかに、こんなのを見せられたら魔法の存在を認めざるを得ない。となると、ここは俺のいた世界じゃない。いったいどうしてこんなことに……。
ふと、俺の脳裏に祖母が話してくれた御伽噺の記憶が過ぎる。
ドラゴンや魔法使いの出てくる冒険活劇。それらは存在しないからこそ、自分の憧れるように妄想できて、だからこそ楽しかった。
それが今、目の前に実際に存在している。
俺はこの現実の否定を諦め、短くため息を吐いた。
「だ、大丈夫。ところでキミは……?」
彼女の手に帯びていた光が消える。
「そう? 私はヴェラシエラ=アルクロス」
名前かっけぇ……。
「俺は元乂 卵太。
よろしく、ヴェラシエラさん」
おれは『卵太』という変な名前に少しコンプレックスを持っている。だから、つい珍しい名前だったり格好いい名前の人を見ると少し羨ましく思ってしまう。
俺はヴェラシエラという彼女に手を差し出した。
「よろしく、ランタ」
彼女は、快く俺の手を握り返してくれた。
「ってゆーか、さん付けやめてよ~、私とそんなに年変わらないでしょ?
それと、私の名前長いからシエラでいいよ。皆そう呼んでるし」
「うん、わかった」
握手を交わす俺とシエラの間をサァッと風が吹き抜け、俺はふと空を見上げた。
俺のいた世界と変わらない清々しいほどの青空。
受け入れたわけじゃないけれど、この世界に来てしまったことをどこかワクワクしている自分がいる。
それはきっと、祖母が話してくれた御伽噺に憧れてた頃の無邪気な気持ちが、冒険心が、まだ残っていたからなのか。それとも、俺が実は重度の中二病だったのか。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
どうせ泣いたって叫んだって、きっと今は元の世界に戻れないんだ。ワクワクできるだけの余裕が俺の中に残っていただけ、まだ良かったのかもしれない。
まるで、なんとかクエストとかなんとかファンタジーの主人公になったみたいだ。
そして、今は目の前の女の子に助けを求める格好悪い主人公になるしかないんだ。
この世界で、俺の冒険を始めてみよう。
やっとこさ1話書き上がりました…。小説執筆初心者ですので、感想なりいただけるととても嬉しいです。