帰宅
また悪夢を見た。
電話がかかってきた。家の、固定電話だ。
「はい、もしもし」
「……おまえの娘を殺した。返してほしければ、1千万円をよこせ」
私は動揺した。
殺した!? 誘拐した、ではなく、殺したというのか。殺した娘を返すとはどういう意味なのか。
「……信じていないようだな。よし、娘の声を聞かせてやる」
「娘は、生きているのか!?」
電話のむこうで、鍵をあける音がした。
とびらをあける音、
袋をあける音。
「おとうさん、わたし、うちにかえりたい」
たしかに娘の声だった。だが、何かがおかしい。水のなかでしゃべっているような、舌を半分切りとられたような、ふだんとはちがう声だ。
「おとうさん、おなかがへったわ。わたし、かえりたい」
「おまえ、無事なのかい? 生きているのかい!?」
娘は答えない。
「……どうだ、信じたか。娘を返してほしいか」
「か、返してくれ。娘を生きたまま返してくれっ」
「……言ったな。生きている娘を返してくれと言ったな。では、返してやろう。望んだのは、おまえだ」
地獄が始まった。
私は電話をほうりなげた。
床にころがった受話器から、異臭が吹きあがっている。受話器の耳をあてる部分--スピーカーから、赤い何かがあふれだしている。とまらない。
私は、この赤いものに見おぼえがあった。スーパーで売っているのを見た。ハンバーグを作るときに、冷蔵庫で見た。
赤い物体は、ひき肉だ。
肉が、受話器から吹きだしている。蛇口から水がでるように。とまらない。ひき肉はたっぷり血をふくんでいる。ひき肉はうごめいている。
肉の噴出がとまった。
ハンバーグ300個分のひき肉が、私をみつめながら言った。
「おとうさん、ただいま」