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葬送  作者: 川田鶴町
3/4

前置き

 「まず最初に、封筒を捨てずにこの便箋を読んで頂いている事に大変感謝しています。送り主の名と住所が書かれていない封筒が郵便受けに入っていたことに、どれ程驚き、またどれ程この封筒に不安を抱かれたかは、想像に難くありません。そのような封筒など、普通の人ならば怪しんで中身も読まずに捨てるでしょう。ですが一つ申し開きをさせて頂くならば、この便箋は同封されていた写真と合わせて、私の後先を見ない、衝動の産物なのです。その産物の創造主もとい送り主として自分の名を記載することは、新発見の大陸に発見者が自分の名前を付けるのと似ていておこがましいような気がしたのです。何故ならその衝動の起因となった「驚き」は、この世界ではごく当たり前のことに対してでしたから。

  このような抽象論を並べても、もしかすれば、何を言っているのか咀嚼できないかもしれません。それでも、この後に記載した一編の小説を読んで頂ければ、おのずと理解頂けるように思われます。その小説とは、今の自分の世界を可能な限り封じ込めた私小説です。少し内容を先取りしますと、先日行われた母方の祖父の葬儀に基づいて書いています。便箋と同封した写真――わざわざ封筒を開封して頂いたのに、写真を見てまた恐懼したことでしょう。重ねて申し訳ありません。――は、亡くなった祖父の写真です。写真はさる高名な写真家が撮影しました。その経緯も小説の中に書きましたので、ここでは割愛したいと思います。

 次に小説ならば、どうして原稿用紙ではなく、便箋を用いて書いたのかという疑問があるでしょう。先に答えを言いますと、私は私小説の類は作者の「顔」を読者に見えるようにすることが重要だと考えているからです。

  その上で、長いこと小説家を志してきた物書きの端くれの身からすれば、原稿用紙にはジャンル問わず、書き手の「顔」を「消してしまう」力が宿っているように思われるのです。「人間失格」のような独白体小説も、世間ではあの小説の主人公には太宰の人間像が良く投影されていると騒がれていますが、私には太宰本人の「顔」は一切消えているように思われます。それに比して便箋とは、書き手の「顔」を読み手に想起させるのに最も適した手段であります。「人間失格」も便箋の独特の罫線の上に太宰本人の文字で書かれた物が世に出版されれば、何物にも代えがたい魔法のような衝撃が世間を襲ったことでしょう。

 余談はさておき、最後に小説に関して、一つ説明しておかなくてはならないことがあります。

 それは小説の中に「私」はいないということです。なぜなら、私は「私」を他人としてしか眺められないからです。その代り、「彼」を主人公の人称に据えました。このことは悲観すべきことではありません。むしろ、小説の中の私の経験が、少なくとも私にとって未だに夢を見ているような想いで回顧せざるを得ない程神秘的なものであることを示しています。そう言うと、それは独白ではないのでは?という疑問が浮かぶかもしれません。これに対して私は、それでも私は「彼」であることは確実なのだとしか言えません。便箋を用いて私の「顔」を明確化したのは、そこを解決する為でもあります。

 以上で、私の話を始める前に説明したかったことは一通り終わりました。ですから早速始めたいと思います。前置きがこれ以上長くなると、貴方も熱が冷めてしまうでしょうから。


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