内臓即売会
原因不明の体調不良が続いたせいか、また悪夢を見た。
こんな夢だった。
私は内臓即売会にいた。
人びとが内臓を売っている。
人びとが内臓を買っている。
商品は、人間の内臓だ。
「肝臓をください」
「はいよ、きょうの肝臓は新鮮だよ」
「腎臓をひとつ。おいくらですか?」
「はいはい、腎臓ね。お買い得だよ」
価格が異常だった。
硬貨数枚で売買されている。
陳列はもっと異常だった。
机の上に内臓はひとつもない。
注文が入ると、販売者は自分の腹から内臓をとりだすのだ。包丁を刺して腹をひらく。
。素手で傷をこじあける。内臓をひきずりだす。血があふれる。脂肪がこぼれおちる。誰も痛がっていない。内臓がなくなったのに笑っている。
この場所では、内臓を摘出しても生きていられるのか。
ならば、私も内臓をほしがっていいのだろうか。
私は心臓病だ。
余命1年。
でも、新しい心臓を移植すれば死ななくてすむ。
私はふらふらと若い女のまえに立った。
血色のよい肌。生気にあふれた瞳。彼女なら、私に心臓を売っても長生きできるだろう。
売っているから買うだけなのだ。
私は、何も、悪くない。
「心臓を、ひとつ、ください」
「わかった、心臓だね」
女は腹を切った。手を突っこんで心臓を探す。胸をひらくのは、肋骨が邪魔をするせいでたいへんなのだろう。
女の右手が、血まみれの体内から帰還した。
「心臓、おまたせ。じゃあ、あんたは私に胃をだしな」
「えっ?」
何を言っているのか。
小銭で心臓を買えるのではなかったのか。
「どうしたんだい。心臓、いらないのかい?」
胃をすべて渡したら、やわらかいモノしか食べられなくなってしまう。少量の食事しかできなくなってしまう。
いや、それでも、私には心臓が必要だ。
だいじょうぶ、ここでは、体を切っても痛くないのだ。
私は女から包丁を受けとった。左胸の肋骨の下に、刃をもぐりこませた。
ああ、痛くない。
血はでる。頭がしびれる。手がふるえる。
それでも、痛くない。
傷口に五指を入れた。
初めての体内。
じかにふれる体温。
ぬるみをかきわけて胃を探す。
みつけた。
今までありがとう、さようなら。
私は、もぎったばかりの胃を机上にささげた。
女が目をほそめた。にらんでいる。私の胃をねめつけている。
「ダメだね、この胃は受けとれない。だから、心臓はわたせない」
「な、なぜですか!?」
「見ればわかるだろう。アンタの内臓は、全部、受けとれない。胃も腸も肝臓もすい臓も脾臓も腎臓も膀胱も、肺も心臓も脳も受けとれない。アンタの臓器を受けとる人間は、誰もいない」
「り、理由を説明してくださいっ」
女はため息をついて、
「だから、見ればすぐわかるだろうが。あんたは、毒を毎日毎日飲まされたせいで、もう助からない。全部の内臓が毒にやられている。多臓器不全だ。こんな内臓を受けとるやつはいないよ!」
私は目をあけた。
即売会の会場は消えていた。
ここは私の病室だ。
夢だったのだ。
呼吸が荒い。
動悸。
汗。
動悸。
だが、私の心臓病は現実だ。
末期の心不全だ。
寝たきりになっている。
鼻には酸素チューブがもぐりこんでいる。
左胸が痛い。
足がぶくぶくとむくんでいる。
尿量がどんどん減っている。
上半身を高くした角度でないと眠れない。
個室のドアがノックされた。
ひらいた扉から、廊下の光と看護士があらわれた。
「だいじょうぶですか? うなされていましたね。さぁ、夜の薬を持ってきましたよ。飲んで、しっかり病気を治しましょうね」
瞬間、私は、なぜ心臓病になったか理解した。夢のなかで女は言った。
「あんたは、毎日、毒を飲まされている」
私は恐る恐るつぶやいた。
「……看護士さん、どうして、私に毒を飲ませるんですか」
看護士から表情が消えた。ボタンを押した。医師を呼ぶ緊急コールだ。
やってきた医者に、看護士が伝えた。
「先生、気づかれました」